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突撃都市  作者: 山下 式
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歪な戦場

 戦場の様相はファンタジー世界もかくやとばかり錯覚する異様な光景となった。枢軸教会アクシズの生命工学術を施された戦士はトロールのように巨大で極太の腕を振り回すと、機械派ユニオンのか細い兵士が万力の腕で押さえ込む。そのすぐ後ろでは信徒が鋭利な爪をたて、機械派がサイバーアームに内蔵された飛び出し式ブレードで襲いかかり、傷ついた兵士を教会の飛脚衛生兵が運び出し、機械派はバイオポッドへと格納する。生き残るために改良された各々の肉体は様々で、その数だけ戦術は多様化し、複雑な戦況はひと目でどちらが有利なのか判断がつかない。

 戦場の片隅にある僅かな藪を掻き分けながら、俺と瑞穂と翠さんは未調査地区へと前進していた。時折、藪の陰から戦場を眺め、戦闘に巻き込まれないようにしながら、敵のゲリラコマンドーと接敵しないように近辺の警戒も厳にする。だが一枚の壁のように展開する教会は騎士の密度は高く、いよいよ前進が困難になりつつあるときだった。

 爆発音と鉄がぶつかり合う轟音の戦場に、湿った音が鳴り響く。空は仄暗い海へと沈み、代わりに現れたのは重い空間の穴。すると穴から爆音と共にプロペラを回しながら一台の鉄の塊が飛び出す。まるで妖怪大竹トンボと名付けられそうなそれは、全時代の戦争で活用されたヘリコプターという乗り物だった。当然、現代にはないオーパーツ。それが時間の壁を突き破って現れ、ヘリの扉が開くと4本のロープが素早く落ちる。ロープは地面とインパクトした瞬間、高質量のような叩き割る音をたてると、地は地震による液状化現象のように水気を帯びた。ロープはずるずると血の底へと沈む。すると液体と化した地の底から、骸骨姿の兵士がロープを伝って這い上がった。その口には曲剣が咥えられていて、地に足を付けると咥えた剣を手に握り込んだ。残りの3本のロープからも同様に骸の戦士が這い上がり、同時にヘリコプターの扉から一人の影が飛び出した。影はロープを伝って素早く降りると骸の兵士の後方へ着地する。着地と同時に足元の水が飛び跳ねると、次の瞬間には地面は既に固まっていた。ヘリコプターから発する光に照らされて、現れたのは未調査地区で騎士団を壊滅させた黒い衣の兵士だった。ナイフの柄を握る込む俺の手を翠さんが押さえつける。


「彼は大丈夫」


 騎士団は突然に目の前に現れた黒い兵士と骸の兵士に恐れ慄いていた。未知の現象に動揺の波紋が騎士全体にしている。黒い兵士が左手を空へ上げるとヘリは飛び去った。上げた手を騎士団へと振り下ろすと、骸の兵士が一斉に騎士団へと駆け出し始める。騎士は襲い掛かる死そのものに恐怖の声をあげながら無残に切り伏せられ、僅かな気概で立ち向かう騎士も黒い兵士のアサルトライフルの的となって崩れ落ちていった。

 ズキリと側頭部が痛む。俺は自然に黒い兵士が持つモノがアサルトライフルだと理解していた。瑞穂が持つ拳銃でさえ機械派が過去の資料をもとに苦労の末に再現したものなのだ。当然、アサルトライフルだってオーパーツ。だが俺は、あの銃が5.56mmのフルメタルジャケットで、腔線が切られ、マウントレールが多様なカスタマイズを可能にし、様々な局面に対応可能な汎用性の高い武器であることを知っていた。

 壁だった騎士の隊形が崩れ、突破口が見え始める。


「行け」


 そう叫んだのは黒い兵士だった。信念を感じさせる低い声だ。


「行きましょう」


 翠さんが俺の背中を押す。瑞穂は既に駆けていた。騎士の壁に殴り込み、突破口を更に押し広げるように拳銃で撃ち崩していく。


 その好機を逃すまいと、体は自然に走り出していた。


 なんとか態勢を立て直そうとする騎士の、鎧の継ぎ目にナイフを滑り込ませて切り裂いた。遂には騎士団の壁を乗り越えて、戦闘を切り上げて一目散に未調査地区へと走り抜けた。


 させまいと残余の騎士が俺たちの後を追いかけようとしたとき、黒い兵士と骸の兵士が盾のように立ちふさがる。それを見送りながら藪の中へと飛び込んで身を隠しながら前進を続けていると、彼らの姿は藪の影に消えていった。




 藪の中を駆けずり周り、俺の呼吸は荒れ始めていた。翠さんが辛そうだが、騎士が迫っていることを考慮すると意地でも速度は緩められない。対して瑞穂は顔色一つ変えずに走り続けている。

