第十三話
「行け行け行け行けぇー! 大義も流れもこちらにある! このまま城を攻め落とし、悪しき王国の歴史に終止符を打つのだぁー!」
「守れ守れ守れぇー! 偉大なる国王陛下に反逆する非国民共がぁ! 皇国に媚びを売る売国奴なんぞに負けてなるものかぁ!」
バルガス王子を旗印としたウェールリア皇国歓迎軍の兵士たちと国王を筆頭とする国王派の兵士たちは、城門を挟んで必死の攻防を繰り広げていた。
破城槌を用いて城門を突破しようとする歓迎軍に対し、城の兵士たちは雨あられと矢を射かけ妨害工作を続けている。
魔法使いも魔法を放っているのだが、城門はびくともしていない。
なんでも城門や城壁には対魔法障壁なるものが施されているため、魔法一発で楽々と道を作る様な真似は出来ないとのことだ。
魔法が決定打にならないとなれば、結局は力押ししか選べる選択肢がない。
だから歓迎軍は力づくで城門を壊そうとしており、城の兵士たちはそうはさせじと必死に守っているのである。
必死に城を攻めている歓迎軍の後ろには、魔法重騎士団が控えていた。
隊長を務めるダスティンが正気を取り戻したために、部隊ごとバルガス王子の陣営に合流したのである。
ダスティンを無力化してしばらく経った頃、襲撃から立ち直った魔法重騎士団が続々と神殿前に到着し始めた。
彼らはあれだけ一方的に攻撃を受けていたというのに、大した怪我をしていなかった。
多少の捻挫や打ち身はあるものの、装備の優秀さに救われたお陰で、大怪我をした者は一人もいなかったのだそうだ。
一番被害が大きかったのは彼らが乗っていた馬なのだそうである。
まともにやり合わなくて正解だった。歓迎軍の兵士たちが名前を聞いただけで震え上がったのも良く分かるというものだ。
神殿前に到着した彼らは予想外の光景を目撃することとなった。
勇者の鎧を身に着けてさらなる強さを手に入れたはずのダスティンが、全裸で拘束されていたのである。
部隊の隊長を務めるダスティンが敗れる姿など、彼らは想像すらしていなかったらしい。
彼らは動揺し、次々にその動きを停止してしまった。
それを見たバルガス王子が、すかさず彼らに勇者の装備に掛けられていた呪いについて説明したことで、魔法重騎士団の混乱は決定的なものとなってしまう。
王子はダスティンが目覚めるまでの間、一時休戦することを彼らに提案した。
魔法重騎士団の面々はバルガス王子の要求を受け入れた。
そもそもトップが既に拘束されているのだから要求を受け入れざるを得なかったということもあるが、彼らは状況が理解できず、隊長直々の説明を求めていたのである。
そして彼らは気絶から目覚めたダスティンから絶対服従の呪いの詳細について説明されるやいなや、ダスティンと共にバルガス王子の傘下に入る事となったのだ。
そんな彼らは現在、城攻めをしている歓迎軍の兵士たちの後ろで、城門が開かれるのを今か今かと待っていた。
これは、歓迎軍の兵士たちが城門をこじ開け、開放された城の中に精鋭である魔法重騎士団が突撃することで、一気に城を落とすという作戦なのである。
そんな作戦が行われていた頃、俺とフロンとバルガス王子は、神殿の一室にある作戦本部の中にいた。
下町の神殿に設けられていた作戦本部は、既に城の近くにある高級住宅街の中の神殿の一室へと移転されている。
夜が明けて早々に魔法重騎士団という最高戦力を手にしたバルガス王子は、その勢いのままに一気に城を落とすべく襲撃作戦を敢行したのだ。
しかし相手も馬鹿ではなかった。
魔法重騎士団が出撃した後、城門はしっかりと閉じられていたのである。
そしてバルガス王子率いる歓迎軍が門の前に到着した時には、城門の上には国王派の兵士たちが準備万端で待ち受けていたのだ。
今は亡き皇帝率いるウェールリア皇国軍が初めてこの城を落とした時には、これほどの抵抗を受けることはなかったという。
街を守る外壁を突破するまでは激しい抵抗を受けたそうだが、それからは一気に城の中まで雪崩込めたので、ここで戦うのは実は初めてなのだそうだ。
思うに前回の戦いでは、王国軍は勇者召喚に全ての労力を注ぎ込んでいたために、城の守りが手薄になっていたのではないだろうか。
