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第一話

  魔法陣に引きずり込まれ、視界が闇に覆われてしばらく経過した後、俺の体は宙に浮き上がっていた。

 何故かと言えば答えは簡単で、魔法陣から上向きに弾き出されたからだ。

 どうやらこの魔方陣は、呼び寄せる際には対象を引きずり込み、呼び出す際には弾き出す仕様だったようである。もっと丁重に扱えよ。


 宙に浮いた俺の体は、次の瞬間には重力に従って落下し、魔法陣が描かれた床に叩きつけられてしまう。


「グハッ! 痛てて……いっ、一体何が……」


 石作りの床に激突した俺は、無様にも着地に失敗し唇を軽く切ってしまった。

 口の中に染み込む血の味が、これは現実だと教えてくれている。


 どうやら俺は巨大な魔法陣の真ん中辺りに倒れ込んでいるらしい。

 らしいというのは、魔法陣の光が強すぎて、周囲の状況が把握できないからだ。


 まるで光の洪水の中にいるようである。

 ザラザラとした石の感触がなければ、地面に倒れていることすら認識できなかったに違いない。

 それほど強い輝きを魔法陣は放っていたのである。


 俺はとにかく立ち上がり、周囲の状況を把握しようと試みた。

 しかしあまりの光量にまったく視界が働かない。

 眩しすぎる世界は暗闇と変わりないということか。

 これほどまでの長時間、眩しさで視界が閉ざされるなんて初めての経験であった。


 しかし、いつまでも続くと思われた光の洪水は唐突に終わりを告げることとなる。

 魔法陣の輝きは段々と収束していき、遂には完全に停止してしまったのだ。


 強すぎた光が消滅することで、ようやく俺は周囲の状況を把握することができた。

 やはり俺は魔法陣の上にいたようである。

 石造りの床に描かれた、とてつもない広さの魔法陣だ。

 丸い形をしたそれは、テニスコートほどの広さがあった。


 そして光が収まった魔法陣の向こうに見えたのは、武装した兵士の姿であったのだ。

 俺を召喚した魔法陣は、幾人もの兵士に包囲されていたのである。


 鈍い鉄色の鎧を着込み、腰にはたくさんの袋をぶら下げて、手にした槍を油断なく構えている沢山の兵士たち。

 兜の隙間から覗く彼らの視線には、明らかに殺気がこもっていた。

 とても冗談とは思えない状況だ。一体俺が何をしたというのか。



 サンタの爺さんから警告されてはいたものの、まさか召喚されて早々に命の危険に晒されるとは思っていなかった俺は、驚きのあまり軽く後ずさってしまう。

 しかしどこにも逃げ場はない。くどいようだが魔法陣は兵士たちに包囲されているのだ。

 前後左右どころか三百六十度、あらゆる角度から兵士が俺に槍を向けているのである。


 空を飛ぶか床に潜るかしない限り、この包囲網からは脱出出来ないだろう。難易度が高いってレベルじゃねーぞ。


 俺が魔法陣の中で硬直していると、槍を構えた兵士の中から一際豪華な装備に身を包んだ人物が一歩前へと進み出てきた。

 周りの兵士の装備と比べると、その輝きは桁違いである。

 どうやらこいつは兵士たちの上官に当たる人物らしい。見れば随分と偉そうな顔をしている。


 そいつは魔法陣に足を踏み入れるギリギリの位置にまで接近したかと思うと、俺に向かって大声を上げたのだった。


「貴様の身柄は栄光ある我が国の管理下にある! 偉大なる陛下の役に立てることを史上の喜びとし、命果てるまで我が国に尽くすが良い!」



 召喚しておきながら勇者様扱いも歓待もなく、早々に槍を向けて死ぬまで尽くせと命令してくるとは。

 どうやらこれはハードな類の異世界召喚のようである。先が思いやられる展開だ。


 この時点で俺は、ハーレムとか無双とかは諦めた。

 サンタの爺さんの助けを信じ、生き延びることを最優先にすることを誓ったのである。割と一瞬で。


「これより貴様を陛下の下へと連行する! 無駄な抵抗は死あるのみ! 跪いて両手を後ろに組め! 鎖に繋いで立場を思い知らせてくれる!」

〈三択です!〉

「は?」


 兵士が理不尽な命令を口にした瞬間、まったく別の声が俺の脳内に響き渡った。

 耳から入ってきた音ではない。明らかに脳に直接伝わってきたのだ。感覚で分かる。


 その声はまるで機械音声のような声色をしていた。

 カーナビのような声、いや○ーカロイドに似た声と言った方が近いだろうか?


