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第二十一話

〈三択です!〉


 迫りくる数多の肉魔法の前に立ちはだかってしまった俺の脳裏に、昨日からお世話になりまくっているネタ奇跡の発動を告げる声が聞こえてくる。


 いや、ネタ奇跡は言い過ぎか。

 なんだかんだ言ったところで、これがあったおかげでこれまでどうにか生きてこられたのだ。


 危機を察知し、六十秒間停止した世界で冷静に考えを巡らすことができ、しかも光り輝くロースを召喚することができるこの奇跡は俺の想像以上に役に立ってくれたのである。



〈エルハルトが放った上級肉魔法「あべしっ!」が迫ってきています。どうする?〉


 ①体を捻ればなんとか回避は可能だ! 後ろにいるバルガス王子に直撃するだろうが命を大事に!

 ②恩人の盾になって死ぬなんて格好良いではないか。大人しく喰らって人生を終わらせる。

⇒③ロース



 まぁ問題点としては、こうしてガチの戦いの場面となると、まるで役に立たないことなのだが。

 必殺の威力を持つ魔法を放ってくる相手に対して、肉を召喚する奇跡でどうやって対抗しろというのだろうか。

 ロースを選択して瞬間的に目をくらませたところで、目の前にばら撒かれた肉魔法の雨に対抗できるわけがない。


 とはいえ選択肢の①と②は論外だ。

 恩人を見殺しにするわけにもいかず、さりとてむざむざと殺されるつもりもない。

 ②を選んでバルガス王子の盾となって死ぬという選択肢もまぁ無いとは言わない。

 ここで仁王立ちをすれば、少なくとも今放たれている肉魔法は全て俺の体に着弾するから、なんとか後ろの二人を助けることは出来るだろう。


 だがそれは③を選んでも同じことなのだ。

 むしろロースを召喚することで、一発逆転の目が発生するだけましと言える。

 召喚時に何らかの奇跡が起こる可能性だってあるわけだしな。

 ほら、物語には良くあるではないか。

 仲間の危機に身を挺した主人公が、ギリギリの場面で新たな能力に覚醒するとか。まさに定番中の定番の展開と言える。


「……はっ!」


 あまりにも都合の良いその考えに、思わず鼻で笑ってしまった。

 そもそも誰が主人公だ。こんな肉を召喚する奇跡を持つ男なんて、どう考えてもモブキャラの一人でしかない。精々が一話参戦のスポットキャラだろう。

 この物語に主人公がいるとすれば、それはどう考えてもバルガス王子に違いないではないか。


 皇国の王子にして、第一王位継承者。

 親殺しの罪を着せられて、兄弟から命を狙われることとなった悲劇の英雄。


 俺とフロンはそんな王子様の逃亡劇を手助けするために用意された助っ人に過ぎないのだろう。


「ここで王子は身に覚えのない罪に問われ、牢屋に入れられて城から脱出する。あれ? でもどうやってこの状況下で城から逃げ出せるんだ? 協力者を追加してみたらどうだろう。逃亡を手助けするキャラは二人ほどいれば十分なんじゃないか?」みたいな感じで。


 これぞ天の配剤というやつだ。

 俺たちはバルガス王子の英雄譚のために用意された駒に過ぎないに違いない。……本当にそうか?


「……違う。違う違う違う!」


 冗談ではない。そんな馬鹿な話があってたまるものか。

 俺もフロンも駒ではない。たまたま彼と知り合って、たまたま揃って窮地に陥ってしまっただけの一人の人間だ。主人公なのだ。


 俺の人生の主人公は俺だけだ。

 俺がサンタの爺さんに焼肉を奢ったから、あの時看板に潰される前にこの世界に緊急避難することが出来た。

 そこで勇者と間違えられ、バルガス王子に助けられて共に一夜を明かしたから、王子は国王が用意していた呪いから逃れ、代わりに皇帝殺しの罪を着せられて揃って牢屋に入れられたのだ。


