表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
98/320

第1章 忘れられた存在 27

ハンドレッドの鼻先を鋭い切っ先がかすめていった。首が絞まったのでハンドレッドは軽く咳き込んだ。カッツォは、ハンドレッドを引っ張る事にして正解だったと安堵した。もし前に出て短剣で受けようとしていたら、剣を地面にめり込ませるほどの力に押し負けていただろう。

「ドレ、しっかりしろ!」

カッツォの声にようやく我に帰る。ソラミルはいつもの温厚そうな笑顔だった。しかし今のソラミルに限っては、貼り付けられて動かないような表情に見えた。

「この方は誰ですか?」

ソラミルは言った。剣から黒い土を払い、ゆっくりとハンドレッドに近付いた。ハンドレッドはカッツォの手を借りて立ち上がり、ジリジリと後退した。

「ハンドレッド様...もう私の代わりを見つけられ たんですか?どうしてですか?ドウシテ...私ジャナイ人間と...!!!」

歯を剥き出しにしてソラミルは怒鳴った。これはソラミルじゃない、と恐ろしくなったハンドレッドは改めて思う。

「お前たちは何だ、どうして南オルミスへ向かうんだ。何故私たちを襲って来るんだ!」

「怒リと悲シミが私をシハイスル...。イグニーズ...レイドン...レラ...クローレア...イシュハーム...。」

「...誰なんだ、お前は、一体!?」

「モウナンデモナイ...私は...私とイウ存在ハ...消えたノだから!!」

ソラミルが振るうには乱暴すぎる一閃だった。横から襲って来る刃に、カッツォは咄嗟に構えた短剣で受けたが勢いを殺す事は出来なかった。カッツォは弾き飛ばされ熱い衝撃が左頬を切り裂いた。

「滅シテしまった...全てアノ人の...!エディメルの子孫...私ジャナイ妻の...!!赦さナイ...南オルミス...!」

剣さえあれば。

剣さえあれば、ハンドレッドは立ち向かえただろう。カッツォを殺されるのを防ぐためになら、このソラミルの体を使う化け物だったとて剣を向ける事が出来ただろう。今、この手に剣さえ握れればーー。

倒れているカッツォに向け剣が振り上げられるのを、悲痛な顔で無意味に手を伸ばしているだけのハンドレッドでは無かったはずだった。

「ピィー!!!」

「うわ!何だ!?」

ソラミルは顔を覆った。ピークの鉤爪がソラミルの腕を擦り、羽ばたきは視界と聴覚を奪った。

「カッツォ!」

ミスサリアが駆け寄って、カッツォの頬の傷を見た。

「今、治すからね。」

ハンドレッドはカッツォの元に歩み寄ると、その手から短剣を受け取って、ピークを振り払おうと踠いているソラミルに近付いて心臓を一突きにした。

「!」

ソラミルの両腕がビクビクと震え、手からハンドレッドの剣が落とされた。ピークが離れると、ソラミルは仰向けに地面に倒れて転がった。

「ハン...ドレッド...様...。」

虚ろな目は空を見ていた。ハンドレッドは王家の剣を取り返し、ソラミルの側に跪いた。

「本を...お返し出来ず...。」

「本!?」

「精霊...考...。」

ソラミルの乾いた唇はそれっきり動かなくなった。ハンドレッドはしばらく動く事が出来なかった。口が震えるのを抑えても、涙が流れて来るのを止める事は出来なかった。

カッツォの頬の傷は血が止まり痛みは無かったが、塞がるところまではいかなかった。ミスサリアが精霊石(ガイタン)の生気のみで魔法を使おうとしたからだった。

「行かなければ、まだ...っ!」

ハンドレッドは腕で目を擦り立ち上がろうとした。

「いや...大丈夫みたいだ。」

カッツォが指を指す。フラネールの町に赤い獅子の旗が揚がっていた。




防壁から東門へ向かう時、三人は静かに息を飲み込んだ。足の踏み場も無いほどに死体が転がっていたからだ。皆普通の服を着ていて、兵士の(なり)をした死体は一つもなかった。これ程酷い非戦闘員の虐殺はオルミスとファルトーソーの戦いにも例を見ない。

イヴェットは馬車の中で眠っている。タランを守っているうちに戦いが激しくなってきた為にシュロが眠らせたのだった。「イヴェットの心の中が限界になったから」とシュロは言った。シュロも、共に馬車に残っている。

町に入ると至る所に死体が散見された。ここまで突破した数は少なかったようだが、東門から離れた広場の方にまで攻め込まれていた痕があった。

「ハンドレッド王子!」

町の様子を確認していた三人の所に、ダリウスたちがやって来た。


「ハンドレッド様とご友人方がオーネット領に向かわれたという報告を受けていた時です。あの窓から入って来た鳥が、私たちに何かを報告するように兵舎の中を飛び回りました。外を見ると、捕らえていたはずの"あれら"とフレッゾ小隊が戦闘になっていましたから、デルバーリ殿とスティーギー隊長が兵士たちを連れて外に飛び出して行きました。

アルフレッド様は今までとは違う様相の"あれら"が町に向かって来るのを見て、少し仕留めるのを待てと仰いました。そこでレッグ殿は苦戦している振りを致しまして、隠れている町民たちに戦闘を見せつけるようにしたわけです。つまり、"あれら"が町を襲って来る敵だと町民に見せつけたわけです。

