再会と再開 2
昨日のこともあってか少し寝不足のまま朝の通学の時間になった。
玲奈と美咲先輩の演奏の余韻が耳に残っているままだった。
学校に近くなってくると昨日聞いたトランペットの音が聞こえた。
力強く校庭に響く音にどこか叱られているような気持ちになる。
「やっぱり凄いな……、流石に今からやり直してもなー……」
なんて独り言を漏らしながら教室に向かう、そもそも自分は2年前に辞めたのだ、しかも楽器すらまともに触ることができないほど無様な状態で今更何をやり直すのかと思い直した。
一日授業は頭に入らず気がつくと放課後になってしまっていた。
「さーて奏ちゃん!音楽室行くよ!」
玲奈は今日も嬉しそうだ。
「いや行かないし、帰るし」
「いや、行くの」
「……なんで?」
「なんでも!いいから行くよ!」
そういうと玲奈は腕を掴んで引っ張ってきた。
その真剣な表情は簡単には帰してくれなさそうだった。
「あたしはもう!辞めたって言ったじゃん!」
自分でもびっくりするぐらい大きな声が出てしまった。
恐る恐る玲奈の顔を確認する。
再会した時に見せた残念そうな顔をまたさせてしまった。
「じゃあさ、何があったか話してよ……、あたしは中学の時のことなんも知らないから奏ちゃんが吹奏楽辞めたって聞いて今でも信じらんないんだよ……」
流石に隠す理由も無いので中学での部活のことを玲奈に伝えた。
「……っていうことがあって、あたしは部活はしたく無いの」
玲奈は少し考え込んで真剣な表情で話し始めた。
「中学でのことはわかった、強引に部活に誘ったのも謝る、……けどね、その話のどこに奏ちゃんがトランペットを辞めちゃった理由に繋がるの?」
「いや、だから部活が……」
「部活の事じゃなくて!トランペットの事だよ!部活辞めるのはその環境が悪かったと思うしあたしがそこにいたらあたしだって多分退部してると思う、けど部活じゃなくてもトランペットは吹けるし、あたしにはやっぱり辞める理由がわかんないままだよ!納得できない!」
「あたしのトラウマは玲奈が考えてるほど浅くないの!部活がダメで環境がダメで!トランペット触ろうとすると思い出して怖くなって吹けなくて、悔しくて悲しくて!玲奈はそんな気持ちになった事無いからあたしのことなんてわかるわけないじゃん!」
自分でもわかっているのだ、本当は部活を理由にしてトランペットを辞めたことを心底後悔しているのだ。
玲奈のいう通りで明確な理由にはなっていない。
それでもトランペットを握るとやはりまたあの頃に戻るのではないかという不安はぬぐいきれない。
「そんなのわかるわけないよ?でもね、今は前と違う、中学の時の嫌だった環境はもうここには無い、それにあんまり力になん無いかもだけどあたしだってここにいるよ」
玲奈は穏やかな表情で続ける。
「部活が怖いだけならトランペットはまた吹ける、奏ちゃんのトランペットは待ってるよ、もう一度吹いてくれることを」
「なんでそこまであたしに拘るの?」
「なんでだろね、ただ仲のいい友達だからってのもあるんだけど、あたし好きなんだー奏ちゃんのトランペット、なんか聞くだけで不思議と元気になれるの、なんていうか情熱的で心臓が焼けるように熱くなってくる、小学校の時初めて聞いた時からいつかこの子みたいなトランペットが吹けるようになりたいってずっと思ってた。中学で離れ離れになっちゃって、それでも続けてればいつかまた会えた時、あのトランペットが聞けると思ってた」
驚くほど素直で他人が聞いたら恥ずかしいぐらいの内容だった。
自分の演奏で傷ついた人を多く見てきた、自分自身も傷ついてきた。
それでも自分の演奏が好きだと言ってくれる人がここにいてくれたことが本当に嬉しかった。
「でも、あたしはもう吹けないんだ、思い出しちゃうんだよ、中学の時のこと、それに2年もブランク空いちゃって……」
「吹けるよ」
玲奈は確信に満ちた強い言葉で訴えてくる。
「絶対に、だって奏ちゃんはトランペットに愛されてるから、トラウマもブランクもあっという間に乗り越えられる」
