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第七話

〈三択です!〉


 俺の脳裏に例の三択が囁かれたのは、暗殺者の剣が到達する直前であった。

 脳内に声が響いた瞬間、周囲の景色はこれまでと同様に停止し、目の前には選択肢が表示されたスクリーンが現れる。

 そこに表示された三つの選択肢は、どれも大差のない代物であった。



〈このままでは為す術もなく暗殺者に殺されてしまいます。どうする?〉


 ①この状況をどうにかできるとは思えない。最後は潔く殺されよう。

 ②バルガス王子が死んでいる間にワンチャンがあるかも! 王子を囮にして脱出を図る。

⇒③ロース




 もしも体の自由が効いたのならば、この場で崩折れていたのではないだろうか。

 ①と③は論外である。しかし②を選んだとしても無事でいられるとは思えない。


 俺は非力な一般人であり、王子は戦闘訓練を受けた、軍事国家の王族なのだ。

 この場で唯一の戦力を囮にしても、先が続くわけがない。

 運良く地下牢から脱出できたとしても、城の中にはまだまだ多くの兵士がいる。

 そんな周囲が敵だらけの中を、俺が一人で突破できるわけがないのだから。


 王子を殺した暗殺者だって俺を追いかけてくるだろう。

 そうなったらもうおしまいだ。追いつかれて戦うことにでもなれば、その時点で俺の死亡は確定してしまうのである。

 俺はこの城から逃げ出すことすらできず、屍を晒すに違いない。


 しかし実際問題、今のこの状況はまさに詰みとしか言えないものなのである。

 どうあがいても絶望ってやつだ。

 一体何をどうしたら、この絶体絶命の状況を切り抜けられるというのだろうか。


 確かに俺は元の世界で、鋼鉄製の看板に押し潰されて死ぬ寸前だったかもしれない。

 だからといって緊急避難先の異世界で、召喚翌日に皇帝暗殺の共犯者として投獄されて、暗殺者を送り込まれるなんて大して変わらない結果ではないか。


 そもそもとっくに約束の時間は過ぎているのだ。

 一体何をモタモタしているのだ、サンタの爺さんは。


 いや、それは俺の体感時間の話でしかない。

 サンタの爺さんが言っていた通り、こちらと向こうとでは時間の流れが異なっているのだろう。

 仮にもサンタクロースである爺さんが約束を破る訳がない。

 というか、そうとでも思っていないと不安で押し潰されそうなのである。


 運良く死ぬ寸前で元の世界に戻れる可能性だってあるにはあるが、ハッキリ言ってその可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。


 じゃあ一体この状況をどうしろというのか。

 戦うための武器どころか役に立ちそうな道具すらない。


 唯一の味方であるバルガス王子も全く同じタイミングで殺され掛けている上に、彼の抵抗は先程失敗している。


 というか、状況から判断するに俺はバルガス王子暗殺のおまけで殺されかけていると考えて間違いない。

 だから彼を囮にして逃げるべきだというのか? 冗談、逃げたところで死ぬタイミングが少し遅れるだけではないか。


 バルガス王子の死は、俺の死とイコールなのである。

 この世界に詳しく、戦うことができる唯一の味方を死なせる訳にはいかないのだ。



 選択肢の①は論外として、②を選ぶこともできはしない。

 ならばロースか? 遂に選択肢の③、ロースを選ぶ時が来たというのか?


 ロースを選んでどうなるというのだ。あの兜男のエルハルトが解説していたではないか。俺のこの奇跡は肉を召喚する肉屋の力なのだと。


 選択肢の①と②は選べない。だから③なのか? 肉を召喚してどうしろというんだ。焼いてる暇も食べてる暇もないんだぞ。


 いや、そもそもこの状況下で肉を食べたところでどうにかなるとは思えない。

 暗殺者に襲われているのだ。抵抗しなければ、反撃をして攻撃をしなくては殺されてしまうのである。


 つまりロースを使って攻撃か? 俺の頭は大丈夫か?

 ロースで攻撃って何だよ。追い詰められて狂気の世界に足を踏み入れたのか俺は。クレイジー・ロースか?

 落ち着けよ馬鹿。クレイジー・ロースって何なんだよ。まったく意味が分からないぞ。


 いや、だが……他に手がないこともまた事実なのである。

 俺はもちろん、頼みのバルガス王子にすら、暗殺者に抵抗する術が一つもない。


 なにしろこちらは無手であるというのに、相手は剣を持っているのだ。

 無手の相手を殺すために剣で襲いかかってくるだなんて酷い話ではないか。


 ……ん? でもそれってつまり、相手から剣を奪うことができさえすれば、勝機を手繰り寄せることが出来るってことなんじゃないか?

