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第二話

「ぶっ!? くっ、くくくくく……、うひゃははははは!」


 扉を潜った先で俺が耳にしたものは、部屋中に響き渡る笑い声であった。

 俺も、俺を連行してきた兵士たちも、今まさに到着の口上を述べようとしていた立派な鎧を着た兵士長とやらも、一様に驚いて動きを止めている。


 扉の先には広く豪華な部屋があった。

 先程俺が召喚された部屋よりも天井が高く、床面積も広い。


 部屋の中央には真っ赤な絨毯が敷かれている。

 室内のいたる所には絵が飾られており、それらは全て剣を持った立派な若者が怪物を退治しているという『これぞファンタジー!』といった感じの絵ばかりであった。


 俺は室内を見回して、中の様子に目を凝らす。

 広く豪華な室内ではあるが、現在のそこには数える程しか人の姿はない。


 最も目につくのは、武装した兵士の姿だろう。

 彼らは等間隔で室内に立ち並んでおり、まったく微動だにしていない。


 彼らは揃いの全身鎧を身にまとい、フルフェイスの兜を被っていた。

 一部のスキもなさそうな全身鎧とフルフェイスの兜の組み合わせは、見る者に強烈な圧力を感じさせてくる。


 その威圧感は召喚の間で見かけた兵士たちとは比較にならない代物だ。

 この部屋に陛下とやらがいるのならば、この部屋にいる兵士はいわゆる近衛兵、つまりはエリート兵ということになるのだろう。


 彼らは一様に兜で顔が隠れているので、表情を確認することはできない。

 しかし、幾人かの兵士からは殺気のこもった視線を感じることができた。

 どうやら俺は彼らにとって警戒に値する人間らしい。だから俺が何をしたというのか。


 召喚されてすぐに服従を迫られた段階で覚悟はしていたつもりだった。

 しかし、これだけの数の人間に友好的でない視線を向けられると、いくら俺でも胸にくるものがある。


 俺はこんな状況下で、サンタの爺さんが元の世界に戻してくれるまで、生き延びなければならないのか。

 思わず口をついて出てしまった弱音は、より酷さを増した笑い声に掻き消されて誰の耳にも入らなかった。



「ひひひひひ! ひゃはははははは! ひーっひっひっひっ!」



 部屋の中には、相変わらず笑い声が響き続けている。

 部屋の奥には一段高くなっている場所があり、笑い声はそこから響いていたのだ。


 見ればそこには玉座があった。

 やたら派手でけばけばしい玉座には立派な体格をした中年男性が座っており、彼の横には二人の男女が微動だにせずに控えている。


 玉座の前には一人の老人が座り込んでいた。

 いや、どうやらその老人は、無理やり床に押さえ付けられているようだ。

 老人を押さえつけているのは、二人の若い男たちであった。


 玉座の横に立つ二人はゆったりとした服を着用し、右側の男は剣を、左側の女性は盾を所持している。

 そして老人を押さえ付けている二人の内一人は頭だけが露出している全身鎧を身にまとい、最後の一人はなんとローブ姿の上にフルフェイスの兜を被っているという異様な風体をしていた。


「ぎゃはははははは! うひゃはははははは!」

「いい加減にしなさい、エルハルト。先程から一体何だと言うのですか」

「いやだって! だってよう、兄貴! いひゃはははははは!」


 異様な風体の兜男の名はどうやらエルハルトというらしい。

 先程から部屋に響いている笑い声は彼のものだ。

 彼は老人を押さえ付けながら大声で笑い続けるという器用な芸当をしていたのである。


 その体は笑いの影響で小刻みに震えていた。

 その振動は押さえ付けている老人にも伝播してしまい、二人がかりで抑え込まれているその老人は苦しげにうめき声を漏らしている。


 エルハルトを注意したのは、彼と共に老人を押さえ付けている全身鎧男だ。

 彼の顔は玉座の両横に佇む二人とよく似ていた。

 どう見てもこの全身鎧男は奥の二人と血の繋がりがある。

 兜男のエルハルトが兄と呼んでいたことから考えると、ひょっとするとこの四人は実の兄弟なのかもしれない。


「そろそろその馬鹿笑いを止めよ、エルハルト。貴様のせいで話がまったく進まんではないか」

「ひひひひひ……、ご、ごめんよ、父上。いひひひひ!」

「貴様がその兜で何を見たのかは知らんが……まぁよかろう。それでその者がこの負け犬の切り札で間違いないのか?」


 玉座に座る男性がギロリと俺を睨みつけてきた。

 どうやらこの男は兜男の父親であるらしい。

 男から冷たい視線を投げかけられた俺は背筋が凍りそうになった。

 これは初対面の人間に向ける視線ではない。

 どう見ても敵に向ける視線である。人違いではないのかと心の底から訴えたい。


 というか『負け犬の切り札』ってどういうことだ?