 発音は聞き取りやすいし、決して不快ではない。

 しかし明らかに人とは異なる声が、耳を通さずに直接脳内に響き渡ったのである。


〈兵士長の命令に従い、跪いて鎖を嵌められますか?〉


 ①この状況で逆らうとかありえない。大人しく従う。

 ②人の自由を奪うなんて許せない! 無理くさいけど断固拒否!

⇒③ロース



「ロース!?」


 あまりにも予想外な展開に、俺は危険な状況であることも忘れて叫び声を上げてしまった。

 しかし、周りの人間は誰も俺の声に反応していない。

 見れば室内にいる全ての人間が、一様に動きを止めているではないか。


 俺の前には謎のスクリーンが現れていた。

 薄型テレビ程度の大きさのその画面には、先程の声が読み上げた三つの選択肢がしっかりとした日本語で表示されている。



「は? え? 何これ? どういうこと?」


 周囲の人間にはまったく動きが見られない。

 いや、ほんの僅かではあるが動いてはいるようだ。これはどう見ても、召喚直前に体験したサンタの爺さんが行った走馬灯への干渉と同じ現象だと考えられる。


 スクリーンの右上には数字があり、それはテレビ画面の端にある時刻表示にそっくりだった。

 51、50、49、48……と段々と数字は減少していく。

 これはひょっとするとタイマーなのだろうか?

 この状況を維持できるのは最高でも60秒、つまりは一分が限界だと言いたいのかもしれない。


 数字と三択の他には矢印も表示されている。

 どうやらこれを移動させて、どれを選ぶかを決めるらしい。


 まさかとは思うが、これが俺が手にした力だというのではあるまいな。

 行動を選択できる状況になったから三択が出た。周囲の動きが緩慢になった状態でゆっくりと考えることができる能力?


 そんな馬鹿な、と俺は腕を動かそうとして、全く動かないことに気がついた。

 正確に言うと首から下が微動だにしないのである。

 首から上は自由なので、周囲の動きを確認することはできるが、逆に言うとそれだけしかできることがない。

 しかしそれでもやらないよりはマシなので、俺は首をひねって周囲を見回した。


 どうやら俺が召喚されたこの部屋はとてつもなく広い空間であるようだ。

 天井があることから考えても室内であることは間違いないだろう。


 俺を召喚した魔法陣は、部屋の中央に描かれていた。

 その魔法陣を取り囲むようにぐるりと兵士が整列している。

 その更に奥では幾人ものローブを着た人間が血まみれになって倒れていた。



「なっ、なんだって!?」


 ローブの集団は全員揃って血の海に沈んでいる。

 見える範囲だけでも数十人。それだけの数の人間が、血塗れで床に倒れているのだ。


 血を流していない人間など一人もいない。

 目や耳や口から、明らかに致死量だと思われる量の血を垂れ流し、凄惨な姿で血溜まりの中に沈んでいるのであるた。


 そしてそんな血まみれの集団もまた、兵士たちに槍を向けられていたのだ。

 兵士たちはローブの集団に対しても、俺と同じように取り囲んでいたのである。



 武装した兵士に取り囲まれた血まみれの集団。

 これを見て兵士に人道を期待するほど、俺は馬鹿ではないつもりだ。


 血まみれの集団は、どう見ても兵士たちの手で無理やり働かされているとしか思えない。

 つまり逆らえば、彼らと同じ目に合わされると考えて間違いないだろう。


 つまり選択肢は①一択となる。選択肢の②にはそもそも『無理くさい』と書いてあるからボツにするしかない。


 それにしても選択肢の③にある『ロース』とはどういうことなのだろうか?

 三択でロースがあるということは、この能力はまさかあの焼肉屋のフェアと同じ三択ロースという名の能力ということか?

 それともサンタクロースの爺さんが干渉したおかげで異世界に召喚されたから、こんな能力を手に入れたのだろうか。


 ③を選んだらどうなるのだろう?

 兵士をロースにするのか? ロースを召喚するのか? はたまたロースが食べ放題になるのか?

