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第五話

「バルガス殿下、そして肉屋殿。あなた方に皇帝陛下殺害の嫌疑が掛けられております。これからお二人を謁見の間へと連行いたしますので、無駄な抵抗はせぬようお願い申し上げます」

「は?」

「はぁ?」



 バルガス王子による夜を徹しての質問攻めが終わったのは、部屋の中に兵士がなだれ込んできてくれたおかげであった。


 正直俺は限界をとうに超えていたのだ。

 断りもなしに兵士が部屋に入り込んできたことには驚いたが、これでようやく眠ることができる、と安堵したこともまた事実であった。

 考えてみればクリスマス・イブの夜に焼肉を食べた後、帰宅途中にこちらの世界へと移動してから一睡もしていないのである。眠いわけだ。


 こちらの世界に到着した時、外はまだ明るかった。

 食事を食べた時に腹が減っていたことを考えると、恐らく昼過ぎくらいの時間に召喚されたのではないだろうか。


 焼肉を食べ終わってこちらの世界にやって来たのが確か夜の九時前だったはずだ。

 つまり、二十四時間に九時間を足して、ざっと三十三時間連続で起きっぱなしという計算になる。眠くて当然ではないか。


 だから俺は睡眠不足からくる幻聴を聞いたのだ。

 そういう風に判断したのだが、残念なことに現実は無情であった。


 突然部屋に入り込んできた兵士たちは、こちらの話を聞くこともせずにあっという間に俺たちを拘束してしまう。

 突然の事態に反応できなかった俺は、抵抗することもできずになすがままだ。

 バルガス王子は俺と同じように寝不足のはずなのだが、彼は懸命に抵抗を続けていた。


 とはいえ彼は一人で、兵士は複数。

 多勢に無勢なのはいかんともし難く、あっという間に動きを封じられた俺たちは、兵士に抱えられて部屋から連れ出されてしまう。


「離せ! 貴様たち一体何をしているのか分かっているのか! 私は皇国の第一王位継承者なのだぞ! それと父上が殺害されたとはどういう意味だ! 冗談にしても限度があるだろう!」

