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第四話

 後悔先に立たず。覆水盆に返らず。

 過去は決して変えられないことを、遥か昔から先人たちは嘆き続けてきたのだ。


「なら最初から気を付けて行動すればいいじゃないか」と昔は思ったりしたものだが、実際に自分が『そういう場面』に遭遇すれば彼らと同じ思いを抱かざるを得ない。

 俺も現在、過ぎ去りし過去をひたすらに悔いているのである。


 もっともこれは自業自得と言ったほうが正しい案件であることは間違いない。

 だって仕方がないじゃないか。

 謁見の間で俺に対して辛辣な意見を述べていたあの女性が、あんな話を書いてあまつさえそれを朗読までしていたのだから。


〈三択です!〉


〈部屋の中に潜んでいることがクリスティにバレてしまいました。どうする?〉


 ①バレてしまったのならば仕方がない。ベッドの下から転がり出て、クリスティと対峙する。

 ②このまま空耳でごまかせないだろうか。ベッドの下に待機して事態の推移を見守る。

⇒③ロースor肩ロース



 ここはとにかく①一択だ。

 空耳でごまかせるとは思えないし、ロースの光で目を眩ますにしても、ベッドの下にいる以上、逃げ出すのには時間がかかる。

 肩ロースも試してみたいところだが、これは後回しにするしかない。

 これからどんな展開になるのだとしても、とりあえずはベッドの下から出ることが先決なのだから。


 俺は選択肢の①を選ぶとベッドの下から転がり出た。

 念の為にクリスティがいる入口側とは反対の方向へと転がっている。

 ふかふかの絨毯のおかげで音もなく転がることが出来た俺は、立派な天蓋付きのベッドを挟んで、驚きの表情をしているクリスティと対峙することとなった。


「なっ!? 肉屋だと!? 貴様一体どうして! いっ、いやそれよりも貴様、一体いつから私の話を聞いていたのだ!? 」

「そっちの心配を優先するのかよ!」


 と思わず突っ込んでしまった俺であったが、この返答が不味いものだったとは、言った後で気が付いた。

 相手は俺が隠れていたことに今の今まで気付いていなかったのだ。

 謎の勇者パワーを発揮してたった今この部屋に現れたことにすれば良かったのである。

 このツッコミでは随分前から話を聞いていたのだと自白したようなものではないか。うかつが過ぎるぞ、俺。


「貴様、まさか、全てを? そんな!? ……こっ、殺す! 貴様を殺して秘密を守らねばぁぁぁ!」



 案の定、俺が早い段階から部屋に潜んでいたことに気付いたクリスティは、即座に臨戦態勢に入ってしまった。

 まぁ俺が彼女の立場であれば同じ態度を取ったであろうから、この反応は予想通りと言えなくもない。


 それにしても驚いた。てっきり国王の呪いに侵されているとばかり思っていた第二王子と、よもやこんな理由で敵対することになろうとは。

 そこまで考えた俺は、そもそもこんなことをしている場合ではないことを思い出し、目の前の変わり者を説得するために声を上げることにした。


「落ち着いてください、クリスティ王子! 話を聞いてしまったことは謝ります! とにかくまずは俺の話を聞いてください!」

「……これから死体になる男の言葉に何の価値があるというのか」


 やばい! このブラコン王子、ガチで殺す気になっておられる!


「俺はバルガス王子に頼まれて城の様子を探りに来たんです! 見たところあなたは国王の呪いに支配されているようには見えません。とにかく一旦落ち着いて、話を聞いてくれませんか?」

「何? 兄上様に頼まれただと?」


 俺はこの場を切り抜けるために、バルガス王子から密命を帯びた工作員になりきって彼女の説得を試みた。

 なにしろ夜更けにこっそりと部屋に忍び込み、ジャケットに顔を埋めているくらいなのだ。

 彼女にとってバルガス王子の存在は絶対なのだろう。

 予想通り、動きの止まった彼女を説得するために、俺は言葉を紡ぎ続ける。



「知っているとは思いますが、バルガス王子は現在、無実の罪を着せられて城の外へと脱出しています! 牢屋の中では名も知らぬ暗殺者が、そしてスラムの神殿ではお二人の弟であるエルハルトがバルガス王子を殺すために襲いかかってきましたが、王子は刺客を撃退し反撃の準備を着々と進めているのです」

「無実の罪? エルハルトが兄上様を殺しに行った? 一体何の話をしているのですか、あなたは!」

「え?」


 あれ? まさか知らないとでも言うつもりなのか?

