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プロローグ

新連載です。

よろしくお願いします。

「や~食った食った! 腹いっぱいだ!」


 満腹になった腹をさすりながら、俺は店の外へと一歩を踏み出す。

 そうして俺は、今日がクリスマス・イブだったことを思い出し、軽く気分が落ち込みかけた。

 店の外に広がる眩いネオンと幸せそうなカップルたちの姿が否応なしに俺に現実を突き付けてきたからだ。爆発しやがれ。


 一人者である、いや孤独を愛する俺には恋人などいない。否、必要ない。

 だから世間的にロマンチックだと演出されたクリスマス・イブだというのに、焼肉屋で腹いっぱい肉を詰め込んでいたとしても何の問題もないのだ。


 たとえ孤独を愛する同士だと思っていた同僚がイブの直前に彼女をゲットし、一緒に行く予定だった焼肉屋の予約を直前でキャンセルしたところで、一ミリたりとも俺の心は動いたりしないのである。裏切り者め。


 彼は今頃、おしゃれなレストランで出来たばかりの彼女とクリスマストークを楽しんでいるのだろう。

 一方自分は焼肉屋だ。

 いや、別に焼肉屋が悪いわけではない。


 焼肉は正義だ。

 熱気と煙に包まれた店内で、ビールを片手に肉を焼いて喰らうという原始的な欲求を満たしている間は、孤独を忘れることが出来るのだから。


 違う、そうじゃない。

 俺は別に寂しくはないし、真のグルメとは孤独と共にあるものなのだ。


 そもそも俺は一人ではない。

 あまりにも直前であったがゆえに店の予約をキャンセルすることは不可能だった。

 だから俺は裏切った同僚から金を回収し、二人分の料金を払うつもりでこの焼肉屋を訪れたのだ。


 そんな俺は焼肉屋の入り口で一人の老人と出会うこととなる。

 彼は腹をすかしている様子だった。

 彼はこの店で肉を食べる気満々だったのだ。


 しかし彼はカードしか持っていなかった。

 今どき珍しい現金以外お断りのこの店には入ることが出来なかったのである。


 俺は彼を焼肉屋に誘った。

 予約のキャンセルは不可能だし、そもそもこれは裏切り者の金だ。

 見知らぬ老人と食卓を囲むイブも有りと言えば有りだろう。

 俺たちは共に焼肉屋で肉を食い、存分に英気を養ったのである。


「すまんかったのう、若いの。こんな見ず知らずの老人を腹一杯にしてくれるとは、中々どうして今時の若いのも捨てたものではないではないか」

「気にすんなよ、爺さん。店の中で説明した通り、あんたの支払いは元々払う予定だった金なんだ。それと俺はもう若者じゃねぇよ。三十五歳だぜ? アラフォーだよアラフォー」

