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偽王の骸  作者: 亜薇
本編
16/41

十四.地下宮殿

 幾世紀もの間続く習わしに依り、幾多の王子が命を落としたという闍梛の森は、麗蘭の想定を上回る難所だった。

 妖気の影響を人一倍受け易い麗蘭にとって、神気の結界を作れないのは致命的だ。此処では妖気を感じぬがゆえに、無自覚のうちに支障が齎されていた。

 傷を負ってからも、先刻の麝鳥じゃちょうたちと似たような妖異の群れに数度襲われたが、魁斗の言いつけを守り大人しくしていた。同じく神力を使えぬはずの彼は、剣だけで敵を薙ぎ払ってくれた。

 半神半魔の魁斗は、不死身ではないが人間を超越した身体能力を持つ。周りの気にも左右されず、何時いつでも安定して戦えるため、此の森でも術を使えぬ以外の不自由さは無かった。

 妖異たちを蹴散らしてゆく魁斗を見て、麗蘭は彼の剣に見惚れると同時に打ちのめされた。

――共に戦いたいなどと、今の私には無理な申し出だったのだろうか。

 魁斗と合流して地下宮を目指し始め、一夜明けて正午を過ぎた頃。何とか二人で並べる位の、狭い一本道を歩きながら、魁斗を横目で見た。あれだけ剣を振るっても、彼は一切疲労を見せていない。

 綺麗な鼻梁びりょうの線や細い顎、彫りの深い目元に光る澄んだ空色の瞳と、次々に見詰めてしまう。容貌が端正なのは今更言うまでも無いが、身の内から表れ出ている品格が、彼の横顔をより美しく見せているのだろう。

 しじまが続いたからか、魁斗も麗蘭を見たため視線がぶつかる。やましいことは無いはずなのに、麗蘭はつい目を逸らしてしまった。

――自然にかわした積もりだったが、変に思われていないだろうか。

 不安に為り、麗蘭の方は暫く俯いたまま歩いていた。今度は魁斗が彼女の顔に見入っていたが、彼もまた黙していた。

 麗蘭には流れる時間が重く感じられ、魁斗には悪いがいっそ妖が現れてくれないか、などと思う。其の反面、鬱蒼とした森の中、二人だけで過ごしている貴重な時が何時までも続けば良いのに、とも思う。

 されど、魁斗のことばかり考えてもいられない。行く先で待ち受けるであろう浮那大妃のこと、樹莉や魔王のこと、そして国に残してきた政務のことや、先に帰した蘭麗たちのことが頭に浮かぶ。

 蘭麗が心配に為ると、其れまで片隅に押しやっていた樹莉の話が嫌でも思い出される。蘭麗と魁斗が許婚いいなずけの関係だったという事実だ。

 無く為った縁談とのことだが、当人たちは今、如何どう思っているのだろうか。仮に麗蘭が知らぬところで想いを通じ合わせており、婚姻したいと言い出したら、如何すれば良いのだろうか――などと、取り留めの無い思いに捉われてしまう。思考が魁斗のことに向き直っているのは、無意識のうちだ。

 折角二人で居るのだし、思い切って魁斗に訊いてしまおうか、とも思う。だが、蘭麗が好きだという答えが返ってくるとすると怖く為る。何故怖いのかは、自分でも解らない。

「着いたぞ」

 声を掛けられて我に返り、麗蘭は正面を見た。人一人が通れる程の穴が空いており、地下へと階段が続いている。想像していた地下宮の入口とはまるで異なり、仰々しい門も無ければ門番も居ない。

 穴を掘り縁を石で囲み、石段を重ねただけの、単純な外観。周囲にも変わりは無く、魁斗が知らせてくれなければ素通りしていたかもしれない。

「魁斗は以前、此処を訪れたのだったな?」

「ああ。だが此の入口までだ。中に入ろうとしたら、先回りしていた樹莉に止められた」

 今のような異常事態でなければ、試練に参加していない魔の王族は妖に襲撃されぬはず。ゆえに当時樹莉は、七日間森に籠もっていた魁斗に先んじて此処まで到達出来たのだろう。

「結局あの時、試練を越えた王子は居なかったんだ。最終的に魔王に為った豹貴兄は、俺の次に森へ入ることに為っていたが、入らず終いに為ったしな」

 其れを聞いて、麗蘭は首を傾げた。

「試練を受けずに魔王に為るという例外も、有るには有るのか」

「例外中の例外で、前例は無かった。事件の後、城の連中は俺をもう一度此の地下宮に入らせようとした。既に魔国を出る積もりでいたから、応じなかったんだ」

 豹貴と魁斗以外、試練を受けた者は皆死に、残りの浮那の子も全て荐夕に殺されていた。豹貴までもが試練に失敗して命を落としては、王に為る者が居なく為る。苦肉の策だったために、余計魁斗への批判が高まったと見えた。

「麗蘭。何が起こるか分からないから言っておくが、大妃に会ったら見てくれに惑わされるな。痛い目に遭うぞ」

「肝に銘じる」

 詳しくは聞かなかったが、大方予想は付いた。聞くところに依ると、大妃はかなりの美貌だというから、油断するなという意味だろうと解釈した。

 先に階段を下り始めたのは、魁斗だった。蓋が無いため風雨が防げず、一段一段汚れていてもおかしくないが、足元には枯葉一枚落ちていない。地上から降る光だけを当てにして、ゆっくりと下って行く。