「貴方様が皇国の第一王位継承者だということは我々も重々承知しております。私たちはあなた様に対して決して冗談など口にいたしません」

「ならば!」

「今朝方のことです。皇帝陛下が何者かの手により殺害されているのが発見されました。現在、王子殿下には皇帝陛下殺害の嫌疑が掛けられているのです」

「なっ、何!? 一体どういうことだ!」

「私には何とも。詳しくは弟君たちにお聞きくださいますようお願い申し上げます」


 兵士たちはそれ以降一言も喋らず、俺と王子を連行していった。

 そうして俺たちは昨日訪れたばかりの謁見の間へと辿り着いたのだ。

 そこには昨日と同じく多くの兵士の姿があった。

 玉座には皇帝が座り、その近くに三人の王子が立っているのも昨日と同じ光景だ。


 違っているのは、押さえ付けられていた爺さんの姿が見えないことと、昨日バルガス王子が持っていた剣が玉座に座る皇帝の胸を貫いていることだけである。


「父上ぇっ!!」


 バルガス王子は変わり果てた父親を目にした途端、拘束を振り切って駆け寄ろうとした。

 しかしその動きは兵士に押さえつけられて止められてしまう。

 複数の人間の手で床に押さえ付けられるというその光景は、昨日の爺さんの扱いを彷彿とさせるものだ。歴史は繰り返すということか。


 そんな長兄の姿を玉座の近くに佇む者たちは冷めた目つきで見つめている。

 それは兄に向ける視線ではなかった。

 まるで許しがたい犯罪者を見つけた時のような憎悪に濁った目を彼らはバルガス王子に向けていたのである。


「兄上様、これは一体どういうことなのですか? どうしてお父様を殺害するだなんて恐ろしいことを……」

「クリス、違う! 私は父上を殺してなどいない!」

「兄様。しかし父上は兄様の剣で刺し殺されているのです。誰がどう見ても犯人は兄様以外にいないということになるのですが」

「馬鹿を言うな、ダスティン! なぜ私が父上を殺さねばならんのだ!」

「いや、あのさぁ。俺も兄貴を信じたいのは山々なんだけど、状況証拠が兄貴以外に犯人がいないって証明しているんだぜ?」

「違うと言っているだろう、エルハルト! 犯人は他にいるのだ! 私は絶対に犯人ではない! 絶対にだ!!」


 盾を持っている女性が、第二王子のクリスティ。

 丁寧な喋り方をしている全身鎧男が、第三王子のダスティン。

 そしてフルフェイスの兜を被りローブを羽織るという異様な風体のチンピラ口調が、第四王子にして末っ子のエルハルト……だったか。


 バルガス王子の家族構成は、昨夜の内に聞かされていた。

 第二王子のクリスティは女性だ。

 しかし彼女は王女とも姫とも呼ばれずに、第二王子として扱われている。


 皇国では男であろうと女であろうと、王の子ならば王子と呼ばれるそうなのだ。

 実力さえあれば、男女問わず引き上げて地位を授けるのが皇国の方針らしい。

 この方針のおかげで皇国は新興国ながら急激に勢力を伸ばしたのだと、昨夜バルガス王子が熱心に語っていたことを思い出した。

 


 それはともかく、どうやら彼らは兄が父親を殺したことを微塵も疑っていないようである。

 これは一体どういう状況なのだろうか。

 あれだけ威厳に満ち溢れていた皇帝が、今や玉座に座ったままで剣に貫かれて事切れているのだ。

 クワッと両目を見開いたままで驚愕を貼り付けたその顔は、無言で事態の深刻さを物語っていた。いや、まぶたくらいは閉じてやれよ。


 見れば見るほど凄まじい形相である。

 どうやら皇帝は死の直前、信じられない光景を目撃し、その表情のまま死んでしまったらしい。


 ひょっとするとそれがバルガス王子を犯人扱いする理由なのだろうか。

 皇帝ともあろうものがこれほど驚きに満ちた表情をして死んでいるのだから、その理由は信頼していた長男に裏切られたからに違いない……とか?


 流石にそれはないだろうな。

 我ながらあまりにもお粗末な考えだ。

 そもそも末期の表情を見ただけで犯人が分かるのならば、探偵も警察もお役御免である。この世界に探偵や警察がいるのかどうかは分からないが。


「兄上様。しかし凶器が兄上様の剣であることに疑いの余地はないのです。お願いですから理由をお聞かせくださいませ。情状酌量の余地はいつだって存在するのですから」

「私の剣は昨夜、私の部屋に置いておいたのだ! 私はその剣で誰かを斬ったことすらない!」

「兄様が昨夜から部屋にいなかったことは多くのメイドや使用人が確認しております。アリバイが全くないではありませんか」

「私は昨夜、肉屋殿の部屋で一晩中話を聞いていたのだ! 私のアリバイに関しては監視をしていた兵士に聞けば済む話であろう!」

「それが無理なんだよ、兄貴。父上の遺体が発見された後で城内を探索したところ、近くの部屋で肉屋を監視していた兵士の遺体も発見されたんだ。兄貴と肉屋がいた部屋の外は昨夜からずっと兵士がいない状態だった。これは見回りのメイドや使用人たちの目撃情報とも一致しているんだぜ?」

「なっ、何? 私たちの部屋の前にいた兵士までもが殺されているだと!?」


 マジかよ、一体いつからそんなことになっていたんだ?

 話に夢中で全く気付いていなかった。

 そういえばトイレにも立たなかったから、結局バルガス王子が部屋に来てからは一度も兵士の姿を目にしていないんじゃないか?