「あらかたフォーティー?」

「惜しい、アラウンドフォーティーの略だよ」


 老人はサンタクロースの格好をしていた。

 季節柄まさに直撃している格好ではあるが、サンタが焼肉屋で肉を食っている姿というのは、どうにも違和感がつきまとう。

 なんでも彼は『サンタクロースという仕事』をしているらしく、これから最後の追い込みが始まるので、気合を入れるために肉を食べに来たのだそうだ。


 こんな老人が日が落ちた冬の夜に追い込みを掛けなければならない仕事に就いているだなんて、一体日本はどうなっているのだろうかと本気で心配になる。

 年功序列は崩壊し、終身雇用など夢のまた夢となった平成は終わり、今は新しき令和の時代だ。

 だが、新天皇が即位し年号が変わっても、企業が利益を優先し人を使い捨てにする世の中の風潮は一向に改まる気配がない。


 きっと彼はなけなしの給料を注ぎ込んで、イブくらいは贅沢をしようと焼肉屋の門を潜ったのだろう。

 カードをメインに使っているのはきっとポイントを貯めているからではないだろうか。

 日々の支払いをコツコツカードで支払えば少なくないポイントを手に入れることができる。それは生活を豊かにするための現代人の知恵なのだ。

 俺は目の前の老人が背負っている日本の闇を思い、人知れず溜息をつくのだった。


「それにしてもここの焼肉屋は変わっていたのう」

「同感だな。クリスマスセールと書いてあったからてっきり鶏肉がメインかと思っていたのに、まさかの三択ロースフェアだったもんな」


 俺は首を上に向け、焼肉屋の看板を眺めた。

 そこにはやたらとリアルなタッチで牛と豚と羊が描かれており、その下には


『ビーフ! ポーク! マトン!』

『肉が食いたいんだ! 喰いたいんだ!!』


 という店の主張が大きな文字で描かれている。



 『三択ロースフェア』とは店の看板にもなっている牛と豚と羊の三種類のロースが食べ放題というフェアであり、店の客は貪るように用意された大量のロースを食べまくっていたのだ。

