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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 16

子どもたちが帰って来た事で、港町は安心感と喜びに溢れている。

「ありがとうございます、兵士様!」

「良かった、無事で...。」

兵士の後をついて人々の間を通り抜けて行くハンドレッドとミスサリアも、ホッと嬉しい気持ちになっていた。

群衆の中に兵士は、立ち止まって言った。

「我々堅牢の騎士団が一名の海賊を捕えた!」

人々は静まり、兜にくぐもる声のその先を待った。

「そいつは子どもを攫った事を吐いた。運が良かったのだ。その海賊と子どもたちを交換する事が出来た。」

拍手と歓声が沸き起こった。

「堅牢の騎士団!」

「真っ先に駆けつけてくれたのもあの人たちだ!」

兵士はその賞賛の嵐の中央に揉まれ、動けそうにない。何事かと近付いた他の兵士たちもその波に飲まれた。

ハンドレッドはふと、周囲にいる人々に気を止めた。ぽつんと集団から離れたところに立ち尽くし暗い表情をしている黒い顔の者や、港の方では足元に横たわる人に泣き崩れる女などもいる。

(犠牲が出たのか、海賊め...!)

海側に並んで警護しているのはラルハインの小隊、後片付けをしているのがフェルネェルの部下たちだった。ハンドレッドは念の為、フードを被り彼らと目を離さないようにした。

「どうしたの?」

ハンドレッドの様子を見てミスサリアが聞いた。

「やっぱり、兵士たちに見つかると面倒で...。」

「?」

「あ、いや。あの兵士を追うのにちょっと変装した方が良いかと思ったんだけど。」

しかし、子どもたちを連れて来た兵士はしばらく動けそうにはなかった。

「これで解決という事かな。」

「...あの人、どこへ行くんだろう。」

ミスサリアが視線を後ろに流した。ハンドレッドが真似て少しだけ振り返ると、人目を気にするように、時折立ち止まったりじっと振り返ったりしながら、どんどん人気のない方へ向かっていく男がいる。港の倉庫の方だった。

「確かに怪しい動きだな。」

「ボクらが追って来た兵士が、さっき合図をしたように見えた。そしたら、あの人が歩き出したんだ。」

鎧は着ていない、一般人のように見えた。

「...さっきの、姿を消す魔法が使えないか?」

「うーん、何から生気を奪ったら良いかな...。」

今は使えないかもしれないとミスサリアが言ったので、二人はその男の姿が見えなくなってから倉庫へと向かった。

灯りもない真っ暗な場所で、波の音だけが聞こえている。ミスサリアがハンドレッドをつついた。耳の横に手を当てて、声が聞こえる、と口だけを動かした。

足音を立てないようにその方向へ行くと、暗がりの中に二つの人影が見えていた。暗さに目が慣れていたハンドレッドは一人がさっきの男だとわかった。彼らはだいぶ警戒しているようで、たまに周囲を確認する素振りを見せる。あまり近づけないので会話を聞き取るのは困難だった。

「火事...予想外に燃え九人...。」

「...五人...報酬は...。」

「しかし、子ども...思わぬ...差し引いても...。」

「...やり過ぎ...思われ...。」

不穏な雰囲気に、ハンドレッドはもう少し近づこうと身を乗り出した。

「いい宣伝になったろう。マルメロ騎士団長殿の大手柄をキヌートの民は忘れる事はあるまい。」

「わかりました。マルメロ殿に伝えましょう。今回は契約通り支払います。」

男はもう一人の男から何かを受け取っている。

(マルメロ...?)

「あんたは良いだろうが、こっちはお頭に報告しなきゃなんねぇ。報酬を減らされたりしちゃ敵わないぜ。」

「こちらも似たようなものだ。騎士団長のお人柄が穏やかという訳ではない。」

(どういう事だ...!)

