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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 24

色々と支度をするうちに一晩を過ごし、朝になった。カン、カンと打ち合う音が森に響いている。

ミスサリアとイヴェットは馬に水を飲ませたり体をブラシで磨いたりしてやった。馬はそこらに茂っている葉を口に入れようと寄っていくので、水を飲ませるために湖まで歩かせるのもなかなか難しかった。「御者の言う事は聞いていたはずだ。この馬は私たちを見くびって馬鹿にしているんだろう。」とハンドレッドは怒っていた。

灰色の斑のある白い馬は、タランという名前を持っていた。ピークは新しい仲間がまだ気に入らないのか、あまりタランには近寄らず寝そべっているシュロの上にとまっている。

カッツォが振り抜く短剣をハンドレッドが鞘で受けていた。星の紋に宝飾のある王家の剣鞘にカッツォははじめこそ躊躇していたが、容赦のないハンドレッドの攻撃に今は必死になってその鞘を追っている。

「武器を狙うんじゃない、体を狙うんだ。」

ハンドレッドが注意してカッツォの左手を打ち、短剣を落とさせた。

カッツォは左手の甲の痣を押さえながら右腕で額の汗を拭う。

「カッツォ、君は人間を殺せないだろう。」

その姿はかつての自分のようだ。ハンドレッドは厳しい目で見ていた。オーネット領で何も出来なかった事を思い出す。

「向かう先の敵は人の姿をしている。しかも死なないんだから、本気で殺すつもりでかからないと。」

「...殺す...?」

「剣を持つという事はそう言う事だ。旅立つ前の稽古でマリージア姉様が仰った。"敵を生かすのは殺すはるか先。"」

ハンドレッドは咳払いをして言葉を整える。

「姉様が剣の師範から教わった言葉で、元々は英雄・オルミスの大槌ドラギエル・ドーデミリオンが弟子に言った事だそうだ。剣を向けてくる相手を殺さずに難を逃れる術などは、人を殺すための鍛錬を積んだそのはるか先にある、という意味だ。」

「へえ。英雄ドラギエルの事は昔学校で習ったけど、偉いことを言ったもんだなぁ。」

「ドラギエル・ドーデミリオンは50も60もファルトーソーの賊どもを殺したが、戦争に出向く時はいつも泣いていたらしい。」

剣の稽古をしようと言い出したのはハンドレッドだった。友人を心配しての事だった。

カッツォも実際に打ち合ってみて、覚悟を決めれば戦えるわけではないことを理解した。切ろうとしても避けられる。相手も襲いかかってくる。稽古に誘われて良かったと思っていた。

(ハンドレッドは強い。きっと毎日、剣の稽古をしているんだろう。俺が本気を出したところで怪我一つするはずがない。)

カッツォはふーっと息を吐き出して、短剣を構え直した。

「周りは皆、味方が死ぬので泣くのだと思っていたらしいが敵の為に泣いていると知って驚いたそうだ。」

ハンドレッドも話を続けながら剣の鞘を身体の前に構える。

「どうかな。それは人を殺した自分自身に対して泣いているだけじゃないのかい?」

「自分自身に?」

「そうだよ。死んだのが悲しいんじゃ無いんだ。殺したく無いのに殺してしまう自分が悲しくて泣いていたんだろうな。」

言い終えるとカッツォは、ハンドレッドの首筋を狙って飛んだ。

「それは同じ事じゃないか?」

ハンドレッドは左利きの相手とやり合うのが初めてだった。上から来る短い刀身を受ける時、ハンドレッドは少しヒヤリとした。

「いや、全然違うなぁ。」

カッツォはハンドレッドの剣に流されるままに体重を乗せて地面に着地した。すぐに地面を蹴って再び心臓を狙う。左脇腹に強い衝撃を受け、カッツォは左腕から地面に落ちた。

「すまない、大丈夫か!?」

痛みに顔を歪めているカッツォにハンドレッドは駆け寄った。

避けられず、短剣に鞘を当てるのが間に合わなかったハンドレッドはカッツォを打つ事でしか身を守る方法がなかった。

「あ痛ててて...大丈夫。」

カッツォはハンドレッドの手を借りて起き上がる。

「...さっきの話、少しだけわかった気がする。生かして負かすのが難しいって事をさ。これが剣だったら、ドレは今殺すしか無かったって事だよな。」

「ああ、そうだと思う。でもこれが鞘でなかったなら、私は打ち上げはしなかっただろうな。」

「しなきゃ刺さっていただろ?さすがに。」

「相手が君である限りは、殺されても殺す事は出来ない。私はさっき、そう確信した。」

ハンドレッドが恥ずかしげもなくそう言い放つので、カッツォの方が気になって頬を掻いた。

「嬉しいけど...殺されちゃあ困るよ。」

(これから倒そうという敵の中にはお前の友だちがいるってのに...。)

