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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 11

ミスサリアと歌いながら歩いていたイヴェットは、辺りに家が一軒も無いのを見て言った。

「お兄ちゃんは一人で森の中に住んでいるんだね。」

イヴェットはカッツォとミスサリアをすっかり気に入っていた。たった数日前に出会ったのに人見知りの自分が何故こんなに打ち解けているんだろうと不思議だった。

「私の家は都会の集合住宅だったから知らなかったけど、郊外の生活って素敵だね。」

「ボクもそう思う!帰ったら湖を造ろうかな。ボクの家も森に囲まれているよ。」

「お姉ちゃんの家はどこにあるの?」

「ここからずーっと東に行ったところだよ。オーネット領の先、ファムリアの都エッカーニア。」

イヴェットはファムリアという国の名も聞いたことがなかった。

「お姉ちゃんは旅行者なの?」

「そうだよ。」

イヴェットは寂しいと思った。

ミスサリアとカッツォが家族では無く、住んでいる国も違ったら、この生活は今この時のものでしか無いからだ。

シュロが頼み事をしたようだからミスサリアとは一緒に行動するだろうが、イヴェットはカッツォとも一緒にいたいと思っていた。



畑仕事をしていた人が二人に気づき、もの珍しそうにこちらを見ている。しばらく畑が続いた後、町に着いた。

町は土を塗り込めた家々の壁が境になっていた。行先はその隙間の細い階段に続いている。二人が階段を降りて行くと、オレンジや黄色の壁の家が迷路のように建ち並び、石畳の道を(いざな)った。そこを抜けると明るい広場に出て、船が停泊している港と海が眼前にあった。

広場は賑やかだった。たくさんの人が往来していて、荷車や馬車が通って行く。あちこちにある屋台からは食べたばかりなのに食欲をくすぐる良い匂いがした。店に並んだ果物の甘い香りや、魚の生臭さもあった。

「うわぁ...。」

イヴェットは久しぶりに見る、活気ある港の光景に感激していた。

「イヴェット、あれを食べようよ!詰めバナナ焼き...?だって!」

「バナナ!?あるの!?」

ミスサリアが二つ買い物をして、一つをイヴェットに手渡した。イヴェットは目を輝かせてそれを受け取ると、両手で掴んだ暖かい、白くて丸い食べ物を大きな口で頬張った。

「ん!...パンじゃなくて...スコーンみたいな......バナナがジャムみた、ゲホゲホ!」

想像よりも生地がパサパサしていたので、イヴェットはむせ込んだ。

「へー、美味しいね。バナナを焼くなんて思いつかなかったよ。」

「はぁ...やっぱりバナナが少ないよ。」

二人の後に同じ物を買った肥った男が、店主に向かって愚痴を言う。

「仕方ねぇだろ。ファムリアから荷が来ないんだから。ルワレーリオ諸島の船便はもう七日もしなきゃ着かねぇんだ。」

「はぁ...打倒ファムリア!なんっつっても戦争なんてするもんじゃ無いねぇ。」

「戦争にはなってねぇってカッツォが言ってただろ。」

「同じ事だよ、海で戦争が始まるんだろ。ベルトール王子が出港してから船が来ないから町もこんなに静かだし。あーあ...。」

喋りながらもあっという間に一つを食べ終わった男は、肩を落として店から離れていった。

「まあ、もう少し辛抱するんだな。」

その背中に声をかけた後、店主もため息を吐いた。

「...これで少ないんだって。」

イヴェットは溢れんばかりにぎっしり詰まったバナナを見つめる。

「じゃあいつもはもっと入っているんだね。」

「そうともよ。じゃなきゃ詰めバナナなんて言わねぇだろ。」

店主が出て来て声をかけた。

「おじさん、カッツォを知ってるの?」

「ん?町外れの小僧だろ。あそこも外れとはいえキヌートだし、あいつはよく喋るからな。しばらく見なかったが、こないだ久しぶりに来たなぁ。」

「お兄ちゃん、有名人なんだね。」

イヴェットはミスサリアを見てにっこり微笑んだ。そんなイヴェットを店から身を乗り出して覗き込み、

「お?お嬢ちゃんがカッツォの妹かい?そうかぁ、ようやく会えたんだなぁ。それでしばらく見なかったのか。良かったなぁ。」

と、店主はしみじみとして言った。

「妹?」

「あいつがあんなとこに住んだのは、生き別れた妹のいる城下町に近いからだってのは、みんな知ってる話だよ。」

「そうなんだ...。」

イヴェットとミスサリアは顔を見合わせる。


波は穏やかで、桟橋の下でじゃぷじゃぷと揺れている。魚の影を追いながらイヴェットはカッツォの事を考えていた。会えない妹がいるなんて可哀想だと思った。イヴェットには兄妹はいないが、もし弟同然のシュロと会えなくなったらどんなに悲痛な思いがするだろう。

