練習と本番 1
いつも練習に使っている中庭だが今日は少し広く感じる。
いつも隣で笑顔で元気をくれる幼なじみは今日からいないのだと思うと少し寂しくなる。
「……っし、始めるか」
吹き始めるといつもよりも自分の音が大きく聞こえる気がする。
よくよく考えると、こうして一人で長い時間練習するのは久しぶりだ。
何を考えて練習しようか、そんなことを考えながら淡々と課題曲を進める。
心なしかいつもよりも落ち着いて演奏できている気がする。
昨日まで苦戦していたところも今日はすんなりと吹けるようになった。
楽しい、できなかったことができるようになり、少しだが成長に自信も取り戻せた気がする。
ずっとこのままトランペットを吹いていたい、今はそんな気持ちでいっぱいだった。
「いい感じだね」
練習を初めて何時間たったのだろうか、声をかけられる。
「あ、玲奈どしたの?」
「どしたの?じゃないよー!合奏練習の時間なのに戻ってこないから呼びにきたんだよー!」
「うっそ!もうそんな時間!?ごめん気づかなかった」
かなり集中していたせいか時間を全く気にしていなかった。
合奏練習開始の時間は既に5分程過ぎてしまっていた。
急いで音楽室に戻ると自分と玲奈以外の部員は全員揃っており先生の指導が始まっていた。
「遅くなりましたー!すいませーん!」
「遅ーい!花咲さん、集中するのはいいけど時間は守ってね」
案の定部長から怒られてしまった。
それを見た美咲先輩は少し笑っていたように見えた。
「すいません!気をつけます!」
合奏練習が始まって少しした頃クマ先生が演奏を止めた
「ではここの14小節目から22小節目までトランペット、一人づつ吹いてみてください」
先輩たちから順番に吹き始める。一人終わるたびに簡単にアドバイスをもらえる。
玲奈が終わり自分の番がきた。
自分では思っていたよりも上手く吹けた気がする。
ふと、隣に座るトランペットパートパートのみんなを見ると唖然としていた。
「花咲さん、今何を考えて演奏しましたか?」
他のみんなと違った質問が飛んでくる。
少し迷ったが思ったまま応える。
「吹いてる時は一生懸命であんまり何かを考える余裕はなかったです、ただ、吹き終わって自分の中では初めてまともな音が出せたなって思いました」
「そうですね、ほんの少し力が入り過ぎていますので、もう少しリラックスして吹くように意識して下さい、ただ、これまでで一番良かった音でした、その感覚を忘れないようにしてください」
「は、はいっ!」
褒められたとは言い難いが成長を実感できた瞬間だった。
その後も指導は的確に全員に行われ、合奏練習は終わり、またそれぞれのパート練習に戻ることになった。
いつも通りのパート練習の教室に戻るとなんとなく全員の空気が違ってるように感じた。
「花咲さん凄い!正直びっくりした!どうやって練習してんの?」
「本当びっくりした、個人練でなんかコツでも掴んだの?」
「なんかいつもと音が違う感じがしてなんだろ上手いとは少し違うような、いや、上手いんだけど美咲先輩とか最上さんとかの上手いとは少し違うっていうか……」
いきなりトランペットの部員たちからの質問責めにあってかなり焦る。
「いや、特別なことはなんもしてないって、ってかそんな一日で変わる?それに全然上手くなんかないってー」
本当に特別なことは練習していない、そもそも一日でそんなに技術が変わるほど演奏は甘くないだろうと思うのだが、聞いた人は音が変わったと言ってくれている。
玲奈や美咲先輩への意識を完全に消したわけでもなくただちょと、ほんの少し昔の自分を思い出して練習してみただけなのだ。
「いやいや、別人かと思ったよー、というか昔の奏ちゃんを見てるみたいだったよー」
玲奈が入ってきた。
なんとなく一瞬悔しそうな顔をしたような気がする。
「やっぱり神童だよ、奏ちゃんは……」
「ん?玲奈なんて?」
「あたしも奏ちゃんに負けてられないなーって言ったの!やるぞー!」
玲奈はいつも以上に気合が入っていた。