 ……なんだろう、どれであっても碌でもない能力であるような気がする。


 どう考えても③はネタ枠だ。これを選んではいけないことくらいは流石の俺でも理解できる。

 そしてそろそろタイムリミットだ。既に右上の数字は一桁に近づいておりもはや一刻の猶予もない。


 このカウントが切れたらどうなるのかも知っておきたいところだが、今はまだ試す気にはならなかった。

 俺はゆっくりと深呼吸を行い、選択肢の①を選ぶ。

 ちなみに選択肢横の矢印は、俺が意識するだけで動かすことができた。親切仕様だ。


 選択肢を選んだ直後、周囲の景色が急激に動きを取り戻す。

 どうやら三択を選び終えると、止まっていた時間も元に戻るようだ。


 俺は言われたとおりに、跪いて両手を後ろに組み、兵士の様子をうかがった。

 従順な俺の態度が意外だったのだろう。

 命令をした兵士長は一瞬驚いた反応を見せたものの、一人で納得した様子を見せると、部下に俺の拘束を命じていた。


 彼らは俺を冷たい鎖で拘束し、有無を言わせずに連行していく。

 そんな風に乱暴に扱わなくても抵抗する気は最初からないのだが、どうやら彼らにとってこれはいつもの行いらしい。下手に抵抗せず正解だったようである。


 血の海に沈んでいるローブの集団が、そんな俺に必死に視線を向けていた。

 その目に映るのは失望と諦め? そんな目をされたところで、俺に何ができるというのだろう。

 ローブの集団の無言の訴えを黙殺しながら、俺は兵士に連れられて部屋から出ていった。


 あれ? そういえば俺は兵士の言葉が理解できたな。

 異世界召喚の恩恵なのか、こちらの世界の住人が日本語を話しているのかは知らないが、意思の疎通ができるのは正直助かる。


 とは言え、想像していたよりも大分酷い展開だ。

 召喚した相手は喧嘩腰な上に、手に入れたのはヘンテコなネタ能力とはどういうことか。


 こんなハズレ能力では屈強な兵士に抵抗できるとは思えない。

 つまり、異世界召喚物で良くある、召喚直後に召喚した王様やら国やらと決別して力づくで出ていくといった選択肢は取れないということだ。

 一時避難先で無理をするつもりなど最初からないのだが。


 今はとにかく置かれた状況の確認を優先すべきだろう。

 わざわざ召喚をしたからには、相手にも何らかの意図があるはずだ。

 それなのに俺は、その召喚に干渉して一時避難をしているのである。

 召喚主がそのことを知ったら、怒り狂わないとも限らない。


 召喚主の怒りを買わずに、どうにかサンタの爺さんが元の世界に戻してくれるまで生き延びる。

 これが俺が行うべき行動で間違いない。無理はしないで命を大事にだ。



 兵士に連れられて長い廊下を歩いている間、俺は出来る限り情報を得ようと周囲に視線を巡らせていた。

 召喚直後なのだからこれは決しておかしな行動ではない。

 誰だって知らない場所に突然連れてこられれば、同じ行動を起こすはずだ。


 そこで気が付いたのだが、どうも俺たちが歩いている建物は全体的にボロっちいのである。

 古いと言うよりも壊れているといった印象だ。

 床にも壁にも穴が空いており、結構な焦げ跡もそこかしこに見ることができた。



 壁の隙間から見える外の景色も、なんだが随分と暗い印象がある。

 曇り空のために太陽が隠れているのも理由の一つなのだろうが、なんだか外に広がっている景色が全体的に灰色なのだ。


 その理由は陛下と呼ばれる人物が待つ部屋に到着する直前に理解できた。

 壁に大穴が開いており、これまでとは違ってしっかりと外の景色を確認することができたのだ。

 建物の外には街が広がっていた。どうやらこの建物は小高い丘の上に建てられているようであり、眼下に広がる街の全貌を上から見下ろすことができたのである。


 壁の向こうにはなだらかな坂が広がっていた。

 その坂の上にはいくつもの建物が並んでいる。


 上にある建物ほど大きく、下にある建物ほど小さい。

 どうやらこの建物から離れれば離れるほど、建物が小さくみすぼらしくなっていくらしく、街の端に至っては明らかに廃墟同然のバラック街となっていた。


 恐らくこの建物に近ければ近いほど高級住宅地扱いとなっているのだろう。

 ちなみにバラックより向こうには高い壁がそびえており、その向こうには広い草原と一本の道が続いていた。


 どこからどう見ても、一般的なファンタジー作品に出てくる城を中心とした城下町の風景である。

 ということは俺が今いるこの建物は城なのだろうか?

 もしくは、この建物の上にも更に建物が続いているのかもしれない。


 それはともかく、街の印象が暗い理由は理解できた。

 眼下に広がる街の中には幾つもの壊れた建物が点在していたのだ。

 焼け落ち、崩壊している建物も多い。流石に燃えている建物は見られなかったが。


 この距離からだと人の姿は、ほとんど点ぐらいにしか見ることができない。

 しかし、誰もが目立たないボロを身にまとい、兵士と思しき者たちも鉄の鎧を着込んでいるため、街全体が灰色と化していたのである。


 その風景を一言で言うならば、『戦後』もしくは『負け戦の後』と表現するべきではないだろうか。

 どうやら俺は相当やばい場所に召喚されてしまったらしい。


 そんなことを考えている間に、目の前の扉はゆっくりと開いていった。


 俺はその部屋で、異世界召喚なんて事態を引き起こした人物と出会うこととなる。

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