顧問と質問 2
次の日、新入生の部内説明会は予定通り行われた。
「3年の三宅純奈です、一応こー見えても副部長やってます、知ってる人も中にはいると思うけどサックスパートを担当してます、今年も一年生担当にもなりました、部内のこと、先輩の名前とか担当楽器とか行事の日程とかわかんないこたがあったらなんでも聞いてね!」
副部長の純奈先輩、黄色い髪留めと右耳のピアスが光るいわゆるギャルっぽい見た目の先輩。
というか学校的にピアスはオッケーなのか?
その見た目とは裏腹にしっかりとした言葉遣いと誰にでも優しく部内でもかなり慕われている。
「同じく担当になりました、二年の浅尾智香です。楽器はホルンです。純奈先輩と一緒でわかんないことは聞いてください、あと相談とかあれば全然乗りますよー!」
智香先輩も純奈先輩ほどではないが見た目はギャルっぽい。
後々聞くと夢先輩曰く、一年の時から担当だった純奈先輩リスペクトで見た目が変わっていったらしい。
「センパーイ!早速恋愛相談お願いしまーす!」
「こら大橋!調子に乗るな!あとでお仕置きな」
「げー!ジョークですよージョークー!すいませーん!」
空の発言で周りから小さく笑声が上がった。
空が玲奈とすぐに仲良くなった理由がなんとなくだがわかった気がする。
「……というわけで、説明は以上です、質問はあったらあとで個人的に私か純奈先輩のとこまできてください、それでは部長、あとはお願いします」
「りょーかーい、智香も純奈もお疲れ様ー」
そう言うと優香部長が教壇に上がる。
「ではみなさん、改めて、入部してくれてありがとう!昨日で入部届の締め切りだったので、ここにいる32人が新しい吹部の仲間です、みなさんも知っっての通り、2年前の私たちの代から全国大会まで二年連続で進出しています、今年も全国大会を当然目指すのですが、もちろん、ただ目指すのではなく、今年こそ全国金賞を掴み取ります!ここにいる全員が必ず意識して練習に取り組んでください!私からは以上です」
全体から拍手が起こると優香部長は少し照れ臭そうにして教壇を降りた。
「はっはっは、やってますね」
音楽室の扉が開いたその人物が立っていた。
あっ、と思わず声が出てしまった。
熊元先生、見るのは何年ぶりだろうかというレベルだが一眼見て思い出す。
風格も容姿も小学生の頃会ったそのままだ。
クマのような大きな身体に度のキツそうなレンズの厚いメガネをかけており、見た目はかなり優しそうでいて吹奏楽のことに関しては年齢関係なく厳しく指導する。
年齢は40前後?くらいだろうか。
「先生、遅いですよー」
「いやはや申し訳ない、ちょっと仕事が片付かなくてな」
「おやおや、今年も凄い人数だね」
「はい!今後が楽しみです!これも先生のご指導のおかげです」
「いやいや部長、謙遜はよしなさい、これはあなたたち2年生、3年生がなし得た成果ですよ」
はっはっはと笑いながらクマ先生は話を続ける。
「とりあえず、自己紹介からしますか、えー、熊元豪です、二年前からこの学校の音楽教師をしています、元はトランペットの奏者をしていました、一応こう見えてもプロです、プロの目線から吹奏楽については教え伝えられますが、教師としてはまだペーペーですので、至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いします、さて、自己紹介はこんなもんで手短にしときます、みなさんの貴重な練習時間を割いている場合ではないですからね、とりあえず部長、このプリントを配ってください」
部長は渡されたプリントを全員に配り始める。
「今年の新体制の初行事です、5月のゴールデンウィークに予定してます商業施設内のコンサートで、コンクール前の練習の一環として今年は参加することにしました、他の県から強豪高校も多数参加するので、新体制になった他校の実力も図るのに一石二鳥のイベントです」
