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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 12

(一人で住むには少し広すぎるような気がしたのは、生き別れの妹と再会出来た時に一緒に住む為なのかな。)

イヴェットは見えて来たカッツォの家を見て、そんな事を思った。

「ただいまー!」

ミスサリアの元気な声に返事は無い。

「あれ?」

「カッツォは寝てるよ。」

奥の部屋からシュロが出て来て、言った。

「僕が勧めたんだ。彼はまだ回復しきっていないからね。」

「シュロがおかえりって言ってくれて良いんだよ。」

イヴェットは荷物を下ろすと、シュロの頬を掴んでむにむにと揉み回す。

「おかえり、イヴェット。」

舌を暴れさせながらシュロは迷惑そうな目をしていた。

「お姉ちゃんにも!」

「...おかえりミザリー。」

その様子を見てミスサリアは笑って、「ただいま。」と言った。

ミスサリアが魚を捌いて干すと言うのでイヴェットは手伝いをした。

赤い夕陽がイヴェットの顔を熱く照らした時、彼女とシュロは森の湖にいた。伏せたシュロの背中に顔を埋めながら、イヴェットはぼんやりと湖面を見つめていた。

「ねえシュロ?」

彼女は彼にだけ聞こえるよう、小さな声で言った。

「何?」

「シュロは私と会えなくなったらどう思う?」

「...難しい質問だね。」

シュロは答えあぐねた。イヴェットは次の言葉を続けずに、彼の返事を待っている。

(君がイヴェットとしてシュロの答えを求めているなら...。)

ひとしきり考えて、シュロは言った。

「この世界の何もかもを許せなくなるくらいに寂しいよ。」

「そんなに?!」

イヴェットはびっくりして起き上がった。

「君はどうなんだい?僕と会えなくなったら。」

イヴェットは自分を見つめているシュロの黒い目を見つめ返して、考えた。

「たぶん、一週間はずっと泣いて...何にも出来ないと思う。それで一ヶ月は一日中落ち込んじゃう。それからずっとずっと寂しい気持ちのまんまだと思う。」

「そう。」

シュロは特に感想もなく相槌だけを打った。

「何でそんな事を聞くんだい?」

「おに...カッツォがね、生き別れた妹がいるんだって...。」

「へえ。」

(何で呼び方を変えたんだろう?)

シュロは気になったので、イヴェットの心境を読んだ。イヴェットにお兄ちゃんと呼ばれてカッツォがどう思っていたか、嫌だったんじゃないか、妹を思い出して辛くなったんじゃないかなどと思い返し気持ちが沈んでいるようだった。

シュロはいつもカッツォの頭の片隅にある少女の姿を思い浮かべて言った。

「君とカッツォの妹は全然似てない。」

「...わかるの?」

「うん。君の言動でカッツォが妹の事を何か思い出すような事も、無かったよ。」

と、嘘をついた。






次の日、太陽が高く上る頃、ミスサリアがまた港へ行くと言うので、今度はカッツォとシュロもついて行く事にした。

シュロはミスサリアとイヴェットの頭の中に浮かんだ知らない男の事を怪しんだし、カッツォは食事時に少し元気が無いイヴェットが気にかかっていた。今はミスサリアとシュロと話しながら笑っているので、杞憂かもしれない。

カッツォは他にも、コルツと別れたエルレチカとミスサリアが会ったという話を聞いて少なからず寂しく思っていた。

(あんなに仲が良さそうだったのになぁ。)

コルツはまだ城下町にいるんだろうか、と考えているうちに港へと着いた。

「で、そいつはどこにいろって言ってたんだい?」

屋台の並ぶ広場を歩きながら、カッツォは聞いた。ミスサリアとイヴェットは顔を見合わせた。

「ここにいろ、としか言ってなかったね。」

「何時に?」

「んー、特に。」

「本当に変な奴だなぁ。この町の奴じゃ無さそうだし、会えるかもわからないんじゃないか?」

特徴を聞いても思い当たる人間がいない。港だから町の人間以外がいるのは当たり前だが、話を聞くとどうも怪しい人物に思えた。

そんな口約束を当てにしない方が良い、港へ来る必要も無いというのがカッツォの本心だったが、彼はミスサリアの旅の見届け人でしかない。彼女の行動に付き添い手助けはしても、止める権利は無いというのが彼の考えだった。

「会えるよ!会いたいと思っていればね。」

ミスサリアは言った。

「お姉ちゃん、あの人に会いたいの?クル...クル...何だっけ。」

イヴェットは不安そうな顔をしていた。彼女もその変な男には関わらない方が良いと思っていたが、彼が昨日何を言ったのかを確かめたい気持ちもある。

「うん。クル君は困っているのかもしれないからね!」

ミスサリアが意気込みを表明するのをシュロはじっと見ていた。


三人と一匹は市場をうろうろしてみたり、海へ行ってみたりしたがその男はいなかった。

「探しても無駄だなぁ。こうなったら向こうから来るのを待ってりゃぁいい。」

「おいカッツォ!」

大きな手のひらがカッツォの肩をポンと叩いた。

「良かったな!お前!」

昨日の詰めバナナ焼き屋の店主が威勢の良い声で言った。見れば彼の屋台がすぐそこにある。

「やあスライ。何が?」

「妹だよ妹!会えたんだな?」

「え?」と顔をしかめるカッツォに、店主のスライはイヴェットを指差した。

「あ...あの...。」

イヴェットが気まずそうな顔をしたので、カッツォは昨日彼らの間に何かがあったのだと気が付いた。

(さてはスライが俺の妹の話をしたな。)

