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顧問と質問 3

 

 部活に入部してから数日が経った。

 朝練は自主的に参加なので、強制ではないが、殆どの部員がかなり早くから練習を始めており、用事等がない限り全員が参加している。

 自分も玲奈と待ち合わせて早くから学校に向かう。


「おはようございます」


 何とない会話の始まりだが中学でのこともあってか自分にとっては少し緊張する一瞬だ。


「おー、花咲と最上じゃん、おはよー今日も早いねー」

「さっすがトランペットのエース達は努力を惜しまないねー」


「エースは玲奈ですよ、あたしなんて全然……」


 既に朝練に来ていた先輩達は快く挨拶を返してくれる。

 自分にとってはこれだけで部活への安心感とここに入って良かったと思える安堵感を感じる。


「さて、今日も頑張りますか」


 気合を入れたところで玲奈がとても嬉しそうにこっちを見た


「どした玲奈、ニヤニヤしちゃってなんかおかしいところでもあった?」


「いーやべっつにー、えへへ……」


「なにー、もーちょっと気持ち悪いってー」


「なんでもないよー、気にしないでー」


 ここ数日練習に入るたびに玲奈はこんな感じだ。


「にしても奏ちゃんやっぱり凄いねー」


「何が?」


「まだ一週間とちょっとくらいしか練習してないのに上手くなるの早すぎだって、2日前まで吹けなかったところなんかも吹けるようになってるしー」


「そんなことないって、多分あれだよ、元が酷すぎただけでちょっとマシになっただけだよ、それに玲奈が毎日練習付き合ってくれてるおかげだよ」


「まあ、そこは感謝してもらって当然だよねー」


「なんかそー言われるとムカつく」


 冗談を交えつつ、朝からしっかりと練習に集中できた。

 実際玲奈にはとても感謝してる。

 吹部に誘ってくれたこと、下手くそな自分に呆れず練習に毎日付き合ってくれていること、流石に今度何かでお返しをしようと決めた。



「花咲さん、ちょっといいですか?」


 放課後、部活に向かう途中クマ先生に呼び止められる。

 突然で少し困惑する。


「はい、えっと、なんでしょう?」


「トランペットは楽しいですか?」


 唐突な質問に少し間を置いて考える。

 この質問の意図はなんなのだろうか、とりあえずの本心を口に出してみる。


「楽しいです、ただ……それと同じくらい上手く吹けなくて正直苦しいです」


「そうだね、見ていてなんとなくだがわかるよ、昔は感じなかった感情だ、違うかね?」


 言われてみるとそうだ、昔毎日練習していたトランペットは上手く吹けなかったことはあっても苦しいと感じたことはこれまで一度もなかった。


「私からあなたにアドバイスがあるとすれば技術的なことは正直あまり無い、演奏など少しすれば恐らくすぐにできるようになるだろうからね、ただあなたの目標や演奏にかける想いが本来の才能を眠らせたままにしてしまっている気がしてね」


「……目標ですか?」


「あなたは今何を思ってトランペットを吹いていますか?」


「何って、上手くなりたいと……思っ……て……あれ……?」


 口にしてようやく違うと気づく。

 上手くなりたいんじゃ無い、見ているのだ、追ってしまっているのだ。

 美咲先輩を、玲奈を。

 この人たちのようなトランペットを吹きたいと思ってしまっているのだ。


「幼い頃のあなたは誰かを追いかけて練習したことなど一度もなかった、プロのトランペット奏者の前でさえ自分の方が上手いと言わんばかりに自身に満ち溢れた演奏をしていた、覚えているかい?初対面の時に当時プロだった私に対して自分の方が上手く吹けると大勢のプロの前で言い切ったこと、それがどうだろうか、今は周りを気にしている、周りを追いかけている、自分より上手いと感じ、どこかで追いつきたいと考えてしまっている、本来なら、その考えに間違いは一つもない、ただ君はその考えではいけない、なぜなら花咲さん、あなたはかつて神童とまで呼ばれたんだからね」


 昔の自分は誰かを見てこうなりたい、こんなふうに吹けるようになりたいと思ったことは一度もない。

 優劣などどうでもいいことだ、自分はただ楽しくトランペットを吹いている、それだけで周りの大人達や友人達は喜び神童だと褒め称えられる。

 当時は幼く演奏の上手い下手など自分にはよくわからなかった、それが今はどうだろう、ブランクを自ら作った後悔と周りと自分との差をどうやって埋めるか考えて演奏している。