 だって相手は一人だけで、剣を一本しか持っていないんだぞ。

 相手の剣さえ奪ってしまえば、一気に形勢逆転出来ることは間違いない。諦めるのはまだ早いのだ。


 そのためにはどうすれば良いんだ? 相手のスキを突くしかない。

 スキを突くってどうすれば良いんだ? 石を投げるとかどうだろう。


 さっき王子がやって失敗していたではないか。駄目じゃん。

 しかし物を投げるというのは良いアイデアかもしれない。

 さっきだって剣を使って弾いていたしな。無手で飛びかかるよりはマシなはずだ。


 つまり相手にロースを投げつければ良いのではないか?

 ロースを投げたところでどうなるというんだ。肉だぞ。


 いや、だが、しかし……他にできることなんて何一つないんだぞ?

 何もしなければ無抵抗で死ぬだけなのである。

 俺の手元には石すらないのだ。

 こちらの世界に来た時に着ていた服は昨日の時点で取り上げられている。

 その際に持っていた財布もスマホも取り上げられているために、俺は何一つ持ち物がない状態なのだ。


 ズボンのポッケには何一つ入っていないのである。

 夢と希望くらいは入っていて欲しかったものだが。



 ロースだ。ロースにしよう。ロースしかない。ここはロース一択だ。

 選択肢の③、ロースを選んで、現れたロースを暗殺者に向かって投げつけてやる。


 ……この選択があまりにも馬鹿げていることなど、誰に言われなくても理解している。


 だからといって何の抵抗もしないままで殺されるつもりはない。それは選んではいけない選択肢のはずだ。

 例え最後の抵抗がロースなのだとしても、俺は死ぬまで生きることを諦めたくはないのだから。


 だから俺は選択肢の③を選んだ。選んでしまったのである。

 選んだ瞬間、止まっていた時間の流れが急激に元に戻っていく。

 それを遥かに上回る勢いで俺の後悔は増大していった。ロースって。最後の抵抗がロースって!


 俺は自身の選択に衝撃を受けてしまい、無防備に突っ立ったままであった。

 王子はとっさに俺を庇おうと身を翻し、暗殺者は無慈悲にも俺たちの命を奪おうと勢いよく剣を振り下ろしている。


 そこに突然、謎の光が出現した。

 俺たちと暗殺者のちょうど中間地点に謎の発光体が姿を現したのだ。

 予想だにしていなかった突然の事態に、俺たちは全員動きを止めた。


「うおっ!?」

「なんだ!?」

「!?」

「ふわぁ!?」


 いや、暗殺者だけは止まらなかった。剣を振り下ろしている最中だったからだ。

 車は急に止まれない。暗殺だって急には止められないのだろう。


 視界を奪う強い光のせいで目標を誤った暗殺者の剣は、俺と王子のどちらにも当たらず、勢いをつけたままで空を切る。

 俺たちは傷の一つも負うことはなく、暗殺者の剣は牢屋の床を強かに叩いた。


 次の瞬間、光満ちる牢屋の中で剣が跳ねる影が踊る。

 石造りの床に思い切り打ち付けた反動で、暗殺者の手から剣がすっぽ抜けてしまったのだ。


 それにいち早く反応したのは俺であった。

 俺だけがロースを選んだ影響で、次に何かが起こるという心構えがあったのである。

 まさかロースを選んだら目の前に光があふれるとは思っていなかった。

 だが、発光体が現れてすぐに状況を理解した俺だけは、次の出来事への対処が可能だったのだ。


 発光体は肉片のような形をしていた。

 肉片のような形も何も、ロースを選んで現れた光る物体なのだから、要するにあれがロースだったのだろう。

 光り輝くロースなのか、俺が召喚された魔法陣のように現れた瞬間だけ光り輝いていたのかは分からないが、今はそれどころではないし、正直どちらでも構わない。多分後者かな?


 兎にも角にもこの千載一遇の好機を逃さないことが先決だ。

 俺は慌てて剣に飛びつき、暗殺者の手から離れた剣を回収することに成功していた。


「バルガス王子! 相手が持っていた剣を確保したぞ! どうすれば良い?」

「良くやった、肉屋殿! それを私に渡してくれ!」


 俺はすぐさま拾った剣をバルガス王子へと手渡した。

 次の瞬間、牢屋の中に一陣の風が吹く。

 そう感じた次の瞬間には、暗殺者は王子の手によって一刀のもとに倒されていた。


「え!? こっ、殺してしまったのですか?」

「む? いや、峰打ちだ。こいつにはまだ聞きたいことがあるからな」

「そ~んな悠長なことしてる場合じゃないんと違うんかねぇ?」

「え?」

「肉屋殿、後ろへ! 誰だ!! 一体どこにいる!?」


 突然牢屋の外から俺たちとは違う声が聞こえてきたために、俺とバルガス王子に緊張が走った。

 するとどうだろう。誰もいないと思っていた向かいの牢屋の中で積み重なっていた黒い布がモゾモゾと動いているではないか。


 いやそれはただの布ではない。黒い布を体に巻き付けた一人の人間がそこにいたのだ。

 真っ黒な布の塊だと思っていた向かいの牢屋の中の物体は、真っ黒な布を体に巻き付けた正体不明の怪人だったのである。



「事情はサッパリ分からんけどさぁ。こいつはあんたらを殺しに来たんでしょう? そんなら追加で他の暗殺者が来ないとも限らないじゃん? ってか来るっしょ。絶対に来るよね」

