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プロローグ2

 イブの夜に同士に裏切られ、自称サンタクロースの爺さんに焼肉を奢り、鋼鉄製の看板に押し潰される直前に長過ぎる走馬灯を見ていたら、サンタのソリを引いているトナカイに話しかけられた。


 状況を羅列すればそういうことになるのだろう。

 まったく意味の分からない展開であるのだが。


 今日はクリスマス・イブだ。

 だからサンタクロースなど珍しくもない。

 街のいたる所で見かけることができる風景の一部でしかないのだから。

 しかしそれがトナカイに引かれたソリに乗った本物となれば話は別だ。


 真っ赤な衣服にたっぷりとした白い髭。

 その髭や衣装に点々と付いた染みは、焼肉を食べる際に飛び散った焼肉のタレで間違いないだろう。


 ……って、ちょっと待て!

 あのサンタ、さっきまで俺と一緒に焼肉を食っていた爺さんじゃねぇか!


「食事の礼に助けるという約束をしたのは間違いないが、まさか別れて早々に命の危機に晒されるとはのう。全く、運が良いのか悪いのか」


 爺さんはソリの上で呆れたように溜息をつくと、よっこらせとソリから立ち上がった。

 その顔は紛れもなく先程まで一緒に肉を食っていた爺さんだ。

 格好は変わっていないのに、ソリに乗りトナカイを従わせているだけで、街にあふれる他のサンタとは一線を画しているように見えるのだから、いかにソリとトナカイがサンタにとって重要なパーツなのかということが良く理解できる。


 この爺さんは本物だ。

 この状況が俺の末期まつごに見た幻覚でないとするならば、この爺さんは俺を助けに現れたヒーロー、いやサンタクロースで間違いない!


「じっ、爺さん! あんた、本当にサンタで……。いっ、いや、それは正直どうでもいい! 助けてくれ! このままだと死んでしまう!」

「どうでもいいのか……サンタクロースの価値も落ちたものじゃのう」

「ごめんなさい! 助けてください、サンタさん!」

「一緒に肉を食っていた時から思っとったが、お主割といい性格をしとるのう」


 これだけの会話をしているにもかかわらず、俺の身体は看板に潰されていない。

 それどころか周囲の景色は停止したままだ。

 子供は倒れたままだし、父親は片足を上げたままの格好で静止している。

 風に吹かれたゴミは空中で止まっているし、電光掲示板にも動きがない。


 理由はさっぱりわからないが、これこそがサンタパワーという奴なのだろう。

 クリスマス・イブのサンタは無敵だ。

 なにしろ僅かな時間の間に世界中の子供たちにプレゼントを配ることができるスーパーマンなのだから、時を止めるなど造作も無いに違いない。


 それにしても人生というものは、何が起きるのか分からないものだ。

 まさかサンタに焼肉を奢ったら命を助けられるとは思いもしなかった。


 時間停止能力には驚いたが、きっとサンタの爺さんはこの力を使い、俺を安全な場所まで逃してくれるのだろう。


 俺は未だ独身ではあるが、いつの日か結婚をして子供ができたのならば、サンタが実在したことを子々孫々にまで語り続けることをここに誓った。


 俺は決意を新たにサンタの救助を待つ。

 しかしサンタは俺の望む形では助けてくれなかったのだ。


「あ~すまん。盛り上がっているところ悪いんじゃが、今すぐお主を助けることは不可能じゃぞ」

「ええ!? なんでだよ、爺さん! ピンチになったら助けてくれるって言ったじゃないか!」

「助けることはできる。しかしお主が望むような形で助けることは不可能なのじゃ」

「何でだよ! あんたサンタクロースなんだろう!?」

「サンタクロースだからじゃよ。儂は全知全能の神ではない。奇跡の力を使うことが出来るのは年に一日だけじゃし、その対象は良い子だけと決まっておるのじゃ」

「俺は悪人だって言うのか?」

「お主は善人じゃよ。しかし子供ではない。四十にもなるおっさんではないか」

「アラフォーってだけで、四十歳じゃねぇよ! まだ三十五歳だって説明しただろうが!」


 どうやら俺は望んだ形での救助はされないらしい。

 確かにこの爺さんの正体が本当にサンタクロースなのだとしたら、その対象は子供限定になってしまうのだろう。

 良い子の下にはサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるが、良い大人は欲しい物は自分で買わねばならないのだ。夢がない話である。


