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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 23

波駆馬(サフジャナラン)号は深夜にキヌート港に到着した。灯台からの信号に港の番をしていた船乗りや警備兵達が慌ただしく出迎えの支度を整える。

船で夜を明かす事が許されたのでカッツォははじめに案内されたハンドレッドの部屋に、別のミスサリアとイヴェットの一部屋が用意されシュロもそちらへ泊まった。


朝、カッツォが目覚めると向かいのベッドからハンドレッドの姿が消えていた。肘掛には昨日ハンドレッドが着ていた、一糸のほつれも無いようなオルミスを象徴する赤に金の捻り紐の服が造作無く掛けられっぱなしになっている。

カッツォはというと、今日は起きて何もする仕事が無いのだと気づいて少し寂しさを覚えた。この一週間、エモーックの所へ行くか、男衆がサビアナに怒鳴られ起こされるか、「今日のお前の仕事はこれだよ。」と言い渡される日々は新鮮で心地良くも感じていたのだった。家族のいないカッツォは、何時に何をするという決まりは無いようなものだった。自分が話集めと言って他人の生活に合わせていたのは一人の静けさから逃れる為だったのかも知れないと、カッツォはしんとしている部屋の中で初めてそんな事を考えていた。

寝ぼけ頭を叩き起こして、身支度を整える。どんなに整えたって王族や王子直下の海兵たちの前では本質的な見すぼらしさを拭い去る事など出来ない。

(着ている服が変わればどんなもんかなぁ。)

カッツォはちらりと肘掛椅子のハンドレッドの服を見た。実際に着てみようなんて罪を犯すほどカッツォ・エサムという少年は馬鹿では無い。ただ昨日のハンドレッドを思い出し、自分が着てみたらどうかを鏡の前で想像して、思わず自嘲の笑いが口から漏れるだけだった。

ドアを叩く音が聞こえた。それは自分の身長の少し下くらいを叩いたように聞こえたのでミスサリアだろうと思ってドアを開け、予想は的中した。

「おはよう!カッツォ。」

彼女は簡単に誰にでもすぐに微笑みかける。本当はその微笑みには希少な価値があるべきだ。カッツォ・エサムは天真爛漫なお姫様に心の支配を許すような素直な男では無かった。

「おはようミザリー、イヴェット。」

「おはよう...。」

イヴェットはあまり良い朝を迎えられなかったような顔でカッツォを見上げている。

「どうしたんだい?」

「...ごめんねお兄ちゃん。」

「昨日、一人で先に寝ちゃったのを気にしてるんだって!そんなの気にしなくて良いのにね。」

「ミザリーの言う通りだよ。」

その容姿につられてつい、イヴェットの頭を撫でる。この少女がシュロとハンドレッド曰く、この世界を作った精霊王セレニアというものであり精霊王は南オルミスの王子を先に名乗らせる程に偉い。カッツォは手がふわっとしたイヴェットの金髪に触れてから、しまったかと思った。

彼女たちの後ろにいるシュロは何も気にしていないように欠伸で口を開けていた。人の些細な機微を気にして落ち込んだり、歌いながら料理を作る少女がとてもそんな存在だとは、話を信じても納得は出来ない。精霊王となったその姿を見てみたいとカッツォは思った。

「ドレ君は?」

「それが、俺が起きた時にはもういなかったんだ。」

「そっか。ベア君のところかな?」

ミスサリアに連れ立って、三人と一匹は船長室へ移動した。

ミスサリアはすっかりこの船の通路に詳しくなっていた。と言っても行動を許された範囲、この船室がある階層とデッキに繋がる通路くらいでまだまだ目にしていない部屋も通路もこの船には波の数ほどある。