イヴェットが桟橋を無邪気に歩き回っているのをミスサリアは少し離れて見ていた。暇を持て余した船乗りたちが各所に座り込んだりしている。確かにこの港の活気はいつもより無いようだ。

「あら、ミザリーじゃない?...あなたも一人?」

横に立ったその若干低い心地よい声に、ミスサリアは聞き覚えがあった。

「エルレチカさん!どうしてここに?」

彼女は哀しげな表情をして、海を見つめている。

「彼とは別れたの?傷付いた心を癒すにはやっぱり海よね。」

「お姉ちゃん?」

イヴェットが戻って来て、エルレチカの顔をジロジロと見た。とても綺麗な人だと思った。

「あら、妹さんと一緒なのね。」

「コルツさんは?」

「彼とは終わったの。彼との思い出を波打ち際にさよならしているところなのよ。」

エルレチカは長い睫毛を合わせて、波の音を静かに聴いていた。ミスサリアは恋愛の事はよくわからないので、黙って彼女に倣っていた。すると、

「おーい、エルレチカ!シズミが蒸し上がったよ!」

空気を壊すような太い声に振り向くと、海岸にやって来て叫んだのは、先程詰めバナナ焼き屋にいた肥った男だった。

「ベラーン!この子たち、知り合いなの!」

エルレチカが大きく手を振って呼ぶと、べランは慣れていない走り方で息を切らしながら三人のところまでやって来た。

「ミザリーとイヴェットよ。」

「やあ、ミザリー、イヴェット。僕はベラン。エルレチカの恋人さ、よろしく。」

大きく柔らかい手のひらを差し出す。握手を返しながら、こんなに柔らかい手は初めてだとイヴェットは思った。

「恋人...?」

ミスサリアが見ると、さっきの表情は何処へやらエルレチカは赤い唇でにっこり微笑み、言った。

「海を見ていたら、傷心の者同士恋に落ちたの。さっき。」

「さっき...?」

「エルレチカ、シズミは蒸し上がりが最高だよ。」

「わかったわベラン。あなたの教えてくれる食べ物ってどれもとっても美味しいもの。じゃあね、ミザリー、イヴェット。」

肩を寄せ、腕を組んで歩いて行く二人を、ミスサリアたちは何とも言えずに見送った。


「そろそろ戻らなくちゃね。ボクが持とうか?イヴェット。」

二人は市場に戻り、野菜と魚を買った。イヴェットが両手に重い荷物を抱えてよろよろと歩いていると、誰かにぶつかってしまった。皮袋からクネ芋がこぼれ落ちる。

「あ...ごめんなさい!」

腰を屈めてそれを拾い上げたのは、背の高い長髪の男だった。長い黒髪と青い眼が印象的な、すらりとした男だ。

「...ありがとう...。」

「ふうん。なかなか良いな。」

男は御礼を言うイヴェットのつま先から頭のてっぺん、特に顔を見つめて言った。イヴェットはミスサリアの後ろに隠れる。

「ふん...決めたぞ。お前たちは俺のものだ。明日もここにいると良い。」

長い黒髪の男は不遜な態度で言った。

「何だって?」

「たぶんナンパだよ、お姉ちゃん。」

イヴェットはミスサリアの服にぎゅうっとしがみつく。

「ナンパ?」

「ふ、ふ。そう警戒するな。俺の女になれば誰も手荒な事はしない。」

「変な人...。」

イヴェットはミスサリアの後ろから、こそっと囁いた。

「もうそんな重い荷物を持たなくて良くなるぜ。俺は世界の王・クルマーシュだ。明日を楽しみにしていろ。」

クルマーシュは美しい所作で踵を返し歩いて行ったかと思うと、もう一度二人を振り向いてから、市場の人混みに消えていった。

「...何だったんだろ。」

ミスサリアもぽかんとした表情で言った。二人は気を取り直して、カッツォの家へと向かった。

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