 それとエルハルト王子はともかくバルガス王子も俺の本名を忘れていやがる。

 肉屋という固有名詞で話を進めないでもらいたい。

 そんなことを言っている場合ではないことは重々承知の上なのだが、気になって話に集中できないではないか。こんちくしょうめ。


「この状況で兄様以外の犯人を思い浮かべろという方が無理があるのです。肉屋様、一応確認したいのですが、兄様は昨晩、本当にあなたの部屋から外へと出なかったのですか?」


 肉屋様って……いや良いけどな。

 どうやらこの兄弟はバルガス王子が犯人だと頭から信じているようである。

 しかし彼が一晩中俺の部屋で俺と語り明かしていたことは、俺が知る間違いのない事実なのだ。


 よって俺がすべきことは、正直に事実を告げてバルガス王子の嫌疑を晴らすことであろう。

 バルガス王子は今のところ、城の中で唯一の俺の味方なのだ。

 彼の立場が悪くなった場合、俺の扱いが変わる可能性だってあるのだから。


「ええ。昨日食事を終えて部屋に移動してすぐ、バルガス王子が私の部屋を訪ねてきました。そしてそれから一晩中、私たちは部屋から一歩も出ずに話し込んでいたのです」

「なるほど。それが真実だとするならば、兄様は父上を殺してからあなたの部屋を訪れたということになりますね」

「だから殺していないと言っているだろう! 私は父上やお前たちと食事をしてすぐに肉屋殿の部屋を訪れたのだ! 父上を殺すタイミングなどどこにもないではないか!」

「それがあるのですよ、兄様」

「なっ、何ぃ?」

「肉屋様と兄様が共犯だと考えれば、兄様のアリバイは崩れてしまうのです。兄様は父上を殺すために一度部屋から出ていった。もちろん肉屋様はそれを承知しておりますが、虚偽の説明をしたのです」

「なっ!?」

「ちっ、違います! バルガス王子は本当に一晩中私の部屋にいたのです!」


 この流れがまずいことくらい、流石の俺でも理解できた。

 このままでは俺は皇帝暗殺の共犯者にされてしまう。

 バルガス王子犯人説を証明するためには俺の証言が虚偽である必要があるからだ。


 しかし俺たちのアリバイを証明してくれる人は誰もいない。

 俺と王子は二人だけで部屋の中で語り合っていた。

 本来ならば部屋の外で俺を見張っていた兵士がアリバイを証明してくれたのだろうが、彼もまた昨夜の内に殺害されてしまっているのだ。


 っと、ここまで考えて俺はようやく気付くことができた。

 見張りの兵士が殺された理由は、王子に罪を被せるためではないのか?


 犯人が別におり、その者が王子に罪を押し付けるつもりならば、王子のアリバイを証明できる見張りは邪魔でしかない。

 初めから王子に罪を被せるつもりで見張りの兵士を殺した、と考えれば辻褄は合うではないか。

 俺はその考えを謁見の間の面々へと披露した。


「なるほど、確かにそういう考えもありますね。しかし私の考えは違っているのです」

「では貴様はどう考えているというのだ、ダスティン!」

「部屋から出て父上を殺害しに行けば当然のことながら部屋の外にいる兵士に見つかってしまいます。兄様はまず部屋から出てすぐに見張りの兵士を殺害し、その後で父上を殺したと考えれば辻褄は合うではありませんか」

「馬鹿な! そんなことをすれば誰かに見られる確率が高くなるだろう!? 私ならば絶対にそんな計画は立てん! 殺した兵士の死体を処分している姿を誰かに見られたらどうするのだ!」

「さぁ? 私はこの事件は父上を殺すという考えに取り憑かれた兄様の衝動的な犯行だと考えております。兄様は肉屋様の部屋から出て見張りの兵士を殺害し、幸運にも誰にも見つからずにその死体の処分に成功。そしてその足で父上の下へと出向き、そのまま父上を殺害した。違いますか?」

