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友情と恋愛 5

 

 1人で帰宅するのは久しぶりだった。

 練習の時はそこまで感じなかった悔しさが込み上げてくる、頬を伝う涙でようやく気付いた。

 トランペットで誰かに負けを認めるのが初めてだったことに。


「……あたし、負けたんだ……」


 自分は負けず嫌いだ、努力だとか学年だとかそんなことはどうだっていい、誰にも負けたくない、その気持ちだけが溢れてくる。

 たかだかオーデションの1回ぐらいで大袈裟だ、そう思い込んでも溢れる悔しさと涙が止まってくれない。


「どうした?」


 不意に肩を叩かれる、誰かに見せられる顔ではない、急いで涙を拭う。


「あっ、ご、ごめん……」


 そこに居たのは葉加瀬だった、自分の顔を見て申し訳なさそうにしている。


「ち、違うの!これは、その……なんでもなくって……」


「お、俺に何かできるか?」


「ごめん!ホントになんでもないからっ!」


 その場に居られなくなり葉加瀬を置いて走り出す、こんな自分を誰かに見られたくなかった。

 家に帰ってベットに体を投げ出した。

 携帯が鳴り出す、相手は玲奈からだった。


『今からいつものとこでちょっと話さない?』


 なにも持たず制服のまま着替えもせず走り出した。



「早かったね」


「玲奈こそ」


「ダメだったねー」


「そだね」


「けどさ、まだ負けてない」


「負けたんだよ」


「あたしは認めてない」


「いや、でも……」


「県大会のソロは取られちゃったけど関西も全国もまだある!」


「流石にそれは無理があるくない?」


「あたしは諦めたくない!奏ちゃんもそうでしょ?」


「……そうだね」


「ね、前にさソロ吹きたいか聞いたじゃん?」


「そうだっけ?」


「聞いたよー、その時ソロまで考えてないって言ってた」


「あー、そんなことあったねー」


「誰かに負けたら燃えるでしょ?」


 玲奈は挑戦的な感じで問いてきた、この幼馴染はホントに自分のことをよく分かってる。


「そうだね、悔しいや」


「ま、あたしはちっちゃい時からずっと奏ちゃんに負け続けてきたから慣れっこだけどね!」


「そんな、あたし勝ち負けなんて昔は考えたこともなかったのに」


「奏ちゃんは誰かに負けることがそもそも無かったからだよ、というより負けてると感じることが無かったのかな?あたしはずっと考えてたよ?いつかこの人のトランペットを超えるんだーって」


