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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 25

しばらくぶりに訪れるフラネールの町はしんと静まり返っていた。

「みんな避難したようだな。」

タランの綱を引き、石畳の坂をゆっくり登らせながらハンドレッドは町の中を見回した。

「でも兵士はわんさかいるはずだろ?こういう時は兵士相手に商売しようって輩が残ってるもんだよ。」

それに、門外の野営地も無くなっていた。まさかファムリアに侵攻したわけではあるまい、と疑いつつもハンドレッドの不安は高まる。

「兵士の人たちも一人もいないよね。」

箱の中から顔を出したミスサリアも不思議そうに言った。

馬車は兵舎に向かっていた。大掛かりな魔法をミスサリアに使わせないようにとシュロに注意されたので、まずは正攻法でアルフレッドにオーネット領入りをかけあってみようという事になった。

ハンドレッドはアルフレッドに対して一つ披露出来る成果を持っていた。調査しろと言われた『イグニーズ』についての事だ。ロカのおかげでこうしてフラネールに戻る事には、後ろめたさは無い。

(イグニーズはルペッサン家の祖先...。?これもルペッサンか。まあルペッサンは南オルミスで最も人数の多い家系だから無理も無い...か。)

問題は、何故オーネット領の亡者たちがその言葉を発したのか。当然アルフレッドはその答えを要求してくるだろう。

(...現地調査...と言ったところで許されないだろうな。)

フラネールに到着するまでの間、ハンドレッドはずっとアルフレッドの説得をどうするか考えていたのだが、未だにこれといった対策は立てられていなかった。それでも一か八かを始めようとするところには、結局ミスサリアの魔法頼みをしている本心があるのでは無いかーーとハンドレッドは情けなく思う。

タランは力強く坂を登りきり、丸い形の兵舎に到着した。見張りが二人入り口に立っている。ハンドレッドは(タラン)を止め、御者台から飛び降りた。

「お前たちは...!ハンドレッド殿下!?」

若い兵士たちは顔を見るなり血相を変えて頭を下げた。前回の失敗の反省が隊全体に行き渡っているのだと思い、カッツォは思い出し笑いをしそうになるのをこらえる。

「アルフレッド兄様は中にいらっしゃるのか。」

「それが...。」

「何だこりゃ。見ろよ、ドレ。」

うろうろしていたカッツォが兵舎の壁を見て素っ頓狂な声を上げた。ハンドレッドは狼狽える兵士たちを横目に、カッツォのいる場所へ向かう。

そこには落書きがされてあった。


"アルフレッド王子は人でなし"


「一体誰がこんな事を。」

「フラネールの町民です...。」

優面の兵士は項垂れて、力無く話し出した。

「殿下はあの"人に程近い何か"を何とか倒せないものかと、試行錯誤を...その様子を町民に目撃されてしまったのです。」

兵士が言うには、檻に閉じ込めた状態で火をかけた時の匂いが酷い悪臭で、それ以来住民たちが騎士団の行動を怪しむようになったらしい。オーネット領には兵士を置いているものの町中は石を投げられたりもする為、あまり出歩かないようにしている。兵士たち自身も心身を病む者が多くなり、騎士団のうちの大半既に城に戻ったという話だった。

「町民の姿が見えないのは...。」

「隠れているんですよ。オーネット領を襲撃したのは獅子騎士団だとか、フラネールの町民も避難したのではなく実は捕らえられているだとか...乱心したアルフレッド王子は兵士たちも殺しているだの、噂ってのは広がり始めると酷いもんです。」

兵士は深くため息をついた。

もう一人の毅然とした顔つきの兵士もやって来て、言った。

「アルフレッド殿下は中におわします。町民感情を逆撫でしてはと、隊長たちがお留めしているのです。」

「そんな事になっていたのか。」

「もう大丈夫だよ!ボクたちがオーネット領を何とかしてくるから!」

場違いに溌剌としたミスサリアの声に、兵士たちは重い表情の顔を上げる。

「...そうだな。」

ハンドレッドもミスサリアの顔を見て、強く頷いた。

「では私たちはこのままオーネット領に向かおう。事態を解決しアルフレッド兄様をお助けする。」

カッツォもハンドレッドの決意に賛同するように口元を上げ、御者台に乗り込んだ。ミスサリアとハンドレッドもそれに続く。兵士たちはまったくわからないという顔で立ち尽くしたまま、去っていく馬車を見送った。


東門に門番の兵士はいたが、ハンドレッド王子の馬車を止めるようなことは無かった。東門を出ると、見渡す限りに防壁が完成されていた。

「おやおや、見覚えのある人がいるよ。」

オーネット領を向いていた兵士は石に跳ねる車輪の音にこちらを振り向いた。黒い肌の大きな体の男は、ハンドレッドを見ると「げっ!」と顔をしかめた。防壁に近付いて、タランはゆっくりと足を止めた。