そして今回はそれがない。ならば城の守りが固くなるのも当然と言えた。
「とはいえ、このまま攻め続ければそう遠からずこの城は落ちるだろうがな」
「そうなのですか? バル」
「ああ。籠城というのは外部からの救援が期待できない状況下では選んではいけない下策なのだよ。城を包囲し物資の供給を断てば、矢も食料もいずれ尽きてしまうのだからな」
「なるほど。ならばいっそのこと、相手が音を上げるまで包囲を続けてみてはどうですか?」
「これが通常の戦であればその選択肢もありなのだがな。あの城の中には大量の味方が未だに残っている状況なのだ。彼らを助けるためには短期決戦を仕掛ける以外に道がない。というか、彼らを見捨てたりしたら、今度はこちらの士気が大きく落ちる結果になってしまうのですよ」
言われてみれば確かにその通りだ。
敵の手に落ちたとはいえ、目の前の城の中には皇国からやってきた兵士が大勢いるのである。
彼らは敵であると同時に救うべき味方なのだ。
悠長に包囲作戦を行うわけにはいかないのだろう。
下手に籠城が長引いて餓死者が出るようなことがあれば、味方を餓え死にさせたと悪評が立ち、一気に人望を失ってしまうだろうからな。
「ちなみにバルはいつ頃城が落ちると考えていますか?」
「最長でも明日、早ければ今日の夕方には落ちるだろうな」
「その根拠は?」
「外に出ている私の軍に既に伝令を送っているからだ。伝令から状況を説明されて彼らが引き返してくる時間が、およそそれくらいだと考えられるからだよ」
「なるほど。そういえばバルの軍は街の外に出ているという話でしたね」
バルガス王子が率いる兵士の実力がどの程度のものなのかは分からないが、仮にも第一王子の直轄軍なのだ、弱いということはないだろう。
彼らが合流すれば城はすぐに落ちるのだという。
しかし城が落ちる時間を確認した俺の心には、少なくない不安が湧き上がっていた。
現在時刻は昼近く。
そう、それはすなわち俺が初めて召喚された時刻が刻一刻と近づいていることを意味しているのだ。
昨日は丁度この時間帯に、俺は元の世界に帰る事となった。
そして帰れはしたものの魔法陣からは出られず、再びこの世界へと舞い戻ることになったのである。
魔法陣から出られなかったのは、帰還条件を満たしていなかったからだという。
そして現在の俺はその帰還条件を満たしているとは言い難い状況なのだ。
しかもその帰還条件というのが、居もしない魔王の討伐だという話なのである。
仮にそれが正しいとするならば、俺は永久に元の世界に帰れないということになってしまう。
もっとも情報のソースはあの老害国王の言葉のみ。
真偽の程は定かではない。
かと言って唯一の情報なのだから疎かにも出来ないのだが。
二周目の俺がしたことといえば、城の中に再召喚され、見つからないように身を隠し、クリスティ王子と戦って呪いから解放し、城の中庭で魔法使いたちの襲撃から逃れて城から脱出し、フロンやバルガス王子と再会して、魔法重騎士団の襲撃に加わってからダスティンに追われ、彼を倒した事くらいなのである。
……あれ? 意外と色々やっていたな。
だが、これだけでは帰還条件を満たせているとは思えない。
帰還条件を満たしていなければ、俺は元の世界に帰ったところで再びあの召喚の間に戻る羽目になってしまうのだ。
それは困る。絶対に困る。
何が困るって、もう一度あの場所からリスタートするようなことになれば、今度は城の外に出られる確率が限りなく低いと思われるからだ。
一度目はバルガス王子とフロンが。
二度目はクリスティ王子が共に脱出してくれたお陰で成功したのである。
だが、三回目となる次には仲間になってくれそうな人に心当たりがまったくない。
なにしろあの城の中は敵だらけなのだ。
となると、恐らく一人での脱出劇となってしまうのである。
たった一人で敵だらけの城から脱出するだなんて無茶無理無謀にも程がある。
俺はこれまで、なんだかんだ言っても助けてくれる仲間がいたからどうにか生き延びて来れたのだ。
