演奏と自信 2
「いやーいつもの通り早いねーお二人さん」
学区に着くとホルンパートはコンサートの時と同じように準備を始めていた。
「空ちゃんおはよー、手伝うよー」
「いいのいいの、玲奈も奏も休んでて!これはホルンパートの仕事なのだ!」
「いい心意気だな大橋、前と同じく低音の楽器運んでくれよな」
「そうですか!じゃあ智香先輩も一緒に行きましょう!チューバおすすめですよ!」
「あ゛ぁ!?」
「い、いや……なんでもありませーん!」
空は半泣きになりながら走って行ってしまった。
「奏ちゃんやっぱあたしらも手伝おっか」
「だね、智香先輩、あたしらも運びますよー」
「そう?ありがと、けどもうあとユーフォとチューバぐらいだから大丈夫、大橋と私で運んじゃうよ、二人は音楽室で集合してて」
いつも少し申し訳ない気持ちになるが、ホルンのみんなに甘えさせてもらうことにする。
「みんな集まったかな、まずはホルンパートの皆さん、いつも準備ご苦労様です、本当にありがとね!」
準備が終わり、ホルンパートも戻ってきたところで、優香部長が話し始めた。
「さて、出発までもう少しだけあるので、ここで先に話をしちゃいます」
ソワソワしていた空気が優香先輩の綺麗な声でピタッと止んだ。
「みんなわかってると思うけど今回は県大会です、代表として関西に進めるのは3校です、もしかしたら私達3年は最後のコンクールになるかもしれません」
最後、その言葉に重みを感じた。
「でも、もちろんこんなところで終わるつもりなんて毛頭ありません、ここはあくまでも通過点ですみんなもその気持ちで今回の大会に臨んでください!」
全員が大きな声で返事をした。
通過点、そうだ通過点だ、県大会は通過点にすぎない、これが2年連続で全国まですすんだ強豪校の考え方なのだ、それでも足元を掬われることの無いようにしなければ。
「さて、それでは会場に行きましょうか、コンクールメンバーじゃ無い人は忘れ物無いかだけ確認して気をつけて来てください」
今回もバスの席は自由なのだがコンサートの時のデジャブなのか玲奈は美咲先輩の隣でにもみくちゃにされていた。
混ざるのも嫌だったので、とりあえず空いてる席に腰掛けた。
「隣、いいか?」
葉加瀬が声をかけてきた。
一応他の席も空いてるのを確認する、空の隣は奈々子が座っていた。
「え?まあいいよ」
「まあって何だよ」
「べっつにー、空の隣じゃなくてゴメンねー」
「おいおいやめろよ」
「ウソウソ、冗談だよ」
葉加瀬は少しムッとした表情をしていた、確かに本番前におちょくる内容じゃなかったと少し反省する。
「あのさ、花咲」
「んー?」
「今日、勝とうな」
葉加瀬は真剣な表情だった、顔に似合わなさすぎておかしくて笑ってしまった。
「やっぱ葉加瀬くんって変にちょっと熱いとこあるよねー」
「ちょっ、笑うなよ」
「でもそうだね、勝とうね」
葉加瀬は照れ臭そうにしていたが、そんな顔も正直ちょっとだけカッコいいと思ってしまった。
会場に着くと他校の既に生徒でいっぱいだった。
「あれ?奏?」
不意に声をかけられた。
「やっぱり奏じゃん、吹奏楽辞めたんじゃなかったの?」
そこにいたのは中学の時の同級生でトランペット、安斎伊織だった。
「伊織久しぶり……伊織も辞めたと思ってたのに」
「もうやらないつもりだったけどね、なんか成り行きでね」
「そう……なんだ……」
正直中学の時のこともあり、何を話していいのか分からない。
伊織が中学で吹奏楽を辞めたのは自分を庇ってのことだ、間接的とはいえ少し気まずい。
「あのさ、奏」
「なに?」
「気にしなくていいからね、中学の時のこと、あたしが部活辞めたのは奏が悪い訳じゃなくて自分自身が弱かっただけだからさ」
そう言われると心が痛くなる、自分は庇ってもらったクセにこの子が先輩達から酷く非難されていた時になにもしてあげられなかったのだ。
「伊織……ゴメン……」
「だから、謝らなくていいって、それにあたしは奏がもう一度吹奏楽に戻ってきてくれてることが本当に嬉しい、またあのトランペットが聞けるんだって思うと今日のコンクール楽しみで仕方ないよ」
伊織の言葉に泣きそうになってしまう。
「あたしね、奏のトランペットの音好きなの、だから今日のコンクール楽しみにしてる」
