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偽王の骸  作者: 亜薇
本編
21/41

十九.***(★)

※挿絵は中ほどにあります。

※中ほど以降、近親相姦と軽い性描写があります。

 魁斗に乗り慣らされた騎獣は、主と麗蘭を乗せて驚異的な速さで飛行してくれた。山を二、三越え、湖を越え川を越えたが、道筋が別なのか、行きの景色とは違っていた。

 彼らが宮殿の裏門近くに有る林に降りた頃、闍梛を発つ際沈み掛けていた夕陽は、地平の彼方へ完全に姿を隠していた。往路に送ってくれた樹莉の騎獣と比して、やや幼い印象の星燿は、役目を終えて寂しそうに飛び去って行った。

 城壁と同じ白練しろねり色の石を高く重ねた柱に、固く閉ざされた鉄製の扉が挟まれている。裏門とはいえ大きく頑強で、普段は十人近い兵に依って開閉されるものだ。

 元々正門よりは警備が薄く、魁斗の顔見知りの門兵も居たはず。騒ぎにせず樹莉と引き合わせてくれるだろうという淡い希望を持ち此方こちらへ回ったのだが、誰も見当たらない。

「門守が居ない。何か妙だ」

 木の陰から麗蘭と共に様子を窺っていた魁斗は、直ぐ様異状に勘付いた。

「不自然な程、人の気配が無いな」

 麗蘭も不審げに両目を細めたが、状況を探ろうとする間も無く嫌な予感が現実と為った。

 城門の上や樹々の後ろなど、方方かたがたから出現した弓兵たちが、二人へと弓を向けた。林の奥にも居るため正確には分かりかねるものの、十人二十人という数ではとても足りない。一斉に矢をつがえ、今にも射抜いてきそうな鋭い緊迫感を漂わせている。

 反射的に武具を取ろうとした麗蘭は、傍らの魁斗を見て思い止まった。彼は指一本動かすこと無く、静かに彼らを見詰めていただけだった。

 矢先を突き付けられてはいるが、彼らが麗蘭たちを本気で射撃するかは分からない。だが剣を抜いて応じてしまえば、堂々と攻撃する口実を与えてしまう。

 宮殿内に居る近衛兵とは異なる装備、そしてほぼ完璧な隠神術を使いこなしている点から、魁斗は彼らの正体を見抜いていた。

「『王の爪』か。気を感じるどころか足音すら聞こえなかったわけだ」

「『王の爪』?」

 聞き返した麗蘭に、魁斗は重く短く頷いた。

「近衛の中でも選りすぐりを集めた隊だ。荐夕の事件を切っ掛けに結成されたと聞いている。王族の命無しでは動かないはずだが」

 顔には出さないが、魁斗でさえも切り抜けるのは困難と見ていた。麗蘭と一緒に戦ったとしても、此の人数の精鋭たちを相手取るのは分が悪い。

 時を移さずして重々しく門扉が開かれ、奥から髄太師が歩いて来た。弓兵たちは素早く退き、太師に道を空けた。

「大歓迎だな、爺。三年振りの帰郷だからか?」

 相対した髄太師に、魁斗が親しげに声を掛けた。

「ご無沙汰しております。昊天君と神巫女殿をお迎えするとあらば、此れくらいは当然のこと」

 帰城した王子に対し、老爺は深々と立礼したが、皺塗れの面からは何ら心中を読み取れなかった。

「俺はともかく、聖安の姫にやいばを向ける道理が有るのか。麗蘭はおまえたちの要請に応じ、危険に晒されたんだぞ」

 笑むのを止め、鋭い面持ちで問うた魁斗へ、太師は実に分かり易く絶対的な答えを述べた。

「豹王陛下の勅命でございますれば」

 善悪関係無しに、太師が動く理由といえば其れしか無い。王の命さえ有れば、わらわの頃から面倒を見てきた王子や王女、己の意思さえも途端に価値を失くす。だからこそ、彼は魔国の長老として長く生きている。

「貴方にも麗蘭公主にも、大妃さま暗殺の嫌疑が掛けられております」

 其の一言に、魁斗と麗蘭は身を強張らせた。

「尋問は、樹莉さまが行います。どうか抵抗なさいませぬよう」

 全くの不意打ちに、抗う気など失せてしまった。樹莉が直接会うと言っている以上、逃げずに付いて行く方が話も早い。

「行くしか無さそうだが、如何どう思う」

 魁斗に意見を求められ、麗蘭も同意し頷いた。此の場は太師の勧めに従うべきだし、魔国の者と無用に争うのも避けたい。

 大人しく従ったためか、身分を考慮したためかは不明だが、二人は縄を掛けられることも無く拘束された。兵に囲まれたまま城内へ連れられる際、麗蘭は前を歩く魁斗に小声で話し掛けた。

「魔王陛下の御命令とは、如何いうことだろうか」

 考えられる事情は幾つか有る。浮那がめっして呪術が解け、豹王が目覚めたのか。或いは誰かが王命をかたっているのか。

「分からん。とにかく、樹莉に会おう。罪状もだが、兵がおまえに対しても武器を向けたのは尋常じゃない」

 浮那の死について、樹莉たちが勘違いしているとしても、ろくに調べもせず麗蘭を罪人扱いするのは如何見てもおかしい。して此度こたびの件は、樹莉や髄太師が麗蘭に頼み込んだことなのだから。

