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5話 僕と後輩と願い

「フラれちゃった...のかな...」


差し伸べた指先に居たはずの彼女は既に見えなくなっていた。


『最悪です』


彼女の放った言葉だけが脳内を反芻していた。

けれど、その通りだよ。

色んなものが積み重なってこうなったんだ。


コンクールが目前としているのにも関わらず、先の見えない作業を繰り返している。

忙殺されているはずなのに、至って作品は仕上がらないまま。

最近は友人関係だって上手くいってないし、唯一癒しを得られるはずの家庭も今では心が休まらない。


焦燥に駆られて仕舞ったのも仕様がないと言えるだろうか。


君は、初めて僕らが出会った時のことを覚えているのかな。

あの時、「こんな日常アニメみたいなことあるんだ」って思ったんだよ。

押し倒された時、心から込み上げてくるものがあって、妬けに高揚とした。

唇を交わした時も、過度な快楽に脳が痺れてしまった。

それらと同時に、これは一過性の酔いが回っているだけなんじゃないかとも気づいた。

だから、こんな錯覚に身を任せて人を愛そうだなんて早計すぎる、と。


けれど、今だって君を想う度頬が熱くなる。足取りも軽くなって踊って仕舞いそうだ。


この恋は瞬間的じゃない。


はっきりと、確証を持って、好きだと言える。


君と話がしたい。君の隣に居たい。君の匂いを感じたい。


そう思ってるのが僕だけじゃないと信じてるよ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とは言ったものの、帰り道で一人苦悩することには変わりない。

彼女の気持ちを置いてけぼりにして、自分の気持ちを先行したんだ。

「意地悪だったかな」

明日、どうやって顔を合わせようか。

今日の夜、布団の中で悶えるのは確定だな。

「こんなことになるのなら...」

何故かこの先の言葉が喉につっかえた。

確かに彼女を悲しませてしまったことには変わりないけど、行為自体に嫌悪感など微塵も持たなかった。むしろ思い返すだけで胸が高まる。

だから最低なのかな、ははは。お手本のような失笑が零れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ただいま」

玄関を開けるや否や煙草の香りが立ち込める。

一瞬にして浮ついた気持ちが地べたへと押さえつけられ現実へと引き戻された。

どこまでも酷く煙たく、肺がイカれる感覚が不愉快極まりない。

早く水面下から顔を出したい、足早に安置とも呼べる自室へと直行した。

扉を開け吹き抜ける空気を吸う。

吸う。


未だ、煙たいままだった。


「...は?」


急速に生まれた憎悪を言葉に変えて、思わず口に出たのはたった一言だった。


抑えきれない怒りは既に行動として表れ、現に父を目前としていた。


「ねぇ、臭いんだけど」


くたびれた人の様な物は、依然としてヤニを摂取している。

ただ、静寂だけが鳴り響いた。


「聞いてんの」


それでも、言葉は返って来ない。


「俺の部屋、二度と来ないで」


会話すら交わそうとしなくなったそれに、もう失望しかなかった。

言うだけ言って自室に篭もる。

急いで換気をし、消臭剤をばら撒く。

腑として明日着ていく制服を確認する。

やはり、煙たい。

なんでこんなこと僕が気にしなくちゃならないんだ。

決まっていつか誰かに叩かれた陰口を思い出す。

「あの子臭くない?」「絶対煙草やってるよね」

制服に染み付いていたのは煙だけではなかった。


母と死別するまではこんな殺伐とした生活じゃなかったし、その時からあいつの廃れ具合にも拍車がかかったと言える。

幸せが充満したあの空間に今からでも戻りたいと思ってる。

私の帰る家はもうないんだよ。

布団に潜って自分の膝を抱える。

いつまで独りを慰めていればいいんだろう。

心に空いた大きな穴を埋めれる日はいつか来るのだろうか。


今日も今日とて憂鬱が増す。


そういう時は決まって妄想の海に浸る。


ありもしない僕が主人公の話を。


もう動けやしなくなったからさ。


誰かここから救い出して惨めな僕を殺してくれよ。


そうして、叶わない夢物語を何年も妄想し続けている。

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