 いやいや、そんな可能性は万が一にもないはずだ。

 だって国王の前でバルガス王子に関する報告が行われていた時、彼女もその場に同席していたのをこの目で見ているのだから。


「あなたが気付いているかどうかは知りませんが、勇者の装備には呪いが掛けられているのです! 元々は召喚した勇者に掛けられた絶対服従の呪いが切れないようにするための処置だったそうですが、今はあなたたち兄弟がその呪いの影響下にあるのです!」

「勇者の装備に呪いですって? 馬鹿なことを。あの陛下がそんなものを私たちに下賎する訳がないでしょう!」


 陛下? いま陛下って言ったか?

 まさか目の前にいる第二王子は既に国王の術中だというのだろうか。

 いや、それは十中八九ありえないと思う。

 何故かと言えば、目が違うからだ。態度が違い過ぎるのである。


 スラムの神殿でエルハルトと相対した時、奴の様子は明らかにおかしかった。

 勇者の兜が脱げた後の態度と比較しても、絶対服従の呪いに侵されていた時は、明らかに人間性が失われていたような気がするのである。


 それと比較しても、目の前の女性は呪いに掛かっているようには見えない。

 そもそも国王に絶対服従を誓う程に洗脳されているのであれば、夜間にわざわざたった一人で愛しの兄上様の部屋に忍び込んだりはしないだろう。


 俺はそのことを迂闊にもクリスティに説明してしまったのである。

 俺の説明を聞き終えた瞬間、彼女は瞬時に無表情となった。

 その人形のように感情の欠落した表情を見た瞬間、俺はまたしても地雷を踏んでしまったことに気付いたのだが時既に遅し。


 やばい、先程から失敗ばかりだ。やはり寝起きで頭が回っていないのだろう。

 もしくは再召喚された衝撃が未だに冷めていないのかもしれない。


 どちらにしても目の前の修羅と化した女性をどうにかしない限り、俺に明日は来ないだろう。

 そう、俺が彼女の実の兄に対する秘めた思いを看破したことに気付いたクリスティは、鬼もかくやという程の殺気を放っていたのである。


「もはや語ることもなし。貴様を殺した後、私は自らの足で兄上様の元へと馳せ参じましょう」

「は……ははは……。ちなみにバルガス王子に会ったらどうするつもりなのですか?」

「知れたこと。大人しく出頭していただき、父上殺しの罪を償っていただくのです。ふふふ……牢屋の中で静かに反省する兄上様……良し」

「良しじゃねぇよ! あんたやっぱり呪いに掛かっているだろう!」

「馬鹿な、陛下のなさることに間違いがあるはずがない。あれ? でも陛下は兄上様が昨晩殺してしまったのだから……いやでも陛下は夕食の際にはご存命だったのだから生きていることは確実で……」


 頭を抱えてブツブツ呟いているクリスティの姿を見て、俺は彼女に掛けられた呪いが未だ不完全であることを確信した。

 直接身体に身につける鎧や頭を保護する兜ではなく、片手で持つ盾を手に入れたのが幸いしたのだろう。

 彼女に掛けられた絶対服従の呪いは未だ不完全なのだ。

 しかし部分的には侵食しているのではないだろうか。


 思えばこの城は昨日の朝方占領されたばかりなのである。

 彼女が盾を手に入れてから、まだ二日と経っていないのだ。

 呪いが発動したのが、俺との面通しが終わった後くらいだという話であるから、この短時間では盾に刻まれた呪いが彼女を完全に洗脳することは不可能だったのだろう。


 恐らく彼女は勇者の盾が発する呪いに抵抗しているのだ。

 記憶の混濁もこれで説明できる。報告がまともに耳に入っていないことがそれを裏付けているようにも思えた。


 俺はこの状況を打破するために、彼女から盾を取り上げるべきだと考えた。

 呪いの武具を手放せば呪いから開放されるのは、エルハルトの一件で確認済みだからである。


 動きの止まった彼女に近づき、俺はゆっくりと盾へ手を伸ばした。

 しかし俺の手が盾に触れようとしたまさにその瞬間、猛烈な蹴りが俺に向かって放たれたのである。


〈三択です!〉


 正直に言えばその時俺は、どうして突然三択の奇跡が発動したのか分からなかった。

 それほどまでに鋭い蹴りだったのである。そして俺は舐めていたのだ。

 侵略国家ウェールリア皇国の第二王子の実力を、俺は女性だからという理由で迂闊にも低く見積もっていたのである。



〈クリスティが腹部に向かって強烈な蹴りを放ってきました。どうする?〉


 ①こんな所で死ぬわけにはいかない。右に飛び退いて攻撃を回避する。

 ②これは乙女の秘密を知った報いというやつだ。避けずに直撃を受け、内臓破裂で死亡する。

⇒③ロースor肩ロース



 内臓破裂!? え? そんなに強力な蹴りなのかこれ!?