稽古を終える気になったようで、ハンドレッドは置いておいた剣を取りに木の下に向かった。




「うわー、酷い怪我だね。」

ミスサリアは椅子に座っているハンドレッドの膝小僧を見つめて言った。

「...。」

ハンドレッドは何も言う気になれなかった。

「ドレって割と...。」

「ドジだね。」

シュロが欠伸をしながら言った。そいの横で慌てるイヴェットが、

「ダメだよシュロ!そんなこと言っちゃ!」

と舌の垂れていた口を塞ぐ。御構い無しにシュロの声は聞こえる。

「だって剣の腕がたつってんなら何で海賊に攫われるのさ。」

「...言い返す言葉は無い。」

剣を取りに行った時、ハンドレッドは木の根に足を引っ掛けた。丁度地面には尖った石ころ散乱しており、勢いよく転んだハンドレッドは右膝から血を流している。

「稽古は良いけど、二人とも怪我だらけでオーネット領に行って大丈夫なの?」

「お兄ちゃんは右手も怪我してるのに...。」

「右手?」

ハンドレッドが聞くので、カッツォはまだ少し痛む右手の切り傷を見せた。

「ああ、それで左手だったのか。言ってくれれば加減したのに。てっきり左利きなのだと思っていた。」

「俺は両方使えるんだ。」

「それは便利だな。」

「じゃあ君の稽古をしようか。」

と、シュロがミスサリアに言った。

「稽古?」

「魔法の稽古だよ。二人の怪我を治してごらん。」

「そっか!ちょっと待ってね。」

ミスサリアはじっとハンドレッドの膝を見つめた。めくれたり穴の開いていた皮膚がじわじわと修復されていく。やがてすっかり傷は塞がって、さっき流していた血と泥が不思議に脚を汚していた。

「出来たよ!」

「痛みはどうだいハンドレッド。」

「まだ少し痺れている気がする。しかしすごいな!魔法があれば本当に、何も恐れる事がない。」

ミスサリアはカッツォの傷を見に行った。シュロはハンドレッドに答える。

「僕らは人体について少しだけ知識を持っている。その程度の傷は放っておいても勝手に治るんだろう?元々ある力と同じ方向に魔法の力を加えるのは簡単な事なのさ。」

ハンドレッドは感心して頷いた。

「でも何でもそう出来ると思わないでくれよ。例えば、逆に死のうとしている体を治そうとすれば反する力を押し返す分の力が余計にかかるんだ。」

「力...とすれば、ミザリーに負担がかかるという事だな。」

「いや、彼女の場合は...。」

カッツォの治療を見ていたイヴェットが、突然ふらっと足をよろけさせる。転びはせず、持ち堪えた。

「周りの犠牲が大きくなる。」

シュロは、不思議そうに壁に自分の体をもたれかけさせているイヴェットの側に行った。

「大丈夫だよシュロ。ほんの少し目眩がしただけ。」

自分の些細な行動をシュロが心配してくれたのが嬉しく、イヴェットはシュロの頭を撫でた。

(彼女はまったく恐れ知らずだ。イヴェットの正体を聞いた途端に、生気を奪う対象にしてしまうんだから。)

「ありがとうミザリー。」

手の傷も脇腹の痣も消えたカッツォはお礼を言って立ち上がった。

「出発するかい?とりあえずフラネールに行けば良いんだろう。」

「そうだな。その後どうやってオーネット領に入るかは、また考えなくてはならない。」

「アルフレッド王子がいるんだろ?」

「そのはずだ。もしかしたら城にお戻りになっているかもしれないが。」

「困ったらボクに任せてよ。タランを馬車に繋ぐね!」

ミスサリアについてイヴェットも出て行った。ハンドレッドとシュロがそれに続いた。カッツォは短剣を腰に差し直すとピークを肩に乗せ、最後に家の鍵を閉めた。




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