ハンドレッドがもう一歩前に出ると、身を隠していた山積みの箱にぶつかりガタンと音が鳴った。

「しまった!」

「誰だ!」

向かって来ようとした男たちが、突然、地面に倒れる。

「行こうドレ君!」

ミスサリアに手を引かれ、ハンドレッドは倉庫から逃げ出した。




「山から来る道はあるのかい?」

じゃぷじゃぷと黒い波の揺れる海の上の通路を歩きながら、カッツォはエモーックに聞いた。

「ねぇな。ここは秘密の秘密だからな。」

「へぇえ。こんなところに町があるなんて誰にも聞いた事ないよ。海賊がどっから来るんだろうって思ってはいたけど。」

仕事を終えた海賊たちが、一箇所に集まっている。クルマーシュが積み上がった箱の上に腰を下ろしその様子を眺めていた。

(イヴェットはどこに行ったんだろう...。)

カッツォとエモーックが中に入ったのを見て、クルマーシュは言った。

「ご苦労だったな野郎ども。今日、殺した奴は?」

海賊が何人か、指を立てて手を上げた。

「七人か...少々多いな。五人までという計画だった。」

「抵抗が激しかった。」

「そうだそうだ。」

「ふん。...城に近いからな、今後キヌートで仕事がある時は気を付けろ。」

(七人...死んだのか。あの時。)

こいつらはやはり海賊なんだとカッツォは思った。クルマーシュが人を殺さない主義だとか、そういう理由で自分が生き延びたわけではない。カッツォが殺される可能性はいつだってあるのだ。

話が終わると、海賊たちはばらばらに散って行った。エモーックはカッツォを連れて行ったのは酒場だった。吊るされた灯りの下に、樽だの箱だの地べたにも座って海賊たちが各々に酒を楽しんでいる。

「へえ、へ、へ。俺はいつもここで飲むんだ。」

エモーックはカッツォを待たせて、酒を取って来ると言った。

「こいつだぜ。新入り、エモーックが教えんだとさ。」

自分の事を言われたのだと思いカッツォが見上げると、大男が指をさしていた。

「はーん?こっちもまだ子どもじゃないか。」

答えたのは女の声だった。男だと思っていた細い目の方だ。

「こいつぁカッツォってんだ。面白ぇ奴だぞ。」

酒を両手にエモーックが戻って来た。一つをカッツォに渡してくれる。

「カッツォ、サアブとサビアナだ。どうしようもねぇ兄妹だ。」

「へっ、てめぇに言われたかねえ!」

サアブはどかっとエモーックの隣に座る。

「ずいぶん気に入ってるじゃないかエモーック。」

サビアナの方は立ったままで、カッツォの横に座るのを躊躇っているように見える。

「良くしてくれる。」

と、カッツォは言った。サビアナはジッとカッツォを睨みつけているが、カッツォと目が合っても何も言わなかった。その内どこかへ歩いて行ってしまった。

「へえ、へ、へ。カッツォは他人の話を売り買いするらしいんだ。そんな奴見た事あるか?無いだろ?」

「ああ、この町じゃあな。」

「お前も他所の町なんか知らないだろうが。」

兄に酒を渡したサビアナは、カッツォの横の樽の上に座り自分も浴びるように飲み始めた。

「はん、陸地にはそんな奴イワツキ貝くらいいんだろ。」

「エモーック、お前の話なんか売るつもりなのかぁ!?お前の事なんざ俺たちはよく知ってる。産まれた時からな!」

「俺たちはよぉ、この町で生まれてこの町か海で死ぬ。港の奴らに恐れられてもそりゃ海賊って大きいもんの話だ。エモーックという俺ん事は、あんなにたくさんいる南オルミス人のだぁれも知らねぇ。だだっ広い海にいる魚や海豚と、この入江にいる仲間たちしか知らねぇ。俺が死んでお前が死んで、サビアナも死んで、そしたらエモーックって奴がいた事は嘘か本当かも分かんなくなっちまう。俺ぁ時々その事を考えて、眠れなくなんだ。」

