第1章 忘れられた存在 13
煙で視界が悪いのに、人もごった返しているので進みづらい。子どもを攫った海賊の男は人波を乱暴に掻き分けながら船に向かって歩いて行く。背の低いミスサリアが追いかけるのは大変だった。それに続くシュロは尚の事、何度も足を踏まれながら進まなければならなかった。
「ミザリー!」
シュロの声だけはどこまででも届く。だが、彼女はそれで足を止める気配は無かった。
ある所でハッと人混みを抜けた時、男の姿はすでになかった。海の方は混乱が嘘のようにしんとしていた。倒れて呻いている人が数人転がっていて、地面には糸の切れたネックレスや靴、帽子など色々な物が散らばり落ちている。
見失っても行き先はわかっている。あの船だ。ミスサリアは大きな黒い船に近づいていって、積まれている木箱に身を隠した。船に下に海賊たちが集まっている。二十人よりは多くいそうだった。
「風向きが...煙...。」
覗き込んで耳をそばだてると、海賊達の話し声が聞こえる。
「そろそろ時間だな。」
「お頭の言ってた子どもと女は見つかったのか?。」
「見かけた女の子どもは全部連れて来たぜ。」
「なーに、そん中にまた気に入るのがいりゃあいいのさ。」
海賊たちが船に乗り戻って行く。
シュロがミスサリアに追いついて、横に座った。
「何をするつもりだい?」
口も動かさずにミスサリアに話しかけた。
「助けるよ。攫われた子は沢山いるみたいなんだ。」
ミスサリアは言った後、身を更に小さく屈めた。海賊の男が二人こちらに向かって歩いて来たのだ。
「後はお頭だけだ。早くしねぇと兵士にとっ捕まっちまうぞ。」
「お頭はいっつもギリギリだ。何つったって欲張りだ。」
「おい!早く戻れ!沖に船影!」
船から大声が聞こえ、二人の男が慌てて船に駆け戻った。
ミスサリアが身体を動かすのを見て、シュロが言った。
「乗り込む気かい?」
「まだお頭って人を待つはずだよ。なんか慌ててるし、急がないと。」
言いながらミスサリアは既に走り出している。男たちが上って行った後の梯子をスイスイと上って行った。
ガラーン、ガラーン、と大きな鐘の音が甲板から響き渡った。錨があげられ、船が今にも梯子を引きずったまま動き出しそうに揺れる。上に男たちの姿が見える。このまま上れば乗り込む前に見つかってしまうだろう。
(ガイタン、ボクを少しの間、人から見えないようにして!)
ミスサリアは精霊石に願った。
(そうだ、生気は海賊君たちからね!)
それを見ていたシュロは、安堵した表情をして船から離れた。犬の格好では梯子が上れない。助走をつけて桟橋から、船の甲板にひらりと飛び乗った。ミスサリアが甲板に乗り込んだ時、シュロが上で出迎えた。
「良い魔法の使い方だね。」
シュロは甲板に倒れている男たちを見て言った。
「攫われた子がいないね。」
「船内だよ。その調子であいつらの生気を吸ってしまえば簡単さ。」
鐘の音を聞いたクルマーシュは「急ぐぞ。」と言って足を早めた。イヴェットは駆け足で懸命について行った。クルマーシュは気を失ったカッツォを肩に担いでいるのに、イヴェットよりもずっと早く走った。
進みかけている船の梯子を掴むと、まずイヴェットを上がらせた。二人が梯子を上っている間に船はゆっくりと桟橋を離れて行った。
「...迎えが無いと思ったらどうした事だ、これは。」
甲板にカッツォを放り込み、上がって来たクルマーシュは倒れている部下たちを見て驚いた。カッツォにイヴェットが駆け寄った。
「寝ているのか?おい!しっかりしろ!」
クルマーシュが倒れている男を蹴飛ばして顔を叩くと、男は微かな呻き声をあげる。
「ふん...。あとで海に叩き落としてやる。」
クルマーシュはくるりと振り向くと、改めてイヴェットに手を差し伸べて言った。
「ようこそ我が船へ。」
カッツォから離れようとしないイヴェットを見て、彼はふんと鼻を鳴らす。
「その男の命が惜しければ、俺に恥をかかせない事だ。」
言葉の意味を理解したイヴェットは、一度クルマーシュを睨みつけた後、言う通りに従って彼の手を取った。
「聞き分けの良い女は好みだ。名前は?」
「...イヴェット。」
「そうかイヴェット。そう身を硬くする事はないぞ。お前はこの船の女王然としていれば良いんだ。」
クルマーシュは甲板の階段の上にイヴェットを招きながら、両手を広げる。
「...いずれ世界の皇后となる。」
と、クルマーシュは言った。
船長室に入る段の高い場所からは、港町の様子が良く見えた。煙は晴れており、重装備の兵士たちが船に向かって何か叫んでいる。
「ふん、ご苦労な事だ。オルミスのご機嫌取りの狼どもが。」
クルマーシュが吐き捨てるように呟く。
「狼?」
喩えにしては何かがしっくりこないと思って、イヴェットは聞いた。
