再会と再開 1
入学式、校門の前に並べられた楽器、指揮で紡がれた音。
「……上手いな……」
長いこと吹奏楽から離れていたがそれはかなり整っていて心に響く音だった。
ふと我に帰り、自分にはもう関係のないものなのだと言い聞かせた。
「あれっ?あれあれあれあれ?」
どこか聞いたことがあるような、懐かしいようなそんな声が聞こえた。
「もしかして!奏ちゃん!?」
振り返るとそこには小学生の時、家が近所で一緒にトランペットの練習をしてた幼なじみの最上玲奈の姿があった。
久々に会う玲奈は栗色の綺麗な髪と瞳、身長は高くもなく低くもなく、一言で言うと美少女に当たる容姿に成長していた。
それでも一眼見てすぐに玲奈だとわかった。
「玲奈じゃん!久しぶりー!めっちゃ可愛くなっててびっくりしたよー!ってかなんでいんのー!?」
「それはこっちのセリフだよー!元気してたー?」
「うーん、まあまあかなー」
他愛もない話で盛り上がった。
「ってかさー、上手いよねーここの吹奏楽部!あたしちょっと感動しちゃった。」
「……あー、うん……そうだね」
「ん、どしたの?もちろん入部するよね?」
「……ごめん、あたし吹奏楽辞めちゃったんだよねー」
「えーなんでー?あんなにトランペット上手くて大好きだーって言ってたのに」
「……中学でさ、いろいろあって……」
「……そーなんだ……」
玲奈は驚き半分、理由を聞きたそうだったが、自分の醸し出す空気を察したのか、ただ残念そうな表情を見せた。
「……けど、あたしはもう一回、奏ちゃんと一緒に演奏したいなー……なんて……」
玲奈の残念そうな表情に少し申し訳なさがこみ上げてくる。
「……うん……まあ、考えとくね」
玲奈との再会は素直に嬉しかったが、吹奏楽に戻る気は正直無かった。
というよりも正確には戻れないのだ、あの日からトランペットを握ると中学の時の辛かった日々が蘇り、指が震えて思うように吹けないのだ。
所謂トラウマというやつなのだろう。
早いもので入学式から数日間はあっという間だった。
玲奈を含め、クラスのみんなともある程度仲良くなり学校生活がようやく落ち着いた頃、自分はまだ部活動をどうするか決められないままだった。
「結局、奏ちゃんは部活どーすんのー?」
「ぶっちゃけ決まってないんだよねー、っていうかもー帰宅部でいっかなーってなってる、玲奈はー?」
「それは愚問じゃないかな奏ちゃん、あたしには吹部しかないよー、ってかさ一緒に音楽室に見学行こーよ」
「えーやだよー、あたしもーやんないって言ったじゃん」
「いいからいいからっ、一人で行くのもなんか寂しいし中学で何があったか知んないけど楽器見たら気分も変わるって」
断りきれず半ば強引に音楽室に連れてこられてしまった。
それにしても凄い人数の新入生がいるものだと感心してしまった。
「はーいちゅうもーく!」
綺麗な透き通った声が響く。
「新入生のみなさん!ご入学おめでとう!そしてようこそ我が吹奏楽部へ!私は部長の北条優香です!楽器はフルートを担当しています、初心者の人もいると思うので、早速それぞれパートリーダーが楽器の説明をしていきますねー」
それぞれの楽器の担当リーダーが簡単に演奏と説明を行っていく。
リーダーの先輩達は全員かなりレベルが高い。
「じゃあ次、トランペット、美咲お願い」
美咲と呼ばれたその先輩は見た目はテレビに出ている女優並の美しさがあった。
周りにいた新入生の男子生徒たちも思わず綺麗な先輩だと声を漏らしていたぐらいだ。
「トランペットのパートリーダーの山崎美咲です。とりあえず説明は下手くそなので演奏しますね」
そういうと、どこかで聞いたことのあるメジャーな曲のワンフレーズをさらっと演奏して見せた。
この人の演奏は自分がトランペットをしていた時の演奏に近い何かを感じた。
吹き終わると一瞬目があってその先輩は小さく微笑んだような気がした。
