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練習と本番 3

 

 ステージに上がるとそこは初めて見る景色だった。

 こうして本格的な合奏を発表するのは初めてだ。

 中学ではコンクールに出なかったし、それより前は何度かコンクールに出たことはあったが、全て一人で演奏しただけだった。

 クマ先生の指揮が上がると同時に微かに楽器が持ち上がる音、制服の擦れる音がした。

 振り下ろされた両手と同時に音と音が重なり爆発する。

 クマ先生の指揮に意識向ける、自分の演奏に意識する、周りの音に意識する、周りの音に合わせて演奏を意識する。

 観客の顔はよく見えない、周りの部員たちの顔も、今見ているはずの譜面すらも、指揮以外の全てが真っ白な世界に見えた。


 あっという間の数分間だった。

 コンサートでこの素晴らしい眺め、コンクールはもっと凄い景色が見れるのだろうと思うと楽しみで仕方が無い。

 上手く吹けただろうか、周りは自分たちの演奏を見て聴いてどう感じたのだろうか、いろいろな感情や思考が終わった瞬間に一気に押し寄せてきた。


「奏ちゃん!早くいこっ!」


 その思考を一気に持って行ってくれたのはやはり玲奈だった。


「早くしないと次の中島さんたちの演奏始まっちゃうよー」


「そんなに急がなくても大丈夫だって、まだ時間あるから」


 とは言いつつも、正直かなり楽しみなのである、というのも県高は例年コンクール以外の発表の際に1年生がソロパートを演奏することになっているらしい。

 どうやら、他校に対して、新入生の実力を示す為らしいのだがそのことに対してそこの先輩達が文句も意見も無いことに対してやはりいい部内環境を構築しているのだと感じる。

 そして時間になり演奏が始まった。

 開幕から凄まじい勢いのある演奏だった。

 自分たちの演奏と比べてどうだろうか、これまでの3校と自分たちの演奏を比べたが優っているとも劣っているとも正直分からなかった。

 自分たちの高校も一昨年から全国に連続で出場した、だが今年はどうだろうか、先輩達の演奏に自分たち1年生が入ったのはここに集まった名だたる強豪高校たちと比べてどうなのだろうか、そんなことを考えて聴いていた。

 ただ、県高は別格だった。

 全国まで出ている自分たち以外の3校と比べても迫力が段違いだった。


 指揮の手がトランペットの、香澄の方に向けられる。

 香澄の演奏は会場全体の視線を一気に集めた。

 素晴らしい演奏だが、どこかで聴いたことのある音に聞こえる。


「……似てる……」


 思わず声が漏れてしまう。


「奏ちゃんもやっぱりそう思う?」


 その音は毎日聴いている音によく似ていた。

 他の誰でも無い、美咲先輩の奏でる音に。

 美咲先輩の方を見ると、思っていたような感じではなく、対して興味がなさそうな様子だった。

 いや、それどころか先輩達全員、上手いとは思っているのだろうが、焦ったり怖気付いている人は一人もいなかった。


 コンサートが終わり、1年生全員はどこか暗い様子だった。

 クマ先生の指示で1年だけ全員集合になった。


「皆さん、他校の演奏はどうでしたか?」


 誰もその問いに答えようとしなかった。

 少しの沈黙があったが、クマ先生は続けて話は始めた。


「今日、参加した高校は皆さんの知っている通り、全国クラスの強豪校です、恐らくこの中にいるほとんどが自分たちの演奏が劣っているのでは無いか、という疑念を持ってしまったのでは無いでしょうか?」


 自分はどうだろう、自分の演奏は負けていないとは言い切れないが、そうは感じていなかった。自分以外にも玲奈や空や奈々子も同じような様子だった。

 だがそれは一部で、ほとんどの一年がクマ先生の言っている通り、負けている、劣っていると感じてしまっていた。


「安心して下さい、私たちも全国クラスの強豪です、なぜなら、一昨年から私たちは全国大会に出場しているのです、確かに最後の高校の演奏は凄かった、それに加えてあの一年生のソロ、素晴らしいという以外の付けようがない評価です、では私たちはそこに劣るのか、私は全くそうは思いません、先輩達を見て下さい、誰一人として落ち込んだり怖気づく人はいなかったでしょう?彼女達には絶対的な自信と結果があるのです、あなた達を含めたこの板見高校が周りのどの高校に対しても劣っているはずが無いという自信がね」


 この先生は一瞬の迷いも懸念もしていない、本気で今年も全国に行けると確信している。

 この先生と先輩達はこれまで県大会止まりの弱小だった板見高校を2年連続で全国大会出場という本来ではほぼ実現不可能なことをやってのけたのだ。

 そしてそれと同時に気づく、先生や先輩たちが残した奇跡を、その結果を自分たちが入ったことで落としてしまうことがあってはならないと。

 クマ先生はいつもの笑い方でいつだったか自分に言った言葉を続けた。


「期待していますよ」 



 帰りの準備の最中に後ろから声が聞こえた。


「やーっと見つけたー!間に合ったー!」


 振り返った先にいたのは、なんと中島香澄だった。

 どうやら何か自分に用があるようだ。


「中島さん?あたしに何か用ですか?」


「いやね、さっき最上さん?だっけ?本番前に一緒に会いにきてくれたじゃん?その時にすっごいオーラっていうのかな?ビシビシ伝わってきてこれはただものじゃないのが来たなーって思って気になっちゃって」


 自分のどこを見てそう感じたのかは不明だが、恐らく近くに玲奈がいたので勘違いしたのだろうと思う。


「多分それあたしじゃなくて玲奈じゃないですか?近くにいたから気づかなかっただけで多分あの子あなたと同じぐらい上手だし、それにオーラかなんか知らりませんけど今のあたしにそんなもの無いですよ」


「いや、あなただよ、花咲奏さん」


 即答だった。


「……全中一位にそう言われて光栄です」 


「あ、そうだ、連絡先教えてよー、友達になりたい!」


 この人のことはあまりよく知らないのだが断る理由も無い、それに空や奈々子もいい子だって行っていたのを思い出したので香澄の提案を受け入れることにした。


「いいですよ」


「っていうか敬語とかいらないよー?同い年だし、あ、あと奏って呼んでいい?私のことは香澄でいいから」


「えっと、じゃあこれからよろしくね香澄」


「うんっ!ヨロシク奏っ!またなんかあったら連絡するね!」


 香澄とは、またすぐにどこかで会うだろう、そんな予感がしていた。それに演奏だけでなく美咲先輩にどこか似ている雰囲気を感じる。


 帰りのバスの中、今度は行きと変わって葉加瀬が隣に座ってきた。


「隣、いいか?」


「どうぞご自由にー」


「じゃ、遠慮なく」


 二人の間に若干の沈黙があったが、葉加瀬がすぐに話題を切り出した。


「コンクール、楽しみだな」


「だねー、クマ先生の話で頑張んないとって思っちゃった」


「そうだな、やっぱすげーと思ってたけど改めて先輩達も先生も凄い部活なんだなって思った」


「今年も全国行けるといいね」


「違うだろ、全国は行くんだよ、そこは通過点だぞ」


「葉加瀬くんって熱いところもあるんだね、ウケる」


「いや、ウケんなよ、ちょっと恥ずいじゃん」


「ごめんごめん、意外だったから、なんかそういうこと言わなさそうな人だと思ってたからつい」


 他愛もない会話で帰りのバスは退屈せずに済んだ、途中空と奈々子がこっちを時々見ていたような気がしなくもないが、何かあったら直接話してくるだろうと思いその時は深く考えずにいた。

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