2年の先輩たちの方を見ると先輩たちはどこか少し焦っているようにも見えた。
ともあれその日はあまり気にせず練習に専念することにした。
クマ先生からのアドバイスをもらった日以来、毎日一人での練習が続いた。
合奏練習や全体練習の遅刻は流石にまずいので携帯のアラームを10分前にセットしてわかるようにしている。
一人での練習の時はいつも昔の自分を思い出しながら演奏をする、それがいいのか悪いのかは分からないが、いつの間にか自分の目標が過去の自分を超えられる演奏をしたいと思うようになっていた。
もちろん技術的なところで言うと間違いなく今の方が上手いのだが、今の音では何故か敵わないような気がしていた。
コンサートまであと3日と迫った日、いつも通り個人練をしていると夢先輩が中庭に来た。
「ここでやってたのかー」
「どうしたんですか夢先輩」
「花咲の練習見てみたいなって思ってね、どんどん上手くなっていくからなんか秘密があんのかなって思ってね、邪魔だったらごめんね」
「そんな特別なんもしてないですって、普通ですよ普通、それに邪魔だなんて全然どうぞいてください」
「そう?じゃあお邪魔する」
夢先輩はそう言うと楽譜も見ずに自分の演奏に合わせて音を重ねる。
二人での練習がある程度たった時、夢先輩が何かに気づいたのか話し始めた。
「練習止めてごめんね、なんとなく花咲が上手くなる理由がわかったかも、私はもう教室戻るね、邪魔してごめんありがと、楽しかった」
そう言って颯爽と戻ってしまった。
そういえば誰かと練習するのは久しぶりだ、だが全く意識しなかった、夢先輩は2年の先輩の中では圧倒的に上手い、玲奈と同じかそれ以上かといったレベルなのだが、自分の演奏にずっと集中していたせいなのか合奏をしていたにも関わらずだ。
自分はこの頃から既に誰かを意識して、目標にしてトランペットを吹かなくなっていた。。
コンサート当日、いつもより少しだけ早く家を出るといつも通り玲奈が待っていた。
「コンサート楽しみだね!強豪の……えっと誰だっけ?空ちゃんと奈々子ちゃんの言ってた人」
「中島香澄でしょ?って言うか玲奈知ってるって言ってたじゃん」
「そう、その人!もっかい会いたいんだよねー、喋ったことないから話てみたいんだよね」
「そうなの?」
「うん、中3の時に吹部の先生に推薦されて一回だけでたソロコンであたし3位で中島さんが1位だっただけ」
「さらっと自慢してくるねー、って言うかソロコンの話初めて聞いたわ、実際どんな感じだったの?」
「あたしとしては3位じゃ自慢にも何にもなんないよ、って言うか言い訳さして欲しくって、その日熱出しちゃって全然思うように吹けなかったんだよねー」
「ほうほう、熱がなかったら一位取はれてたと、さすが玲奈だねー、トランペットのエースは言うことが違いますなー」
「やめてよー、奏ちゃん意地悪だよー」
「いつものお返しだよ」
そこからはソロコンの話で盛り上がっている間に集合場所の学校についた。
既に会場である商業施設へ向かうバスは到着しており、一年は楽器の積み込みの手伝いと準備をしていく。
「おはよー、さっすが二人はいっつも早いねー」
空が眠そうにあくびをしながら話しかけてくる。
「空ちゃんおはよー」
「おはよー空、今日はどしたの?いつもより早いじゃん」
「それがさー、ホルンの先輩厳しくってホルンは他のパートより早く来て準備しろーって言われちゃって」
「そーなの?あんまそんな印象ないけど」
「いやいや、智香先輩とかちょー怖いよからね?あの人なんかあったらすぐお仕置きしてくるし」
「そっか大橋ーちょー怖いかー、喋ってる暇があるぐらい手が空いてるのかー、そうだちょうどいい、低音の楽器も運んどけよ?チューバとか重くてオススメだぞ?」
「げ、智香先輩!よ、喜んで運んどきまーす!」
空は大急ぎでその場から走って行った。
その後は泣きそうになりながら小さい体で一生懸命チューバを運んでいた。
準備が終わり、全体で課題曲を一回通しで行い、軽く練習した後、いよいよコンサートに向かう時間になった。