「早速、テンション上がるやつきたね!玲奈!」
「空ちゃん!あの県高も参加するみたいだよ!燃えてきたー!」
玲奈も空もとても楽しみにしているみたいだ。
県高は長年全国の常連校で全国金賞も何度か取っている程有名な高校だ。
「県高といえば香澄が確か推薦貰って行ってるよね?」
「香澄って誰?奈々子ちゃん」
「あー、えっと空とあたしと同じ中学の当時の部長でトランペットのエース、中島香澄って聞いたことない?中学でソロコン優勝とかしてたんだけど」
「あー知ってるー!あたしも中学で一回だけソロコン出たことあるもん!」
「そこ、一年、うるさいよ!後にしなさい!」
流石にうるさかったのか、優香部長に怒られてしまった。
「は、はい、すいません!」
「はっはっは、今年の一年生はイキがいいですな」
「先生も笑ってないで真面目にしてください」
「いやいや、失礼失礼、見たところ知ってる顔もちらほらいるみたいで今年も去年とはまた違った楽しみがありそうだ」
そういうと先生が一瞬自分の方を見た気がした。
「さて、では早速練習に入りましょう、私は順番に各パートの教室を回るので、それぞれ各自パートリーダーの指示にしたがって発表する課題曲の練習を行ってください、部長、お願いします」
「はい、ではそれぞれパート練に行ってください、解散!」
正直かなりワクワクしていた。
コンサートに向けての練習もそうだが、クマ先生の、プロの奏者の指導を受けられるのはかなり楽しみだ。
「すいません、遅くなりました、さてここはトランペットのパートですね、まずは全員で一回拭いてみましょうか、ここは初心者の方は確かいないですよね?」
練習が始まって2時間ぐらいたった頃だろうか、クマ先生がようやく教室に来た。
「大丈夫です、先生、今年のトランペットはかなり期待しててください、なんたってあの神ど....」
「美咲先輩、怒りますよ?」
「ごめんごめん、可愛い後輩をしっかり先生にアピールしとこうと思ってねー」
「はっはっは、花咲さん、お久しぶりですね、中学の時に見かけなかったからやめてしまったのかと思っていましたが、まさかうちに入って来てくれるとは」
「お、覚えててくれたんですね、....けどすみません、中学ではほとんどというか二年ぐらい全くやってなかったです」
「いやいや、謝ることじゃありませんよ、こうして吹奏楽に戻ってくれて私は嬉しいですよ、それと最上さんもお久しぶりですね」
「クマちゃん……、じゃなかったクマ先生、お久しぶりです」
「え?何々?二人とも先生と知り合いなのー?流石先生、可愛い子には手が早ーい!」
「山崎さん、大人をからかうものじゃありませんよ」
クマ先生は、はっはっはと笑いなが練習が始まった。
先生の指導はかなり適切だった。
それぞれ一人ひとりの音を聞いて足りていないところを都度順番に指導してくれる。
私はというと手の震えこそ殆どなくなり吹けるようになってはきたが、ミスも多くかなり集中的にしぼられた。
というかトランペットパートでもしかしたら今一番下手くそなのかもしれないとかなり焦ってしまった。
「せ、先輩!個人練行ってきてもいいですか!?」
「お、奏ちゃんやけに積極的だね!けどあんまり焦らないようにね、教えて欲しいとこあったら聞きにきてもいいよー」
「あ、え、遠慮しときます……」
「ぶー、なんでよー、奏ちゃん可愛くなーい」
「冗談です、ありがとうございます」
この先輩顔はめっちゃ美人だがなんとなく怖い。
正直何考えてるか読めない人なのだ。
「あ、待ってよ奏ちゃんあたしも一緒に行くー」
自分のあとを追って玲奈も練習に付き合ってくれるようだ。
焦っても仕方がないのは自分でもわかっている。
だがそれでも、自分より上手く刺激的で魅力的な演奏をする友達が隣にいる状況は、自分の闘争心に火を付ける着火剤にぴったりだった。