表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/48

第八話

「バル! カイトだよ! カイトが帰ってきた!」


 フロンの声を耳にした瞬間、バルガス王子は遂にフロンが幻覚を見始めたのだと断定し、頭を抱えて深い溜め息を吐き出した。


 肉屋殿が元居た世界に帰った後、フロンは見ていて気の毒になるほど気落ちしてしまったのだ。

 フロンにとって肉屋殿は、無条件で自分を受け入れてくれた心の拠り所だったのだろう。

 王国の非道の実験によって獣人の姿に改造されたフロンにとって、無条件で友達として接してくれた肉屋殿の存在がいかに大きかったか分からないほど自分は馬鹿ではないつもりだ。


 心ここにあらずといった感じで言葉をかけても常に上の空であったフロンに、夜間の侵入者対策の見回りを頼んだのは一種の気晴らしも兼ねてのことであった。

 出会った時のようにその全身を黒い包帯で覆ってしまえば、夜の闇の中ならば敵に見つかる可能性は低い。

 ならばそれを利用して、闇夜の散歩と洒落込ませ、肉屋殿のいない寂しさを少しでも紛らわせてやろうと考えたのである。


 まぁ実を言えば、肉屋殿が帰った後、続々と集まってきた城下町の住人たちがフロンの姿とその暗い表情を見て軽く引いていたからというのも大きいのであるが。


 グレンの呼びかけに応え、城下町のそこかしこから集結し、共に王国の兵士たちと戦ってくれている彼らの士気を下げるのは得策ではない。

 そう考えたバルガス王子であったが、それでも、例え一時的であったとしても、フロンを厄介払いしたことは彼の心に棘として突き刺さっていたのである。


 そんな心境だった時にフロンが肉屋殿が帰ってきたと連呼しながら帰還したために、バルガス王子は頭を抱えてしまったのだ。


 これでは何の解決にもなっていない。

 いやむしろフロンの精神状態は悪化していると言っても過言ではないだろう。


 肉屋殿はもうこの世界にはいないのだ。

 彼は一時的にこちらの世界に避難をしてきただけであり、無事に元の世界へと帰ってしまったのである。


 僅か一日限りの付き合いとはいえ濃密な時間を過ごしたのだ。

 大勢の人間と出会い別れてきたバルガス王子にとってもこの別れは少々堪えた。

 しかし人生とは別れの連続である。

 残された者は消えていった者たちに恥じないよう生きなければならない。

 フロンにもそれを分からせなければならないだろう。

 そう考えたバルガス王子は椅子から立ち上がり、自らの足でフロンを迎えに行った。


 ウェールリア皇国第一王位継承者、バルガス。

 彼も彼で肉屋殿ことカイトとの別れを、心の中で無駄に大きくしていたのである。


 だから神殿の裏口でフロンと共にいた男女の姿を見た彼は度肝を抜かれることとなった。



「こんばんはバ「兄上様! クリスはお会いしとうございました!」 あれぇ?」


 それはわざわざ出迎えに出て来てくれたバルガス王子に挨拶をしようとした矢先の出来事だった。

 俺の挨拶に被せるようにしてバルガス王子に挨拶をしたクリスティ王子が、そのまま彼に向かって突撃して行ったのだ。


 半日ぶりに再会したバルガス王子は、驚いた表情のままその動きを止めていた。

 そこにクリスティ王子が突撃したために、彼は勢い良く床に倒れ込んでしまったのである。


 人二人分の体重が床に倒れ込む音が神殿の裏口に木霊した。

 その音を聞きつけた見回りの兵士たちが駆けつける頃、ようやくバルガス王子は再起動を果たすこととなる。


「クリス? それに肉屋殿? いっ、一体これはどういう事だ!? 私は夢でも見ているのか?」


 バルガス王子は状況の変化について行けず、目を白黒とさせていた。

 駆けつけた兵士たちも突然現れた皇国の第二王子の姿を見て驚きに目を見張り、俺の姿を見て幽霊でも見たかのような驚いた表情を作っている。


 っておい、ちょっと待て。

 俺を見た時とクリスティ王子を見た時ではリアクションに明らかな違いがあるのだがこれはどういうことなのか。



「ボーッとしてんなよ、バル! ほらカイトだよカイト! カイトが帰ってきたんだよ!」

「ちょっとあなた! さっきから聞いていれば兄上様をバル呼ばわりとはどういうことですか!」



 未だ衝撃から抜けきっていないバルガス王子とは違い、その妹のクリスティ王子はフロンの態度をたしなめていた。

 しかし当のフロンは柳に風だ。

 仕方があるまい。なにしろ俺とフロンはバルガス王子から直々にバル呼ばわりするように言われているのだから。


「オイラとカイトは良いんだよ! バル本人からバルって呼んでくれって言われているんだから! なっ、そうだよな、バル!」

「そっ、そんな馬鹿なことが……。あの兄上様がまさか呼び捨てを許可するだなんて……」

「何かおかしなことでもあるのですか? クリスティ王子」

「おかしいに決まっているではありませんか、肉屋様! 仮にも皇国の第一王子が、こんな包帯まみれの怪人物と、出会ったばかりの肉屋様に呼び捨てを認めるだなんて前代未聞ですわよ!」