「お前の言う事は時々難しいんだよなぁ。」

「逆にバカなんだろ。陸地の奴らに存在が知れたら、それこそあたしたちは終わりだぜ。」

「そういうサビアナはガキの頃に家出して陸地に行った事があったなぁ。」

「船ん中隠れてな。イェーテ港に連れ戻しに行った前のお頭のあんなに怒ったところは他に無かったぜ。」

「はん、うるさいなぁ。ガキの頃の話は忘れろよ。」

「...陸地の話をしようか?」

カッツォが言うと、三人がぴたりと会話をやめてカッツォを見た。彼らはやはり陸地に興味があるのだと確信して話を続ける。

「そうだな、海から遠い南の山脈の話にしよう。トロプス鉱山っていう。オルミス王家が亡命してきたばかりの時代にはずいぶんと栄えていたんだ。金銀宝石、掘れば掘るほど出て来る宝の山だったって言うんだ。オルミスのフレザック鉱山で働いていたトロプスって男は、王様に言われて宝石の出る山を探してた。あちこちの山を分け入って、岩を叩いてみたり、地面を掘っくり返してみたり。当て所もない所を一人でさ。途方も無い距離を歩いてついに鉱山を見つけたんだ。トロプスは言ってたそうだ、川沿いを歩いて行ってガルザス草が咲いていたら川上に金脈がある。」