 ロースの光でなんとか暗殺者を撃退することに成功した俺たちは、牢屋で出会ったフロンの案内で城下町まで脱出し、俺の奇跡をフル活用してどうにかスラム街まで逃げ延びて、グレンたちに襲われたけれども俺の説得が功を奏して彼らの拠点まで案内してもらった。

 そこの神官が偽物だと見抜いたのも俺だ。そして眠気に負けて寝ている間にグレンが状況を拡大させて、押し寄せてきた民衆を俺とバルガス王子の二人で説得し、ようやく情報をまとめたところにエルハルトが襲ってきて、こうして死にかけているのである。



「ロース!」


 俺はロースを選択した。

 一人一人が人生の主人公なのだ。そして残念なことに一人一人が持っている能力は違っている。この世界風に言えば、持っている奇跡が違うのだろう。


 だが、それがどうしたというのだ。例え肉を召喚する肉屋の奇跡を持っていたとしても、それが原因でモブに落ち着く必要などはない。

 俺は俺の持つ能力を最大限に駆使して、俺という人生を主人公として精一杯歩めば良いだけだ。


 だから俺は諦めない。

 ロースを使えば肉魔法の一つは確実に防ぐことが出来る。

 肉魔法は目の前の肉に反応するのだから、俺の奇跡とは相性が良いはずだ。

 防ぐことが出来る肉魔法は一つだけだが、それでも生き残る確率が上がることに変わりはない。


 上手く行けばロースの光で目標が逸れるかもしれないしな。

 そんなことを考えて三択を選んだ直後、間髪入れずに俺の脳裏に新たな言葉が響き渡った。



〈三択です!〉


「え?」


〈エルハルトの放った上級肉魔法「ひでぶっ!」が迫っています。どうする?〉


 ①横にステップを踏めば回避することは可能だ! 後ろにいるフロンに当たる軌道ではあるが、自分の命が何よりも大事じゃないか!

 ②出会ったばかりとはいえ恩人を見殺しにするのは忍びない。フロンの盾になって死ぬのもまた一興か。

⇒③ロース



 あれ?

 あれ? あれ? あれぇ?

 ひょっとすると、ひょっとするとこの奇跡は……



「ロース!」


 迫りくる肉魔法「ひでぶっ!」に対して、俺はロースを選択した。

 そしてその直後、またしても俺の脳裏で奇跡の発動を告げる声が響き渡ったのである。


〈三択です!〉


〈エルハルトの放った上級肉魔法「ひでぶっ!」が迫っています。どうする?〉



 三つの選択肢の内容は、これまでと大差のない代物であった。

 俺は当然のようにロースを選択し、叫び声を上げてロースの発動を見届けた直後、やはり同じように三択を告げる声が脳裏に響いたのである。


〈三択です!〉


 俺の前には三択の内容が表示されたスクリーンが存在している。

 その向こうには停止したエルハルトの姿があり、奴が放った多くの肉摩法が俺に向かっている様子を見ることが出来た。

 しかし今となっては俺と肉魔法との間に三つの異物を確認することが出来るのである。


 それは肉だ。それもロースで間違いない。

 しかもただのロースではない。三つとも違う種類のロースなのである。

 牛ロースに豚ロース、それに羊肉のロースだろうかあれは。ラムロースというやつだ。ウオォン!