「ああ...あの、何と言ったっけ。」

「ワアムだったかな。」

「ワーミです、殿下。」

カッツォとハンドレッドの会話を聞いていたワーミはバツが悪そうに頭を下げる。

二人は再び馬車を降りた。ピークはカッツォの肩から降りると、箱の屋根に飛び乗る。ハンドレッドはドアを開け、ミスサリアとイヴェットに手を貸した。

「一体、何事ですか?」

「私たちはこの先に行く。この黒土を馬車で進む事は困難だろう。ワーミ、この馬車を預かっていてくれ。」

「は...俺は厩舎で働いた事は無いんですが。」

「預かってくれるならば前回の無礼は忘れるよ。」

渋るワーミを無視して、ハンドレッドは先を急ぐ。

「じゃあねタラン。」

ミスサリアは最後にぎゅうっとタランに抱きついた。



ハンドレッド、カッツォ、ミスサリア、イヴェット、そしてシュロは黒い土に足を踏み入れたる。ピークは高く舞い上がると、空に弧を描きながら飛んで行く。

「...。」

シュロは土に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐようにした。

「ここで何があったか、知っているか?」

「そりゃあね。」

ハンドレッドはシュロの円らな瞳と目があった。




ーー黒い、

体を燃やし尽くすような黒い感情の焔だった。

この地に生きているもの全てを赦さんとする怒りだった。

焔の塊は空より落ち、大きな屋敷も花畑も村も、燃える間も無く黒土となって崩れて行く。


大きな存在が遠い地でその異変に気付き、人の姿をしたそれは黒い焔の元にやってきた。

巨大な黒焔はそれを一口で呑み込んでしまった。

揺らめく焔の塊から光が溢れ、焔は四散する。

それは、あどけない顔つきをして幼くも見え、悠久の時に経た賢知を湛えてもいた。

それは、睫毛は長く鼻は高めで、白い肌に光を透過し内側から水面のように光っていた。

それは、漆黒の夜の天空の色をして、その中に星々を輝やかせていた。一本は流れる細い糸であり、一掬いは水の落ちるまとまりであり、全体は彼女の背に広がる宇宙だった。




(精霊王セレニアだ。)



ハンドレッドは遠い意識の中で、そう感じ取っていた。自分の意識に引き戻されるように、激しい戦いの光景は遠ざかって行った。我に帰ると、カッツォたちも同じように呆然としていた。

「今のは...。」

「ここで起きた事...?」

イヴェットはミスサリアの服にぎゅっとしがみつくようにした。イヴェットは今何を見せられたのか、さっぱり理解していなかった。いつかニュースで見た、火山の噴火や竜巻、戦争の映像を彷彿とさせる禍々しく恐ろしい光景だった。

「そうだよ。」

「あの黒い焔は?」

「存在を滅ぼす魔法だよ。」

シュロは土の上をさっさと歩いて行った。カッツォはゴクリと息を呑み、恐る恐る足を土の中に沈める。この黒い土がすべて、オーネット領にあった美しい光景が崩れて出来たものだと思うと、それを踏みしめて歩くのが憚られるような気がしたのだった。

「あそこに蘇る死者を閉じ込めている檻がある。」

ハンドレッドは吐き気のする胸を抑え、檻を指差した。檻の周辺には一小隊と見られる兵士たちがおり、こちらを気にしているようだった。

「あの焔で、この地が滅ぼされた事はわかった。だが、何故滅ぼされた者が蘇るんだ?しかも何度も、何度も。」

「別の魔法がかかってる。」

シュロはそれよりも遠くに鼻を向け、匂いを嗅いでいた。

「向こうに何かがいるね。」

「...ファムリアの方角に?」

ミスサリアは眉を潜める。

「ファムリアは知らないけど、向こうだよ。魔法を使っている気配がするんだ。」

四人は黙って、ただシュロについて歩いて行った。なだらかな丘を登り崩れる土に足を取られながら、道もない風が吹くだけの丘陵を進んで行く。丘を越えると、下った先の平野にキラキラと輝く巨大な花を見た。

「ミシュワの花...。」

ハンドレッドは死者ばかりに気を取られていてその存在をすっかり失念していた。奇妙なまでに美しい花は蕾の先から光を噴きこぼし続けていた。

巨大なミシュワに近づいたシュロはしばらくじっとしていたが、顔を上げると四人の方を振り向いて、

「ああ、わかったよ。ここで起きている大まかな事はね。カッツォ、ミザリー、ハンドレッド...魔法を使ったのは、君たちだ。」

と、言った。



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