仲間が一人もいない敵地の中に召喚されて、果たして無事に脱出できるだろうか。いや出来ない。即答するしかないのである。事実なのだから。
「グルルルル」
俺が不安そうにしていたからだろう。巨大化したフロンが俺に擦り寄り、その長い舌を使ってべろりと俺の顔を舐め回した。
唾液がベトベトしてかなり気持ちが悪い。
しかしフロンの気持ちは嬉しかったので、俺は笑顔を作ってフロンの首を優しく撫でてやった。
フロンは巨大化してからずっと巨大化したままの状態である。
元に戻るには時間がかかるのか、それとも一度巨大化したら戻れないのか。
フロンはバルガス王子たちと合流してからずっと俺の側にいる。
そしてその巨体をもって、歓迎軍及び王国軍両陣営に畏怖を与えていたのだ。
そう、巨体化したフロンは仲間であるはずの歓迎軍からも畏怖の視線を向けられていたのである。
だがこれは致し方無いだろう。
なにしろ今のフロンは誰がどう見たところでラスボス以外の何者にも見えないのである。
元が人間だと説明しても納得してくれる人はいないだろう。
事情を知っていても知らなくても、人は巨大な狼が目の前にいたら恐れを抱いてしまうものなのだ。
事情を説明した歓迎軍からは恐れられ、城を守る王国の兵士たちもまたフロンの姿を見て右往左往していた。
結局フロンは俺と共に居るしかなくなり、こうして俺を守るようにして俺の横で寝そべっているのだ。
その様子は周囲から見れば、巨大な怪物を俺が従えているように見えるらしい。
俺はダスティンを単独で無力化したことも含めて、歓迎軍の兵士たちから化け物を見るような目で見られていた。
そのダスティンは現在、歓迎軍の本陣の中で傷を癒やしている。
両肩を無理やり外された事に加え、肩ロースによる火傷が思ったより酷かったのが原因だ。
幸いにして命に別状はないらしい。
が、今は治療に専念しているのだという。
正気に戻ったダスティンは、まずはバルガス王子に頭を下げて、それから俺にも丁寧な謝罪を行ってくれた。
戦っている最中は頭の中で老害国王の言葉のみが響き続けていたのだという。
そして行動も言動も制御することが出来なかったのだそうだ。
「あんな老害にむざむざ操られるなど」と、彼は悔しさに顔を歪ませていた。
俺はダスティンの所業を許した。
もっともダスティンはバルガス王子の実の弟にして、皇国の重要人物なのである。
許す以外の選択肢なんて最初からなかったのだ。元よりごねるつもりもなかったのだが。
ダスティンはエルハルトが看病している。
肉魔法に精通しているエルハルトは、当然のことながら治癒魔法も得意としているため、戦闘には加わることなく後方で治療班として働いているのだ。
この二人にクリスティ王子を加えた三人組は、勇者の装備の洗脳下にあったという理由から、歓迎軍の信用を得ることが出来なかったのである。
歓迎軍の兵士たちは、唯一呪いにかからなかったバルガス王子のみを信用しているのだ。
しかし三人はバルバガス王子の兄弟であるし、有能であることに疑いの余地はない。
結局三人は、いざという時の切り札としてバルガス王子預かりとなっていたのである。
恐らく戦局が不利に傾けば、バルガス王子の命令で三人も戦闘に加わるのだろう。
それまでは一時の休息というわけだ。
その三人を無力化したという理由で、俺の評価が大分酷いことになっているのだが、これはまぁ仕方のないことと言えるだろうか。
歓迎軍の城攻めは、士気は高いものの遅々として進んでいなかった。
そして無情にも時は流れ、時刻は遂に昼となってしまう。
俺の足元には再び魔法陣が現れた。
魔法陣からは例によって俺を引きずり込もうとする意思が感じ取れる。
どうやら俺は再び元の世界に帰ることが出来るようだ。
とはいえ、どう考えても帰還条件を満たしているとは思えないので、また戻ってくることになると思うのだが。
「見てのとおりです、バル。俺は元の世界へ帰ります。まぁ十中八九またこちらの世界に戻って来ることになると思いますが」
「そうか。達者でな肉屋殿。またあの召喚の間に戻るというのであれば、我々が城を落とすまでは大人しく城の中で隠れていたまえ。そう時を置かずに再会することができるだろう」