「あのキンキラは山に埋まってんのかぁ。もしかして、この山にもあんのか?」

サアブは周囲の山々を見上げる。

「多分、ここもトロプスは調べただろうね。鉱脈は無かったんじゃないかな。」

「金なんか見たこともねぇ。」

エモーックは言った。

「はん。金銀ってな石ころの事だろ?そんなもんあったって何にもならないじゃないか。オルミス人は馬鹿だねぇ。」

サビアナが呆れているのでカッツォは驚いた。

「...(かね)を使わないのかい?」

(かね)ってのは、物と交換するもんなんだろ?物があった方が良いじゃないか。」

「この酒はどうするんだい?」

「酒?酒なんざ皆んなで作って皆んなで分けるもんだろ。(かね)は頭が持ってりゃ十分だ。」

「へえ...。」

カッツォは、手にしている酒のコップを見つめる。酒を飲む機会などそうそう無いが、口当たりの良い酒だった。

「じゃあ俺の話はこの酒の代金の代わりさ。この間の大事件を聞いたかい、オーネット領の?」

「国境だ。」

「俺たちの海の見えざる壁。」

サビアナとエモーックが言った。サビアナはカッツォに気を許してはいないようだが、陸地の話に一番興味を示しているように見えた。

「ついこないだだ、オーネット領は滅んでしまったんだ。ファムリアに攻撃を受けたって。ついに戦争が始まるかって南オルミスは大騒ぎだ...。」

勿論、ハンドレッド王子の事を抜きにしてカッツォはオーネット領で見たものの事を語った。

「骨が!?」

エモーックは目を丸くした。死者が蘇った話にエモーックのフサフサの毛の中から目玉が飛び出したかのようだった。

「死んだ人間が動いただって?」

「陸地は恐ろしいなぁ。」

「ここも陸地っちゃ陸地じゃねぇか。この山向こうだってわかんねぇぜ。」

「もっと話を聞かせてくれよ。他にはどんな町があんだ?」

「じゃあ三つのルペッサン家の話はどうだい?手柄を取り合ってる騎士団と兵士たち。」

エモーックとサアブは頷いて、話をよく聞こうと前に出た。が、何故かサビアナは突然興味を失ったようにそっぽを向いた。

「サビアナ?」

「はん。...その話なら、あたしの方が詳しい...。」

「夜が長いな、お前たち。」

「お頭!」「お頭!」

「随分歓迎されているじゃないか。ふん。こいつらは変わり者だからな。」

クルマーシュが呆れたように言うので、見ればそこらの海賊たちは、イビキをかいて眠り込んでいた。

「あんたに言われたかないぜクルマーシュ。女たちの家に行ったか?」

サビアナが言うと、クルマーシュは肩を竦める。

「行ってきた。」

「女たちの家?」

「お頭の女たちがいる。」

「今日、新入りが入ったぜ。小さいの。」

サビアナが手で示す身長は、ちょうどイヴェットぐらいの背丈だった。

「お頭の...女?」

怪訝そうなカッツォの視線に気づき、クルマーシュはふん、と笑ってサアブの酒を煽った。

「お前は彼女の何だ。兄か?」

「まあ、兄代わりってとこだな。」

「そうか。」

「イヴェットを攫ったのはそう言うわけだったのか。」

「攫った?俺は迎えに行っただけだぜ。」

やはりあの時、港に行くのを止めれば良かったのだとカッツォは後悔した。

「彼女は俺についてきた。彼女はどこから来た?お前も付き合いが浅いだろう。」

「何?」

「お前を心配し命乞いはするが懇願するほどじゃ無い。お前も彼女を心配はしても食ってかかっては来ない。その程度の関係なんだろ?つまり、他人だな。」

「...。」

クルマーシュの言うことが間違いではなかったので、カッツォは困ってしまった。酒を飲んで気持ち良さそうにしているクルマーシュの表情からは、カッツォとイヴェットが親密である方が、またはそうで無い事実の方が、どう作用するのかが読めなかった。

サアブとサビアナとエモーックは、いつの間にか眠りこけていた。

「こんなところで寝たら風邪を引いちまうよ。」

カッツォはせめてサビアナの腹の上に上着をかけてやった。それを見ていたクルマーシュは、また「ふうん」と笑って言った。「お前は俺と同じだな。」

「何が?」

「女の扱いさ。」

そう言ってクルマーシュが飲もうとした酒は空になっていた。

「酒を持って来ようか?」

「ふ...親切な南オルミス人だな。さっきのは間違いだったようだ。」

クルマーシュは立ち上がると、エモーックを足でつつくように蹴り起こした。

「おい、寝場所に案内してやりな。」

「へ...へい。」

エモーックがのっそりと身体を起こす。


エモーックはカッツォを家の一つに連れて行った。中では既に男たちが喧しく眠りこけている。エモーックも入り口に横になって眠ってしまった。カッツォが散らかっている布団の一つに寝ようとすると、「カッツォ、カッツォ...。」と囁きかけてくる声があった。

「...シュロ!?」

「しーっ。」

目の前にあの大きな犬がいた。目に入らないはずがない、いつの間に現れたのかとカッツォはとても驚いた。

「あ、ああ。何でここにいるんだよ、ミザリーは?」

「僕らの方が先に船に乗っていたんだ。ミザリーはもう船にはいないよ、でも大丈夫だ。彼女に不利な事は彼女には絶対に起こらない。」

シュロはカッツォの前に伏せた。彼もここで眠る気らしかった。

「イヴェットも心配いらないよ。むしろ気がかりなのは君だ。君だけは魔法が使えないんだからね。彼女たちに巻き込まれて大変な目に合うのは君の役割だ。」

「そう...まあ、それならそれでいいよ。じゃあ、俺は俺でなんとかすればいいってわけだな。」

「君は何の力もないのにずいぶんと余裕だね。」

「なるようにしかならないのさ、人生ってやつは。俺の命が必ずしも助からなきゃいけないって事もないんだからなぁ。ミザリーにゃ悪いが、海賊でなきゃ生きられないってんなら海賊になるまでだよ。」

「ふーん。君が他人の物語を収集しようとするのは、君自身に生きる道筋が無いからなんだね。」

「...でもシュロがいたなら安心だよ。とにかく、イヴェットの事は。」

カッツォは布団に潜り込んで、目を閉じた。



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