顧問と質問 1
「初めまして、今日から入部することになりました、花咲奏です。よろしくお願いします」
「よろしくねー!」
「よろしくー!」
基本的にトランペットパートの先輩たちや同級生は明るい雰囲気だった。
「はいはい、質問とかは後にしてさっそく練習始めちゃうよー!」
「先輩その前に、簡単に今後の部活の目標とか練習の内容とか時間とか鍵の管理とか伝えといた方がよくないですかー?」
「それもそーだね、明日一応一通り説明会あるけど、まあ軽く説明お願いできる?夢ちゃん」
夢ちゃんと呼ばれたのは同じトランペットパートで二年の倉島夢先輩、メガネをかけていて真面目そうな印象がある。
「わかりました。一年生たちよく聞いてね」
そういうと部活の大まかな説明をしてもらった。
その中で、この部活は実力主義だから学年に関係なくコンクールメンバーが選ばれるという話があった。
「説明は以上なんだけど、明日一年生全員の担当の先輩から説明あるから、質問あったらなんでも聞いてね、ちなみに、今質問あるなら私が答えるよ」
個人的には質問したい程ではないのだが、正直実力主義という言葉に少し引っかかる。
そう思ったとたん横にいた玲奈が手をあげた。
「質問いいですかー?」
「確か、最上さんだっけ?どうぞ」
「えーっと……実力主義とは具体的にどういう意味ですか?」
夢先輩は少し戸惑ったがすぐに応える。
「それは、そのままの意味だよ」
「えっと、そのままとは……」
「本当にそのまんまで、実力のある人だけコンクールのメンバーに選ばれる、練習量とか努力とか、そういうのじゃなくてって意味ね」
「それは学年も関係ないという意味ですか?」
「その通りだね、だから先輩だからとか部長や副部長だからとかは一切関係ない」
「……ありがとうございます」
玲奈はどこか満足気だった。
「質問は以上で大丈夫?他のみんなも」
それ以上質問は出なかった。
「さて、じゃあ一年生は中庭に集合してブレスの練習からね、多分部長が全員まとめて見てくれるから」
そう言われるがまま、その日は基礎練習をみっちりこなした。
この部活の練習は初日からかなりハードなものだった。
自分はというと周りについていくので必死だったが、ブランクのせいなのか、トラウマのせいなのか、おそらく両方だと思うのだが、指がまだ少し震えてしまってうまく音を合わせられないでいた。
自分で聞いてて呆れるぐらい聞き苦しい窮屈な音しか出せなくなってしまっていたのだ。
初日だしこんなもんかと思いたかったが隣の玲奈の演奏を聞いていて焦りと後悔を駆り立てられてしまう。
練習が終わり、玲奈と帰ろうとしたときにふと2人に声をかけられる。
「いやーにしても最上さんほんと上手いねー、同じ一年だと思えないよー、中学の時のうちのエースより上手い人同年代にいないと思ってたー」
「ほんまそれー、あなたが噂の花咲さんだよねー?私は愛浦っていうんだー、よろしくねー」
同じ一年でホルンの大橋空さんとアルトサックスの愛浦奈々子さん。
大橋さんはロングヘアのツインテールが特徴的で身長はかなり低い小動物のような見かけだ。
愛浦さんはショートヘアでいかにもボーイッシュっていう印象を受ける。背は高くかなり整った顔をしている。
「えへへ、褒めてくれてありがとー、でもなーんにも出ないよー」
玲奈はどうやら自分が入部する前に初日の部活で仲良くなっていたらしい。
「えーっと、宜しく……それより噂って、……なんの?」
「最上さんが昨日からトランペットみたいな友達紹介するねーってずっと言ってたのー」
「何それ、トランペットみたいって何?っていうか玲奈、勝手に変な紹介しないでよー」
「いーじゃん、あたしの奏ちゃんの印象そのまま説明したらそんな感じなんだもん」
「ま、まあいいや、改めて、花咲奏です、みんな奏って呼んでるから下の名前でいいよ」
「あ、ほんとー?良かったーじゃあ私も奈々子でいいよ、空もいいよね?」
「もちろん!宜しくね奏」
「え?え?あ、あたしはー?あたしも玲奈って呼んでよー!奏ちゃんだけずるいよー!」
