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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 17

「あ、起きた起きた!」

ハンドレッドが目を開けるとミスサリアが顔を覗きこんでいた。自分が何故横になっているのか、ハンドレッドにはさっぱりわからなかった。記憶は、港の倉庫に行き男たちに見つかったところで途切れている。

起こそうとした体が酷くだるい。

「ごめんドレ君...慌ててたから、ドレ君の生気も使っちゃったんだよね。」

「...生気?」

「魔法を使うための力だよ。」

意識が戻ってくると、額がズキズキと痛んだ。痺れたように重たい手で触ってみようとすると、ミスサリアがそっと額に冷たい手を置いた。

「ごめんね。倒れた時に打ったみたいなんだ。」

ひんやりと心地良く滑らかな感触にハンドレッドは目を閉じる。

「...ここは?」

「スライの家だよ。ボクがドレ君を運んでいたら助けてくれたんだ。」

「スライ...?」

ハンドレッドは手をついて用心深く体を起こした。ゆっくりと動かせば思った通りに動く。怪我をしたのは額だけのようだった。

「そのスライはここにいるのか...?」

「お店に行ったよ。」

「よくわからないが...一晩の宿を取ったなら礼をしなければならないな...。」

「動けそう?」

「ああ。とても空腹で、何か食べねば...。」

「そっか。じゃあ、スライのとこに行ってくるね!」

言うなり部屋を出て行ったミスサリアに、一緒に行くと言う言葉は届かなかった。

窓からは赤い壁の隣の建物しか見えない。

ベッドから足を下ろして座る。壁に手を支え、立ち上がった。足に体重を乗せるのは辛かった。まるで何日も動けずに横たわっていたかのようだ。一歩一歩と蛞蝓(なめくじ)のように足を動かしていると、腹を床に伏せて這った方が早いのではないかとさえ思えた。しかし、南オルミスの王子としてそんな無様な格好をするわけにはいかないと気合いを奮わせる。

「はぁ、はぁ...。」

もう少しでドアに手が届く。と言うところでドアが自動的に開け放たれた。

ミスサリアが両手に丸いものを持って帰って来た。ハンドレッドは掴もうとした先が無くなったので、転んでしまった。

「ドレ君!動いちゃだめだよ!」

助け起こそうとしたミスサリアの手を払う。

「自分で起きる...。」

「生気を使い果たしたら死んじゃうんだよ。大人しく寝てなきゃダメだってシュロが言ってた。」

ミスサリアは嫌がるハンドレッドの腕を無理やり自分の肩に回させて、ベッドに連れ戻した。

(くっ...もう助けられるような真似はしないと誓ったのに、何故上手くいかないんだ!)

しかし自分のために色々と手を貸してくれるミスサリアを、いじらしいとも思った。

ミスサリアは、

「カッツォもしばらくはジッとしていたんだよ。」

と言って、丸いものを一つハンドレッドに渡した。じんわりと暖かい甘い香りに腹の虫が反応していたが、口を開ける前にハンドレッドは聞いた。

「...カッツォともこれを食べたのか?」

「ん?」

ミスサリアは既にそれを頬張っていた。

「んー...んーん。」

少し考えた後、彼女は首を横に振った。

「そうか。」

ハンドレッドは少し機嫌を治して、それを口いっぱいに頬張った。

空腹が満たされると、さっきまでとはまったく変わり、だいぶ調子が良くなった。

「こんな美味しい食べ物があったなんて知らなかった。」

「詰めバナナ焼きって言うんだよ。スライが屋台で売ってるんだ。」

「バナナを焼くなんて思った事もなかった。」

「ねー。でも、ドレ君も知らなかったんだね!オルミスではよくあるのかと思ってたよ。」

「いや...。」

(フラネールの方には無かったな。兵舎にいたし庶民の食事を体験する事は無かったが...。)

今までに味わった事のない食べ物だった。マリージアもきっと気に入るだろう、城に詰めバナナ焼き屋を呼べば世話をかけた礼にもなる。ハンドレッドはマリウス、ダリウス、イリウスの兄弟三人で喜んで食べている姿を想像して、きっと良い考えだと思った。

再び立ち上がろうとしたハンドレッドは、今度は思ったより体が動いたためによろけてベッドに尻餅をついた。

「どこか行きたいところがあるの?」

「町の様子を見たいんだ。」

兵士たちはいるけれど、その兵士の中に不穏な動きがある。ハンドレッドは倉庫で聞いたことを思い出して来た。

(マルメロ...あの男、確かにその名を口にした。マルメロ・ルペッサンが海賊と通じているような話を...。)