 だが。

 だがしかし、助けてくれるというのならば、それはもう十分すぎる程の奇跡なのではないだろうか。


 なにしろこのままでは確実に、この鋼鉄製の看板に押し潰されてしまうのである。

 そうなったら大怪我だ。いや、十中八九即死と見て間違いない。

 多少望み通りに行かなかったからといって、文句を言うのは筋違いだろう。

 そもそも焼肉を奢っただけで命を救ってもらえるのだ。

 落ち着いて考えてみれば破格の交換条件ではないか。


「分かったよ。なんでも良いからとにかく助けてくれ。どっちにしろこのままだと俺は死んでしまうからな」

「うむ、分かった。ではお主にはこれから異世界へと転移してもらおう」

「何でそうなるんだよ!! 異世界ってあんた、それこそ全知全能の神の仕業じゃないか!」


 覚悟を決めて爺さんの提案を受ければ、返ってきた答えはまさかの異世界転移であった。

 あらゆる創作物において、異世界召喚物は今も昔も大人気だ。

 俺だっていくつもの作品に触れているし、ネット小説の更新を毎日の楽しみにしているくらいなのだから、爺さんの言った内容はすぐに理解できた。


 しかし、サンタクロースからどうして異世界転移なんて単語が出てくるのかはさっぱり分からない。

 俺が困惑していると、爺さんは髭を撫で付けながら説明を開始した。


「まずな、今のこの状況じゃが、儂は時を止めているわけではないのじゃよ」

「そうなのか? どう見ても俺の周囲の動きは止まっているとしか思えないんだが」

「目を凝らして良く見てみるのじゃ。完璧に止まっているわけではなく、非常にゆっくりとじゃが動いているじゃろう?」


 俺は爺さんに言われた通り、周囲の光景に目を凝らしてみた。

 すると確かに止まっていると思っていた周囲の景色に動きが見えたのだ。

 人もゴミも看板も、ほんの少しずつだがゆっくりと動いていたのである。


「儂はお主の走馬灯に干渉して、死の直前に割り込みをかけているに過ぎん。所詮儂はサンタクロースでしかないからな。完璧な時間停止など不可能なのじゃよ」

「そっ、そうなのか……。えっとそれで、どうしてこれが異世界なんて単語に繋がるんだ?」

「儂の力には限界があることを知っておいてもらいたかったのじゃ。儂は時間を止めることはできん。そしてお主をその場所から移動させることもできんのじゃ」

「ん? それだとおかしくないか? あんたは俺を異世界に転移させることができるんだろう?」

「それは儂の力ではない。今この瞬間、この日本の別の場所にて異世界からの召喚魔法が発動しておる。儂に出来ることはそれに干渉して、狙いをお主に変更することだけなのじゃ」

「自力では助けられないから、別の場所で行われている召喚魔法に干渉して対象を変更するってわけか」

「その通りじゃ。そして折を見てお主をこちらの世界へと戻すことで、お主を助けようと考えておる」

「え!? 戻れるのか?」

「うむ。ある程度の時間を置いてから、こちらの世界に戻れるように召喚魔法に細工をすれば問題はない。要するに緊急避難というわけじゃな。こちらの世界でおよそ数時間。それだけの間、お主には異世界へと行ってもらうつもりなのじゃよ」


 なるほど、爺さんはサンタクロースであって、神様ではないから、扱える力には限りがあるということか。

 だが爺さんは自分が扱える範囲の力を使って、どうにか俺の命を助けるための算段を整えてくれたと、要するにそういうことなのだろう。


 このままこの場所にいたら確実に俺は死ぬ。

 そして助かるためには他所の場所で行われている異世界召喚に干渉し、狙いを俺に変更させるしか手はないという。


 ならば選択肢は一つだけだ。

 ここで死にたくはないのだから、異世界でもどこでも行くしかないではないか。


「あえて説明することもないじゃろうが、異世界に行った後のことまでは責任が持てん。儂に出来ることは、あくまでも今この瞬間の危機を乗り越えるための助力に過ぎんのじゃからな」

「あ~いや、それは仕方ないんじゃないのか? 爺さんは神様じゃないんだし、俺からしたらこの瞬間の危機を救ってくれるだけでも十分過ぎるぜ」

「しかしのう、行き先は異世界なんじゃぞ?」

「それだってほんの数時間だけなんだろう? 向こうで話を聞いている間に戻ってこられるような僅かな時間じゃないか」


 異世界召喚物の一般的な流れから考えれば、到着して数時間後といえば、まだ状況説明を受けている頃合いのはずだ。

 どれだけテンポよく話が進んでも、到着してすぐに命の危険がある戦いに巻き込まれるとは思えない。

 つまり俺はほとんどリスク無く、この危機的状況を打破できるということだ。


 そんな風に気楽に考えていたのだが、爺さんはゆっくりと首を振った。


「分かっておらんな。儂は『こちらの世界でおよそ数時間』と言ったのじゃ。世界を跨げば時間の流れが異なっておる可能性もあるのじゃぞ」

「いぃ!? マジかよ。じゃあ下手をすれば何日どころか何年も掛かる可能性もあるってことか?」

「うむ。そして気候も文化も常識も異なる世界に行くということは、お主の考えておるほど甘いものではない」

「いや、そりゃそうかもしれないけどさぁ……」

「更に言うならば、儂にはこれがどのような召喚であるのか、まるで分からぬのじゃ」

「え!? それってどういう意味だ?」

「ようするに召喚先に人がいるかどうかすら分からぬということなんじゃよ。何らかの理由で召喚魔法が発動していることも考えられるし、何らかの意図を持ってこちらの世界の人間を呼び寄せている可能性もある」