「すっごいね!ここの先輩たちみーんなめっちゃ上手いよね!一昨年から一気に強豪になったらしいよ!」
演奏を聞いて玲奈が嬉しそうにはしゃいでいた。
「そだねー、まぁあたしはやんないけど」
「まーたそんなこと言ってる、いいからトランペットのとこいくよー」
「ちょっ、引っ張んないでよー」
玲奈は昔からかなり強引なところがある、その強引さにいつも振り回されていたことを思い出す。
だが、不思議と嫌な感じがしないのが玲奈のいいところなのかもしれない。
「あたし、吹いてもいいですかー?」
玲奈は自分のマウスピースを取り出して演奏をした。
しかもそれはさっき美咲先輩が演奏した曲と同じものだった。
「あなた、めっちゃ上手じゃん!!」
「経験者?どこ中??」
「何年ぐらいやってんのー??」
先輩たちからの質問責めにあいながら玲奈は嬉しそうに応える。
「えへへ、ありがとうございます!他県の中学なんで多分知らないと思いますよー、もちろんトランペット希望で入部します!ここの吹部めっちゃレベル高いなって思ったんです!だからあたしも負けないように一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」
パートリーダーの先輩もかなりのものだったが、玲奈も負けていないぐらいの実力があった。
二人の演奏を聞いてどこか昂る気持ちはあったがこの感情は押さえ込みたくなる。
「……さて、あたしは帰るかなー」
玲奈の付き添いも終わったので、質問責めされてる間にそっと帰ろうとした時に、そっと後ろから腕を掴まれた。
「あなたは?」
振り向くと美咲先輩だった。
「へ?……あ、えっと……あたしは、玲奈の……あの子の付き添いというか、そんな感じです。」
じっと見つめられるその視線から耐えられず目をそらしてしまう。
「やっぱり、どっかで見たことあるのよねー、あなた。名前は?」
「……花咲です……」
何故だか、フルネームを答えてはいけない気がした。
「花咲さん……花咲……うーん。下の名前は?」
美咲先輩の問いを遮るように言葉を発した。
「す、すいませんっ!用事があるので帰りますっ!失礼します!」
先輩の手を振り解き逃げるように音楽室を後にした。
家に帰るとベッドに投げ出した携帯が喧しく鳴り出した、玲奈からだ。
『ちょっとー、なんで先に帰っちゃうのー』
『ゴーメン、用事思い出しちゃって』
『まぁ、いいけど。で、どうなの?』
『何が?』
『何がって吹部だよー』
『あー先輩達みんな上手いよねー』
『そうじゃなくって、入んないのー?』
『うん、入んない』
『えーそれ困るー、先輩にすっごい上手い友達一緒に入部するって言っちゃったしー』
『ちょっ、そんなこと勝手に言わないでよー』
『それになんか、美咲先輩に気になるから奏ちゃんのこと絶対連れてきてねって言われたのにー』
『えーやだよー、あの先輩なんか怖いし』
『そう?あたしてきにはすっごい優しいお姉さん的な感じがするんだけどなー、しかもすっごい美人だし』
『まぁ、なんにしても吹奏楽はもうやんないの、もう電話切るねー』
そう言って会話を強制的に終了させた。
「吹奏楽か……」
そう呟くと不思議と押入れを漁ってホコリまみれの箱を取り出していた。
「うわ、汚ったなー」
さっとホコリを軽く払って箱を開けると昔から使っていた銀色に光るトランペットが現れた。
吹奏楽を辞めた時に手放す予定だったのだが、結局捨てられずにいたのだ。
今日音楽室で、玲奈や美咲先輩の演奏を聞いたからなのか、なんとなく久しぶりに吹いてみたくなった。
「久しぶりにちょっと吹いてみよっかな……」
そう思ったものの、やはり手が震えてしまって触れない。
恐怖にも似た感情が息をつまらせて、苦しくて苦しくて勢いよく箱を閉じた。
「やっぱだめじゃん……あたし……」
なんとなくこの銀色が自分を否定してるような気がした。