友情と恋愛 1
オーディションは3年の先輩から順番に行われた。
自分はというとトランペットパートでは最後に演奏することになった。
「奏ちゃんの番だよー」
「お疲れー、どうだった?って聞くまでもないかー」
教室から漏れた音を聞いてる限りだが玲奈は恐らく大丈夫だろう。
「そうだねー、奏ちゃんも頑張って!」
玲奈に背中を叩かれた、いつも通りの演奏すれば大丈夫だとは思うが、ここは強豪校、そして顧問は元プロの演奏家なのだ、決して油断してはいけない。
意を決して教室のドアを開ける。
「よろしくお願いします!」
「はい、それでは自分のタイミングで始めてください」
クマ先生にそう言われて数秒間を空ける。
何度も何度も繰り返し練習したおかげで、既に楽譜をほとんど見ずとも演奏できる。
オーディション本番で懸念していたトラウマも今では全く動じずに演奏できる。
「はい、そこまでで大丈夫です」
「あ、はい」
「かなりリラックスして演奏できていましたね、何かいいことでもありましたか?」
「あ、いえ、少し……」
「そうですか、昔の演奏をいつの間にか超えてしまいましたね、技術的にはもちろんですが昔のような熱い演奏でした」
「ありがとうございます」
自分の演奏は自分では評価できない、クマ先生の昔の自分を超えたという言葉で初めてそれを実感した。
「では、次に繋がるアドバイスを一つしておきます、過去の自分は超えられました、では次は何を目標とするかですが、みんなの為の演奏を心がけてみてください」
「みんなの為の演奏ですか?」
「そうです、これまではあなた自身の為の演奏でした、なので次は合奏を意識して演奏をするのです」
「合奏を意識する……」
「ただ、これまでの自身の為の演奏をやめて切り替えてという意味ではありません、さらに付け加えると周りの演奏に合わせるという意味でもありません、わかりますか?」
「正直、全く……」
「つまりは全体を引き上げる演奏を意識するのです、1年生だからといって周りの演奏に合わせようとする遠慮は入りません、トランペット全体を引っ張って行ってください」
クマ先生はそう言うといつも通りはっはっはと笑いながら付け加えるのだった。
「期待していますよ」
全員のオーディションが無事終わった、発表はテスト期間の一週間が終わった後になるそうだ、その間は練習も休みになる。
「奏ちゃんはテスト期間どうするの?」
「えー、いつも通り帰って練習かなー、玲奈はー?」
「余裕ですねー、テスト大丈夫なの?」
「あたし成績いいし多分余裕じゃない?」
「勉強もできちゃうのかよー、この完璧超人めー!」
自分で言うのもあれなのだが、正直勉強はかなりできる方だと思う、学年1位とまでは言わないが中学時代に部活をしていなかった分、することもなかったので勉強していたのが大きいとは思うが。
「あれだったら勉強会でもする?」
「それ!いいねー!空ちゃんと奈々子ちゃんも誘ってどっかでやろっか!」
急遽決まった勉強会はいつものカフェにてテスト期間の一週間、毎日することに決まった。
ただ、自主練は自分の日課みたいなものなので、勉強が終わってからも行うことにした。
「なんかこうして4人集まるのも久しぶりな気がするね」
「放課後集まるってなかなかないからね、パートも別だとなかなか時間合わないもんね」
そう言われると空も奈々子も帰る時間がバラバラなので4人で一緒と言うのは結構久しぶりに感じる。
ある程度勉強が進んだところで急に空が訪ねてきた。
「奏ってさ、好きな人いるの?」
思わぬ不意打ちに飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。
「どしたの急に」
「いや、なんとなく」
「別に今はいないかなー」