「何だよそれ? バルは普段から呼び捨てられることもなかったのか? 王子様ってのはしょっぱい人生を送っているんだなぁ」

「誰の人生がしょっぱいか!」


 フロンにツッコミを入れたバルガス王子は、勢いそのままに俺へと近づき、そして思い切り俺の頬をつねってきた。


「いふぁい! いふぁいですよ、ファル。一体ふぁにをするんですか」

「本物なのか? 正真正銘本物の肉屋殿だというのか?」

「肉屋呼ばわりは止めて下さいと何度言ったら分かるんですか……」

「え? 肉屋様というのは本名ではないのですか?」

「戒斗ですよ! 俺の名前は戸成戒斗! 肉屋じゃありません! それは不名誉な渾名です!」

「今更そんなことを言われましても……」

「初日にちゃんと説明したじゃないですか! って、ああそうか。あれは夜に部屋を訪ねてきたバルにだけした説明だった!」


 部屋を訪ねてきたバルガス王子が肉屋呼ばわりを繰り返したので、その時初めて正式に名乗ったことを俺は今更ながらに思い出した。

 つまり俺の名前はその前の段階で出会っていた他の皇国の人間たちには揃って肉屋として覚えられているということなのだろう。

 だから誰も彼もが俺を肉屋と呼んでいたのか。

 今更ながらにこんなことを思い出し、俺は思わず頭を抱えた。


「肉屋殿の本名など今はどうでもいい。それよりもどうして戻ってきたのです! しかもどうしてクリスと一緒にいるのですか、肉屋殿!」

「どうでもいい本名で悪かったですね! 戻ってきたくて戻ってきたんじゃありませんよ。元の世界に帰ることは出来たのですが、帰還条件を満たしていなかったがためにもう一度この世界に戻る羽目になってしまったのです」

「は? 一体どういうことなのですか?」



 俺はバルガス王子にこの世界に戻る羽目になった経緯を伝えた。

 ついでにあの老害国王が言っていた帰還条件についても説明しておく。

 国王が喋っていただけの何の根拠もない話ではあるが、仮にも俺の召喚を命じた張本人から聞いた話だ。無駄ということはないだろう。


「なっ!? 魔王を倒さない限り元の世界に戻ることが出来ないですと!? せっかく元の世界に戻ってもまたあの召喚の間に再召喚されてしまうですって!?」

「わぁい、やったー! じゃあカイトはずっとこっちの世界にいるんだね!」

「馬鹿なことを言うな、フロン! 肉屋殿にも向こうの世界に家族があり、友があり、生活があるのだぞ!」

「え? あっ、そうか……ごめん、カイト。オイラそこまで頭が回らなかったよ」

「気にすんな、フロン。悪気がないことは分かっているからさ」


 フロンはただ純粋に俺と再会できたことを喜んでいるのだろう。

 それくらいは俺にだって分かる。 

 そしてバルガス王子もまた俺との再会を喜んでくれているが、それと同時に俺の置かれた状況を察し、おもんばかってくれているのだ。


 本当に優秀な王子様である。

 呼び捨てにしているのが申し訳ないくらいだ。

 もっとも親愛の証でもあるのだから止めるつもりは毛頭ないのだが。


「兎にも角にも俺は帰還条件を満たさない限り元の世界にはきちんと戻れないらしいんですよ。それで戻ってみたら城の中でして。どうにか脱出出来ないかと動いた結果クリスティ王子と出会いましてね」

「えっ、ええ! そうなんですの、兄上様! たまたま人気のない場所で肉屋様と出会い、肉屋様のお力であの呪いの盾から開放されて、肉屋様の導きで城からこうして脱出してきたのです!」


 彼女がこっそりとバルガス王子の部屋を訪れたことは二人だけの秘密にしておいた。

 これを言ってしまうと、どうしてクリスティ王子がバルガス王子の部屋に入ってきたのかを説明しなくてはならなくなるからだ。


 流石にあれを説明するわけにもいくまい。

 乙女の秘密というものは墓の中にまで持っていくものなのだ。

 無闇矢鱈に広めて良いものではない。

 うっかり口を滑らせたが最後、殺人級の拳や蹴りが飛んでくることは確実だからな。


「む? そういえばクリスの持っている盾はあの勇者の盾ではないのだな。……ん? 肉屋殿の力と言ったか? それはつまり、エルハルトを倒したのと同じく、クリスもまた肉屋殿によって倒されたということなのか?」

