第十七話
「ふっ、ふざ、ふざけるなぁああ! 魔物や魔族を復活させて、勇者と魔王が戦う時代に戻そうとしただとぉ!? そのために自国民を魔族に変化させる毒をばら撒いていたというのか!」
「俺たちを魔族にして、それを召喚した勇者に退治させようとしていただって!? あの老害共がぁぁぁ!! 魔物との戦いを続けてきたこの世界の人々の歴史を何だと思っているのだぁ!」
バルガス王子とグレンは揃って立ち上がり、拳を握りしめて外道な選択をした王国の上層部に怒りを爆発させていた。
彼らからすれば、先人たちが血を流して手に入れた魔物がいない世界から元の世界に戻ろうとする王国の所業は許せないものだったのだろう。
人同士の戦いとどちらがマシかという話にもなってくるのだろうが、二人にとっては魔族を復活させるという王国の発想は許せないものだったらしい。
それにしても国民に魔族化する毒を飲ませて魔族を復活させ、それを召喚した勇者に倒させようとするなんて。
何というマッチポンプ。完全に自作自演ではないか。
かつての栄光を取り戻すためとはいえ、はたしてそこまでするものなのか?
仮にも勇者召喚の方法を生み出した魔法国家だったのだ。
新しい時代に対応する魔法の一つでも生み出せば良かったと思うのは、俺の素人考えなのだろうか?
しかし、俺の意見を聞いたフロンはゆっくりと首を振ったのだった。
「オイラに栄光回帰薬を飲ませた王国の魔法使いはそんなことは考えもしていなかったぜ。どうやらあいつら、この数百年の間にすっかり腐敗しちまったみたいでな。召喚した勇者をいかに都合よく操るかということばかりを研究していたために、他の魔法の研究では他国に一歩どころか百歩くらい遅れを取っていたらしいんだ」
「百歩!? そりゃまた酷い話だな」
「そうだろう? そのくせかつての勇者が持ち帰った魔族のサンプルとかは豊富にあったらしくてな。それを使って人を魔族にする薬を開発したってわけさ。ちなみに動物に同じ薬を投与して魔物を量産する計画まであったんだぜ」
「なっ、なんだとぉ! おい、フロン! まさかその計画は既に発動しているのではあるまいな!?」
怒りに震えていたバルガス王子が勢い込んでフロンに詰め寄った。
動物が魔物に変化したりなんかしたら、人同士の争いだけが念頭にある皇国軍の苦戦は必死だろうからな。
王子のこの反応も当然というべきだろう。
「安心しなよ、バル。栄光回帰薬はオイラたちという成功例をようやく生み出したばかりだったんだ。魔族と魔物の大量発生は栄光回帰薬の量産を待ってから推し進めるという段階だったらしいぜ」
「そっ、そうか……。そういえば、フロン。結局お前はどうしてその……栄光回帰薬とやらを投与される事になったのだ?」
「どうしてもこうしても、実験体にするために国の連中に連れてこられたからだよ」
「なっ、何ぃ!? 自国民を実験体にするためにさらってきたというのか?」
「いや、国民に毒をばら撒いて魔族化させようとした国なんだぜ? 村人を実験体にするために丸ごと連行するぐらいはするだろうさ」
「するわけないだろう! どんな国なのだそれは!?」
こんな国なんだよ、バルガス王子。
いやホント、この王国は皇国に占領されて良かったのかもしれない。
放っておいたら昔に逆戻りだ。
魔王が君臨し魔族が繁栄して魔物が蔓延る世界なんて物語の定番ではあるが、そこに生きる人々にとってはたまったものではないだろうからな。
「ちなみに村の連中はそのほとんどが薬の投与に体が適用できずにショック死しちまってるんだ。オイラのような子供だけだったよ。薬が適用して体が魔族に変化したのは」
「子供だけだった……だと? ではあの偽神官がやっていたのは何だったんだ? まさか奴は子供だけを狙って毒入りの茶を配っていたとでも言うつもりか?」
「うんにゃ。あれは恐らく改良した栄光回帰薬だったんじゃないかと思うぜ。それを不特定多数に使ってデータを取るためにスラムの神官に化けていたんじゃないのかな」
「ふざけるなぁ! 俺たちを何だと思っているのだ!」
「いや、元から魔族に変化させる予定だったんだから容赦なんてするわけないじゃん」
「くそがぁぁぁ!」
グレンの怒りは留まることを知らないようだ。
表情は真っ赤に染まり、その握りしめられた拳からは血が滲み出していた。
「ん? そういえば、フロン。お前実験体だったのに、どうして城の抜け穴とか知っていたんだ?」
「オイラたちが城に連れてこられた当初は多少の行動の自由が認められていたんだよ。元々城に連れてこられたのも、流行病の根絶だって言われていたからな」