「つまり召喚先の状況がまるで分からないと?」

「そうじゃ。召喚された先で歓待を受ける可能性もあるし、ひとっこ一人いない危険地帯に放り出される可能性もあるのじゃ」

「それだけ聞くと、異世界召喚ってのは、まるでギャンブルみたいだな」

「そう考えて間違いはあるまい。全知全能の神が仲介に入っているならば話は別じゃが、儂は所詮サンタクロースじゃからなぁ」



 巷にあふれる異世界召喚物の定番として、神様やそれに準ずる凄い存在が召喚の仲介をしてくれるというものがある。

 彼らは召喚される者にある程度の状況説明をしてくれる上に、召喚先の状況すらも教えてくれるのだ。


 ようするに神が仲介に入った召喚ならば、召喚当初の安全はある程度保証されているのである。

 しかし今回の召喚への干渉ではそれがないということらしい。確かにギャンブルだなこれは。



 異世界に行かなければ死ぬという状況でなければ、俺はこの話には乗っていないだろう。

 しかし今回ばかりは話が別だ。この機会を逃せば確実に死ぬのだから、リスクがあっても断るという選択肢はないのである。


「大丈夫だって。異世界召喚って言えば物語の定番だし、チート能力を手に入れてハーレムを作れるかもしれないじゃないか」


 命を救ってくれる恩人に悲しい顔をさせるのも悪いと思い、俺はわざと楽観的な態度をとってみせた。

 しかし俺のおちゃらけた態度を見ても、サンタの爺さんの顔は晴れることはなかったのだ。


「恐らくそれは不可能じゃろう。無理やりな干渉であるからして、仮に何らかの能力を手に入れても大した力を手にすることはできまい」

「そうなのか……。ん? そういえば爺さんはなんでこんなに異世界召喚に詳しいんだ?」

「最近のプレゼントのリクエストの中にはそういった作品の関連物も多いのでな。市場に出回っている物だけではあるが、一通り読破はしておるのじゃよ」

「サンタクロースが異世界物を読んでいるのかよ!」


 やけにすんなりと話が通じると思っていたら、そういう理由だったのか。

 まぁそりゃ確かに、仮にもプレゼントを配る側が、配っているプレゼントの中身を分かっていないんじゃ、話にならないもんな。

 おもちゃ以外にも本を求める子供もいるだろうし、その中には異世界物を好んで求める子だっているのだろう。


「それでも行くというのか? 下手をすればこの場で死んでいたほうがマシだったというような恐ろしい経験をする羽目になるかもしれぬのじゃぞ?」

「それは確かに恐ろしいが……行くよ。俺は行く。ここで死んだらそれまでだけど、生きられる可能性があるのなら、生きたいんだ。上手く行けば帰ってこれるわけだしな」

「そうか……ならば望み通り送ってしんぜよう。ゆくぞい!」


 そう言ってサンタの爺さんが手を振ると、俺の足元に緻密な文様が浮かび上がった。

 これがいわゆる魔法陣という奴なのだろう。

 それと同時に俺の身体が段々と魔法陣の中へと吸い込まれていく感覚があった。

 身体が消えるタイプの召喚かと思っていたが、どうやら魔法陣に吸い込まれるタイプの召喚だったらしい。


「ではさらばじゃ。改めて礼を言わせてくれ。お主と食べた焼肉は旨かったぞい」

「俺も本物のサンタクロースと焼肉を食えたのは良い思い出だよ」

「最後に名前を聞かせてくれんか?」

「俺の名前か? 戒斗だよ。戸成戒斗となりかいと

「……トナカイ?」

「ははっ! 久し振りに聞いたなそのアダ名。そうさ、俺は学生時代にトナカイって呼ばれていたんだぜ!」

「そうか。では元気でなトナカイ。向こうの世界でも達者でな!」

「あんたもな! 最後の追い込み頑張れよ!」

「もちろんじゃ! 儂はサンタクロースじゃぞ? 世界中の良い子のために骨身は惜しまぬわい!」

「ああ、追い込みってそういう意味だったのかよ!」



 その言葉を最後に、俺の体は魔法陣の中へと吸い込まれた。

 俺が最後に目にした物は、俺を吸い込んだ魔法陣に向かって落ちてくる、鋼鉄製の看板の姿だった。

 視界を覆う闇を見つめながら、俺は絶対に無事に帰ってくることを誓うのだった。

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