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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 7

ハンドレッドを乗せた上等な馬車は、閑静な城下町を走り抜け城門へ到着した。金属の鎖が軋む音を立てて、鉄の門扉を引き上げる。北オルミスに倣った高い外壁を持つ城は、北オルミス城が落とされた記憶から更に強固な造りとなっている。町全体を壁で囲んだのも元々は市民の守備の為だった。

ハンドレッドは城の中に駆け込んで行く馬車の中でしみじみと、初めての一人旅を思い返していた。たった数日のことだけれど、ハンドレッドは誰かに連れられて外出する事も今までに滅多になかったので、予期せぬ事態はあったが無事に帰ってこられた事を誇らしく思った。

(...カッツォ・エサムに会えたからだな。)

一人ではきっと、オーネット領には行けなかっただろう。何も見る前にアルフレッドに見つかり連れ戻されていたか、国境にいる兵士たちを見て諦めていたか、あの骸骨に襲われて一人で戦い尽きていたか。アルフレッドの言葉を鵜呑みにして有頂天に城に戻って来て、特に何をするわけでもない日々を過ごしていたかもしれない。

馬の(いななき)を聞き、マリウスがやって来た。ダリウスとイリウスにそっくりな顔と髪型をした背の高い三兄弟の長男は、ドアを開けるとハンドレッド王子の降りるのに手を差し伸べた。

「...子どもじゃないぞ。」

「お荷物を。」

マリウスは "精霊学"の本の入った鞄を指し示して言った。

「これはいい。マリージア姉様は?」

「フェルネェル様と、戻ったダリウスの話を聞いておられます。」

「戻ったのはイリウスだろう?」

「失礼致しました。背が高いのは次男かと勘違い致しまして。」

「...。」

にっこりと笑うマリウスを見て、どうして兄弟というものはこんなに意地が悪いのだろう、とハンドレッドは世の中を憂いた。

「居ないところでまで、からかってやるなよ。」

それはともかく、よし、とハンドレッドは意気込んだ。特にフェルネェルが気を取られている内ならば色々と自由に動く事が出来る。

「マリウス、私はアルフレッド兄様からオーネット領の異変を調査する役を仰せつかった。手がかりを探しに宝物庫に行く。マリージア姉様が聞く事があったらそのように伝えてくれ。」

「承知致しました。...御食事はどうなされますか?」

「簡単にパンか何かで済ませたい。」

「承知致しました。」

ハンドレッドが駆け出して行く様子を見てマリウスは、彼がまだ少年である事にほっとした。

イリウスからこれまでのオーネット家の血が途絶えたという報告を受けていたマリウスはハンドレッド王子がどれだけの憔悴をしているかと気を揉んでいたのだが、アルフレッド王子が与えた役割が下を向かせず前に足を向けさせているのだと理解し、これが長男の請け負う役割の見本だと使命感に燃えるハンドレッドの後ろ姿を自分の内に深く留めるようにした。



マリージアがパンを持って宝物庫に向かった時、かび臭い地下の石壁と床はますます冷たく、微かに通る空気は各所にある灯火が使い果たしているように息苦しかった。

見張りの兵士が礼をして宝物庫の扉を開けた。数日ぶりに見る末弟は扉の開く音など気にも止めずに必死に蔵書を捲っていた。

「こんな所で読んでいては身体を壊すわ。」

とマリージアが言ったので、ようやくハンドレッドは顔を上げて灯りに照らされる白いドレスの王女を見た。

「ここが一番空気が良いんです。ほら、もう少しこっちへ来て下さい。隠し通路から風が抜けて来ているので。」

マリージアが言う通りの所へ行くと、確かに新鮮な更にひんやりとした空気が顔に当たった。

「お帰りなさいハンドレッド。」

「無事に戻りました、姉様。我儘を聞いていただいてありがとうございました。」

「何を読んでいるの?」

「"精霊学"という本です...ニ巻まで読みました。姉様はご存知ですか?」

マリージアは首を横に振った。

「変ね、なんだか聞き覚えのあるようで全く知らない言葉だわ。どんな内容なの?」

「精霊と呼ばれる光についての論文のようですが...様々な精霊の性質が書かれています。タタディアという精霊は人の命が大好物だとか、コカトはとても人好きで面倒見が良いとか。」

「童話なら子どもの頃に読んだかもしれないわ。」

「今はグラスゴート領の記録を調べているのです。」

「っ...ハンドレッド、まさか。絶縁の地に接触をしようと言うの?」

ハンドレッドは黙って、開いているページに目を落とした。

"ウルリク・グラスゴート三世はあの『飛行機』が完成したと報告した。カルラ王妃は自分の又従兄弟がその実験を成功させた事を大変に喜ばれ、自らその試乗に出向いたが、『飛行機』はひっくり返り真っ直ぐに王妃を目がけて墜落してしまった。"