 驚いた俺は停止したクリスティをまじまじと見つめ、自らの勘違いを今頃理解した。


 彼女は確かに美しく、扇情的な服装をしているかもしれない。

 しかし彼女の美しい肉体は、同時にたくましく鍛え上げられていたのである。

 それは普段ろくに運動をしていないアラフォーの俺の肉体とは全く違う代物であったのだ。


 相手は侵略国家のお姫様なのである。

 しかも蝶よ花よと育てられた姫ではない。

 王子の一人として育てられた王族の一人なのである。


 俺のようなアラフォーの中年が迂闊にも近づいたら瞬殺されるような使い手であったところで何の不思議があるというのか。

 不思議なことなど何もない。

 彼女は俺ごときでは近づくだけで火傷どころか内臓が破裂するほどの女性だったのである。どんな存在なのだそれは。


 では、この場合どうすれば良いのか。

 選択肢の②は論外である。内臓破裂なんて想像するだに恐ろしい。

 では③のロースはどうか。光るロースを出現させて相手の目を眩ませるのは有効打と言えるかもしれない。


 いやしかし、相手は既に攻撃を打ち込んできているのだ。

 肉魔法とは訳が違う。これはロースでは対処できない徒手空拳での襲撃であることを忘れてはならない。


 仮にこの状態でロースを出して目を眩ませることに成功したとしても、攻撃の勢いは止まらずに彼女の蹴りは俺の腹に突き刺さってしまう可能性がある。

 それでは駄目だ。内臓破裂など即死待ったなしではないか。まだ死にたくはない。

 つまり選べる選択肢は①一択なのである。


 俺は選択肢の①を選び、時の流れが元に戻ると同時に右に向かって飛び退いた。


 ゴウッ!


 っという凶悪な音だけを残し、華麗なる弾丸が俺の横を通過していく。

 彼女は俺に攻撃を避けられて驚いている様子だった。

 同時に俺も驚いていた。攻撃の威力も蹴りの速度も想像の遥か上だったのである。


 あんなものをまともに喰らえば、確かに内臓の一つや二つ破裂してもおかしくはない。

 しかし当たらなければどうということはないのである。

 彼女の攻撃は空を切り、そして同時にスキができたのだ。


 俺は攻撃直後のスキを突き、部屋の中の小物類を彼女に向かって投げつけた。

 これで倒せるだなんて思ってはいない。

 僅かなスキを大きなスキに広げるために俺は彼女を攻撃したのだ。

 しかし、目の前の盾女は俺の攻撃を避ける素振りすら見せなかったのである。


 ブウン!

 カキン! キン! カキン!


 と、突然風圧を感じたと思ったら、彼女の右腕に備え付けられていた盾が突然宙に飛び出して、俺が投げつけた小物類を弾き飛ばしてしまったのだから驚きだ。


 あまりのことに俺は棒立ちになってしまう。

 その様子を見て呆れたのだろう。彼女は馬鹿を見たような表情をして口を開いた。


「何をそのように驚いた顔をしているのです? まさかとは思いますが、勇者の盾の力を知らなかったとでも言うつもりですか?」

「知っているわけがないでしょう! 俺はつい昨日、この世界にやってきたばかりなんですよ」

「ああ、そうでしたね、これは失礼しました。では死にゆくあなたに解説をしてあげましょう。勇者の盾の力とは『自動防御』と『絶対防御』。持ち主の周りを自由自在に飛びまわり、あらゆる攻撃から自動的に主を守る。そんな世界最強の防御力こそが国王陛下から下賎されたこの盾の力なのです」

「国王陛下? 皇帝陛下じゃなくて?」

「皇帝陛下? お父様? あれ? 陛下が二人? 偽陛下?」


 偽勇者だけでは飽き足らず、遂には偽陛下まで登場してきたようである。


 軽く動揺させることには成功したものの、俺もまた自らの動揺を抑えるので精一杯だった。

 何だよ自動防御って。自動的に主を守る盾って、そんなの反則じゃないか、こんちくしょうめ。

 どうして勇者の装備ってやつは、どいつもこいつもチートじみた性能を持っているのだ、このやろう。


 肉弾戦ではまず敵わない。しかし小物を投げる程度の攻撃であっても、勇者の盾は自動で反応して攻撃を弾いてしまうのだ。

 こんな装備で身を固めていれば、そりゃあ勇者は強かったのだろう。


 歴代の勇者たちは喜んでこのチート装備を身に着けたはずだ。

 そして彼らは王国の思惑通りに呪いに侵され続けたのだろう。

 彼女が持つ盾からは、この国が蓄積していった闇が垣間見えるようであった。


 それはともかく、あの盾をどうにかすればクリスティ王子を正気に戻せるというのに、あの盾をどうにかしない限りクリスティ王子に触ることができないというジレンマ。

 この問題を解かない限りどうにもなりはしないのだが、考える時間をくれるほど目の前の相手は甘くない。


 勇者の盾に守られた皇国の第二王子が俺に迫ってくるのであった。

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