通路の突き当たりの部屋の前に鎧を着けた兵士が立っていた。クセの強い赤毛が肩下まであり、女性のようにまつ毛が長く肌の白っぽい男だった。

「ミザリー殿、おはようございます。」

「おはようマル君!ベア君はどっち?」

ミスサリアが聞くと、

「今はお部屋にいらっしゃいますよ。」

と左手を上げて部屋を指し示した。

ミスサリアは一体どういう扱いでここに居るのだろうか。カッツォはふとした疑問を抱きつつも、マル君と呼ばれた王子の近衛兵らしき男がドアをノックするのをただ眺めていた。

「どうぞ、お入り下さい。」

彼に促され三人が部屋の中に入ると、大きな白いソファの立派な装飾が施された肘掛に肘をつき狼狽した様子のベアトールと、前にあった時のような地味で薄汚れた風のマントを羽織ったハンドレッドが立っていた。入り口と奥にも兵士が立っており、二人の王子をハラハラと見つめている。

「どうしたんだ三人とも。」

と、ハンドレッドが言った。視線は床の上を彷徨っていた。シュロがいないのが本当にいないのか、また姿を隠しているからかハンドレッドにはわからなかった。

「そろそろ行こうと思って、ベアトール殿下に挨拶をしに来たんだ。」

「出向かせてすまないな。君たちを見送る準備をしようと思っていたところだったが...。」

ベアトールはハンドレッドを見て溜息をついた。カッツォとイヴェットの何事かと言う顔に気付き、ハンドレッドは答えた。

「私も君たちと同じで兄様に挨拶をしに来たのだ。」

「ハンドレッド...海賊騒ぎに、オーネット領の異変、物騒な世の中に王子という身分の者がウロウロする事の意味を考えろ。お前に何かあっては国に損害を与える...。」

「私はアルフレッド兄様の命でオーネット領の異変について調査をしているのですよ。」

「兄貴はお前を巧く城に帰らせようと思ってそんな事を言ったんだ。」

「それはわかっています。しかしマリージア姉様は、私がソラミルを案じていると私を勇気付け旅に送り出して下さいました。城の外を知る事は大事だと仰いました!私ぐらいの歳に兄様達も一人で国を見てまわったりした、と。」

「...姉上が?」

ベアトールはしばらく考え込むようにして黙った。ハンドレッドは何か言いたそうなのを我慢していた。風向きが変わろうとしているのを感じ取っていた。

「...ではマルクスウェンを連れて行け。護衛がいれば俺も安心する。」

「兄様、海賊の件もありますし出来るだけ秘密裏に行動したいのですが...。」

ハンドレッドは断らなければならなかった。精霊や精霊王、ミスサリアも含めて他人に知られたくない物事が多過ぎた。だが、これがこの兄から引き出せる最大の譲歩だという事もわかっていた。

「マルクスウェンは鎧を脱げば大分華奢に見える。騎士とは思われまい。」

ぼんやりと二人のやり取りを見ていたカッツォは、こちらを向いたハンドレッドと目があった。マルクスウェンを連れて行っても良いか、と聞いているのはわかっている。だがカッツォには返事をする権限が無かった。シュロを探すが、彼はおそらくこの部屋に入っていなかった。

ベアトールは機敏に立ち上がると、カッツォたちの横を通り過ぎドアを開いた。

「...。」

しかし、ベアトールはそのまま何も話さずに入り口に突っ立っていた。大丈夫ですかと声をかけようかカッツォが迷っていると、彼はくるりとこちらを振り向いて言った。

「どうした?みんなぼんやりして。ついておいで。マルクスウェン、子どもたちの見送りだ。可愛い我が弟もお出掛けするとさ。さあ行こう。」

「???」

ベアトールがどうしてしまったのか、と思っていると、ベアトールが出て行くのと入れ違いにシュロが部屋の中を覗き込み、呆れた風に首を振って廊下を歩いて行ってしまった。四人は慌ててベアトールとシュロの後を追った。



「待て、ハンドレッド。」

渡し板に乗ろうとした時、ベアトールが呼び止めた。結局マルクスウェンがついて来ようという様子は無い。まだ説明を求めるわけにいかないが、シュロが魔法で兄の考えを変えてしまったのは間違いなかった。