 事ここに至って俺はようやく知ることとなったのだ。

 俺が召喚していたロースとは牛ロースだけではなかったということを。

 豚ロースもラムロースもちゃんと存在していたのである。

 あの焼肉屋で浴びるほどに食べ、今や俺の血肉となっているであろうあの三種類のロースを、俺は全て召喚することが出来たのだ。


「ロース!」

〈三択です!〉


 いや、今はロースの種類についてあれこれと考えを巡らせている時ではない。

 停止した世界で、俺の前に現れた異物は遂に四つとなった。

 やはりロースである。俺が選んだ俺が召喚したロースだ。それが肉魔法の軌道上に浮かんでいるのである。俺を肉魔法から守る位置に。


 ようやく俺は理解した。そして今更気が付くのも仕方ないと言えるだろう。

 俺の持つ奇跡、この『三択ロース』とは、『危機が続く限り途切れなく連続で発動する奇跡』だったのである。



「ははっ! そりゃあ気が付かないよなぁ! これまで遭遇した危機は、全部一回こっきりで終わっていたもんなぁ!」


 ロースを選んで召喚される肉片は一枚限り。

 それだけではこの雨あられと殺到してくる大量の肉魔法には対抗できない。

 しかしロースを選択後、間髪入れずに次の奇跡が発動するのならばどうだろうか。


 相手が放った肉魔法の数など関係ない。

 その全てに対抗するだけの機会は、三択ロースの奇跡が用意してくれるのだから。


 しかも俺の体感では毎回一分間の時間的猶予があるのである。

 迫りくる肉魔法全てに一瞬で対応するのは、考えるまでもなく不可能であろう。

 しかし毎回一分間とはいえそれが何度も積み重なれば、それは累計で数十分にも及ぶ長時間となり、俺に落ち着くだけの余裕を持たせてくれるのだ。


 余裕を持って優雅たれとは良く言ったものである。

 余裕さえあれば焦る必要などなく、反撃のための思考時間すら手に入れることが出来るのだから。


 俺は今やエルハルトの放った肉魔法の雨に余裕で対処することが出来ていた。


〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉

〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉

〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉

〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉

〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉〈三択です!〉


「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」

「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」「ロース!」


 俺の視線の先には大量のロースが浮かんでいる。

 体感では既に三十分は過ぎているのではないだろうか。


 三択が出る→ロースを選ぶという繰り返しの中で、俺は自分が手に入れた奇跡の有用性を噛み締めていた。

 エルハルトの放った肉魔法はほんの少しだけ俺に近づいてきている。

 それはサンタクロースの爺さんが走馬灯に干渉した時と似ているようで全く違う理由だ。

「ロース!」と叫んでロースが召喚された瞬間、ほんの少しだけ時間の流れが元に戻るがゆえに完全な時間停止とはいかないからである。


 しかし相手は肉魔法使いであり、この世界最強の攻撃魔法は遠距離攻撃なのだ。

 肉魔法は標的の身体に当たれば膨張したり収縮したりして、あっという間に標的を始末してしまう必殺の魔法である。

 だから肉魔法の使い手は相手に接近して魔法を放つことはない。

 身体の爆発や大量の吐血に巻き込まれないように、基本一定の距離の外から魔法を放つものなのだ。


 その事実は俺の持つ奇跡と非常に相性が良かった。

 距離さえあれば時間の流れが戻った瞬間に多少近づかれたところで、俺の命は一切脅かされないからだ。


 当然のことながら肉を召喚するだけであるから、攻撃力はない。

 精々が召喚時の強い光で相手の目を眩ませるくらいである。


 しかし相手が肉魔法使いであるのならば話は別だ。

 相手の攻撃はロースを選べば全て無効化出来るのである。

 しかもどれだけ連射されても、その全てに完璧に対応出来るのだ。


 肉魔法の使い手からすれば、それは悪夢のような光景であるだろう。

