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偽王の骸  作者: 亜薇
本編
13/41

十一.公主の責務

 麗蘭が樹莉と交わした約束は守られ、蘭麗と蘢は無事紫瑶へと送り届けられた。二人に一頭貸し与えられた有翼騎獣での移動はとても速く、摩伽羅宮を出た日の夜には、燈凰宮の堀の直ぐ外に降り立っていた。

 成り行きを知らぬ女官や兵たちには理由が伏せられ、単に麗蘭より先に返されることに為ったとだけ伝えられた。麗蘭のための兵や女官は残されなかったので、少なからず不審に思う者は居たが。

 燈凰宮・内朝の出入り口である清明せいめい門。此処で公主を迎えたのは、国境の街白林より帰還していた丞相翠峡と、同じく国内視察より戻っていた瑛睡上将軍であった。予定より帰国が早いのと、麗蘭が一緒でないのを妙に思っていた彼らは、蘭麗の疲れ切った顔を見て大事と察した。蘭麗と蘢を入れ陽彩楼の一室に集まり、経緯を聞いた。

 上座に蘭麗が座し、翠峡と瑛睡が隣り合わせと為って、向かいに蘢が座った。姉の望み通り、蘢に咎めがいかぬよう、蘭麗が言葉を選びつつ一部始終を話した。畏まって聞いていた忠臣たちの表情は、次第に険しさを帯びていった。

「いきさつは解しましたが、魔族の姫の為さりようは信義にもとるのでは。他にやり方が有ったでしょうに」

 丞相の率直な感想に、此の場の誰もが同意した。

「姉上の加勢を得られる確証が無く、形振なりふり構わず動かれたのだと思います。姉上も、脅迫されたからというより苦境に同情したからこそ、手助けを」

 傍らの瑛睡は、立場上蘢を責めようとしていたが、話を聞いて其れも酷だと思い直した。友好国の魔国で左様な事態に為るなど、瑛睡を含めて誰も予見し得なかったからだ。蘢をはじめ、公主たちの供に兵を付けたが、あれもお飾りのようなものだった。

「かくなる上は、昊天君にご助力を賜りたいのです。魁斗は、今何処に?」

 蘭麗が問うと、瑛睡公が直ぐ様答えた。

「二日前に発たれました。魔国へ向かうと仰っていたとか」

 思い掛けぬ回答に、蘭麗は手を喉元に当てた。

「何かを察知して向かったのか、誰かに呼び寄せられたのか――いずれにせよ、此の件に関して動いたのでしょうね」

 そう推測した蘢は幾らか安心していた。直に話せないのは残念だが、事は一刻を争うからだ。

「昊天君が向かわれたのなら、お任せするのが良いでしょう」

 黙考の後、思案顔の翠峡が言った。

「麗蘭公主さまの御身は心配ですが、やはり将兵は送れませぬ。茗と和平が成ろうとしている今、尚更魔国と波風を立てるわけには参りません」

 軍を派遣出来ないというのは、蘢の予測した通り。気に為ったのは、翠峡の発言の後ろ部分だ。

「一月後、帝陛下が此方へお見えになりたいと申し入れてきました。上手くいけば、本当に戦が終わるやもしれませぬ」

 翠峡の齎した其の情報は、蘭麗たちには初耳だった。燈帝とは、珠帝の死後仮の即位式を行った燈雅のことだ。

「交渉も大詰めと為るため、麗蘭公主さまと直接お話に為りたいとの由にございます。此方へお出でになるのは、公主さま方の魔国訪問を考慮に入れての、あちらの厚意かと」

 数ヶ月もの間、聖安と茗の丞相が白林で協議を続け、両国の亡き先帝たちが再開させた戦の収拾を図っていた。聖安側は講和成立を模索し、茗も同調する姿勢を見せていたが、長年争ってきた二大国ゆえに、結論が出るのはもう暫く先と思われていた。

「恵帝陛下のご遺志を継ぐためにも、此の機を逃すわけには参りません」

 側近くで仕えた翠峡だからこそ、恵帝の内なる願いを知り尽くしていた。主が欲したのは、蘭麗の犠牲を以て作り上げた偽の平和ではない。恵帝と珠帝の代では成し得なかった真の和睦を、麗蘭と燈雅の代で望んでいたのだ。

 一時だが共に過ごした蘭麗にも、そうした母の想いは伝わっていた。世嗣の麗蘭とて同様であり、和平が成る際には自ら出て燈雅と決着をつける意思表示もしていた。

「燈帝陛下が居らせられるとすれば、麗蘭公主さまに出ていただかなくてはなりませぬな。返事は保留しますか」

 瑛睡の問い掛けに、蘭麗は首を横に振っていた。

「待っている私たちにとっては、一月といえば余裕が有ると見なされます。先延ばしにしては私たちが何やら勘繰っていると思われるやも。姉上が間に合わないと決まったわけでもなし、受け入れては」

 そう述べた蘭麗の胸中には、麗蘭が早々に帰ってくると信じたい気持ちが有った。また、先方の丞相を良く知っているがゆえに用心深く為っているのも有る。

「可能性は万に一つも有ってはなりませぬが、もし姉上が出られないなら私が出ます。燈雅さまは未だ正式に即位なさっていない。第二公主とはいえ、『其れなりの事情』が有れば私が出ても失礼には当たらぬはず」

 姉よりまつりごとを任された責任感と覚悟を示し、其処まで言い切った蘭麗を前に、異論を唱える者など此の場には居なかった。

「御意のままに。では、会談受け入れを伝えましょう」

 丞相が謹んで頭を垂れると、上将軍は蘢に命じた。

「蒼稀少将。おまえは会談に向けて城内の警備を強化せよ」

「かしこまりました」

 麗蘭が魔国に留まった真の理由は、丞相含む三公と六卿、そして瑛睡上将軍以外には伏せることと為った。彼らは誰もが麗蘭の身を案じたが、茗とも重要な局面に在る以上――そして麗蘭自身が身をていして魔国を救うと決め、帰国する気が無い以上、静観するしか無かった。唯一頼れるのは、茗との戦いでも麗蘭を支え続けた昊天君のみである。

 二人の臣下と別れ、蘢と共に自身の宮へと帰る途中、蘭麗は足早に歩きながらぽつりと口にした。

「姉上の代わりに自分が出る――などと、身の程知らずなことを言いました」

「私はそうは思いません。貴女は麗蘭が光龍の使命に全力を注げるよう、前例を作りたかったのではありませんか」

 間を置かず、己の真意をぴたりと当てた蘢を見上げ、蘭麗は何度も瞬きをした。もし翠峡たちに誤解されていたとしても、彼に分かってもらえていると思えば、心が大分楽に為った。

「蘢。彼も――丞相殿も来るでしょうか」

 えて『丞相殿』と呼んだのは、其の名を音にするのが辛いからだ。半年前、幽閉されていた彩霞さいか湖畔の館で、蘢を殺そうとしていたあの男を短剣で突き刺した。あの時の光景は脳裏に焼き付けられ、男が生きていたと知ってからも離れてくれない。

「和平交渉が目的ならば、ず同行するでしょう」

 蘢が冷たい声の奧に秘めた、あの男への憎しみには気付かずに、蘭麗は大きく息を吐いた。

――彼と会わねばならぬ日が、こんなに早く来るなんて。

 蘭麗にとり、九年という日々を奪った男の影より逃れるには、半年という月日は短過ぎた。如何様な顔をして彼の前に歩み出るか、残り一月の猶予は甚だしく心許なかった。

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