「私がそんな衝動的な犯行を犯すわけがないだろう! そもそも私が父上を殺す動機とはなんなのだ!?」


 確かにバルガス王子はそんな衝動的な犯罪を犯すような人間とは思えない。

 昨日会ったばかりではあるが、彼はどちらかというと冷静沈着な人物である。

 もしも仮に殺人を犯すとしても、彼ならばこんな杜撰な殺しではなく、完全犯罪を遂行するタイプのように見えるのだが。


 むしろこの犯罪は四男のエルハルトあたりが犯しそうな犯罪ではないか。

 あの兜の下にどんな顔があるのかは知らないが、話を聞いている限りはバルガス王子と似た顔で、彼とは似ても似つかない馬鹿な顔があるように思われる。


 ……決して最初に俺のことを肉屋と呼び始めたことを恨んでいるわけではない。

 まぁ俺は彼らのことをまったく知らないので、単に口調から彼らの性格を想像した結果に過ぎないのだが。


「動機など……あってもなくてもそんなものは、大した問題ではないのですよ、兄上様」

「なんだと!? それはどういう意味だ、クリス!」

「犯人の心情など今は問題ではありません。兄様の剣を使って父上が殺されている。それはつまり兄様以外に犯人がいないことの絶対の証明に他なりません。違いますか?」

「ダスティン! そっ、それは……」

「一体いつ、どのタイミングで、どうやって殺したのかなど、どうでもいい事なのです。犯人は兄様、それ以外の選択肢がない以上、私たちは皇帝陛下殺害の実行犯として兄様を拘束する以外、道がないのです」

「ぐっ……。しっ、しかし、それでも私は殺していないのだ……」

「そうおっしゃるのでしたら、『兄様以外がこの剣を使う方法』をお教えください。そうすれば私たちはそれができる者を捕まえましょう」

「……」

「ご理解いただけましたか? そんな方法は存在しないのです。ウェールリア皇国第一王位継承者バルガス=ウェールリア。あなたを皇帝陛下殺害の容疑で拘束いたします。兵士たち! 兄様を牢屋へと連行しなさい! ついでに肉屋様も」

「なっ、待て! 肉屋殿はそれこそ無関係ではないか!」

「いいえ。彼は虚偽の説明をして兄様を庇いました。故に彼もまた皇帝陛下殺害の共犯者として罪に問わざるを得ないのです」


 なっ、なんだと!?

 俺が皇帝陛下殺害の共犯者だって!?


「彼がこの世界の住人であろうとなかろうと、罪は罪として裁かねばならないのです。兵士たちよ! この犯罪者二人を城の地下牢へと連行しろ!」

〈三択です!〉


 全身鎧を着た王子、ダスティンが、俺とバルガス王子を牢屋へ移送することを兵士に命じた。

 そしてそのタイミングで生涯で二度目となる三択が開始されたのである。

 しかし、それはどれを選んでも絶望にしか繋がらない悪夢のような三択であった。


〈皇国の第三王子ダスティンの命令に従い、おとなしく牢屋へと移送されますか?〉


 ①状況から考えて俺たち以外に犯人はいない。抵抗は無意味だ。大人しく牢屋へと移送される。

 ②これは陰謀だ! 力の限り抵抗してやる!

⇒③ロース



 選択肢が表示されたがこの場での抵抗は無意味だ。そしてロースなどありえない。

 ということは選べる選択肢など①しかないではないか。

 ここは大人しく牢屋へ行くべきだろう。


 俺はちらりと兵士たちに押さえつけられているバルガス王子へと目を向けた。

 彼は苦痛に満ちた表情をしている。

 それはどう考えても冤罪を掛けられた人間の顔だった。


 そもそも彼が無実だということは俺が一番理解しているのだ。

 なんとか彼の無実を証明できないだろうか。

 俺はそのことばかりを考えながら、選択肢の①を選ぶのであった。

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