 当然これはサンタクロースをもじったものなのだろう。

 予想外ながらも満足の行くフェアであり、俺も爺さんも大満足することができたのだった。



「それにしてもやはり奢られっぱなしは悪い気がするのう。なんぞお返しをしたいのだが何か欲しいものはないのか? 若いの」

「だから若くはないっての! でも、そうだなぁ……」


 焼肉食べ放題を奢ったのだ。多少なりともお礼があっても良いような気はする。

 だが、実のところ俺の懐はまったく痛んでいない。

 なぜなら爺さんの分の金は裏切り者の同僚の金だからだ。まだこだわっているのか俺は。


 そもそも本来は二人分の料金を支払うつもりで店を訪れたのだ。

 金を無駄にせずに済んだと考えれば、むしろ俺が爺さんに感謝する立場だとも言える。

 爺さんは金も出さずに肉を食ったというのにおかしな話だが、俺の心情的にはそうなるのだ。


 それに今現在、俺には取り立てて欲しい物などない。

 服も靴も電化製品も必要なものは全て揃っている。

 酒は酔えればそれで良いし、車は駐車料金がやら維持費やらが掛かるので必要ない。


 随分前から日本では物が売れなくなっていると言われているが、そもそも必要な物は既に手に入っているのだ。

 余計な物などあっても置き場所に困るだけだし、物欲センサーも働かない。

 そもそも焼肉を奢った程度でこれらを要求するのは、いくらなんでもおかしいだろう。

 だから俺は適当な話でお茶を濁すことにした。


「気持ちは嬉しいけどな。礼は良いよ、爺さん。そうだ、あんたサンタクロースなんだよな。だったら俺がピンチになったら助けてくれるってことでどうだい?」

「うむ? それはまぁ恩人の危機に駆けつけるのはやぶさかではないが、儂はサンタクロースであるからして、年に一日しか奇跡の力を使うことは出来ぬのじゃぞ?」

「だからそれで良いって。日付が変わる前に俺が死にそうになったら助けてくれよ。それで礼は十分さ」

「承った。では残り時間は短いが健やかに過ごせよ、若いの」

「爺さんもな。頑張って子供たちに夢を与えてやってくれ」


 そう言って俺は自称サンタクロースの爺さんと別れた。

 彼はこれから日付が変わるまで追い込みとやらをしなければならないのだから、どうしたって俺に礼を返す時間などないはずだ。

 そもそもこんなイブの夜にまで働き続ける勤労老人に礼をせびるなど男が廃る。

 だから俺は爺さんから礼をもらうつもりがないと遠回しに伝えたのだ。

 爺さんが最後までサンタクロースになりきって会話をしていたのは、まぁご愛嬌という奴なのだろう。


 俺は角を曲がり、大通りへと歩を進めた。

 道の両サイドには様々な店が軒を連ね、看板のネオンが煌めいて、多くの人で賑わっている。

 イブの夜だからだろうか。

 そろそろ九時になろうとしているのに、未だ多くの店が営業中である。

 各店舗には大きな看板が掲げられ、店名をギラギラと主張していた。


 俺はそんな大通りを駅に向かって歩いていく。

 俺の前には小さな子供が歩いていた。

 見れば少し前には子供の両親と思しき夫婦が歩いている。

 嫁さんが赤ん坊を抱いていることを考えると、あれはこの子の弟か妹なのだろう。


 クリスマスを祝うのは何もカップルだけではない。

 家族連れだって祝うのだから独り身を儚むのは筋違いだ。


 だから違う。俺は孤独を愛しているのだ。

 カップルも家族連れも等しく羨ましく思う対象なのである。畜生、だから違うって。


 俺は悶々とした思いを抱えながら子供の後ろをゆっくりと歩いていた。

 そんな俺の進行方向にフッと大きな影が差す。

 何だと思って上を向けば、大通りに掲げられた看板がゆっくりと倒れてくるところであった。

 俺の進行方向ということは、その影の中に俺はいない。

 いるのは俺の前を歩いていた小さな子供一人だけだ。


 ちょくちょく後ろを振り向いて子供の様子を見ていた父親が、事態に気付いたが間に合わない。

 母親は父親が突然方向転換をしたことにすら気付いていないようだ。

 後少ししたら嫌でも理解するのだろうが。


 ちなみに子供は全く気付いていなかった。

 前を歩く両親を追いかけるのに必死で、自身に不幸が降りかかることなど想像もしていないのだろう。子供なのだから仕方ないが。


 そして俺は。

 その時俺は、咄嗟に子供へ向かって駆け出していた。

 英雄願望なんて持っていないし、運動神経だって良くはない。

 それでも気付いてしまったのだ。そして気付いた時には駆け出していたのである。

 どうしてこんな時に限って体が勝手に動くのだ、こんちくしょうめ。


 俺は子供を後ろから突き飛ばした。

 背後から突き飛ばされた子供は勢いよく吹っ飛び、父親の足元まで転がっていく。

 擦り傷切り傷がたくさんだ。きっとあの子は次の瞬間には大泣きをするのだろう。


 しかし、それでも、これよりは、良い。

 重い看板に潰されるよりは、転んで擦り傷を作った方が良いはずだ。


「うわぁ、まさかこんな最後になるだなんてなぁ」


 俺は頭上から迫る看板を他人事のように眺めていた。

『○×建設会社』と記された大きな看板は鋼鉄製だ。

 きっと重量も凄まじいだろう。あれが落ちてきたら生き残ることは難しいに違いない。


「リフォームは是非当店で!」とか書かれた看板を見て、ふざけんなと独りごちる。

 自社の看板の整備も満足に出来ない店にリフォームを頼む客がいると思うのか。

 きっとこの店は明日から散々な目に遭うのだろう。俺の命を奪ったのだ、ざまあみろである。


 大通りは多くの人でごった返していた。

 これだけ多くの人がいたというのに何で俺が、とも思うが被害者になった者は皆すべからく同じ感想を持つのだろう。

 通行人は誰一人としてこの事態に気付いていない。

 そりゃそうだ。イブの夜に自分が歩いている大通りで看板が落下するだなんて普通の人が想像するわけがない。

 普通じゃない人だって考えもしていないはずだ。


 彼らは次の瞬間には大きな看板が落下する物音に気付き、そして悲鳴を上げてからスマホや携帯を取り出して懸命に写真を撮るのだろう。

 警察や消防に連絡を入れてくれる人は何人いるのか。


 押し潰されてから死ぬまでの間になんとか救助をしてもらいたいと思う。

 が、果たして人は、これほどの重量物に押し潰されて、生きていられるものなのだろうか。



 ……


 …………


 ………………?


 ……長くね?


 いや、いくらなんでも長すぎやしないか?

 走馬灯ったって流石にこの長さはおかしいと思わざるを得ない。


 先程から結構色々と考えているのに、いつまで経っても看板は落ちてこない。

 それでいて体は一向に動かないのだ。走馬灯ってこれほどまでに長い時間発動するものなのか? 走馬灯を発動と言って良いのかは分からないが。



「あなたはまだ死んではいないわ。死ぬ寸前ではあるのだけれどね」


 そんな時、俺に話しかけてくる声が耳に入った。

 俺は必死に首を動かし、声の主を探し求める。

 そしてその人影を、いや巨大な影を大通りのビルてっぺんに見つけたのだ。


 声の出処は、トナカイだった。

 サンタクロースが乗り込んだソリを引いているトナカイの内の一頭が俺に話しかけていたのである。

季節感がメチャクチャですが、そこは突っ込まないでくれるとありがたいです。

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