ミスサリアがハンドレッドの腕を持ち上げて潜り、その腕を自分の肩にかける。

「な、何をするんだ?」

「ドレ君は外に行きたいんでしょ?」

ジッとしていろと怒られるとばかり思っていたハンドレッドは、意外な答えに驚いた。ミスサリアが自分を助けると言ったのは心からの真実なのだとハンドレッドは胸打たれた。"ハンドレッドの為"と銘打って反対や邪魔をする人物ではないのだ。

歩き慣れさえすれば、怪我もなく痛みがあるわけでもない。ミスサリアと歩調を合わせる内に、だんだんしっかりと立って歩けるようになっていく。

「町はね、ドレ君が寝てる間にだいぶ直って来たよ!」

ついにドアの前に立ち、開けた。頬の、腕の皮膚が、光を浴びるのが久しぶりだとざわついているような感覚だった。

「もう?寝てる間って...。」

たった一晩で、と付け加えようとすると、ミスサリアは言った。

「うん、七日のうちにね。」

「...七日!?」

その建物は港の広場に面していた。

広場には資材が積まれている。破壊された港や放火された建物を修繕する職人たちが忙しなく動き回っている。沖には何艘か船が見える。

(船か...。)

ハンドレッドは目を凝らして、第二王子(ベアトール)の星に馬の描かれた旗があるか船を見た。

ミスサリアの手を借りて外階段を降りる。ミスサリアはハンドレッドを広場の屋台へ連れて行った。

「スラーイ!ドレ君が起きたよ!」

屋台からガタイの良い男が顔を出す。

「おー、良かったな!」

「詰めバナナ焼き美味しかったって!」

「そうかい。ミザリーが連れてきてから七晩ピクリともしなけりゃ、もう死んでんのかと思ったぜ。ドレだっけか。もう一つ食うかい?回復祝いだ。」

「ありがとう。しかしこれは一度にいくつも食べる物ではないと思うんだ。」

「そうだよな。二つも三つも食うのなんてベランぐらいのもんだ。」

店主は呆れたように言い、ミスサリアは頷いた。

「私が今まで食べた中ではバナナを最も旨く調理していると思う。国中のバナナを与えても良いくらいだ。」

そう言ってから、ドレはハッとした。ついいつもの調子で王族然とした事を口走ってしまった。気付けばフードも被り忘れている。

案の定、スライは怪訝そうな顔つきでハンドレッドを見ていた。

「あ、いや、それぐらい美味しかったって事で...。」

「んー?その黒髪、顔もどっかで見覚えがあるような気がするぞ。」

ハンドレッドの顔に近づいて、じろじろと眺めた。そうして近づいた耳元で、ハンドレッドにしか聞こえないくらいの声でボソリと言った。

「お前...海賊の仲間じゃないだろうな?」

「...何だと?」

思わぬ疑いにハンドレッドが短気に怒りかけた時、

「ベアトール殿下だ!」

広場にいた子どもが大声で叫んだ。周りにいた子どもたちがわあわあと歓声をあげて、走り出していた。

「すっかり人気者だな。」

広場の入り口に現れた騎士たちは、あっという間に人に取り囲まれていた。騎士と行っても鎧も身につけていない軽装の、日に焼けた黒い肌の男たちだ。

彼らは飛びかかってくる子どもたちを腕にぶら下げたり、肩車をして遊んでいた。

「毎日港に来ているからな。」

「そうそう、なんか王子様が行方不明になっちゃったらしいよ。...どうしたの、ドレ君?」

ハンドレッドがあたふたとフードを被り、顔を覆い隠しているのを見て、ミスサリアが言った。

町の様子をゆっくりと眺める様に観察していた騎士の一人が、遠目にスライとミスサリアと目が合った。

「ああっ!」

途端に、大きな口を開けて屋台を指差した、ように見えた。子どもたちを連れた騎士たちの間から栗毛の男が飛び出して来て、こちらに向かって走って来た。

「ハンドレッドー!」

「!?」

スライとミスサリアが屋台を振り返るが、そこには誰もいない。

(あれ?ドレ君は?)