「おっしゃる通りです、兄上様。正直言って手も足も出ませんでしたわ」

「いや、思いっきり出ていたじゃないですか。何度拳が頬を掠めて行ったことか……」

「クリスの格闘技術と真っ向から対峙して勝ったというのですか!? 肉屋殿」


 バルガス王子は何故か俺を戦慄した表情で見つめていた。

 俺みたいなアラフォーのおっさんが、戦闘訓練を積んだ皇国の王族を倒してしまったのだ。

 流石のバルガス王子も驚かざるを得なかったのだろう。


 バルガス王子はクリスティ王子と額を合わせ、二人でコソコソと密談を始めた。


「オイ、本当なのか? 国内でも最強クラスと謳われるお前と素手で戦い、勝ったというのか肉屋殿は」

「格闘技術では明らかに私が勝っておりました。しかし肉屋様は、その、何と言えば良いのか、愚鈍そうに見えるのに判断力というか反射が恐ろしく速く、おまけに何もない虚空から肉を召喚してきましてですね……」

「…………ああ、なるほど理解した。気にすることはないぞ、クリス。あのエルハルトですら肉屋殿が召喚した肉の前には破れたのだからな」

「まさか!? あのエルハルトが操る多重肉魔法すらも突破したというのですか!? ……ああ、いやそうか。王国の魔法使いたちに囲まれた時の態度はそういうことだったのですね」

「なるほどな。城から脱出する際にも一騒動あったということか」

「あれで偽勇者だというのですから、凄まじいものですね」

「……そうだな。凄まじいものだよ、勇者召喚というのは」


 ヒソヒソと話をしていた二人であったが、奥の方からドタドタと音が聞こえてくると、即座に二人は話を切り上げた。


「こちらにおられましたが、バルガス王子殿下! 城の方に動きがありました! 何やら城内で動きがあった……よう……で? にっ、肉屋!? 貴様どうしてここにいる?」

「妹もいるぞ」

「クリスティ王子殿下!? いっ、一体何が? 何故二人がここに?」

「オイラが連れてきた」

「何をしているのだ貴様はぁぁぁ!」



 状況の変化について行けないのだろう。

 突然やってきたグレンは右往左往しながら絶叫していた。

 その間に俺とクリスティ王子は、城の騒ぎは恐らく俺たちが原因であり、城から脱出する際に大立ち回りしたことを報告したのだ。


 グレンとは違い、報告を聞いて一つ頷いただけのバルガス王子は、未だにブツブツ言っているグレンの肩に手を置くと、一発彼の頬を張り飛ばして正気を取り戻し、城からの抜け道の出口を見張るようにと命令していた。


 どうも今は俺たちが目撃した下町の神殿前で、王国の兵士と膠着状態に陥っているらしい。

 そんな状況下で、ノーマークの別方向から敵に襲いかかられるのは困るのだそうだ。

 グレンはすぐさま了承の意を示し、踵を返して廊下の奥へと消えていった。

 その際に俺に向けた視線が優しかったのは多分間違いではないと思うのだがどうだろうか。


「とにかくさ、カイトが帰ってきてくれてオイラ嬉しいよ! バルだって嬉しいだろ? これで夜が明けてからの作戦は成功したも同然さ!」

「夜が明けてからの作戦?」


 グレンが消えた後、無理やりまとめたフロンの言葉に俺は思わず反応してしまった。

 夜が明けてからの作戦という言葉に聞き覚えがあったのである。

 しかし俺が知っている作戦を告げる前に、バルガス王子が自らの作戦の説明を開始した。


「ああ、二人共聞いておいてくれ。明朝、夜明けと共に、我々は城に向かって総攻撃を仕掛ける予定でいるのだ」

「城に向かって総攻撃ですか? しかしそれにしてはこの神殿は城から大分離れていますよね」


 この神殿は下町の入口近くにあり、城に行くには途中にある高級住宅街を通らなければならない。

 こんな場所で兵士たちに足止めを食らっているバルガス王子たちでは、城攻めなどそもそも無謀だと思えるのだが?


「安心してくれ。これは揺動なのだ。実は歓迎軍の者たちは、この闇に潜んで続々と移動中でな。夜が明けると同時に現在神殿を攻めている兵士たちを背後から攻め、ついでに城にも攻め込む手はずになっているのだよ」


 そう自信満々にバルガス王子は作戦の説明を行った。

 そこで俺も告げることにしたのである。

 夜が明けると同時に準備を終えて襲いくる、皇国最強部隊の存在を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