「なっ、何だ貴様は! 一体いつからそこにいたのだ!?」

「そ~んなことは今はどうでも良くない? 今はこの場から逃げることが最優先なんじゃないの~」


 どうでも良いわけがないだろう。

 地下牢のご近所さんが、黒い布を体に巻き付けた怪しい人物だったのだ。

 これがどうでもいいというのなら、世の中の大半はどうでも良い事と言えるではないか。事実そうなのかもしれないが。


 しかし、正体の分からない謎の怪人の言動とはいえ、言っていることは正論だった。

 誰の差金なのかは分からないが、誰かが俺たちを殺そうとしていることは間違いない。

 そしてその誰かさんは、送りこんだ暗殺者が失敗したと知ったのならば、必ずや次なる刺客を送り込んでくるはずなのだ。


 なにしろ俺たちは牢屋の中に捕まっていて身動きが取れない状況なのである。

 逃がす心配のない獲物なのだから、始末を慌てる必要すらない。

 俺たちはまな板の上の鯉なのだ。

 この地下牢という名のまな板から逃れなければ、いつか必ず暗殺者の刃がこの身を捌く。美味しく食べられるわけでもないというのに。



「逃げるだと? ふざけるな! 私は誇り高きウェールリア皇国の王族だぞ! 犯罪者のように逃げ回るなど冗談ではない!」

「ふ~ん、じゃあ死ねば?」

「なっ、何ぃ?」

「逃げないのなら死ぬっきゃないっしょ。話し合いの余地がないから問答無用で殺しに来たんじゃないの? 死にたいってんならオイラ止めないよ? 腹が膨れるわけでもない誇りを胸に、一人で寂しく死んでいきな~よ」


 そう言い捨てた黒尽くめの怪人は、今度は俺の方に目を向けてきた。

 そこで気がついたのだが、随分とひょろ長い人物だ。

 身長は目算で170センチはあるだろうか。

 黒い布を体中に巻き付けているために正確な身長は分からないが、細身であることは間違いない。


 あまりにも異様な風体だ。男か女かも判別できない。

 唯一開けられている隙間からは真っ赤な目がランランとこちらを覗いている。


 そんな黒尽くめの怪人は俺の姿を視界に収めると、今度は俺に向かって話しかけてきた。


「あんたはどうする? ニクヤだっけ? 変な名前だね~」

「それはあだ名みたいなもんだ。俺の名前はカイトという」

「へぇ、カイトか。それはそれで変わった名前だね。それでカイトはどうするんだい? そこの王子様の自殺に付き合うわけ~?」

「自殺だと!? ふざけるんじゃない!」


 黒尽くめの怪人に馬鹿にされた王子は激高しているが、これに関しては俺は目の前の怪人に賛成だ。

 この場に残るなど自殺と変わりがない。逃げられるのなら逃げたいというのが正直なところだ。

 だが、俺は昨日この城に来たばかりで、どうやって外に出たら良いのかも分からないという有様なのである。


「俺は逃げたい。しかし逃げ方が分からない。あんたは逃げ方を知っているのか? 知っているのなら教えてもらいたいのだが」

「おっひょ~、あんたは現実が見えていない王子様と違って地に足がついている感じだね~。良いよ、逃してやるよ。そこに倒れている暗殺者が鍵束持ってたろ? それを拾ってまずはオイラを開放してくんな」

「あんたを? そりゃまたどうして?」

「城の外に出るためには案内人が必要でしょうが。オイラがいなけりゃ確実に迷ってとっ捕まって殺されちゃうよ? どうするカイト? それともニクヤって呼んだほうが良い?」

「カイトと呼んでくれ。それであんたは?」

「ほ?」

「あんたの名前。なんて呼べば良いんだ?」

「オイラの名前か。そ~うだなぁ……じゃあフロンって呼んでくれよ」

「じゃあってなんだよ! あんた今明らかに、適当に名乗っただろう!」

「うっさいな~、オイラの名前なんてどうでも良いじゃないの」


 言われてみれば確かにその通りだ。

 この謎の黒尽くめの怪人がどんな名前だとしても、俺としては外へ逃してくれるだけで御の字なのだから。


「確かにそうだな。じゃあフロン、城の外まで案内を頼む」

「あいあいさ~」

「待て、私も行くぞ! 私はこんな所で死ぬわけにはいかないのだからな!」

「素直に脱出したいって何で言えないかねぇ~」

「やかましい! とっとと案内しろ、この怪人が!」

「へ~い」


 俺は暗殺者から鍵束を奪い、フロンを牢から開放した。

 そうして俺たちはフロンの案内に従い、城からの脱出を果たしたのである。

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