「奏ちゃんは自分から好きになんなくても勝手に男よってきそうだもんねー」
興味津々に会話に入ってくる玲奈と奈々子、というか自分からしたら玲奈こそ美少女で多分部内でも一番モテそうなのだが。
「……そうなんだ」
「えー何ー、空は好きな人いんの?」
「ま、まあ一応、けどあれだよ?まだ好きとかまではいってないっていうか気になってる程度っていうか……」
「え?誰誰ー?」
「……パーカスの葉加瀬……」
「……マジ?」
「マジ」
「いいじゃん!葉加瀬くんイケメンだもんねー!応援するよー!」
玲奈はかなりときめいており、奈々子はどこかほっとしていた。
「けど良かったね空、奏が恋敵になんなくて」
「奈々子ー、ホント良かったよー奏が相手じゃ勝ち目無かったよー」
空は少し涙目になりながら奈々子に抱きついた。
「ちょっとやめてよ、あたしそんなこと言われても彼氏とか作ったこと無いし」
「うっそー!?こんな可愛いのになんで?」
「うーん、中学の時ぶっちゃけ恋愛とか興味無かったんだよね、何回か告白されたことあったけど全部断ったし」
「やっぱりモテるんじゃん!普通あんま告白とかされないって」
玲奈も奈々子もうんうんと頷いて同意していた。
「それよりさ奏って、葉加瀬と仲良いじゃん?」
「うーん、まぁそれなりに?」
なんとなく嫌な予感がする。
「一生のお願い!葉加瀬に好きな人居るか聞いてくれない!?」
この話の流れならこうなるかと思ったが正直あんまり気乗りしない。
「やだよー、なんかあたしが葉加瀬くんに気があるみたいに思われちゃうじゃん、それにそういうのは自分でするもんだよ?」
「やっぱそーだよねー、けどあたしあんま葉加瀬と喋ったことない……」
人の恋路に手を出すのはあまり好きではないのだが、段々と声が小さくなっていく空を見て少し可哀想に思えてきた。
「うーん……」
「奏、あたしからもお願い!」
奈々子までお願いしてくる始末、さすがにこれで断るのも気が引ける。
「はぁ、しょーがない、聞くだけだよ」
「さっすが奏!」
つくづく自分の押しの弱さにウンザリしてしまった。
帰り道、玲奈と2人でいつもの自主練の場所に来た。
「なんか久しぶり、奏ちゃんと2人でこうやって練習するの」
「そうだね、たまには練習してるとこ来て欲しいけどねー」
「あたしが居なくて寂しくなっちゃった?」
「まぁ、そんなとこ」
「じゃあコンクールの曲の練習は一緒にしよっか!」
じゃあなんでコンサートの時は別だったんだよと思ったが、多分玲奈なりに気を使っての事だと思う。
「なに吹こっか?」
「いや、この流れは課題曲でしょ」
「だよねー」
いつ聞いても玲奈のトランペットは迫力がある。
前程比べたり意識したりは無くなったとはいえ同じ1年のレベルではないと感じる。
自分からしてみれば全中1位だった香澄よりも正直上手いと思う。
まあこの辺りのレベルまでいけば後は好みの問題なのだろうが。
「にしても奏ちゃんやっぱり上手くなるの早いねー、流石毎日努力してるだけあるよー」
「まぁね、早く玲奈にも先輩たちにも追いつきたいしね」
「やっぱりあたしも帰ってから自主練しよっかなー」
「家、大丈夫なの?」
「奏ちゃんほど遅くまでは無理かもだけどちょっと遅くなるぐらいなら大丈夫じゃない?」
「いや、あたしに聞かれても知らないし」
「だよねー、うち厳しいからとりあえず聞いてみるわー」
「あたしは玲奈が一緒に練習してくれたら嬉しい」
「嬉しいこと言ってくれるねー、お母さんにお願いしてみるよー」
「っていうか今日は時間大丈夫なの?」
「今日は勉強会で遅くなるって言ってるから大丈夫」
そう言ってまた2人で練習を再開した。
玲奈はいつも通りの笑顔でとても楽しそうだった。




