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偽王の骸  作者: 亜薇
本編
10/41

八.猜疑

 麗蘭が去り、王の間の前室では蘢と蘭麗が二人きりで待っていた。樹莉の手配した騎獣きじゅうの準備が整い次第、別室で待機していた護衛兵や女官と共に、聖安へ返される運びと為った。

 椅子に座した蘭麗は、麗蘭が座っていた場所を心配げに見詰めている。傍らに立つ蘢が膝を折り、姫の足元に跪いた。

「彼らの真意に気付かず、危ない目に遭わせてしまい、申し訳ございません」

 真摯な謝罪だった。魔族側の動きにも気を配っていたが、何一つ不審な点を見付けられず、己の不甲斐無さに怒りを覚えた。樹莉に害意が有ったとすれば、蘭麗の命が危険に晒されていたかもしれない。

「あの状況では仕方が有りません。貴方が居てくださったから、私も落ち着いて場を凌げました」

 突如兵に囲まれても、蘢が動じず対処してくれたがゆえに、蘭麗も取り乱さずに済んだ。蘢の悔しさは蘭麗にも伝わってきたが、此度の失態が彼一人の所為とは思わなかった。

「ですが、姉上を残してしまったのは私たちの責任です」

 彼女自身もまた、公主であるが、帝位継承者を守る義務は蘭麗にも有る。先程は麗蘭の強い意志に従わざるを得なかったが、此の先は姉の安全を最優先に考え、行動せねばならない。

 片膝を付いている蘢の顔を上げさせ、向かいに座らせると、蘭麗は今後について話し始めた。

「一旦帰国し、態勢を立て直しましょう。翠峡を遣わし、樹莉さまと話し合っていただいては如何でしょう」

 元より蘭麗は、麗蘭の決断には反対していた。丞相翠峡を含む三公たちも、麗蘭が単独で樹莉を助けようとするのを認めないはず。公主の命であっても覆せる権力を持つ彼らの協力が有れば、麗蘭を説得してくれるだろうとの狙いも有った。

 蘢も同意見ではあったが、蘭麗の提案には首を縦に振らなかった。

「丞相を派遣しても、我々の二の舞に為るかと。対抗するには其れなりの数の兵を付ける必要が有ります」

 其れなりの数、というのは、魔族側の脅しに屈しない規模を指す。

「魔国とは同盟関係にあるため、如何な名目であれ魔王からの要請も無く、の地に兵を入れるわけには参りません。麗蘭不在時に軍を動かせるのは三公や瑛睡上将軍ですが、承認しないでしょう」

 其れを聞き、蘭麗も納得せざるを得なかった。下手をすれば、対外的にも聖安が魔国へ侵略を行ったと取られかねない。

 かく言う蘢は、今のところ策は一つしか無いと見ていた。

「皇宮に留まっている魁斗に事情を話し、応援を頼みましょう。樹莉殿との交渉にしろ麗蘭の援護にしろ、適切に動いてくれます」

 魁斗を頼るというのは、蘭麗も早くから頭に有ったが言い出せていなかった。

「でも、魔国に行くと為ると、魁斗は応じてくださるでしょうか」

「彼は人一倍情に厚いですし、心配はご無用です。彼以上に心強い男は居りません――姫も、そう思われるでしょう?」

 自信に満ちた問い掛けは、蘭麗を試すもの。しかし彼女は蘢の本心に気付かず、素直に頷いた。

「万一魁斗が応じなければ、私が戻ります」

「貴方が?」

 勇気有る蘢の気質からすれば、予想出来ない発言ではなかったが、蘭麗は我知らず聞き返していた。

「魁斗と比べれば頼りないでしょうが、麗蘭の盾に為る位なら出来ます」

 明るく微笑む蘢を見て、蘭麗が慌てて頭を振る。

「頼りない、などという意味ではありません。貴方には出来るだけ長く、近くに居ていただかなくては。余り無茶はして欲しくないのです」

「勿体無いお言葉を賜り、痛み入ります」

 図らずも姫の率直な思いを受け取り、蘢は深々と頭を下げた。込み上げてくる喜びを抑え、完璧に隠しながら。

「其れにしても、今回の件は不自然でなりません」

 入口を一瞥した蘢が、未だ誰も来る気配が無いのを確認して話を変えた。

「浮那大妃は良い噂ばかりの御方ではありませんが、長い間魔王を支えた賢い方とのこと。息子や娘への愛情も強いことで知られています」

 樹莉が言っていたように、浮那は魁斗を排除して自身の子を夫の後継にすべく必死だった。蘢も噂程度にしか知らないが、其の執念が幾度か混乱を招き、茗との大戦時に聖安を支援出来なかった要因の一と為ったらしい。