「流行病の根絶? ああ、そういうお題目で村人全員を城に連行したのか」
「そういうこと。でもさ、村育ちのオイラたちにとって、城はやっぱ狭かったんだよな。だからあちこち探検してさ。あの抜け穴もその時に偶然発見したんだよ」
「なるほどな、良く分かった」
「まぁそれも、数カ月後に村長が魔族化するまでだったんだけどな」
「その村長はどうなったのだ?」
「死んだよ。ってか殺された。自我のない本物の化物になっちまったからな」
「……そうか」
「それからも次々に村人が魔族に変わってさ。そのたびに王国の魔法使いたちが喜ぶもんだから、オイラ怖くて怖くて仕方がなかったんだよ。一番成功、二番成功、三番大成功ってね」
「一番?」
「ああ。あいつらオイラたちに番号を振ってたらしくてね。村長は一番で村長の息子が二番。オイラは二十六番だったのさ。だからフロンと名乗っているんだ」
「二と六でフロか。そこからフロンと。……そうか、適当に名乗った偽名ではなかったのだな」
「人だった頃のオイラはもういないんだ。だから新しい名前で新しい人生を生きようと思ってね。だからカイトに名前を尋ねられた時は嬉しかったよ。途中から連中、もうずっと番号でしか呼ばなくなったからな」
「そうか」
それはどういう気持ちだったのだろう。
村人が次々に魔族へと変わっていき、騙していることを隠すこともなくなった王国の魔法使いたちから番号で呼ばれるフロンの気持ちとは。
「やはり俺たちの決断は正しかった! この国は一刻も早く滅びることこそが最善だったのだ!」
立ち上がり、怒りに打ち震えていたグレンは、椅子に深く腰掛けて、何度も何度も机に拳を叩きつけている。
そういえばこいつは知らなかったのだろうか?
仮にも王国の筆頭騎士だったのだろう? 王国上層部の暴走に気付いていなかったのか?
「俺たちは何も知らなかった。この国の上層部は魔法使いによって独占されていたために、騎士の最高峰たる筆頭騎士にまで上り詰めても、下っ端魔法使いと同等の扱いしか受けることはできなかったからな」
そう言ってグレンもまた、乾いた笑みを浮かべた。
なるほどこの国は魔法至上主義だったというわけか。
元々勇者召喚の魔法を開発した国で、肉魔法という一撃必殺の魔法が世界に広まっていることを鑑みれば、それも仕方のないことなのかもしれない。
というか、俺たち? 俺たちってどういう意味だ?
「どうもこうも、我ら歓迎軍の中核はこの国の元騎士団が担っているのだ」
「元騎士団だと? ではその者たちも元は皆騎士だとでもいうつもりか?」
「おっしゃる通りです、バルガス王子殿下。歓迎軍の幹部は皆、元は騎士として国に仕えていた者たちであり、私の部下でした。しかし近年の上層部の暴走があまりにも目に余ったために連名で国王に直訴をしたところ、次の日には揃ってお払い箱にされてしまったのです」
「筆頭騎士とその部下たちの首をまとめて切ったというのか!?」
「ええ。彼らの魔法至上主義は常軌を逸していましたからね。肉魔法が使える魔法使いが騎士と戦って負けるわけがないと考えていたのでしょう。彼らには戦闘経験など皆無だったというのに」
「一撃必殺の肉魔法を手にしたゆえの傲慢か。愚かなものだな」
「しかし、それが原因であっさりと城は落ちたのですから、結果オーライとも言えます」
「そうだな。確かに街や城を攻めた際に、何人もの魔法使いが抵抗してきたが、あまりにもお粗末な戦いぶりだった」
「強大な力を有する勇者を支配することしか頭になかったのですよ。今更戦い方を覚えろと言っても、奴らは耳を貸すことはなかったのです」
「酷い話だな」
「酷い話なのです」
そう言ってバルガス王子とグレンは二人揃ってため息をつく。
そこで俺の記憶中枢に刺激されるものがあった。
二人が結論を出した酷い話という言葉に聞き覚えがあったのだ。
あれはそう、俺が召喚されてすぐにバルガス王子に同じ言葉を言われていた。
あの時所持していた剣が皇帝の胸に刺さっていたために、王子と俺は追われる立場となっている。
ということは、あれこそが勇者の装備だということになるのだろうか?
「その通りだ、肉屋殿。私があの時手にしていた剣こそが、歴代勇者が愛用していた勇者の剣なのだ」
呪いつきだったわけだがな。とバルガス王子は乾いた笑いを浮かべた。
なるほど、本来ならば勇者だけが手にすることが出来る装備をソードマスターという奇跡を持つバルガス王子が扱えたから、あの時真っ先に犯人扱いされてしまったと。
ん? だとしたらおかしくないか?
勇者以外に持ち運べないないのなら、どうやって国は勇者の装備を管理していたのだろう?
