冥闇情炎
一体の、枯骸が在った。
犯した大罪と、彼を縛る歪曲した愛憎ゆえに、死した後も土に還ることを許されぬ哀れな骸は、生前の美々しき面影を完全に失くしていた。
――此処は一条の光すら射さぬ、闇。堕ちた者は罪咎に繋がれ囚われたまま、永劫苦艱に苛まれ続ける。
向かい合って直ぐ側に、一人の女が居た。
死骸に成り果てた青年と共に生き、呪うが如く彼を愛し、身も心も捧げた女。白銀の髪を背に垂らし、血の気の無い顔を微かに赤らめ陶然と詠う。
「私の、恋人。私だけの『黄昏』」
人形を辛うじて留める冷たい塊に、麗しき名前で呼び掛ける。駆け寄って膝を折り、地に横たわる涅色の屍をひしと掻き抱く。
「抱き締めさせて。口付けさせて! ああ、貴方の温もりが分かる。鼓動する心臓の力強さを、躍動する血潮を感じる……貴方の情愛と愛欲に溺れた日を思い出す」
在りし日の彼――落陽さながら輝いていた青年の姿を眼前に浮かべ、心火を燃やして訴えた。かつて唇だった上部の窪みに躊躇いも無く接吻し、己が紅色の口唇を幾度も押し付ける。
「愛しい、苦しい。恋しくて狂おしいの。貴方を殺した『あいつ』が、憎らしくて恨めしい。貴方の無念を晴らしたい」
恋情、怨嗟、陶酔、哀惜。狂焔宿りし紫苑の眼が、乾いた屍骸を絡め取る。頬と思われる部位を両の手で包み込み、艶美な表情で口元を歪め一笑した。
「『あいつ』を裁いたら、もう一度出会える。私と貴方は、また一つに交じり合える。今度こそ、二人で朽ちるまで放さない」
力無き屍を再び横たえると、女は自身の両腕を抱いて天を仰ぐ。枯渇する舌で可憐な唇を舐め上げ、情炎が込められた熱い息を吐き出した。
「ねえ、早く。貴方が欲しい」