「現魔王を生贄に、荐夕王子復活を目論んでおられるとの話ですが、どちらも大妃ご自身の御子。其れに、苦労して魔王にした王子の命を奪おうとなどするでしょうか」

 髄太師から説明された際は指摘しなかったが、思い返してみれば不可解だった。

「太師や樹莉殿が事実と違うことを仰っているとお思いですか」

 蘭麗が尋ねると、蘢は重々しく首肯した。

「畏れ多くも、其の可能性は有るかと。もし本当なら、大妃の荐夕王子への執着は異常とも言えます。彼が起こした事件との繋がりも気に為ります」

 三年前に荐夕が兄弟たちを戮し、自ら命を絶ったという一件。直感ではあるが、蘢は樹莉から聞いた彼の惨劇が、此度の騒動と関わりが有ると見ていた。

「私たちだけ帰され、もどかしい思いです」

 嘆息した蘭麗が、口惜しげに言い漏らす。様々な憶測は過ぎるが、今のところは真実を知る手立てが無い。

「でも、姉上が私たちを紫瑶へ帰したのは、戻って為すべきことをせよというお心が有ってのご判断。姉上を信じ、応えねばなりません」

 不安は拭えずとも、蘭麗の心は決まっていた。蘢もまた、前を見据える姫君に共鳴し、彼女ら姉妹を助けるため決意を新たにしていた。




 仲間たちと別れた麗蘭が前室を出ると、樹莉と髄太師が立っていた。蘭麗たちを聖安まで送るよう樹莉から命じられ、太師は麗蘭に一礼して広間と逆方向へ歩き去った。

「樹莉殿。早速だが、大妃の居場所に心当たりは有るのか」

 辺りに誰も居ないのを確かめ、麗蘭が小声で問うた。此の一件は、魔宮内でも一握りの者にしか知らせていないと聞いていたためだ。

闍梛しゃなの地下宮、だと思う。密かに見張らせているのだけど、あの辺りに籠もったきり出ていないみたい」

 答えた後、樹莉は俯いて続けた。

「地下宮へ行く途中に在る闍梛の森は、一切の神力や魔力を使えない特別な地。妖が出るから武術に覚えの無い者は通れないの」

 以前、麗蘭が風友から聞いた話に依ると、魔界には人界には居ない強力な妖が出るらしい。神力が使えぬと為ると、森を抜けるのは命懸けだろう。

「其の森を通り、宮殿へ入られたということは、大妃は魔力を使えるのか」

 麗蘭が問うと、樹莉が頭を振る。

「魔力を使えないのは皆同じ。でも魔界に棲む妖たちは、魔王と其の直系、妃たちには逆らわない。何百年も前に、時の魔王と妖王がそう決めたんだって」

 妖が魔界で生きるのを許す代わりに、魔王へ隷属させる――遥か昔に定めた掟に依り、魔族は人間よりも上手く妖と共生していた。

「神力が使えなくても、麗蘭なら大妃の許へ辿り着けると思ったの。貴女を危ない目に遭わせるのは不本意だけど……」

 済まなそうに言う樹莉に、麗蘭は表情を綻ばせた。

「頼りにしてくれて嬉しい。妖と戦うのが光龍の本分だからな」

 神力を封じられては、妖との戦いが甚だしく不利に為る。されど意気込んでいる麗蘭は、困難な闘いに却って戦意を駆り立てられた。

「樹莉殿。出立の前に、魔王陛下に会わせてもらえぬか」

 樹莉が渋るのを承知の上で、尋ねる。

「そなたを疑うわけではない。兄上を苦しめる呪術が如何なものか、確かめておきたいのだ」

 他意は無かった。大妃の許を訪れたとしても、術の正体を断片でも掴めていなければ、対策を立てるのは難しく為るだろう。

「そうしたいのはもちろんだけれど、豹貴兄は人と会えるような状態ではないの」

 命を削る程の呪術であれば、二目と見られぬ姿に為っていても不思議は無い。左様な容態の身内を会わせたくないのは当然であろう。其の身内が魔王であり、相手が他国の姫なら尚更だ。

「拝謁出来ずとも、部屋の側まで連れて行ってもらえるだけでも構わぬ」

 心苦しいと思いながら、麗蘭も譲れなかった。ひとえに、真に魔王を救いたいと思っているからだ。

 裏表の無い麗蘭の頼みに折れ、樹莉は程無くして小さく頷いた。

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