 絶対の信頼を置いていた必殺の肉魔法が、まさかの肉そのものに防がれることになるのだから。

 こんな相性の良い相手などいるわけもない。

 俺の奇跡『三択ロース』は肉魔法使いの天敵足り得る力だったのである。


 それはそろそろ体感で一時間に迫ろうとしている頃であった。

 ロースを選んだその後に、俺の脳裏に三択を告げる声が聞こえてこなかったのだ。


 次の瞬間、俺の前に現れていた六十枚近くのロースがエルハルトが放った肉魔法の前に立ちはだかった。

 魔法は次々とロースへと着弾する。

 あるロースは膨張し、別のロースは収縮して、次々に地面に落下していった。


 もちろん何の反応も示さないロースもある。

 下級肉魔法や中級肉魔法を防いだロースは膨張も収縮もしないからだ。


 俺はその光景を目にした瞬間、脇目も振らずにエルハルトに向かって突進していった。

 ロースが召喚されたということは、召喚の際に出る光も出たということであり、今回のそれは六十枚近くの大量放出だ。


 実際問題、俺の視界は強すぎる光によって完全に塗りつぶされていた。

 眩しすぎる光は闇と変わらないとどこかに書いてあったがこれがそうなのか。

 目に映る景色は白一色である。全く視界が働いていない。

 しかし相手は目の前にいたのだし、障害物も何もないのだから、このまま突っ込めば激突するに決まっている。


 案の定、俺の体は何者かと激突した。

 その人物はそのまま後ろ向きに倒れていく。

 当然俺も同じように倒れる。ゴン! という鈍い音が聞こえたが、それはもちろん兜が地面に叩きつけられた音なのだろう。エルハルトの後頭部が地面に激突したのだ。


 俺は手探りでエルハルトの体をまさぐり始める。

 男色というわけではない。俺はエルハルトの服が欲しいだけなのだ。違う。エルハルトが羽織っている国宝のローブを奪い取りたいだけなのである。断じて変態というわけではない。


 フルフェイスの兜の外し方など俺は知らない。

 しかしローブであれば話は別なのだ。

 あれならなんとか俺の手でも脱がせると思ったが故の行動なのである。


 なにしろ考える時間が一時間近くもあったのだ。

 この三択の連続が終わった後の行動など、思いついて当然ではないか。


 エルハルトが放った肉魔法の雨を全てロースで防げば、さすがの敵も呆気にとられて動きを停止するだろう。

 おまけにロース召喚の光で、視界は真っ白になっているはずだ。

 勇者の兜の能力に光量調節とかあるかもと考えたが、あったとしても攻撃を防いだことに違いはないのだから相手は動揺し、動きが停止することが期待できる。


 動きの止まったエルハルトが目の前にいて何もしないのか?

 否、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 なんとかしてこれを俺たちの勝利へと利用するべきだ。


 バルガス王子やフロン、そしてグレンたち歓迎軍の助けは借りられない。

 彼らからすれば、突然全ての肉魔法が完璧に防がれて視界が白く染まってしまうのだ。

 いくら彼らが優秀とはいえ、こんな状況に咄嗟に対処できるとは思えない。

 これは俺が単独で対処すべき案件なのだ。


 では俺に出来ることとは何か? と考えて辿り着いた結論が、どさくさに紛れてエルハルトのローブを脱がすというものであった。

 フルフェイスの兜の脱がし方なんて知らないし、俺は戦いの素人だ。

 いくらスキを突けるとはいえ、エルハルトを気絶させることなど俺には出来ないし、モタモタしていたら衝撃から復活して至近距離で反撃を受ける可能性もある。


 俺に出来るのは手に入れた僅かな時間のうちにエルハルトの服を脱がすことくらいだ。

 それでも攻撃を無効化するローブを奪い取れるのだから上等ではないか。


 そう考えて実行し、それは運良く成功した。

 何のことはない。エルハルトは文字通りローブに袖を通していただけだったので、脱がすこと自体がそれほど難しくなかったのである。


 俺は混乱しているエルハルトに肉薄すると、あっという間にローブを脱がせて瞬時にその場から立ち去った。

 その際、ようやく動き始めたエルハルトが腕を俺に向けてきたが、俺はその腕を殴り飛ばして射線から脱出し、すぐにエルハルトと距離を取る。


 一連の行動中は三択が出ることもなく、どうにか無事に作戦成功。

 全員の視界が元に戻る頃には、エルハルトの着ていたローブを何故か俺が着ているという状況になっていたのである。

これにてお盆期間中の連続投稿を終わります。

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