 俺は残念ながら誰かの切り札になったことなど一度もない。

 そもそも俺はこの世界に緊急避難してきたばかりで現状を何も知らない三十五歳なのだ。

 こんな目を向けられる理由など何一つないはずなのである。そろそろ誰でも良いから状況の説明をしてくれないだろうか。



「はっ! この者は間違いなく召喚の間で行われた勇者召喚の魔法陣の中から現れた異世界人であります!」

「ふんっ、それにしては随分と年を食っているな。召喚される勇者といえば若い男と相場が決まっているものだが……」

「父上、いえ皇帝陛下。勇者の年齢など大した問題ではありません。重要なのはこの者が神からいかなる奇跡を授かったのかということと、我らと敵対する意志があるのかどうかということではないでしょうか」

「確かにそうだな、バルガス。それで貴様は一体いかなる奇跡を授かっているのだ? そしてそれを使って我が皇国に敵対する意思はあるのか?」

「ぶはぁ!! うひゃはははははは! ひーひっひっひっ!」

「だから先程から一体、何がおかしいのだ、エルハルト!」


 兜男のエルハルトがまたもや笑い出したために、会話が中断してしまった。

 俺はこの間に今の状況がどういったものなのかを考えてみる。


 玉座に座っているこの男はどうやら陛下と呼ばれていたお偉いさんで間違いないらしく、剣を持っているのがバルガスという名前で、二人はエルハルトの家族であるらしい。


 彼らは勇者召喚が行われていることを知っていた。

 まぁ同じ建物の中に召喚を行った魔法陣があるのだから、知っていても何もおかしくはない。


 しかしそうなると彼らの態度は明らかに不自然だ。

 初対面の相手に敵対する意志の有無を確認するだなんて、どう考えたっておかしいではないか。


 そんなもの初対面で持っている方がおかしいと思うのだが。

 ひょっとして以前召喚した勇者は、会うなり敵対行動を起こしたりしたのだろうか。そういう作品も確かにあるけれども。


 そしてどうやら召喚された勇者は神から奇跡を授かっているらしい。

 ……俺はその召喚に無理やり割り込みをかけて緊急避難をしてきた一般人だ。

 だから、神に会ったこともなければ奇跡なんて授かってもいない。


 これは正直に告げるべきなのか? 下手に喋ると役立たずのレッテルを張られそうだし、嘘をついたらついたでバレた時が怖いのだが。


「肉屋……こっ、こいつは肉屋だ……」

「肉屋? いい加減にせい、エルハルト。貴様が何を見ているのか我らにきちんと説明せんか!」

「ぶっ、くくくくくく……だっ、だから肉屋なんですよ、父上。こいつの奇跡は肉を生み出す力……『三択ロース』って名前の肉屋の力なんですってさ!」

「!」

「さんたくろーす?」

「何だそれは? 一体どこに肉の要素があるというのだ?」


 彼らは三択ロースという名前から肉の要素を感じ取ることができないようだった。

 恐らくこの世界ではロースの部位は別の名前で呼ばれているのだろう。

 だからロースと聞いても肉をイメージできないでいるのだ。

 元の世界の人間にしても『三択ロース』と聞いて肉をイメージする人はまずいないとは思うのだけれど


 それはともかく、俺は俺自身も半信半疑だった俺が手に入れた能力の詳細を、兜男に看破されたことに驚きを隠せないでいた。

 能力ではなく奇跡と言うのだったか。

 やはり俺の奇跡は三択ロース。恐らくあの選択肢の③を選ぶと肉を召喚することが出来るのだろう。まず間違いなく、出てくる肉はロースなのだろうが。


 しかし、どうしてこいつは俺自身も知らない俺の持つ奇跡の詳細を知っているのか?

 周りの連中は誰一人として驚いていない。

 それはつまりこのエルハルトとかいう兜男が他人の奇跡を看破できることは誰もが知っている事実だということだ。


「ひひひひひ……きっ、危機を察知すると、少しだけ周囲の動きが停止して三択が出るんだとさ。くくくくく……そっ、そしてその選択肢の中には必ず『ロース』って選択肢があって、それを選ぶと肉を召喚できるんだってよ!」