これで町民たちも、アルフレッド様が町を守ったのだという事を身に沁みて理解した事でしょう。さすがはアルフレッド様です。」

ダリウスは歩きながら、アルフレッドが騎士団をどう動かしたかを細かく説明した。ダリウスと一緒にやって来た兵士たちは、荷車に死体を載せて集めている。ダリウスはそのまま兵舎へハンドレッドを連れて行こうとしていたようだったので、それを断らなければならなかった。

「今回の件の説明は、城ですると伝えてくれ。」

「兵舎で休まれていかないんですか?」

「怪我をしている友人にオーネット領で何をしていたかを尋問されるのはありがたい事ではない。」

ハンドレッドが言うとダリウスがじっとカッツォの顔を見たので、カッツォはようやく頬に傷を受けた事を思い出した。触れてみると思った以上に深い傷跡を指腹に感じ、ぞわっと体が震えた。

「兵士たちは皆無事だったのか?」

「そうですね。異常な力強さだったと聞きましたが、敵は武器を持っていませんでしたから、軽傷を負った者はいますが重傷者はいません。」

ハンドレッドは自分の失態を思い、深く反省した。ソラミルの姿に目を奪われ、剣を奪われるなど思い返すと情けなくて仕方がなかった。

(剣を奪われなければ、カッツォが怪我をする事も無かった...。)

彼らの横を、死体を運搬する荷車が通り過ぎて行った。ダリウスはそれを見つめて、

「もう復活する事は無いんですね。」

と言った。

「ああ。」

「骨から蘇ったおかげで、彼らに墓地を作る事が出来ますね。もしかすると、彼らは埋葬して欲しいが為に体を取り戻したのでしょうか?」

「...。」

都合の良い願いが利用されたと言うのなら、カッツォはダリウスの言葉を興味深く聞いていた。オーネット領で骨も残さず滅ぼされた死者たちの願いが叶えられたという事だって、あるだろう。

ミスサリアは馬車へ戻り、ハンドレッドたちは荷車について歩いて行った。オーネット領に入った森側に共同墓地を作るという話だった。運んでいる兵士たちはうんざりした顔をして、「何往復すりゃ良いんでしょう。」と愚痴をこぼした。

ハンドレッドはソラミルのところへ戻った。まだ手が付けられていない彼の顔は安らかに見えた。ハンドレッドはソラミルの胸からカッツォの短剣を引き抜いた。血がべっとりとついた剣を見て、ハンドレッドは言った。

「君に新しい剣を授けよう。コーディとして相応しい...。」

カッツォは、声を震わせるハンドレッドの肩に手を置いた。何にせよ、この短剣は役に立った。カッツォは拭くものが無かったので、血のついたままの剣身を鞘にしまった。

ソラミルの埋葬を終えたカッツォたちは、他の使者の墓作りも手伝った。ワーミが兵舎から運んで来たショベルは十分な数があった。日が傾き始めるまで、二人はその作業を手伝った。


二人が戻った時、馬車はミスサリアが東門寄りに移動させていた。ピークは箱の上でじっとしていた。中で寝息を立てているイヴェットの髪をミスサリアが優しく撫でる。

タランには傷一つ付いていなかったが、ハンドレッドたちが戻った時に少し興奮しているように感じられた。

「ピークが一番のお手柄だったな。」

御者台に乗り込んで、ハンドレッドは言った。

「そうだなぁ。ピーク、ありがとう。」

命を助けられたカッツォは、屋根の上のピークを覗き込んで言った。「ピィ?」と首を傾げる様にピークは鳴いた。

「アル君と少し話したよ。」

窓から顔を覗かせて、ミスサリアが言った。それがアルフレッドを表していると気付くまでに少々の時間がかかった。

「な...!?大丈夫だったか?」

ハンドレッドが驚くままに手綱を引いたので、タランが小さく(いななき)をあげる。

「うん。花を枯らせた事を説明したよ。何か納得したみたいだった。」

「...そうか...なら良かった。」

「ボクも一度、ファムリアに帰ろうかな。」

ミスサリアは言った。

「ファムリアと今どうなっているのか聞いたんだ。ファムリアは南オルミスに問題が起きているのに気付いていて、海から使者が来たんだって。それでお互いにオーネット領を攻撃していないって事になって、一応はお互いに攻め込まないって約束をしたんだけど、そんなのは上辺だけだってアル君は言ってた。」

それが彼女をミスサリアとわかって言った言葉なのか否か、カッツォは気にかかった。ファムリアのミスサリア姫に対して言ったのならば、紛れもなく宣戦布告では無いか。

「精霊の仕業だってわかってもらえなきゃ信じてもらえないよね。ボクは早く封印を解く為に頑張るよ。」

「頼もしいね。」

箱の中で、シュロが言った。

「君にもっと上手く魔法を使わせるにはどうしたら良いか、僕も考えなきゃならない。次の行き先はどこだって良いよ。」

「ファムリアへ行くなら馬車を戻した方が良いんじゃないか?」

カッツォが、ハンドレッドに言った。

「良いよ、急がなくても。カッツォの家に帰ろう。イヴェットが落ち着けると思うし、ファムリアに来たいかどうかも聞かなくちゃね。」

そうミスサリアが言ったので、馬車はそのままキヌートに向けて街道を進んで行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