第十七話
〈三択です!〉
〈周囲を完全に兵士に取り囲まれてしまいました。上空からも兵士が多数落下してきています。このままでは兵士に捕まり袋叩きにされてしまうでしょう。どうする?〉
①フロンを犠牲にすればどうにか逃げ道は確保できる。フロンを囮にして、兵士たちの包囲から脱出しよう。
②怪物になってまで俺を救ってくれたフロンを捨てて一人だけ逃げるなんて出来るわけがない。無駄な抵抗はせずにフロンと共に捕まり、彼らの怒りを一身に受けようではないか。
⇒③ロースor肩ロースorロースと
「ばっ!? ちょっ! は? 嘘だろオイ!」
残念なことに嘘ではなかった。
目の前にある現実は紛うことなき真実だと俺は認めざるを得なかったのである。
停止した時間の中で、すぐさま上を向いた俺の視界には、文字通り城壁の上から落下してきている多くの兵士の姿が映っていたのだ。
彼らはほぼ横一列に並んでいた。
つまり彼らは示し合わせて、同じタイミングで城壁の上から飛び降りたという事になる。
しかし俺には目の前で展開されているこの無謀な試みが、彼ら自身の意志によるものだとはどうしても思えなかった。
「どいつもこいつもなんて顔してんだよ……」
落下している兵士たちは、誰もが顔をクシャクシャに歪めていたのである。
涙を浮かべている兵士も多いようだ。無理もない。この高さから落下したら無事で済むわけがないのだから。
誰だって命は惜しいのである。それなのにどうして彼らはこんな事をしてしまったのか?
その答えは簡単であった。
彼らは城壁の上から飛び降りたのではなく、落とされたのである。
それは城壁の上で彼らを落とした体勢で固まっている他の兵士の様子を見れば一目瞭然であった。
彼らを落とした兵士たちの横では、ひときわ上等な鎧を着た兵士が偉そうにふんぞり返っていた。
恐らく彼こそが部下を城壁の上から落とすという狂気の作戦を実行に移した上官なのだろう。
それが国王の洗脳の結果なのか、功を焦った故の暴走なのかは分からないが。
だが経緯はどうあれ、兵士たちが城壁の上から落とされたのは事実なのだ。
彼らは真っ直ぐに地面に向かって落下している。
そしてそれ故に俺たちは逃げ場を失うこととなったのだ。
後ろは壁。
前と両横は兵士に包囲されており、上からは兵士が落下してきている。
つまりいずれの方向にも逃げようがない状況なのだ。
強行突破をしようにも周囲の兵士たちは槍を構えていた。
無理に突っ込めば槍に刺されてフロンが大怪我を負ってしまうかもしれない。
フロンが動けなくなったらその時点で俺も終わりだ。
次の瞬間には大勢の兵士に殺到されて数の暴力で押し潰されてしまうだろう。
そんな状況下ではロースの光も肩ロースによる火傷も効果があるとは思えない。
相手が使うのが飛び道具であれば、ロースの光でもって狙いを逸らすことも出来た。
そして手練であっても少数であれば、肩ロースを使って火傷を負わせ、攻撃を逸らすことも可能だったのだ。
しかし今回はどちらの手も有効打にはならない。単純に敵の数が多すぎるのである。
周囲を完全に囲まれたこの状況下では、例え兵士全員の視界をロースの光で眩ませても、肩ロースを使って火傷を負わせても、数が多すぎて決定的なスキが作れないのだ。
選択肢の①と②は選ぶことができない。
そしてロースと肩ロースが選べないとなれば、残る選択肢は新たに現れたローストだけとなってしまう。
果たしてこれで現状を打破できるのかどうかは分からない。
だがそもそもが考えるだけ無駄なのである。
元より他に選択肢など無いのだ。
フロンを見捨てられず、死ぬ気もないとなれば足掻く以外に道などない。
