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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 26

「どういう事だ?」

ハンドレッドは眉間に深いシワを寄せ、シュロを見た。

「俺たちが魔法を使った...ってのは?」

シュロは巨大な花の周りをぐるりと一周しながら、

「この花は大精霊...いや、大精霊に近い何かの力の破片。アンズィルの牙や瞳と同じ、物質化された精霊の一部。」

と言ってイヴェットを見た。花ーー生物化した、というなら存在としてはイヴェットに近い。

という説明はしなかった。何をしたら良いかわからないイヴェットは、ただそこに突っ立っている。

「人間の願いを利用して目的を達成する性質を持つ。」

「願いを利用する?」

ミスサリアが首を傾げる。

「そうさ。君たちはここへ来て、この地に住まう人間の無事を願ったんだろう?生きていれば良いって。

実際には滅ぼされていたわけだ。あの怒りと悲しみの魔法によって、骨も残らずこの土塊になった筈だよ。

それでも願いは叶えられた。生き返らせたのさ、人間たちをね。そして今もこの花はそれを叶え続けている。」

ハンドレッドの強く握られた両拳が、わなわなと震えた。

「生きていると言えるか...っ!あんな...人の瞳をしていないものが...!!」

「動いていれば生きている。元の姿をしていれば無事。他に生きているのに何が必要なのさ。」

「その人物の...その者にしかない記憶や意思がある!あれではただ死体を操られているに過ぎない!!」

「その、その者にしかない記憶や意思を発生させる仕組みは体のどこにあるんだい?」

ハンドレッドがいくら声を荒げても、シュロの声色はまったく変わらなかった。ハンドレッドは少し考えた後、胸に拳を当てて言った。

「心だ。」

「心臓?心臓の仕組みはわかってる。心臓を完璧に復元すれば君の言う通りの事になるんだったら、そう願ってみるがいい。」

「違う...心臓じゃない。心はどこか別にあるそれぞれの思念だ。」

「思念と言うなら頭かな?とにかく人体は復元されているはずだよ。精霊は元々体を持たない。生物の構造は人間から得た知識なんだから、君たちが知らないものは僕たちも知らないんだ。悪いけどね。」

ハンドレッドは奥歯を強く噛み締めて、おもむろに剣を抜いた。

シュロは何も言わなかった。ハンドレッドは花を睨みつけ、振りかぶると剣をミシュワの蕾んだ花の胴に思い切り斬りつけた。

剣は空を斬っていた。ハンドレッドは驚く間も無く、剣の勢いにつられてよろける。

「消えた?」

カッツォも驚いて、短剣を取り出すと花に向かって投げつけた。短剣はぼよんとした弾力に弾き返され、地面に落ちる。

「この花を枯らせば魔法は解けるよ。」

短剣を拾うカッツォに、シュロは言った。

「するとあの骸骨も死ぬってことかい?」

「蘇る魔法はもうかかっているものだから、花が枯れるのと同時に死ぬわけじゃないよ。でもそれで倒せば死ぬようになる。」

「...殺さねばならないという事だな。あのまま火をかけてしまうのが良いだろう。」

「ドレ、でもそれじゃさぁ...。」

決心を固めるように強く剣を握り締め直すハンドレッドに、カッツォは続きを言うことが出来なかった。

(南オルミス王家の誤解は解けないままに...本当にオーネットの人たちを殺したように見えちまうんじゃないのか?...あれが襲ってくるものだったんだって、フラネールの人たちにわかるようにしなけりゃ...。)

カッツォは、友人の為に行動するこの素直な王子の悪い噂を聞くようになると思うと嫌な気持ちだった。カッツォがあちこちで話を聞いてまわった経験からして、悪い噂ほど拡がるのが早い。

(あれが既に人間じゃなく...アルフレッド王子とドレがフラネールを守ったんだって話にするにはどうしたら...。)

カッツォは、きっとそれを考える事が自分の役割なのだと思った。しかし真実を話して誤解を解く事なんて出来るだろうか。精霊の存在が忘れられている世界でーー。

「さあ、ミザリー。君がこの花を壊せるかどうか試してみてよ。アンズィルの瞳を壊す練習だと思ってさ。」

「良いよ、任せて!」

ミスサリアは自信たっぷりに言って、前へと歩み出た。ミスサリアは目を閉じて胸の前に両手を組んだ。

「いくよ。」

ミスサリアは大きな青色の目を開けた。瞼に軽く力が入る。

ミシュワの花ははじめ、何の変化も起こっていないように見えた。じっと花を見つめていたカッツォには、キラキラした光がやたらと目につくように感じられた。今までより噴きこぼれる光の量が多くなっていた。ミシュワは大きく身を縮め、大量の光を空高くに撒き散らした。