「……は?」

「なんだそのおかしな奇跡は。ハズレと言っても限度があるだろう」

「だから言ってんじゃん、肉屋だってさぁ! うひひひひひひ! はっ、腹いてぇ! おい良かったな、爺! お前の待ち望んでいた勇者様は、俺を笑い殺せそうだぜぇ!」


 エルハルトは押さえ付けていた老人の背中をバンバンと叩いたかと思うと、床に転がって文字通り笑い転げ始めてしまった。

 彼の笑い声の隙間を縫うように、室内からは少なくない失笑も聞こえてくる。

 どうやら俺が授かった三択ロースという名の奇跡は大ハズレであり、笑いを取れるような代物だったらしい。気持ちは分かるが、当事者だとまったく笑えないな。


 玉座に座る皇帝は未だ疑惑に満ちた目をしていたが、先程までのあの敵を見るような力強さは視線から失われていた。

 あれはなんだろう? 息子の言っていることを信じたいけれど、突拍子がなさすぎて信じられないといった感じの目、なのだろうか。


「ふざけるなぁ!!」


 エルハルトの爆笑と部屋中から聞こえてくる失笑を遮るように、突然の大声が室内に響き渡った。

 見れば先程から全身鎧男とエルハルトの手によって押さえ付けられていた老人が俺の方を向き、凄まじい形相で俺を睨んでいるではないか。


「わっ、我が国の栄光を長年に渡って支え続けてきた勇者召喚の魔法が、私の代で動作不良を起こすなどありえない! これは陰謀だ! 皇国の陰謀に他ならん!」


 老人は年齢を感じさせない凄みを持って俺を睨み、その腕を俺に向かって伸ばしていた。

 それを全身鎧男が押さえつける。

 笑い転げていたエルハルトも慌てて立ち上がり、老人の背中を踏みつけて二人がかりで動きを止めていた。


 ……凄いなこの爺さん。二人がかりでないと動きを封じることができないのかよ。


「おいおい、爺! いい加減に観念しろよなぁ。この兜が証明しているんだから間違いないんだよ。こいつは間違いなく異世界人で、奇跡の名前は三択ロース! 勇者じゃなくて肉屋だよ肉屋! あんたの切り札はどうやらスカだったようだぜぇ?」

「嘘だ! 夢だ! 陰謀だ! 勇者様! お助けください、勇者様ぁ!!」


 老人はジタバタと身体をバタつかせるが、若い男二人に押さえ付けられて身動きが取れなくなっている。

 俺はその光景を目にしながら、一体これはどういう状況なのかと頭を捻っていた。


 この老人は勇者召喚のことを自分の国のものだと声高に主張している。

 しかしその老人は捕らえられ、俺の前で床に押さえ付けられているのだ。


 俺は皇帝陛下と呼ばれていた玉座に座っている男の命令でこの国に召喚されたのではなかったのか?

 いや、召喚されたのは俺ではないのか。俺はサンタの爺さんが召喚に割り込みをかけてこの世界に緊急避難してきただけのただの一般人なわけだから、本来の召喚者は別にいたはずなのだ。


「ふむ、この現状を目の当たりにしても動き出す気配はなしか。お主仮にも勇者なのだろう? 召喚した国の国王が取り押さえられている光景を見てなにか思うところはないのか?」

「……え? あっ、俺ですか?」

「この場で勇者など貴様しかいないではないか。先程から一言も喋らんでボーっとしおって。こんな者を警戒していたのかと思うと恥ずかしくなってくるわい」

「はぁ、申し訳ないです」

「覇気がないのう。貴様本当に勇者なのか?」


 どうしよう。説明するべきなんだろうか?

 兜男のエルハルトは俺の持つ奇跡の詳細を知っている。嘘をついても確実にバレるだろう。

 それならいっそのこと正体を明かしてしまおうか? 考えてみれば隠すようなことでもないのだし。


 ……いや待て、そもそも俺は現状を全く理解していない。

 この押さえ付けられている老人は何者だ?

 いや、それは目の前にいる皇帝陛下が説明したばかりではないか。召喚した国の国王なのだと。


 ……召喚した国の国王が取り押さえられているってどういうことだ?

 そもそも何のためにこの爺さんは勇者召喚を行ったのだろう。


 この爺さんが国王だとしたら、目の前にいる皇帝陛下とやらは何者だ?

 分からないことがあまりにも多すぎる。

 諸々の理由をきちんと把握しておかなくては、取り返しのつかないミスをする可能性もあるぞこれは。


 とりあえず現状を理解することが先決か。

 そう考えた俺は、この場で一番権力が高そうな男に向かって話しかけた。


「え~っと、皇帝陛下? 聞きたいことがあるのですが、質問をしてもよろしいでしょうか」

「……本当に変わった勇者だな貴様は。これほどへりくだった勇者など聞いたことがないぞ」

「すいません。実は状況がまったく理解できていないのです。えっと何故勇者召喚など行ったのでしょう? その老人はどなたですか? これは一体どういった状況なのですか? どうしてエルハルトさんは私の奇跡が分かったのでしょう? 皆さんは一体私に何を求めているのですか?」

「そこからか……。おい、誰ぞ説明してやれ!」

「では僭越ながら私が」


 そう言って一歩前に出てきたのは剣を携えたバルガスと呼ばれていた男であった。

 そうして彼は語ったのである。

 この世界の歴史と、勇者を召喚する魔法が使用されたその理由を。

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