「嘘つき、腹黒、野心家。厭らしい奴のことさ。馬の群れに混ざった狼。」
「馬?羊ではなくて?」
「羊とは何だ?おかしな事を言う娘だな。」
クルマーシュはカッツォやミスサリアと同じように不思議そうな顔をしてイヴェットを見た。
(なんだ。この人もお兄ちゃんたちと同じ...。)
「お頭ーっ!」
船内から飛び出して来た男が、甲板で叫んだ。
「何だ?」
クルマーシュが言うと、男は見上げてほっと息を吐いた。
「ああ、良かった。間に合ってたんすね。ちっとも報告が...ってこいつ、寝てやがる??あっちも!?こりゃぁ一体...?」
「そうなのだ。何か知らないか?」
「いいえ!」
「ふん...。」
クルマーシュは顎に手を当てて考え込む。
「それよりお頭、第二王子の船が。」
「何だと?」
「沖合です。」
クルマーシュは望遠鏡を取り出し、男が指差す水平線を見た。
「まさかあの親父め...計ったのではあるまいな。このクルマーシュ・ファルトーソーを裏切るつもりか!」
「しかし捕まる距離ではありません。偶然かも...。」
「ふん。」
「それと、子どもは牢屋に集めてありますが。」
「子どもたち?」
ああーっと男の長い叫び声の後、ぼちゃんと大きな水音がした。
クルマーシュは海賊を一人海に投げ落とした後、イヴェットを連れて船室へ降りて行く。目が慣れず暗い船内に、イヴェットはとても心細くなった。
奥の方に鉄格子で仕切られた一角があった。そこに十数人の子どもが入れられて、泣いている。女の子ばかりだった。しかし、マントをつけた少年だけが一人こちらを睨んでいた。
「イヴェット、イヴェッモ!」
背後から囁き声が聞こえた。
振り向くと物陰にシュロと、シュロに口を押さえつけられているミスサリアが手招きをしている。イヴェットの顔はぱっと明るくなり、シュロに窘められて、クルマーシュの方を向いたまま一歩ずつ後退りして彼らに近づいた。
「はぁ...。」
クルマーシュはイヴェットの様子には気づかず、頭を抱え、ため息をついた。
「だから、お前たちはどうしていつもこうなんだ。こんなに子どもを攫ったら、港に着いた第二王子の舵はすぐにこちらを向くだろう。帰して来い。」
「は、はい!」
「...しかも女でも男でも無い奴が混じっているじゃないか。」
「海賊め。今、第二王子が港に来ていると言ったな?」
少年は凛とした声で答える。
「...何だ?」
「お前たちはもう終わりだな。全員首をよく洗っておくが良い。」
「誰だ、こんな面倒なのを攫って来たのは。」
「サアブです。」
海賊たちが指を差し合う。
「フードを被って小さかったから...。」
サアブと呼ばれた大きな男は、小さくなって言った。
「...。」
クルマーシュは黙っていた。
「お頭?」
「...おかしいな。こんな時に言う言葉があったと思うんだが、俺とした事が思い出せない。」
「はあ、はあ。物忘れですかい?俺もよくあるんでさぁ。」
「サアブ、言い回しの違う言葉で言ってやろう。"こいつを海に落とせ"だ。」
クルマーシュが言うと、サアブは「ひい」と情けない悲鳴をあげた。
「だが今回は特別に許してやる。」
「お頭ぁ!」
「この子どもたちを近くの陸に返して来い。そうすりゃ目の色を変えて追ってくることはあるまい。イヴェット、」
「は、はい!」
突然クルマーシュが振り向いたので、イヴェット裏返った声で返事をし、ミスサリアとシュロは隠れ潜んだ。
「見ろ。これが俺の選ぶ女だ。」
「はぁ〜、なるほど。」
「確かに。」
「珍しい顔してらぁ。」
啜り泣きをしている子どもたちがぞろぞろと牢屋から出された。この子たちが帰されると聞いて、イヴェットはホッとした。
「サアブ、この小うるさいガキは海に捨てて行け。」
少年は後ろ手を縛られ、最後に船室を出される。
「ドレ君!」
(お姉ちゃん!?)
「何だ?」
誰もいないところから声がしたので、クルマーシュはきょろきょろと辺りを見回した。
「何か言ったかイヴェット?」
女の声だったと思い、クルマーシュは聞いた。
「え...えーと...ドレ?はい、えーっと...ド、ドレミ〜♪」
「?」
「歌?」
「こんな時に?」
「お頭の女は変わってる。」
「...うう...。」
イヴェットは顔を真っ赤にして、俯いた。
甲板に出たサアブは子どもたちを小舟へ連れて行く。もう一人の海賊が少年を縛る縄を持ち、船の縁へと背中を突き飛ばす。
「お前たち、この罪は子どもを帰しても許されないぞ!」
「減らず口のガキめ、魚にでも喚いてな!」
「何だかお頭みたいな奴だ。」
そう言って、少年を海に蹴り落としてしまった。
ぼちゃんぼちゃんと水音が上がった。
「ん?」
「何だ。」
「今、二つ飛沫が上がらなかったか?」
「馬鹿言え。早く子どもを帰さねぇと、次は俺たちの番だぜ。」