「……そんな、愛されてるなんて大袈裟だよ、それにこの学校の吹部かなりレベル高くってあたしじゃコンクールメンバーになれるかどうか……」
「コンクールなんて考えなくていいじゃん!今はさ、楽しも!吹いたら変わるよ!トラウマなんて一瞬でどうでもよくなるぐらいにさ!」
完全に負けた、この強引さは昔から絶対に折れることがない、ただもしかしたら、今なら吹けるかもしれない。
玲奈の言葉でなんとなくそんな気がした。
考えるよりも先に足が動く、教室にカバンを置いて走り出した。
「音楽室で待ってて!ちょっと家に忘れ物した!」
玲奈は少し驚いたがまたいつもの嬉しそうなにこやかな表情に戻った。
「わかった!待ってるねー!」
こんなに全速力で走るのはいつぶりだろうか、駐輪場まで廊下を、校庭を駆け抜ける。
早く吹きたい、ただその一心が走ることを自分で辞めさせなかった。
トランペットを担ぎ学校に戻り、音楽室に着くと綺麗な音が聞こえる。
練習の邪魔にならないように静かにドアを開ける。
「待ってたよ、花咲奏さん」
唐突に名前を呼ばれる。
「えと、確か、山崎先輩でしたっけ?」
「覚えててくれたんだー、嬉しい!それに先輩って呼ぶってことは入部してくれるの?」
「学年的に先輩なので、先輩とつけただけです、入部は……まだ考え中です」
「マイ楽器まで持ってきて?」
「これはその……入部とは関係なくてですね……」
「そうなの?まあいいや、玲奈ちゃんが頑張ってくれたんだねー」
「そういえば玲奈は?玲奈はどこですか?」
「さっき負けてらんない!って気合入れて外行っちゃったけどどこかな?」
「そうなんですね……、ちょっと見てきますね」
教室を出ようとした時に先輩に遮られる。
「と、その前に、花咲さん、その銀色のトランペットでなんか吹いて見せて」
「え?いや、それは、その……」
その目は真剣だった、というかこの人は自分のことを知っているのか?
「っていうかなんであたしまだトランペットって言ってないですし楽器だって出してないのに、なんで色までわかったんですか?それにあたしのフルネームまで……」
「お姉さんはなーんでも知ってるからね、ささ、とりあえず一曲行ってみよー!」
仕方なく渋々箱を開ける。
昨日は触ることすらできなかった銀色に今は触れられた。
緊張しているのか、怖いからなのか、まだ少し手が震えてしまう。
チューニングを行うのは2年ぶりだというのに身体に染み付いている音を外すことはなかった、そして一曲、小さい時によく吹いていた曲のワンフレーズを演奏する。
シンプルなフレーズだが清々しいまでに澄み渡った青空を連想させる。
まるで一日の始まりを告げるようなファンファーレだ。
ただ、やはり二年のブランクは大きく、ここまで吹けないものかと思っていなかった。
「……ど、どうですか……」
「二年やってなかったのにここまで吹けるのは流石ね、神童、花咲奏さん」
神童、久しぶりにその呼び方をされた。
小学生の頃だったかそう呼ばれたことがあった。
それはプロのトランペット奏者の方が小学生だった自分に対してつけた呼び方だ。
「その呼び方嫌いなんで辞めてください、それに今じゃこの通り全然吹けないですし」
「そう?かっこいいのになー、けど人違いじゃなかったのは事実ね。お姉さん嬉しい」
「お姉さんって……、それに人違いとか……なのことですか?」
疑問を問いかけようとした時に勢いよく後ろから抱きつかれる。
「かーなーでーちゃーん!戻ってきてるなら言ってよー!」
「ごめん玲奈、今から探しに行こうと思ってたんだけどこの先輩に止められちゃって」
「そーなの?あ、美咲先輩!この子が言ってためっちゃ上手い友達の……ってもう知ってますよね?」
「ふふっ、そうね、頑張ってくれてありがと玲奈ちゃん、ご褒美にお姉さんが帰りになんか奢っちゃう」
「ありがとうございます!」
「さて、パートの子たちにも紹介しなくちゃね、二人とも練習場いこっか」
そう言って前を歩いていく美咲先輩をいつだったかどこかで見たことがあるような気がした。