元より簡単に諦められるような命であれば、とっくの昔にどこかでくたばっていただろう。
しかし俺は未だに健在。生き残ってこれたのは限られた選択肢の中で懸命に足掻き続けてきた結果なのだ。
元より俺は英雄ではない。
手にした奇跡は肉を召喚するという意味不明な奇跡ただひとつだけなのだ。
人は配られたカードがそれぞれ皆違っている。
だから人は手にしたカードを駆使することで、どうにか望んだ結果を掴み取ろうと足掻くのだ。
俺に残された足掻きがローストしかないのだとしたら、潔くローストを選んで人生を賭けよう。
諦めるのはまだ早過ぎる。そもそも俺はこの新しい奇跡『ロースト』の詳細を全く知らないのだから。
俺は一縷の望みを掛けて選択肢の③からローストを選択した。
「ロースト!」
フロンは俺の掛け声がこれまでと違っていた事にすぐに気付いたようだ。
すぐには動かず、事の成り行きを見守ってくれていた。
だから俺たちは揃って驚いてしまったのである。
俺が「ロースト!」と叫んだ直後、俺たちの視界が真っ白に塗り潰されたからだ。
そして俺たち向かって突っ込んできていた前方の兵士たち。
その全員が光と共に現れた岩のような物体によって、なすすべもなく吹き飛ばされた光景を目にしたが故に。
〈三択です!〉
その声が聞こえてきたのは、俺たちの前方にいた兵士の一団がなすすべもなく吹き飛ばされた直後のことであった。
感覚としてはほんの一瞬の出来事である。
エルハルトと戦った際、ロースを出した後にすぐ三択が発動したのと同じ理屈なのだろう。
ようするに謎の力によって前方の兵士を吹き飛ばしたところで、俺たちのピンチは終わってなどいなかったのである。
右と左からも兵士たちは殺到している。
そしてなにより上空だ。
上に目を向ければ、先程よりも明らかに近づいて来ている兵士たちの姿を目にすることができた。
この分では、横から襲い来る兵士たちよりも、上から落下してくる兵士たちの方が先に俺たちの下へと到達するだろう。
ならば次に排除すべきは上から落ちて来ている兵士たちとなる。
どういう攻撃方法なのかは一度見ただけでは分からなかったが、前方の敵が広範囲に渡って吹き飛ばされているのだけは理解できていた。
つまり俺の奇跡に新たに加わった『ロースト』とは、俺にとって初となる直接的な攻撃手段だったのである。
ロースの光による目眩ましや焼けた肩ロースによる火傷などとは訳が違う。
目が眩む程の光が出るのはロースと同じだが、それと同時に多数の兵士を薙ぎ払えるとなればその恩恵は計り知れない。
つまりこの新たなる奇跡ローストとは、ロースの上位互換と考えてほぼ間違いない代物だったのだ。
俺は三択の表示を眺めた。
ここまで考えている間に既に耳に入ってはいたのだが、改めて三択の内容を読んでおこうと考えたのである。
〈上空から落下してきている兵士と間もなく接触します。このままではかなりの衝撃を受けて身動きが取れなくなってしまうでしょう。どうする?〉
①ロースとを上に放てば3/4の確率で排除は可能である。ロースとを上に向かって放ち、上空から落下してきた兵士たちを排除しよう。
②例えロースとを選択したところで、1/4の確率で失敗してしまうのだからそんな博打に命は掛けられない。フロンの腹の下に急いで潜り込み、落下してきた兵士の攻撃から身を守ろう。
⇒③ロースor肩ロースorロースと
何!? 何だと! 1/4の確率でローストは失敗するだって!?
何なんだそれは。じゃあさっき前方の兵士が吹き飛んだのは3/4の成功を引き当てたってことなのか?
さっきのあれは何だったんだ?