 瑞穂の目が鋭く研がれた。一瞬の殺気が藪の草葉に反響する。殺気の元を辿ると、前方には青い裏地の外套がいとうを纏う豪奢な鎧。聖騎士がアーキトレイヴの噴射口をこちらに向けていた。指は引き金に掛かっており、いつでも引ける。瑞穂が機械の脚を全力で踏み込みんで前へと躍り出る。

 聖騎士の方が早い。だが瑞穂は機械の体で炎に恐れる素振りもなく無理矢理突っ込んでいった。俺は瑞穂の名前を叫ぼうと口を開いたが、声を出すことはできなかった。荒れた呼吸がそれを阻んだ。瑞穂が両腕を顔の前にして防御の態勢に移った。手には拳銃が握られている。聖騎士はいつ引き金を引こうかと手ぐすねを引いて待っていたが、いつになっても引き金は引かず、瑞穂が懐に入ると戦意を喪失したかのようにアーキトレイヴを支える両腕は力なくダラリと落ちていった。瑞穂は拳銃を聖騎士の頭に突きつけると、躊躇いなく引き金を引いた。破裂音が藪に木霊す間に、聖騎士はその場に倒れ込む。


「無事か」


 瑞穂は問題ないと答えると、倒れた聖騎士を見下ろした。近距離で放たれて鎧を貫通した弾丸は、頭の中に入り込むと瞬間空洞で内側から破壊する。弾丸は貫通する強力なものより、少し威力を抑えた物の方が体内に残ってよりダメージを与える。俺の片方の脳がそう囁いた。本来、知るはずのない知識が軽い頭痛と共に表出すると、俺は時間の偏移ともいえる奇妙な感覚に捕らわれた。時々、自分が《いつ》に存在しているのかが分からなくなる。そんな、本来人が感じることができるはずのない次元世界。

 雑音が頭の中で鳴り響く。MMCが何かの通信を傍受した音だ。


「よう。久しぶり——ってほどでもないか」


 傍受した声は犬童のものだった。瞬間、燃えていく瑞穂の記憶が過ぎる。咄嗟の怒りが沸き起こる。


「お前、今どこに——」


”この録音が聞こえるってことは、俺はもう死んでいるんだろうな”


 一方的に語りかける犬童は、俺に自身の死を呟いた。声は俺だけでなく瑞穂にも聞こえているようで、俺たち二人は同時に聖騎士を見る。ひび割れた聖騎士の鎧は地割れのように更にひびを伸ばすと、パキリという音をたてて落ちた。頭の右上半分が露出すると、そこには命の鼓動を停止し、虚ろに開かれた瞳の犬童の姿があった。


 殺されるなら、お前たちがいいと思った。それで許されるなんて思っちゃいないが、今の俺にできることは手前勝手な贖罪の意志をこうして見せることだけだ。録音はMMCを通した。教会の奴ら、もうずっと前から俺たちにMMCを投入して起動してやがったみたいだ。信徒も街の奴らもMMCの使い方どころか自分の体にそんなものがあるなんて知る由もないが、コツさえ教えてやればすぐに使えるようになるだろう。MMCは生命工学術を施術するときに投与されていたらしい。岸部は頭部の手術のとき、俺は聖騎士になったとき。小山だけがまだMMCを持っちゃいない。教会はMMCを放射能耐性体の構築だけに使いたらしい。俺たちに必要以上の力を持たせたくないからな。教会の腹の中ってのはこんなもんだ。所詮、街の人間や信徒なんて教会にとっちゃ実験素材。機械派だって似たようなもんだろうが。なぁ岸部、この戦争、お前はどちら側につくか知らねぇが、どちらかが勝って一体何が変わるんだろうな。教会であれ機械派であれ、人としてより良く生きることができる世界を目指しているんだろうが、俺にはそもそもそれが間違いなんじゃないかと思えてならない。人は理性的にはなり切れないから、その悲劇を抱えながら生きるしかないのが教会と機械派考え方だが、その理屈で考えると現代の人々は理性と人間への信頼を喪失し、永遠に希望を失った世界で、しかも生き続けなければならない悲劇の領域にいることになる。だが俺たちは本当にそんな地獄のどん底みたいに世界を感じているだろうか。機械派はまさに機械的で完ぺきな理性を得ようとしている。が、完ぺきな理性を得たとして、俺たちは本当に心の底から他者を自分自身のように愛することなんてできるのかね。ある程度完成した社会は他者への愛を掟のようにして人を縛るが、必ず自我が邪魔をする。機械派も教会も、人間の本性に反した自他への愛を融合させた理想の自分を追求した世界を目指している。だが完ぺきな理性ってのは無尽蔵な自己犠牲を意味しない。結局はどんな世界であれ、俺たちは苦悩することを避けられない。教会も機械派も、間違っちゃいないのかもしれないが、大事なことをすっ飛ばしてる気がするんだよ。それが何か俺にはついぞ分からなかった。分かったことは、俺はお前たちにアーキトレイヴの引き金を引いたことをどこまでも後悔しているってことだけだ。全くどうかしてる。どうして俺たちは対立しちまったんだろうな——


 録音はそこで途絶えた。

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