しかしベアトールは、やはり心配そうな眼差しでハンドレッドを見つめていた。また抱き上げられやしないかとハンドレッドは身構える。

「お前は母上によく似ている。その意思の強い眉も黒い髪も、城外に友人を求め行動力があるところも。くれぐれも油断するなよ、調べるという事は敵に剣を向けるに勝る最も危険な行いだ。」

「兄様...。」

「本当は俺が見守ってやりたいところだ。だが今回の海賊騒ぎを見過ごすわけにはいかない。ファルトーソーが関係するとなれば俺は俺で危険な海域に身を投じなければならないだろう。お前の友人にお前を託す事としよう。気を付けろよ。」

「はい、兄様!兄様もどうか、お気をつけて...!」

ハンドレッドは力強く板の上を渡って行った。カッツォ、ミスサリア、イヴェットとシュロのいる港へ降り立ち、出港する紅い巨大な船に何度も大きく手を振った。

「シュロ、ありがとう。兄様を変えてしまったのはやはり魔法なのだろう?」

「これ以上余計な道連れを増やしたくなかったからね。」

シュロはぷいとそっぽを向いた。

「それで、どうするの?」

「旅の支度を整えてオーネット領に行く...だろう?」

ミスサリアの問いにカッツォが答える。シュロは頷いた。

「あの...一度、お兄ちゃんの家に行って良い?」

イヴェットがおずおずと聞いた。

「勿論良いけど、どうしたんだい?」

「あのね、お家に帰って来たんだなーって実感したいの、色々あったから。私の家じゃ無いけど...。」

「じゃあそうしよう。カッツォの家は落ち着くしね!」

「では私は馬車を買ってくる。」

「馬車ぁ!?」

「歩いてオーネット領に行くのは遠いし、いちいち御者の顔を伺うのも面倒だ。私も王子という身分をやたらと民に明かすつもりは無いが、こそこそ隠れる必要もなくなった。少し大きな買い物をして目立っても平気だ。」

堂々としているハンドレッドは、確かに南オルミスの第三王子なのだとカッツォは改めて思った。ハンドレッドとカッツォは馬車を買い求め(キヌートに馬車屋は無いので、良い馬を持っている御者からハンドレッドが買った。)、ミスサリアとイヴェットたちは食料を買ってきた。カッツォは長い剣を買おうか迷ったが、使い慣れない物は持たない方が良いとハンドレッドが言った。

「長剣は相手と距離を取れるから優位に感じるかもしれない。でも訓練もしなければ扱い辛いし、その間合いに味方が入ったり自分が怪我をしてしまう。すぐに旅立つのだから君が使い慣れている短剣が良いだろう、君は勇気があるから大丈夫だとも。」

そうして買い物を終えて皆が集まると、ミスサリアとイヴェット、シュロは箱に乗り込みハンドレッドとカッツォは御者台に上がった。ハンドレッドは馬には乗るが馬車に繋がれた馬を走らせるのは初めてだった。しどろもどろしていると、カッツォが「確かこうだ。」と言って手綱を握った。馬は小さく嘶き歩き出した。元の持ち主の御者に聞いた事と、今まで知り合った商人たちの見よう見まねだった。

港から町を抜けずに東に出て、大回りをして南の森に向かったのどかな農村をゆっくりゆっくり馬が歩いて行く。もしかしたら歩いた方が早いかもしれなかった。イヴェットとミスサリアは中で楽しくお喋りをしていた。イヴェットは女たちの家にいたユイやサビアナの事を話した。

「もう少し速くならないのか?」

「打てば良いんだろうけど...走り出したらおっかないじゃないか。」

いっそ自分が馬にまたがったらどうだろう、とハンドレッドが椅子にもたれかかると、「ピーィ!」と高い鳴き声がして、空に小さな影が飛んでいた。







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