発動したと同時にロース同様の光が発生したために、視界が塗り潰されてまともに目視出来なかったので詳細は不明だ。
ロースト選択後にばら撒かれた物にしたところで、離れたところに散らばっているために、いくら目を凝らしても詳細は不明であった。
次の攻撃は成功するのか失敗するのか。
成功すれば上から落ちてきている兵士たちは排除が可能だという。
しかし失敗すれば城壁の上から落下して来た鎧を着た兵士の落下速度をまともに受けてしまうのだ。
下手をすれば死ぬだろう。運が良くても身動きを取れなくなるに違いない。
かと言って、身を守るためとはいえ、フロンの腹の下に潜るだなんてしてはいけない選択のはずだ。
3/4の確率ならば、成功率はかなり高目に設定されている。
外れたら運が悪かったと諦めよう。
俺は覚悟を決めて、上を向いたまま選択肢の①を選んだ。
「ロースト!」
「「ギャアアアァァァ!」」
その時奇妙なことが起きた。
上を向いていた俺の視界の中に、光り輝く豚が現れたのだ。
光の正体はロースを選んだ時と同じ召喚の光だと思うのだが、豚の正体は良く分からない。
なにしろその豚は、現れた次の瞬間にはバラバラになり、上空から落ちてくる兵士に向かって凄い速度で射出されたのだから。
豚がバラバラになったというのは文字通りの意味である。
一頭の豚が無数の子豚に分裂したとかそういう意味ではない。
文字通り一頭の豚がバラバラな肉片となって、四方八方に飛び散っていったのだ。
それはまるでショットガンをぶっ放したような光景であった。
いや、俺の人生でショットガンを撃った経験などただの一度もないのだが。
ようするに放射状に攻撃がばらまかれたのである。
突如として俺の目の前に現れた豚は、上空に向かって広範囲に、それもかなりの速度でもってバラバラに吹き飛んで兵士に直撃した。
落下していた兵士たちは驚いただろう。
突然眼下が光に覆われ、謎の豚が現れたと思ったら、次の瞬間にはバラバラになって、自分たちに殺到してきたのだから。
しかし彼らにとってそれは幸運の豚であった。
下から強烈な勢いで襲いかかってきたバラバラになった豚と激突したことで、彼らの落下スピードは殺されて、誰一人として落下で死ぬことはなかったのである。
打ち身や捻挫、骨折や打撲程度はあったようだが、誰一人として死亡することなく無事に地面へと辿り着けたのは僥倖以外の何物でもなかった。
彼らの周囲には多くの固形物が転がっている。
それは、それこそがバラバラになって彼らを吹き飛ばした豚の正体だったのだ。
それは、俺の目がおかしくなったのでなければ、誰がどう見たところで、凍った豚の肉にしか見えない代物であった。
……意味が分からない。どういうことなんだこれは。
どうしてローストを選んだら、凍りついた豚肉がばら撒かれるんだよ!
俺は呆然としていた。俺を背に乗せているフロンも同じように呆然としている。
俺たちに襲いかかっていた兵士たちも同じように呆然としているようだ。
無理もないだろう。前方にいた兵士たちが吹き飛ばされたと思ったら、上から落ちてきていた兵士たちも一瞬の内に排除されたのである。
彼らからすれば、一連の流れは一瞬の内に行われたのだ。
ましてや彼らは俺のことを異世界からの侵略者だと思いこんでいるのである。
何らかの謎の力を使い味方を排除したと考えて攻撃を躊躇したところで、一体何の不思議があるというのか。
「何をしている! とっとと肉屋の首を取れぇ!」
しかし離れたところから見ていた者には、現場の衝撃は伝わらなかったようだ。
城壁の上で兵士たちの落下を指揮したであろう、上官兵士の声に反応した右側の兵士の一団が、俺とフロンに殺到してきた。
フロンはまだ衝撃から回復していない。
一発殴って正気を取り戻させようと考えていたところで、またしても三択の奇跡が発動してしまった。
〈三択です!〉
〈右側を包囲していた兵士が攻撃を加えようとしています。このままでは危機的状況に陥りかねません。どうする?〉
①ロースとを放てばたとえ1/4の確率を引いてしまっても排除は可能だ。ロースとを放ってこれまでと同様、兵士たちを排除すべし。
②彼らはまだ衝撃から完全に復活していない。ロースを使って彼らの目を眩ませれば逃げるスキも生まれるだろう。ロースを選んで敵のスキを付け。
⇒③ロースor肩ロースorロースと
おおっ!? 逃走経路が二つもあるぞ。
ロースとロースト、どちらを選んでもこの場から逃れることが出来るらしい。
それにしてもさっきのあれは一体何だったのだろうか。
俺はてっきりローストというのは肩ロースと同じように焼けた肉が出てくるか、さもなければ周囲をローストする奇跡だと考えていたのだが。
それなのに光の中から豚が出現し、次の瞬間にはバラバラになってショットガンのように撃ち出されるとは、想像もしていない結果であった。
落下してきた兵士たちを弾き飛ばしたのは、間違いなく凍りついた豚肉だったのである。
それはつまり、一番はじめに前方の兵士を吹き飛ばしたのも、凍りついた豚肉だったということになるのだろう。
いや、確率は3/4らしいから違うのかもしれない。
これはつまり、ローストには四つの選択肢があり、その中の三つが攻撃として使えるということなのではないだろうか。
凍りついた豚肉の他に三つの選択肢だと?