「流石に合奏だからあたしの音とかわかんないでしょ」
「ふふっ、それもそうだね、それじゃあたしそろそろ戻るわ」
またねと言葉を交わして伊織と別れた。
自分の部活に戻ると既に全員集合しておりそれぞれ音の確認をしていた。
「花咲、どこ行ってたの!」
覚悟はしていたが優香部長から早速問い詰められる。
「あ、あのー、えとー……ちょっと友達に会ってまして……」
「本番前だよ?ちゃんと気持ち入ってる?」
「すいません……」
「早くチューニング終わらせて席着いて」
優香部長は少しピリピリしていた。
恐らくかなり緊張しているのだと思う。
「ほんっと奏ちゃんは自由な子だねー」
席に着くと隣の美咲先輩にゴシゴシ撫でられる。
優香部長とは打って変わってこの人には緊張とかっていう概念が存在しないのか。
とりあえずこの鬱陶しい手を払い除ける。
「先輩は緊張とかしないんですか?」
「流石にするよー、本番前はいっつも緊張で胸が張り裂けそうだよー」
美咲先輩はわざとらしくボケをかましてきた。
「あーはいはいしないんですねー」
「私をなんだと思ってるんだー!っていうかそれをいうなら奏ちゃんこそ緊張しないんだね」
言われるとそうだ、こういうコンクールは初めてなのだが自分でもびっくりするぐらい落ち着いている。
「そうですね、なんていうか多分なんですけど自信を持てるようになったからだと思います」
美咲先輩は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつも見たいな悪そうなニヤけ顔でまた頭をゴシゴシ撫でてきた。
「1年のクセに生意気だぞー奏姫ー」
「先輩辞めてくださいー!あとその姫っていうのも辞めてくださいー!」
コンクール前の調整が終わりクマ先生に全員が注目する。
「ここに来る前に部長からお話があったと思いますので、私から特別話すことは今更ありません、皆さんの最高の演奏を他の出場校に見せつけてやりなさい」
部員全員が大きな声で返事をした。
『プログラム7番、板見高校によります、曲はFlame/焔、シンフォニック・ハイライト・フロム・フローズン、指揮は熊元豪』
アナウンスの声がよく聞こえる、クマ先生の両手が上がり楽器や衣服の擦れる音が聞こえる。
自分たちを見ている他校の生徒や顧問の先生の視線、前に演奏した高校の微かに残る熱が感じられる。
そこは他の何ものにも替えられない景色が広がっていてただただ感動した。
演奏中は指揮に意識を集中しているからか他のものがただの光の粒にしか見えない、クマ先生の顔すらハッキリと分からないほどに輝いていた。
これがコンクール、これが合奏、コンサートの時とはまた違った景色、毎回違うものが違う輝きで見られる。
課題曲が終わり自由曲に移る。
美咲先輩のソロパート、指揮が向けられる。
何度聴いても飽きることの無い、洗礼された演奏に心底尊敬を抱いた。
いつかこの先輩を超えたい、超えるような演奏をしたい、本番の舞台で曲が終わるまでそれだけがずっと頭に残り続けた。
「緊張するなー!」
「ほんとにねー!あたしもだよー!玲奈ー」
結果発表までの時間、玲奈と空が隣ではしゃいでいた。
奈々子はずっと自分の右手を強く握っている。
自分も奈々子の手を強く握り返す。
大丈夫、自信がある、そう思っていてもやはり結果が出るまでは自分もソワソワしてしまっている。
『プログラム7番、板見高等学校、ゴールド金賞』
とりあえず、一旦は安堵する。
周りからもハイタッチやよしよしと言った声が聞こえた。
『続いて関西大会へ進む兵庫県代表3校を発表します』
会場全体が一気に静まり返る。
『プログラム7番――』
その数字を聞いた瞬間に全身の力が抜けた。
玲奈と空と奈々子が一気に抱きついてきた。
部長が言ってた通過点、そう考えていても結果が出ると嬉しいものだ。
もちろん、これで満足してはいけない、全国まで止まってはいけないのだ。
でも今はこの余韻に少しでも長く浸っていたい、自分にとって初めてのコンクールはそう思えるような内容のものだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
どうぞ今後とも暖かい目で読んでやってください❤︎