 頭上の入口が大分小さく為った辺りで、石段が終わった。円形の空間が広がっており、床も壁も天井も、陶器のような石の小片を寄せ集めた珍しい造りに為っていた。

 上からの光は届かない。代わりに室内を照らすのは、側壁に等間隔で置かれた灯籠とうろうの青い火だった。

「魔力で永久に灯され続けている火だ――俺たちの気や力も元に戻ったぞ」

 魁斗の言った通り、闍梛の森で受けていたいましめは消失していた。道すがら出会った妖の気に依り本調子でなく為っていた身体も、神力が戻って来ていた。

「傷は治ったか」

 右腕の傷も、何時しか痛みが失われていた。魁斗に巻いてもらった手拭いを外してみると、血が流れた跡が在るのみで、傷其のものは消えている。

「ああ、此の通りだ。戦力に為れず、世話を掛けた」

 詫びてから、袖を上げて白い腕を魁斗に示した。彼は一瞥して確かめ、心無しか残念そうに言い漏らした。

「傷が治ったのは良いとして。俺としては、もう少し世話をしてやりたかったんだが」

「え?」

「何でもない。とにかく、此れで一安心だな」

 神力が使えるように為った途端、麗蘭は心が軽く為った。実力が出せれば、魁斗の足を極端に引っ張ることも無い。

 今し方下りて来た石段の他、たった一つの大きな石扉しか無い。ずは此の扉を開けて進む以外無さそうだ。

 軽く目を閉じた麗蘭は、再び宿った感知の力で扉の奥を探る。源からは離れているようだが、魔の者の気配を確かに捉えた。

「一先ず進んでみよう。大妃かは分からぬが、おまえも気を感じるだろう?」

 そう言って振り返ると、其処に居たはずの魁斗が忽然と消えていた。引き返した様子も扉から出た形跡も無く、突然姿を消したらしい。

「魁斗、何処だ?」

 焦って四囲しいを見回すが、やはり居ない。気を追おうとしても、魁斗は常に神気を隠しているため居場所を掴めない。

 動転し、少し経つと心細さに沈む。しかし、直ぐに冷静に為ろうと努め始めた。彼が無事でないはずは無いし、安全の確認が取れぬ場所で取り乱すわけにはいかない。

――道は一つ。待つよりは行こう。

 麗蘭は決意して、重い扉を開いた。魁斗と並び立ちて、共に歩むために。









 不意に何らかの力に寄せられたかと思えば、魁斗は別室に移され立ち尽くしていた。

 柱も無ければ壁も無い。境目の存さぬ白い広がり。彼の視力を以てしても、此の間が何処まで続いているのか分からない。

「麗蘭?」

 名を呼ぶが、姿はおろか気配すら無い。別れた際には隠神術を使っていなかったはずだが、片鱗すら見当たらない。

 全容が分からぬ危険な地下宮で麗蘭を見失い、焦燥に駆られる。森で彼女が怪我を負い、自分が腹立たしく為って間も無いというのに。

 一刻も早く此処を出ねばならない。出口を求めて周りをぐるりと見回すが、別のものが目に入った。

 白石で出来た壇上中央に、白水晶で作られた四角い鏡が在る。高さは魁斗の背丈を超え、横幅は大人三人が並べる程。四辺は絡まる枝葉の装飾に縁取られ、上辺には魔界で『真実』を象徴する羽を広げた鳩が彫られていた。

 異様な神秘さを漂わせる姿見すがたみに、魁斗は酷く興を引かれた。出口を探していたのを忘れ、一歩二歩と近付いてゆく。

 魔族の王家には、不思議な力を持つ宝具が数多く存在する。昔魁斗が聞かされた話に依ると、其の中に、前に立った者の真なる姿を映すという魔鏡が在るという。

 己が本当の姿を知ることは、時に拷問の如き責め苦と為る。大抵は醜く見苦しく、認識している自己よりも卑小だという現実を突き付けられ、失望するのみだ。

――もしかして、此れが地下宮の試練なのか?

 正しければ、色々と合点がいく。魔王の資格を得られなかった者たちは、自身が如何いかな者であるかを見せられ受け容れられなかったのだ。

 覗かねばならない。覗いて映し出されるものを見なければならない。正気を失う恐れよりも、此の試練を受けねば麗蘭の許へ戻れないという義務感が勝っていた。

 壇に上がり、銀の鏡面に全身を映す。先代烈王と、闘神薺明神せいめいしんの血を引く美しい姿が投影される。何の変哲も無い単なる鏡だ。

 ややあって、徐々に変化が現れた。映された像が歪み始め、渦を巻いた後に収縮を繰り返す。鏡の四角に向かって広がり、終いには鏡と溶け合うように消えてしまった。

 すると鏡全体が光を発し、鏡面には別の映像が浮かび上がる。遠い過去に見覚えの有る、魔界でも人界でもない異界の佳景かけいと、もはや会うこと叶わぬ懐かしき者の麗姿だった。

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