最初の攻撃も同じように凍りついた豚肉だったのだろうか?
はたまた凍らせる以外の方法で固められた豚肉?
もしくは凍りついた別の肉だったりするのか?
「いや待てよ。別の肉だって?」
思えば。
思えば肩ロースで出現するのは、いつも同じ牛肩ロースであった。
しかしロースを選んだ場合、出現するのは牛肉、豚肉、そして羊肉の三種類のロースなのである。
肉の種類は一つではない。
サンタの爺さんと食べたあの焼肉屋だって三択ロースフェアをやっていたくらいなのだ。
ということは、この奇跡で出てくるのは、豚肉以外の他の肉ということか?
それらが氷漬けの肉となって出現し、バラバラになってショットガンのようにばら撒かれる奇跡?
だったらどうしてローストなどという、正反対の名前に……いや、待て、違う。
よく見ると違うじゃないかこれ。
「これは『ロースト』じゃない! ロース『と』じゃないか!」
ローストされた肉が出てくるんじゃない。
ロースと一緒に別の肉の塊が出てくる奇跡ってことなんじゃないのかこれは!
そう考えると、ロースを選んだ時と同じように召喚の光が出現したことも理解できる。
光っていたのはロースも一緒に召喚されていたからだ。
ロースの光で視界を奪われた状況下で、凍った肉の塊が襲いかかってくるのだとしたら、そりゃあ避けることは難しいだろう。
だがなんで豚肉の塊? なんでロースと?
ローストビーフとかローストポークとかと混同してしまうじゃないか不親切だな。
いや待てよ、ローストポークってのはようするにローストした豚肉のことだよな。
つまりロース『と』ポークだと、『ロース』と『豚肉』ってことに……。
「アホかい! ロースとぉぉぉ!」
奇跡の詳細を理解した俺は、壮大なツッコミの代わりに大声を上げた。
先程の攻撃は、ロースを召喚した際の光で目を眩ませ、同時に召喚した豚肉の塊で敵を排除するという攻撃だったのだ。
『ロースと』という俺の新しい奇跡の正体は、ロースと同時にビーフ、ポーク、チキンにマトンという四種類のいずれかの肉を召喚する奇跡なのだろう。
こう考えてみるとどれがハズレかなど一発で理解できる。
だってビーフとは牛肉という意味である。生きている牛はカウと呼ばれるのだ。
同時にポークは豚肉であり、生きている豚はピッグと呼ばれる。
マトンは羊肉である。生きている羊はもちろんシープだ。
しかしチキンはどちらもチキンなのである。
鶏肉だって生きた鶏だって、どちらも呼び名はチキンと呼ばれるのだ。
だから『ロースと』を選んで、1/4の確率でチキンが出た場合は……
「「クックドゥードゥルドゥー!」」
「うわぁぁぁ! 何だこいつらはぁぁぁ!」
「魔物だ! 肉屋が異世界から魔物を召喚したぞぉぉぉ!」
兵士たちは光の中から現れた十羽ほどの鶏の群れに恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
いや、なんでチキンだけこんなに数が多いのだ。
他の肉と比べると、一羽当たりの肉の量が少ないからか?
だとしても一度に十羽は多すぎると思うのだが。
いつの間にか俺たちの周囲からは兵士の姿が消えていた。
恐らく俺が召喚した鶏の群れに恐れをなしたためであろう。
彼らは俺のことを異世界からやってきた侵略者だと思いこんでいる。
召喚したのは鶏なのだから大して危険はなく、他に召喚できるものなんて、ただのロースと焼けた肩ロース、そして凍りついた肉だけなのだが、実情を知らなければこの反応も致し方あるまい。
とにかく城門の前からは兵士がいなくなったのだ。
俺とフロンはもはや城壁を越える必要がなくなったことを理解し、城門に掛けられていた閂を外して、近くにあった門を開く装置を作動させた。
ゆっくりと、そして呆気なく城門は開いていく。
開いた門の向こう側では、城門をこじ開けるために頑張っていた解放軍の兵士たちが目を丸くしていた。
遠くには彼らを鼓舞するためだろう、馬に乗ったバルガス王子の姿も見つけることが出来た。
俺は王子に手を振って、再びこの世界に戻ってきたことをアピールするのだった。