ミスサリアがきょろきょろしていると、栗毛の男、ベアトールは森で子リスを追いかける子どものように小走りに屋台の裏へ回り込んで行った。

屋台の裏側にしゃがみこんでただの布とも言えるマントで全身を隠したハンドレッドは、荷物のようにじっと動かずにいた。走り寄って来た足音はひょいとなんの躊躇もなくその塊を抱え上げ、高い高いをするように腕を伸ばした。

「無事だったか、ハンドレッド!」

マリージアに良く似ている緑色の目が涙に潤んでいる。ハンドレッドは聞こえないくらいの溜息を漏らした。

「ご心配をおかけしたようで、申し訳ありません兄様。」

「本当にな!帰ったら港に出かけていると言うし、港には海賊が出たというじゃないか!七日も何処にいたんだ!」

「...海賊について調べておりました。部屋を貸してくれる者がおりまして...。」

ハンドレッドはじたばた暴れてベアトールの手から逃れると、ポカンとしているスライの元へ走って行った。

「ド...ドレってハンドレッド王子様...!?お、俺は何て事を...!」

「さっきの事は不問にするから、話を合わせてくれ!」

固くなっているスライに、ハンドレッドは小声で耳打ちする。横にミスサリアもいるが、ミスサリアは嘘を付けないと思い話に加わらせないようにした。いや、ハンドレッドはミスサリアの顔が見れないでいた。

嘘ではなかった。だがミスサリアが隠さずに自分の素性を話してくれたのに、ハンドレッドは話さなかったのだ。

「兄様、このスライという者が協力者です。私に食事と寝所を提供しました。」

スライは首を五回以上縦に振って答えた。

「どんな寝所か見せてもらえるかな?我が弟を粗末な布団に横たわらせたのならば...。」

詰め寄るベアトールに、スライはすっかり青ざめている。

「王子という身分を隠すため、特別扱いを許さなかったのは私です。海賊の痕跡を辿る内に海賊に素性が割れるわけにはいかなかったので。」

いつの間にか自分が嘘を吐くのにすっかり馴れてしまっているとハンドレッドは感じていた。

「そうか...。しばらく見ないうちにでかくなりやがって...!」

「兄様、たった二...三週間ですよ。」

「ところでこの娘は?」

ベアトールはミスサリアに視線を向ける。

「ミザリーも、私の協力者です。"私よりも"この港に詳しいので。」

ミスサリアがにこりとする間に、ハンドレッドは次を続けた。

「兄様!海賊はおそらくベアトール兄様が留守と知ってやって来たのでしょう。」

「ほう?何故そう思う?」

ベアトールの興味をうまく引く事ができた。しかし、言ってしまってからハンドレッドは悩んだ。

(あの男たちの言っていた事...はっきりと聞いたわけでもない。確証もなく兄様に申し上げるわけには...。)

「海賊が言っていたのです...。第二王子の船は遠い、と。」

「船...そっか!」

ミスサリアが突然声を上げる。ハンドレッドが遮る間も無かった。

「ドレ君、ベアトール王子に船を借りられないかな。」

「ドレ君?」

ベアトールが眉を潜める。

「イヴェットとシュロが。友だちが、海賊の船に乗ってるんだ。助けに行きたいんだけど船が無くて。」

「何!?」

ハンドレッドも驚いて言った。

「攫われた子どもたちは、全て帰ってきたのではなかったのか!」

「ハンドレッド、海賊の足取りはどこまで掴めているんだ。」

「...途中までは追えました。去った方角ならばわかります。」

「よし!船を出そう。七日も経っていれば結果が出るかはわからぬが、留守の内にと働いた悪事にこのベアトールが黙ってはおらぬ事を海賊どもにも知らしめてやらねばならない。」

「兄様...。」

ミスサリアが喜ぶと、ベアトールはハンドレッドの肩に腕を回してひそひそ声で言った。

「恋人なんだろ?ん?」

「!!」

「マルメロの養女(ルディ)ともうまくいっているようだし、朴念仁の兄上とは違うな!"ドレ"!」

そう言って、ハンドレッドの肩を力強く叩くと立ち上がった。

「兄様、私も行きます!」

「海の事は俺に任せておけ。」

「私も侮辱されたままです!...様なものです。海賊に一矢報いたいのです。」

ベアトールはハンドレッドの心根までを見透かす様にじっと目の奥を見つめてくる。ハンドレッドにはやましい誤魔化しがあった。しかしそれでも真っ直ぐ、ベアトールの眼差しから逃げなかった。

「...三時半で港に戻ってくる。それまでに準備をしておけよ。」

ハンドレッドは顔を輝かせ、強く頷いた。


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