「それは簡単だ。勇者の装備は勇者以外には真の効果を発揮しないが、持ち運び自体はできたのだよ」
「持ち運びは自由だった? じゃあ移動することは誰にでもできたのですね?」
「その通りだ、肉片男。もっともあの剣を勇者以外が振るったとしても紙切れ一つ切れないと聞くからな。バルガス王子殿下の弟君たちが王子を犯人扱いしたのも致し方なしというところか」
「しかしあの時既に、あの老害国王は城の中で発言権を得ていたのだろう? ならば何故私たちを問答無用で殺さなかったのだろうか?」
「恐らく国王は皇国軍の排除を目的としていたのではないでしょうか。城の中で発言権を得たとしても、それは城の外には効果を及ぼしません。依然として王国と皇国の戦力差は歴然であり、私たちに投与されていた魔族化の毒も効果を現してはいませんでした」
「なるほどな。あの場で私たちを全滅させても、外にいる皇国軍に異変を察知されては元の木阿弥になってしまうか」
「そうです。しかし皇帝陛下をバルガス王子殿下が殺害したとなれば話は変わってきます。皇国軍は自国へと引き返すことになるでしょうし、それには国王に絶対服従している他のお三方も随行するのです。そうなれば後は簡単です。国王は城に留まったままで、皇国内部を煮るなり焼くなり好きにすることができるでしょう」
随分とまぁ遠大な話になってしまったな。
あの爺さんがそこまで考えていたというのがそもそも信じられない。
唯一影響下に置けなかったバルガス王子を排除し、その兄弟を好き勝手操ることで、皇国そのものを瓦解させる作戦とは。
不用意に勇者の装備に身を包んだ彼らが悪いと言ったらそれまでだが、これは仕方がないことだろう。
目の前に勇者の装備があり、それを身に着けて自由に性能を発揮できる奇跡を手にしているのだ。装備を身に着けない道理がない。
仮にも勇者がいた世界でそんな選択肢が取れる人間がどれだけいるというのだろうか。
「話は分かりました。バルの無実の証明もこれで出来ると思いますよ」
「なっ、何!? 私の無実を証明できるというのか、肉屋殿!」
バルガス王子が勢い込んで俺の両肩をがっしりと掴んだ。
正直痛い。いや、本当に痛い。興奮しすぎだ。落ち着いてくれ、頼むから。
「あの剣がバル以外に触れないというのでしたら、どうしたって犯人はバル以外にはあり得なかったでしょう。しかし、斬れないだけで移動が出来るのでしたら、誰でも犯人になりえるじゃないですか」
「どういうことだ? あの剣は確かに父上の体に突き刺さっていたのだぞ?」
「ですからあらかじめ別の刃物で体に穴を開けておいて、そこに剣を差し込んだのですよ」
「なっ!?」
「にぃ!? 別の刃物で体に穴を開けただとぉ!?」
そう、それこそがバルガス王子犯人説を打ち砕く真実なのだ。
あの剣で人を斬ることが出来るのはバルガス王子だけだったから、王子は犯人と断定された。
しかしこの方法であれば、王子以外の誰でも皇帝を殺すことが可能となるではないか。
まずは何らかの手段を使って皇帝を殺害する。
そして剣を皇帝の胸に突き立てて、その剣を引き抜いたら、傷口を開いて勇者の剣を差し込めばいい。
それだけの手順を踏めば勇者の剣に貫かれた皇帝の死体が出来てしまうのである。
つまり王子以外の誰であっても犯行が可能となるのだ。
バルガス王子犯人説はこれを持って無効となる。
「これを追っ手として迫ってきている兵士たちに伝えましょう。そうすれば彼らもこちらの陣営に加わってくれるかもしれません」
「うむ。確かにこの状況下では仲間を増やすのが先決か。戦力を集めて城を包囲すれば、国王の身柄を押さえることも可能だろう」
バリィン! と、突然ガラスが割れる音が鳴り響いたのはその時だ。
音が聞こえてきたのは頭上からであり、俺は咄嗟に顔を上に向ける。
見れば神殿上部にあったガラス窓が砕かれており、そこから一人の男が神殿内部に落下してくるところであった。
「肉屋殿! フロン!」
「ぐえ!?」「おわぁ!?」
突然の事態に呆然としていた俺を現実に呼び戻したのは、バルガス王子が行った緊急回避であった。
なんと彼は事態を把握した瞬間に、俺とフロンの首根っこをひっつかんで、あっという間に謎の襲撃者の落下地点から距離をとってしまったのである。
俺たちを安全地帯まで退避させたバルガス王子は、腰にぶら下げていた剣を構え臨戦態勢に入った。
その視線は謎の侵入者へと一直線に注がれている。
「へへっ、流石は兄貴だなぁ。登場してすぐに任務完了とは行かねぇか」
神殿上部から落下してきた人物は、床に叩きつけられたにも関わらず全くの無傷であり、すぐにその場に立ち上がりバルガス王子に声をかけてきた。
俺はその人物に見覚えがあった。
つい今朝方会ったばかりであるし、変な仇名をつけてくれたことでもあるし、こんな特徴的な格好をした人物を忘れるわけがないからだ。
ゆったりとしたローブを纏い、その頭には勇者の兜という名のフルフェイスの兜を被っている、チンピラ口調の怪人物。
ヘルムマスターという、あらゆる兜の性能を発揮することの出来る奇跡を持つ、勇者の兜の現所有者。
皇国の第四王子エルハルトが俺たちの前に姿を表したのである。