「今はもうあたしより全然上手いじゃん」


「そうかな?奏ちゃんすぐ追いついてきちゃったから、けど今は先輩達を超えたい」


「そうだね、意識しないようにしてたけど負けっぱなしは嫌」


「奏ちゃんは負けず嫌いだからねー」


「玲奈に言われたくないー」


 玲奈はいつもの笑顔で自分を元気づけてくれた。

 本当にこの幼馴染には助けられてばっかりだ。


「それと、さ、今日先に帰ってごめんね」


「いいよ、落ち着きたかった、でしょ?」


「あたしのことよく分かってらっしゃる」


「そりゃね、お互い様だよ」


「それもそうだねー」


 不意に携帯にメッセージが入った葉加瀬からだった。


『大丈夫か?もしかしたら力になれないかもだけど、俺になんか出来ることあったらいつでも言ってくれ』


「誰からー?」


「葉加瀬くん、優しいよねこの人」


「ふーん、それでなんてー?」


「大丈夫かーってわざわざ連絡くれた」


「へー、奏ちゃんに優しいよねー葉加瀬くん、イケメンだしねー」


 玲奈はニヤつきながら茶化すような感じで言ってくる。


「案外葉加瀬くんが気になってるのって奏ちゃんだったりしてねー」


「ちょっとやめてよー、流石にそれはないでしょー」


「わかんないよー?今度聞いてみよーっと」


 葉加瀬の気になってる人、空のために聞いたが自分としては心底どうでもいい、それでも今日の自分の態度は流石に謝っておいた方がいいと思った。

 一応謝罪も兼ねて連絡を返しておいた。




 次の日、いつも通り朝、玲奈と学校につくと既に音楽室の鍵が空いていた。


「おはようございます、美咲先輩早いですね」


「おはよー妹達!お姉さんもあなた達見習って頑張ろって思ってねー」


「だから妹じゃないですって」


 朝からめんどくさい人だ、でも先輩なりにソロに選ばれて責任を感じているのだろう、かなり真剣な様子だった。


「美咲先輩」


「ん?なにー玲奈ちゃん」


「ソロ頑張ってください、それと、次は絶対に負けませんから!」


 玲奈の意志を聞いて美咲先輩は少し笑うと応えた。


「いつでもかかっておいで」


 そう言って玲奈に抱きついて髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「なにー?奏ちゃんも混ざりたいのー?ほんっと可愛いなー」


「けっこうです!玲奈先いくよ!」


「ぶー奏ちゃん相変わらずノリが悪いー」


「奏ちゃん待ってよー」



 そこから7月の県大会までいつも以上に練習に熱が入った。

 クマ先生も忙しい中極力練習に参加して下さり、細かいところの指摘とアドバイスを全員に的確に出してくれた。


「ごめん花咲、ここちょっと教えくれない?」


「え?あたしですか?」


 練習中、3年の先輩からアドバイスを求められるようになった。


「ここ多分あんたに聞くのが1番いいかなって思って」


「は、はいっ!ここはちょっとだけ吹く強さを意識して……」


 部内の雰囲気も最高だった。

 自分の理想としてた形がここにあった。

 先輩に教えてる時に横でニヤニヤしてる美咲先輩が正直鬱陶しかったが、とりあえず無視しておくことにした。




 数日後の合奏練習で珍しくホルンが指摘を受けた。


「止めてください、ホルンここは目立ちます、直ぐに修正して下さい」


「はいっ!」


「大橋さん、ここ難しいですか?」


 空が苦戦するのは珍しい、多分練習に支障が出ているのだろう。


「……」


 空はクマ先生の問に答えられずにいた。


「大丈夫です!そうでしょ大橋?」


 智香先輩が見かねてカバーに入った、空の実力ならおそらく演奏自体になにも問題は無いはずだ。

 空は小さく頷くだけだった。




 合奏練習が終わり、智香先輩から突然呼ばれた。


「なんですかー?」


「なんとなく察してるでしょ?」


「空の事ですよねー」


「そう、大橋なんか悩んでるみたいで知らないかなーって」


「うーん、一応知ってはいるんですけどね、勝手に話していいものか……」


「知ってるなら話してよ、このままだとコンクールどころじゃなくなるし」


「ですよねー」


 まあ、智香先輩なら信頼できるし誰をっていう部分を伏せれば問題ない。

 とりあえず大事な部分だけ上手く隠して智香先輩に状況を一通り説明した。


「なるほどね、去年の誰かさんと同じだねイライラするわー」


「誰かさんって?」


「まぁ、花咲は知らなくていい事だよ」


「あたしは話したのにズルくないですかー?」


「先輩はズルいもんなんだよ」


 智香先輩はそう言うとパート練習に行ってしまった。




 その日の帰り、下駄箱で空が待っていた。


「奏、玲奈、一緒に帰ろ」


「空ちゃんわざわざ待っててくれたの?」


「うん、2人にちょっと話があってね」


 空は思い詰めていて暗い感じがした。


「奈々子ちゃんは一緒じゃないの?」


「奈々子はまだ練習してる」


「待つ?」


「いや、先帰るって言っちゃった」


「そう?ならいいけど」


 そして3人で歩き出した。

 空が歩きなので自転車は手で押しながら帰ることにした。


「それでね、葉加瀬くんを花火大火に誘おうと思うんだけど!」


 これは失敗出来ないと感じ玲奈と顔を合わせた。

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