「アルフレッド兄様がお許しにならないわ。」

「しかし、陸と海を塞がれた今、残るは空のみです。」

「...ファムリアへ攻め込もうと言うの?空から?」

「攻め込むのではありません。オーネット領のああなった原因がファムリアにあるのでは無いかと疑い、調査しに行くのです。ファムリアの姫が持つ不思議な力とか...。」

「...ねえ。やっぱりファムリアには姫がいたわよね?」

マリージアは頬に手を当てて、反対の手でその肘を押さえ、困ったように首を傾げた。彼女の癖のような仕草だが、眉尻を下げるその表情が愛らしいと評判だった。

「ファムリアの姫に何か...。」

ハンドレッドは南オルミスのどこかにいるミスサリアの身の上がバレたのでは無いかと心配したが、姉は意外な言葉を口にした。

「海に出たベアトールからも書簡が来ているわ。"ファムリアは戦う意思なしと使者を名乗る者があり、オーネット領の件に関して誤解を解きたしと和平交渉を申し出る。国に跡継ぎの産まれぬ今、南オルミスと事を構える筈が無いとーー。"」

"なあマリージア、ファムリアには変わった名前の姫がいなかったか?"とベアトールのサインの下に走り書きがされていた。

「仲が悪くなって久しいとはいえ、お互いの建国祭には出席していたのよ?今更存在自体を隠そうなんて無理があり過ぎるわ。こちらの裏をかく意図があるのか...。」

マリージアの話を聞いてハンドレッドは一つの考えが浮かんでいた。それはここ数日で何度か耳にした言葉だった。

(しかしまさかそんな、そんな馬鹿げた事があるわけがない。)

緊張状態にあり戦闘に明け暮れる羽目になったフラネールに駐屯している兵士たちやダリウスがそう言うならばそんな事もあるかもしれないとは思ってはいたが、今の話にそれをこじつけるのはいささか無理があった。


そう、もしかしたら忘れてしまったのではないかーー。何かの不思議があって、ファムリアの使者が、ミスサリアの事を。


オーネット領の事件を目撃者やダリウス、アルフレッドが忘れてしまったように。ハンドレッドも自分の記憶に穴が空いている感覚を覚えていた。特にこの宝物庫に来てから、それは一層強くなっている。先日、オーネット領に行く前にここから"精霊学"を取り出して同じようにページをめくった事を覚えている。つまり抜けているのは"精霊学"に関する記憶だった。

それに昔の記憶もぼやけてしまっている。この宝物庫にベアトールと"何"を見に来たか。それが"何"だと教えられたのか。

ミスサリアはーー本当に彼女がファムリアから来た姫か、姫じゃない者でもーー南オルミスに異変の原因があると思っていたようだが、忘れられた記憶はファムリアにこそあるのではないか、と思う持論を後押しされたような気がした。

それはとても馬鹿馬鹿しくてマリージアに話せることでは無かったので、ハンドレッドはこう言った。

「ではベアトール兄様は心配する事もないのですね。ファムリアが攻めてこないのならばアルフレッド兄様も。」

「そうね。とはいえ油断はできないわ。結果的にはあなたの言う通り、陸路も海路も邪魔な石で塞がれたような状態だもの。」

マリージアはそう言うと、憂いのある瞳でため息を吐き出した。

「けれど"空を飛ぶ船"はやめておきなさい。私もベアトールもアルフレッド兄様も、あなたを絶対に喪いたくないのだもの。」

宝物庫には、ハンドレッドによく似た黒い眉の女性の絵が無造作に、しかし大切に立て掛けられている。マリージアにも面影はあるようにも見えるが、似ているとはいえない。

姉王女の顔は疲れていた。白い肌の顔の窪みは少し黒ずんでいるし、近づけば乾いた唇が逆剥けているのがわかる。

「...どうかした?」

自分をじっと見つめている視線に気づき、マリージアは優しく微笑んだ。微笑むだけで彼女はどんなに草臥(くたび)れていても美しかった。

「あまり眠ってらっしゃらないのですか?」

ハンドレッドが言うと、マリージアは彼の見ているものに気づき、片手で顔を覆って隠すようにした。

「そうね。いよいよ戦争になるかと緊張していたものだから...。とにかく大ごとにならずに済んで良かったわ。」

そう言った後、マリージアは目を伏せて表情を暗く沈ませた。

「ごめんなさい、今のは間違いよ。」

ソラミルや、オーネット領に住んでいた人々の事を言っているのだとハンドレッドは理解した。

「私もお役に立ちます。きっと戦争では難しいでしょうが...。」

「ハンドレッド...。」

まだ青年とは言えない弟の何かが変わったと、マリージアは感じていた。ただ甘えていた幼き日から、気を遣って兄姉の邪魔にならないよう息を殺すようにしていた日々も、何かしなければと奮起して失敗しては落ち込んでいた頃も越えて、この強い眼差しは何を見てきたのだろうと、マリージアは彼の初めての一人旅を思った。イリウスからオーネット領の報告を受けた時、マリージアはハンドレッドを行かせた事を後悔した。だが旅のもたらしたものは悲しみだけでは無かったらしい。

「帰って来て安心したら何だか眠くなってしまったわ。少し休んで来ようかしら。邪魔をしてごめんなさいね。」

「マリージア姉様!お仕事を終えられたら、剣の稽古をつけてくださいますか?」

マリージアはふっと緑色の目を細めて、「ええ、もちろん。」と笑った。




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