 美咲先輩や玲奈や他の部員達の演奏が気になって仕方がない。


「……と言われてもあたしはどうすれば……」


「簡単ですよ、追いつくなんてことは考えないでください、周りとの差なんて気にしなくてもいい、あなたはあなたが思うままの演奏を心がけてみてください、それがあなたが昔の花咲奏に戻る方法ではないかと私は考えます」


「昔の自分ってそこまでして目指すほどのレベルなんですか?」


「目指すのでは無いです、感覚を取り戻す糧にするだけですよ、まずは原点回帰です、それができればあなたは今後どんどん上達する」


 そう言ってクマ先生ははっはっはといつも通りの笑い方でこう続けるのだ


「期待していますよ」




 練習が終わりたまたま空と奈々子と時間がかぶって一緒に帰ることになった。


「4人で一緒に帰るのも久しぶりだねー」


 空は歩いて通学しているので、自転車を取り出す駐輪場で携帯を弄りながら3人を待っている。


「あのさ、ちょっとみんなに聞いてほしいことあるんだけどいいかなー?」


「あ、そうだ、それならせっかくだし今日どっか寄って帰ろっか、そこでお茶でもしながら話聞くよー?」


 奈々子の提案に全員賛成する。

 みんなに今日のクマ先生との会話を聞いて欲しかった。


「え?なになにー?まさか奏、恋愛とかそっち系!?さすが手が早いですなー」


「いや違うし、それに手が早いってなんだよ」


「そーなの?奏モテそうだしてっきり誰かに告られたとかそっち系かと思ったのにー、とりあえず奈々子の後ろ乗せてねー」


 そういうと空はハイテンションで奈々子の自転車に飛び乗った。


「ちょっ、空っ、いきなり飛び乗ってくるなー!」


 それをしっかりと奈々子がはたき落とす。


「えーん、玲奈ー、奈々子に振られちゃったよー」


「よしよし、しょーがないなーあたしが乗せたげる、それじゃあ空ちゃん前漕いでねー」


「それ乗せたげるって言わないしー」


 そうこうして帰りに近くのファーストフード店に入ることになった。

 友人3人に今日のことを早速話してみる。


「それでさー、みんなはどんなこと意識して練習してる?」


「難しいねー、あたしは過去なんて振り返ったことないからいっつも自分より上手い人見つけてあの人上手いなーって思って真似して練習してるけどなー、部分的に上手いとかあるじゃん、例えば今の課題曲の何小節目から何小節目まで得意とか、そういうのを周りの人の演奏聴いて真似してってのを繰り返してるかなー」


「そうだよね、私も玲奈ほどじゃないけど少なからず周りをみつつ自分に足りないとこ考えて練習してるなー、空もそうでしょ?」


「そうだね、ってか普通はそうだよ、まだ一年だしそれに今の部活には同級生にも先輩にも見習う人いっぱいいるからねー、あたしも負けないようにしないとーってなってるよー」


「やっぱ普通そうだよねー、けどクマ先生はそれをするなって言ってたんだよねー、しかも昔はそれができてたからその感覚で練習してっていう感じだったわけよー」


「要するに周りを見ずに吹いてみてってこと?」


 奈々子が意味わかんないっていう顔をしながら訪ねてくる


「そういうことだと思うよ?わかんないけど……」


「じゃあ奏ちゃんはちっちゃい時に何をみて何を目標にトランペット吹いてたの?」


「えーなんだろー、プロの人?でもないしなー、っていうかそもそもただ自分が吹きたいから吹いてたっていうかそんな感じかなー」


「今は?」


「そりゃ、部活のみんなだよ、玲奈なんて上手すぎていっつも参考にしてるよ」


「なるほど、わかった!奏ちゃん明日から別々で練習しよ?っというかあんまり周りの音が聞こえないとこで練習してみて、合奏練習以外の個人練の時はそうしてみて」


「え?なんで?あたし玲奈と一緒に練習したいんだけど?まさか迷惑だった?」


「違う違う、迷惑だなんて、むしろ離れて練習するのはあたし的にも嫌なんだけど多分これがクマ先生の言ってたことなんだと思う、それに一日中一人で練習するわけじゃなくて、個人練の時間だけだよ?拗ねて戻ってこないなんてことにならないでよ?時間になって戻ってこなかったらあたしが呼びに行くからさ、ね?」


「えー、わかんないけどわかった」


 玲奈の言う一人でする練習になんの意味があるのかはっきりわからないままだったが、とりあえず明日から個人練は一人でいつもの場所で行うことになった。

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