「そうしてくれると助かりますよ。見つかったら今度こそ俺はあの老害国王の下へ連行されて酷い目に合わされるでしょうからね」
「あなたにも直接兵士たちと戦える奇跡があれば良かったのだがな……。いや、これは言っても栓ない事か」
そう、俺がなんだかんだ言っても無事だったのは、相手が単独だったり、相性が良かったりしてくれたお陰なのだ。
相性の悪い相手に複数同時に襲われたら、俺は多分まともな抵抗すら出来ないのである。
例えば肉魔法など使わずに多方向から同時に素手で襲いかかられたら、それだけで俺は抵抗もできずに捕まってしまうのである。
ロースの光も肩ロースの火傷も単純な人の数の前には無力なのだから。
「肉片男! 今回も貴様には助けられた! 俺は貴様が無事に元の世界に戻れることを願っているぞ!」
「ああ、ありがとうグレン。今回はあまり絡めなくて悪かったな」
「出番がなかったような言い方をするんじゃない! 貴様がいないところでこちらにも色々とあったのだぞ!」
そう、俺が知らないだけで、バルガス王子もグレンたち歓迎軍もこの一日の間に色々な問題を乗り越えてきたはずなのだ。
俺はたまたま彼らが相対するはずだった勇者の装備を着用したバルガス王子の兄弟の相手をすることになっただけで、彼らには彼らの戦いがあったのである。
だから彼らはここに居る。きっとこれからも様々な困難を乗り越えていくのだろう。
俺はそろそろ本格的に俺を引きずり込もうとする魔法陣の吸引力に身を委ねようとしていた。
ところがそこで、予想外の珍客が魔法陣の中に入り込んできたのである。
いや、そいつはそもそも最初から俺と一緒に魔法陣の中に取り込まれていたのだ。
そいつの名はフロン。漆黒の巨大狼と化した俺の友達のフロンであった。
って、ええっ!?
「おい、何をしているんだフロン! このままだとお前も俺の世界に来ることになるんだぞ!」
「クゥ~ン」
「いや、何で唐突にそんな子犬みたいな鳴き声を!」
フロンは俺の焦燥をよそに、泰然自若な感じで流れに身を任せていた。
フロンは自らの巨体を俺の身体擦り寄せて一心不乱に身をすぼめている。
つまりは俺と密着していたのである。
そして魔法陣は俺と一緒にフロンすらも魔法陣の中へ引きずり込もうとしていたのだ。
「何とか言ってやってくださいよ、バル! このままではフロンが俺の世界に行くことになってしまいます!」
「フロンのことはよろしく頼んだぞ、肉屋殿」
「そうじゃないでしょう! 止めてくれって言ってんですよ!」
「昨日はあなたが私にフロンのことを頼んだではないか。逆の立場は認めないとでも言うつもりなのかね?」
共に魔法陣へと引きずり込まれていく俺とフロンをバルガス王子は優しい瞳で見つめていた。
それはどう見ても、遠くへ旅立つ仲間を見送る目であった。
どうしてそんな目をされるのか俺には分からない。
俺の疑問に答えるようにバルガス王子が口を開いた。
「肉屋殿。フロンはあなたが帰還してからずっと魂を抜かれたような様子だったのだよ。異なる世界であったとしても、自らを受けれ入れてくれた友と共にいられるのなら、フロンにとってはそちらの方が幸せなのではないかね」
「俺の世界にはこんなデカイ狼はいないんですよ! 連れて帰ったら大騒ぎになります!」
「それはこちらも同じことだ。全ての魔物が滅んだ現代において、フロンの存在は異質でしかない。獣人の姿であったのならばまだ保護のしようもあったのだが、これだけ大きくなってしまえば、私であっても庇い切ることは不可能なのだよ」
「あんた王子様でしょうが!? お願いしますよ、バル! ほら、フロンも! 俺の世界に行ったら、お前一体何をされるか!」
「クゥン、クゥン」
「そんな切なげに首を振ったって駄目! って、ああもう無理なのか! 時間切れだよ、こんちくしょう!」
俺とフロンは既に取り返しがつかないほどに魔法陣の中へ身体を引きずり込まれていたのだ。
そうして俺は再び元の世界へ帰ることとなった。
前回はいなかった、巨大な狼と化した友と共に。