「ああ、会えたよ。港のみんなのおかげさ。でも彼女は違うんだ。」

カッツォは明るい笑顔で言った。

「今はこの子たちの話を仕入れているところなんだ。」

「何だ、いつものやつか。でも会えたって?」

「ああ。実は結構前に会えたんだ。だから今はどうだって良いのさ。今となっちゃ、もう少し町の近くに家がありゃあなぁって思ってるんだ。」

「そうかそうか。確かにお前んとこは不便だろうな。」

「そうだ、スライ。長い黒髪の変な男を知らないかい?昨日この辺りをうろうろしてたらしいんだけど、背が高くて育ちは良さそうな身なりだ。」

「おお、その男ならうちで食っていったよ。世界中のバナナを俺にやるから一緒に来いとか...。」

「火事だーっ!」

突然、町の方から、大声が上がった。

「火事だ!火事だ!火事だーっ!」

男たちが次々に伝え叫ぶ。広場は騒然となり、警備兵たちが鎧を鳴らしながら声のする方へ走って行った。空に煙が立ち上っている。

「奥の家のようだな。」

「大変!ボクも助けに行こうか。」

ミスサリアが言うと、それ応えるように胸の青い精霊石の光がぼんやりと点滅した。

カッツォが慌てて止める。

「待ちなよミザリー、大丈夫だ。兵士もいるし、消火隊だっているんだ。すぐに消し止められるさ。」

その通り、港にいた船乗りたちが次々と横を駆け抜けて行く。

しかし、

「火事だー!」

反対側の方から声が聞こえた。

「おい!どこへ行くんだ!火事はこっちだよ!」

「あっちだろ!煙が上がってる!」

「こっちだよ!あの煙が見えないのか!?」

見れば反対方向にも黒い煙が濛々と上がっていた。

「二ヶ所で火事が?」

広場は消火に走り回る人、避難して来て右往左往する人で混乱していた。

「こっちもだ!ルーティの家が火事だよ!」

「待ってくれ、まだあっちの火が消えてない!」

彼方此方で怒声が飛び交っている。広場にも灰色の煙が立ち込め始めた。

「おいおい、どうなってんだ!?」

スライが慌てて自分の屋台に駆け戻っていった。

「これは...火事じゃない!」

「お兄ちゃん?」

カッツォは海の方に振り向いた。白んだ視界の向こう、桟橋に大きな影が動いている。

船が着港しようとしていた。

「海賊だ!」

カッツォが叫んだ。

被害にあった港の話を以前聞いた事があった。まず町のあちこちで火の手が上がり、警備や船乗りの注意がそれた隙に海賊船がやってくる。

逃げ場は無かった。海から半円を描いて建てられた建物の外側が燃えており、町の外には出られない。人混みにはぐれないように、三人と一匹は固まって立っていた。イヴェットはミスサリアの腕にしがみつく様にした。

「ミザリー。」

シュロが落ち着いた声で言った。

「僕らに危害があるようなら相手を倒すんだ。」

「町ごと助けた方が良いんじゃないの?」

「無人の町を救う結果になっても良いならね。力を使うのは最小限と決めただろ。」

船から飛び降りてくる幾つもの影が見えた。カッツォも腰に差していた短剣を抜いて身構える。

見えないところから悲鳴が上がり始めた。だんだんその混乱が、近付いてくる。

「何をするんだ!」

少し離れたところで声が聞こえ、そちらを向くと子どもを肩に抱え上げて連れ去る男が見えた。汚らしく生やした髭や、下品に装飾品の付いた服装を見るに間違いなく海賊だった。

「ミザリー、待つんだ!」

「シュロ!」

イヴェットの声にカッツォが気が付いた時には、ミスサリアは連れ去られる子どもの方へ駆け出していた。咄嗟に追いかけたシュロも見えなくなり、カッツォはイヴェットの手を掴んで引き寄せる。

「...手荒にするなと何度言っても聞かない。」

すぐ側に立っている男が、ため息をつきながら言った。身なりの良い、長身の、黒い長髪の男が、彼らのすぐ横でイヴェットを見下ろしていた。

「俺が行くと言ってるのにだ。手柄欲しさに(かしら)の言う事を聞かない、矛盾している。時々あいつらを海の藻屑にしてやりたくなるんだ。」

クルマーシュは腕組みを解くと、膝を地面に落としイヴェットに向かって手を差し出した。

「さあ、行こうか。」

イヴェットは何が起こっているのかわからずに、ただならぬ事態を察してカッツォの後ろに隠れる。彼女が手を取り返さないのを不思議に思ったクルマーシュは、ようやくカッツォの存在に気が付いた。

「姉がいないと思っていたが、男じゃないか。お前は誰だ?」

「おいおい、あんたこそ...あんたがクルクルさんかい?どうやらカタギじゃないらしいなぁ。」

カッツォは剣を差し向けて精一杯に言った。恐怖を感じているわけではないが、相手の反応にどう対応するかにカッツォの神経は研ぎ澄まされ、自分の頭と指先が震えているように感じた。

「ふん。...この世界の王、クルマーシュが用も無いのに名を聞いてやっていると言うのに。」

男がゆっくりと腰から長い剣を抜いた、とカッツォは思った。

「っぐぅ!」

カッツォの短剣が手から弾き飛ばされ、鳩尾に強い衝撃を受ける。カッツォの視界は暗転した。

「お兄ちゃん!」

「良かったな。俺は女をスマートに口説く質なんだ。」






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