ミシュワの花は力を使い果たしたように萎びて、地面と同じ黒い土塊に変わった。

「花が枯れた...。」

「お姉ちゃん、成功したの?」

「ミザリー。」

シュロは珍しく険しい顔をして言った。

「確かにこの花を枯らす方法としては、最良の手段だとは思うよ。だけど...。」

「あとは死者を骨に戻すだけだな。」

ハンドレッドはそう言って口端を結ぶと、来た丘を登り戻って行く。その後に、皆が続いた。

「ミザリー、どうしてあんな魔法を使ったんだい?」

「どうしたの?シュロ。さっきからそんな事ばかり...。」

「ボクはドレ君とカッツォの願いを叶えてあげたいって思ったんだ。」

ミスサリアは「ふふふ」と笑って言った。

「君がミシュワの花を枯らしたいと願うだけで良かったんだ。それか何か別の事を。あの花の生気を利用して魔法を使うのは確かに無駄が無くて良いよ。それなら、死者たちを一緒に滅ぼしてしまえば良かったのに...。」

死者たちを閉じ込めている檻の様子がおかしかった。兵士たちの叫び声が聞こえ、そこに見える人数以上のわあわあと騒ぐ音がしていた。

「何事だ?」

ハンドレッドは足をもたつかせながら、丘を駆け下りる。カッツォもそれに続いた。

「出せ!」

「ここを開けてください!」

近づくと、飛び交っている怒号の内容がはっきり耳に聞こえてくる。

「なんで俺たちを閉じ込めるんだ!」

「南オルミス!」

「許さないぞ!」

「何だ、いきなりこいつら...。」

「フレッゾ隊長、あちらの檻も同じようで...!」

ハンドレッドの足がどんどん速くなって行く。そうして、ようやく立ち止まった。

「はあ、はあ、...っ!」

檻がミシミシめきめきと音を立てていた。

「どうする、殺してしまうか...。」

「しかしこれでは、まるで人間で...!」

「外に出して下さい!」

「出して...っ!」

「総団長に報告しろ!御指示を...⁉︎」

バキバキバキ!と、木組みの格子が、若い婦人の手によって壊された。

押し合いへし合い踏み折りながら、一斉に外へなだれ出て来る。それは普通の様相では無かった。彼らは何かに追い立てられるように防壁の方向へ走って行く。小隊が態勢を整える間など与えられなかった。二千余のオーネットの領民は、皆フラネールを目指していた。

「一体、何が...?」

呆然と立ち尽くすハンドレッドの後ろで、 カッツォが高く指笛を鳴らした。空を舞っていたピークが、カッツォの元に飛んで来る。

「兵舎に行くんだ、ピーク!アルフレッド王子に報せろ!」

「ピーィ!」

甲高く一声鳴き、ピークは飛び去って行った。

ワーミや兵士たちは、襲いかかって来た領民の相手をしている。

「タランが襲われちゃう!」

ミスサリアとイヴェットたちが追いついて来る。

「シュロ...何とか出来ない?」

「タランだけで良いならね。」

シュロはイヴェットを鼻先で掬い上げ、自分の背中に乗せた。イヴェットが目をぱちくりしている間に、防壁に向かって走り出す。

「ごめんね、ボクのせいなんだ。」

ミスサリアは少し落ち込んで言った。

人の背以上の高さにある防壁をシュロは軽々と飛び越える。領民は通行路の順番を待てないらしく、壁を殴りつけたり、他の者を足蹴にしてよじ登ろうとしている。

ハンドレッド達が防壁に向かっていると、剣から血を滴らせたワーミが倒れた領民の前に立ち尽くしていた。

「しっかりしろ!町が襲われるぞ!」

「殺して...良かったのか?俺は...。」

ワーミの側に倒れているのは老人だった。もう事切れているように見えるが、骨に戻る様子は無かった。

「爺さんとは思えない、すごい力で...。」

「そうだ。お前たちが捕らえていた、あの人ならざる者に違いない!倒せば死ぬ敵になったんだ。今こそお前の仕事をしろ!フラネールを防衛するんだ!」

「はっ...ハンドレッド殿下...!」

周りにいたフレッゾや他の兵士たちも、その言葉を聞いていた。フレッゾは口元を引き締め、頷くと、「こちらに集合せよ!」と声を張り、防壁に取り付いている領民に向かう。

「私たちも行こう!」

と、ハンドレッドが剣の柄に手を伸ばした時だった。

防壁から一人、歩いて来る者があった。その歩き方は真っ直ぐに背を伸ばし、頭はやや垂れ、足下の悪さを感じさせない品の良さだった。

ハンドレッドは自身が城の廊下に立っているような錯覚を覚えた。コッコッコッとリズムの整った足音が聞こえる。

ソラミル・オーネットは、呆然としているハンドレッドに出来る限り近づくと、震えて動かない手の平から柄を取り上げた。

刀身が鞘を擦る美しい音がした。

「ハンドレッド様...剣の稽古をつけていただいてよろしいでしょうか?」

ソラミルはハンドレッドに向かって力強く、剣を振り下ろした。




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