「そーだね、玲奈、改めて宜しく!」
「宜しく玲奈」
玲奈はどこか照れ臭そうにしていたがともあれ2人と仲良くなれたのは純粋に嬉しかった。
帰り道もどうやら方向が一緒なので、今後時間が合えば一緒に帰ることになった。
一応、玲奈の変な紹介はやめるようにしかりと念を押しといたのだが。
「それよかさ、奏はなんか窮屈そうというかどっか苦しそうにトランペット吹いてる気がするけどなんでー?」
「あーそれ私も思ってたー、音はそんなに外してないんだけどなんか聞いてて息苦しい感じがする……」
「……そ、それは……」
応えに困る、仲良くなったとはいえ今日知り合った2人にいきなり過去の話をするのは気が引ける。
思わず玲奈のほうに視線を送り助けを求める。
「今更どーせ隠すものでもないし2人になら話ていいんじゃない奏ちゃん、しょーじきあたしも練習で聴いててちょっとがっかりしてるしー」
どの道いずれ話すことになるかと思い言われた通り今更なものでもないので簡単に2人に中学の時のことを話した。
「そいつらほんとサイテーだね、奏からトランペットまで奪ったようなもんじゃん」
「けど、この部活なら問題無いんじゃ無い?ここ多分そーいうのとは無縁だと思うし奏も考えないようにしたらっていうのは簡単にはいかないし無責任かもしれないけど、本気でコンクールメンバー目指すなら少しでも早く克服しないとねだね、もちろんあたしも奈々子もなんかあったら相談のるし協力できることあったらなんでも言ってね」
「ありがと、けど今は克服してもブランク空きすぎて実力的に厳しいかもだけどね、にしてもうちってこんなにレベル高い学校だったの知らなかったよ、玲奈は知ってたの?」
「え?奏ちゃん知らずにここに進学したの?」
「知らないよー、むしろ吹奏楽部が有名じゃないところ選んだつもりだったんだけど……」
「そーなんだー、まあそれもそっか、やってなかったし知らないのは当然かー」
「え?どゆこと?」
「実はね、ここって2年前に顧問の先生変わってから一気に全国クラスの強豪校になったんだよ」
「へー凄いねーその先生、2年前ってことは美咲先輩とか部長の代からってことだよね?確かに3年の先輩たちってみんなすっごい上手いもんねー」
「多分先輩たちのポテンシャルは凄かったのもあるけどその先生実は本物のプロの演奏家だった人なんだー、それであたしもここに進学決めたわけ、っていうか奏ちゃんも知ってる有名な人だよ?」
「え?」
「ほら、小学生の時のコンクールで声かけられてたじゃん」
「そんなの覚えてないよー誰のことー?」
「トランペット奏者の熊元豪だよー、覚えてない?奏ちゃんがあの人クマみたいーって言ってた人、奏ちゃんもきっとここにくるんじゃないかなーって思ってたくらいなんだよ?」
「名前だけなんとなーく覚えてるような、覚えてないような……、明日見たら思い出すかも?」
「何?2人熊元先生知り合いなの?っていうか奏ってプロに声かけられるとか小学校の時どんだけ凄かったの?」
空は少し興奮している感じで聴いてくる。
「奏ちゃんはねー、昔神童って呼ばれてたんだよー」
「ちょっ、やめてよ昔のことはー」
「そーなんだ、すっごいねー!期待してるぞよ神童っ!未来のエース!」
「神童か、かっこいいなー、私も期待してるよ神童っ!」
空も奈々子も茶化してくる始末になってしまった。
「ちょっ、ほんとやめてってー!それにエースは実力的に玲奈でしょー!それにパートは違うけど空も奈々子も相当上手いし」
「ふふっ、わかんないよー?なんたって奏ちゃんは神童だからねー」
「玲奈!そろそろ怒るよ!」
「ゴーメンゴメン、冗談だよー、けど期待してるのは本当、だから、早くトラウマ克服してね」
「もー、わかったよ、早くみんなに追いつけるように努力するよー」
ここからだ、ここからこの環境のこの場所のこの仲間たちとなら絶対に自分の演奏を取り戻せる。
そう確信できる。
玲奈も空も奈々子も今はまだ実力的に全然届かないけど、いつか必ず3人と肩を並べて演奏したいと強く思った。