ブリーフィング
「教会は原発施設の近くの高層団地に陣地占領している」
富士は折り目のついた紙地図の一部を鉛筆で丸く囲んだ。枢軸教会の主陣地だ。機械派の優秀な偵察兵の持ち帰った情報は、地図上にカラフルな結果として反映されている。富士は丸く囲んだ主陣地の手前にペンで一線を引く。
「陣前は騎士団が守りを固めている。後衛には聖騎士を配置。騎士団の壁を運よく突破できた奴を聖騎士が燃やし尽くすって寸法さ」
俺は腰に装備しているナイフの柄を触りながら大きくため息をついた。瑞穂は不安気に拳銃の銃身に視線を落としている。
「火力不足にも程がある。どうやって騎士団を突破する」
「大きな衝突は機械派ユニオンに任せてくれたらいい。こっちが派手にドンパチやってる間に岸部航と葦原瑞穂は側面から回り込んでくれ。翠に君たちをサポートさせよう。敵は君をなんとしても確保したはずだから、こうやって我々よりも早く未調査地区の占領に乗り出した。きっと防御準備の時間はそれほど多くない。守りは薄いだろうさ」
いつも不敵な笑みを浮かべる富士の表情は、これまで以上に自信に満ちていた。反面、俺は腑に落ちないと組んだ腕を解けないでいる。
「分からないな。この戦いの勝利条件は何だ」
当然だが戦争には勝敗がある。だがその条件は多彩だ。敵の全滅や撤退ならシンプルだが、重要施設の防衛や占領となると、どれだけ死者や負傷者が出ても守り切れば勝ちなのだ。枢軸教会の勝利条件は俺の確保と機械派ユニオンの未調査地区到達を妨害すること。だが機械派ユニオンが何をもって勝ちとなるかが見えてこない。
「君の勝利は未調査地区の突破だ。そこを越えれば放射能に順応できない教会の奴らは追ってはこれない。我々の勝利は、君が神の正体へと至り、我々が神のもとへと歩む術を見つけ出すこととなる」
「神など存在しないのかもしれないんだぜ。仮にいたとして、そこに行く方法なんてないのかもしれない」
「その言う通り、これだけのリスクを背負うんだ。君には何としても神への足掛かりを見つけてほしいものだよ」
俺は習慣のようにポケットをまさぐって覚醒剤を探したが、ハイになれないことを思い出してやめた。
「もっと平和的に手を取り合えないものなのかね」
そうやってごねると、富士は鉛筆を口に当てて思案する。
「無理だね。僕は自分の背中に節足動物の羽が生えていないと社会的な地位を得られない世界なんてまっぴらごめんだ。人という形を気に入ってるんだ。反して教会は自身が機械化することをひどく嫌っている。機械化は感情の欠落、生物としての特別な機能を捨てることだと考えている。意識の模倣に成功しているのは、葦原さんを見ている君には理解できるだろうけど——まぁウジ虫どもには今さら受け入れがたい話さ」
「私たちは独立愚連隊なの」
ペンを指で挟んだまま後頭部を掻く富士に瑞穂が疑問を投げる。
「遊撃隊と言ってほしいな。君たちの装備している武器なら目立たないし、戦闘が起きても小規模だ。生死は君たちの腕次第」
今度は俺が瑞穂の拳銃を見る。
「拳銃の使い方なんて訓練していないだろ」
だが瑞穂は余裕の笑みを浮かべた。
「教会の奴らに風穴を開けてやったの見たでしょ」
銃を乱射する瑞穂の姿は、まさに蝶のように舞って蜂のように刺すかのようだった。瑞穂の拳銃の使い方は、ナイフ術科で身に付けた技術の応用だ。ナイフの間合いでは拳銃すら歯が立たないが、瑞穂の身のこなしはそれを克服している。普通の人間には真似できない、鋼化神経のなせる業というわけだ。
と、銃の戦術が記憶の蓋をこじ開けて湧き出した。適正距離や反動の記憶が奔流する。英雄の記憶が、体を蝕もうしているかのよう。額を押さえる俺の肩を支える瑞穂とは対照的に、富士の笑みは鋭さを増した。
「英雄の脳の移植か。どうやってそんなものを手に入れたのか知らないが、連城翠もえげつないことをする」
富士は翠さんを機械派ユニオンではないと言っていたことを思い出す。気が動転していて聞き流していたが、とても重要なことのように思えた。
「機械派でも教会の人間でもないなら翠さんは何者なんだ」
「彼女は神との交信ができる巫女。神との交信がMMCで可能という事実をつきとめてから、僕を含めて何人かは既に神の声を一言二言だけだけだが聞いたことがある。会話まで可能なのは翠だけ。彼女が言うには神のもとへと行ける者はただ一人、神が指名した者に限ると。僕は神に選ばれなかった」
「待て。なら俺ならいい理由はどこにある」
「さあね」
頭に浮かんだ様々な可能性の紐を手繰り寄せ、なぜ自分なのかを解き明かそうと試みるも無駄に終わった。
「君は放射能にも耐性がある。まさに神に選ばれし者じゃなか」
「覚えがないな。俺はただのヤク中だぜ。どこかの英雄ならまだしも——」
と、パズルのピースがはまる音がした。英雄は俺の片方の脳にいるじゃないか。神は甲賀麟太郎を現代に再現し、接触をしようとしているのかもしれない。やり方があまりにも遠回しで複雑な気もするが、当たらずとも遠からずという気もする。
「我々機械派は神と接触できればそれでいい。君がどういう存在なのかはこの際、何でもいいんだ」
同感だ。こんなバカげたことはさっさと終わらせて、翠さんにこの頭の悪夢を治してもらうことが何よりの先決。だがその後は?
世界は更に混迷を極めるだろう。枢軸教会と機械派ユニオンの争いは長引くはず。存在の定義を賭けたこの戦いの、収束への道しるべはまだ見えない。