――早いうちから異母妹いもうとを疑っていた魁斗の勘は、見事に的中していた。






――第十九話 死霊の抱擁ほうよう――






 摩伽羅宮正殿に在る王座の間に、青年と少女が居た。麗蘭たち聖安からの使者が通された、丸みの付いた高天井を持つ威有る広間だ。

 星も月も無い、魔界特有の夜を迎え、室内に灯るのはほの明るい燭火しょっかのみ。

 青年は黒色の玉座に腰掛け、少女は彼の足元にひざまずいている。少女と同じ白銀の髪と紫苑しおん色の瞳を持ち、顔の作りにも見られる近しい麗質から、彼らが血を分けた兄妹であるのは瞭然だった。

 やがて身を起こした妹は、兄の腰を正面より抱き締める。頭を上げて彼と見詰め合い、うっとりと笑み掛けた。

「一人目の生贄は、きょうされた」

 其れは、勝利を誇るときの声。彼女は愛しい男のために獲物を罠に掛け、闘い、掴み取ったのだ。

「可哀想な母上! 適当にくれてやった屍を貴方と信じ込み愛おしんで。醜い姿に成り果てて、終いには神巫女に潰された」

 眠りから覚めたばかりの兄は、しどけない姿で蠱惑こわくさを増している。彼のはだけた胸元に顔を埋め、少女は接吻を繰り返した。

「あんな女、穢らわしい毒蛇の姿がお似合いだよ。二度と貴方に会えないように、地獄へ堕ちて焼かれれば良い」

 怒りに震えた妹の悪言に、兄は口元を緩めてたしなめた。

「母上のことを悪く言うものではない。あの方のお陰で、俺はまた戻って来られたのだから」

 兄は白い手指を使い、自分のものと同じ色をした妹の髪を優しく撫でてやった。

「待っててね。直ぐに『あいつ』も殺すから。そうすれば、すっかり元通りに為るから」

 そう言って、少女は兄の後ろ首に手を回して口付けをせがむ。『妹』のものではない、愛欲に溺没できぼつした女の顔で。

 彼女の求めに応じ、兄もそっと唇を寄せる。触れるか触れないかのところで――わざとらしくも見えたが、目を伏せ逡巡した。

「『此の身体』でも良いのか」

 答える代わりに、少女は自られた果実の如き唇を押し付けた。舌先で兄の唇に触れて開かせ、隙間から奥へ侵入する。長い間彼女を縛り付けていたものから解き放たれ、触れ合う悦びを貪欲に堪能した。

 暫し経つと、兄が妹の両肩に手を当てて離れてゆく。未だ満たされぬ妹は、自身と兄の唾液で妖しく濡れた唇から、赤い熱を帯びた吐息を漏らした。

「『其れ』はもう、貴方のものだよ。私、三年も待った。此れ以上焦らされたらおかしく為りそう」


      挿絵(By みてみん)


 少女は身に着けた薄衣を脱ぎ捨て、生まれたままの姿と為る。かつて此の兄に依って開かれた肉体は、今再び幽玄なる光を放ち、一人の女として彼を誘っていた。

「さあ、抱いて。あの夜みたいに私を犯して」

 両眼には欲心の炎を燃やし、己の片足を兄の脚に絡ませ、慣れた手付きで着物を脱がし始める。

「孤独な歳月を、今一度貴方と交わるために耐えてきたの。我慢出来なくて他の男たちともしたけど、貴方じゃなきゃ」

 兄の胸板を指先でいじくり、撫でるような声を投げ掛けた。色情に乱れた呼吸を隠そうともせず、彼の人差し指を口に咥え舐め上げる様は、生餌いきえを前にした餓狼がろうのようだ。

「俺が居ながら、此の美しい身体を他の男にも抱かせたのか? 会わぬうちに、随分と見境の無い女に為ったのだな」

 罵られても尚つややかに笑い、待ち切れないと言わんばかりに膝を跨いで乗ってきた妹に、兄は呆れて息を吐いた。

「おまけに神聖なる玉座の上で目合まぐわいたいとは、悪趣味にも程が有るぞ」

「此処が良い。此処で犯して。だって、貴方は此の座に誰よりも相応ふさわしい王だもの」

 言い終わらぬうちに、今度は兄が自分の唇で妹の口を塞いだ。柔らかな舌を捕らえ、深く吸いながら、小振りな胸の膨らみを掌で包み込む。薄桃色の両の頂を摘み、弾き、いとも容易くち上がらせる。

 焦がれに焦がれた妖美な快感を手に入れ、少女の欲望は更に高みへと昇ってゆく。もどかしげに喘いで続きを要求し、細腰を浮き沈みさせてくねらせる。

「良いよ、可愛い樹莉。俺の愛しい姫がお望みなら」

 口付けの応酬を終え、兄――豹王の身体を借りた『誰か』は、彼女の耳元で甘やかに囁いた。冥府へ行きて帰りし者の虚ろなる瞳には、爛爛らんらんとした黄昏色の輝きが宿っていた。

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