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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 6

「面倒事からイヴェットを助けてくれてありがとう。僕たちは用事があるからもう行くよ。さあ、イヴェット。」

「うん。」

シュロは鼻先でイヴェットの腰を押して、この場を離れようとしていた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。またね。」

「どうする?」

「うーんー、気になるよね。だってお話し出来る動物なんて初めて会ったもの。」

「ピィ!」

「痛てて、何だよピーク。」

カッツォの肩の上で突然ピークが片翼を上げて暴れた。

「兵士に気にされると面倒だろ。大人しくしてな。」

「ねえイヴェット、シュロ。君たちが困っているんだったら力になるよ。」

ミスサリアが声をかけると、

「人間とはあまり一緒に居たく無いんだ。」

シュロがのっそりと振り向いた。

「僕らの言うことなんかわかりやしないんだからね。」

「まあそう言わずに。俺たちオーネット領の事を調べているんだが、何か知らないかい?」

「オーネット領ってなに?」

イヴェットはぐいぐい自分を押しているシュロの鼻先を退けて宥めるように毛並みを撫でる。

「イヴェット」

「いいじゃないシュロ。私、誰かとお喋りするのとっても久しぶりなんだもの。」

「僕と喋ってるのに...。」

シュロはぶつぶつ言って、諦めたのか大きな体を地面に伏した。

「オーネット領はここから東へずーっと行ったところにあるところだ。緑のなだらかな丘陵が美しく、長閑な農村があり、青い花咲く庭園のあった場所。だった...十日ばかし前に焦土と化すまでは。」

「しょうど?」

「草の一本もない真っ黒な地面だ。屋敷も人も動物も何にもいないようになっちまった。」


「...それは"アレ"がやったんだよ。」


地面に伏したまま、片目だけを開けてシュロは言った。

「あれって...?」

「僕らにもわからないものさ。」

ミスサリアとカッツォは顔を見合わせた。

「何か知ってるみたいだよ!」

「いや...知ってるって言えるのか?」

「私たち、記憶喪失なんです。突然、知らない場所に立っていて...ね?シュロ。」

イヴェットはぎゅっとシュロの首の毛を掴んだ。彼女が目の前の二人の人間を頼りたいと思っている事が伝わって、シュロは考え込んだ。

(封印用の記憶とは言え彼女もセレニアの一部ーーつまりセレニアが、彼らを見出していると解釈するべきか?)

シュロは立ち上がってぶるぶる体を震わせたので、イヴェットは彼から手を離した。

「...ま、記憶喪失と言えば記憶喪失かな、厳密に言えば違うけど。君たちが僕らを助けてくれるって言うんならさ、手伝ってもらったっていいんだ。もし...出来るって言うんなら。」

シュロはじっと二人の目を見る。その真っ黒な目は、ミスサリアが目が合っていると思ったし、カッツォも自分と目が合っていると思っていた。

「ボクには何だって出来る。」

ミスサリアは揺るぎなく、自信満々に答えた。

「じゃあ、アンズィルの瞳を壊してごらんよ。それで僕らも帰れるし、君たちの知りたい事もすべて解るようになるよ。」

「アンズィルの瞳って?」

「あの、真っ黒いやつさ。」

そう言ってシュロは空を見上げた。眩しい空に浮かんでいる黒い丸い物を鼻で示した。

「黒い太陽の事かぁ?そんな物、壊せるわけ...。」

「良いよ!」

ミスサリアは迷う事なくきっぱりと答えた。そしてじぃっと黒い太陽を見詰めた。

「壊すよ。」

それを見ていたカッツォは、ミスサリアの瞳が水面の様に揺らいでいる様に見えて、自分の目を擦った。ミスサリアの胸の辺りでぼやぼやと青い光と赤い光が点滅する。空気が張り詰め、触れている肌や毛がざわざわと騒ぐような感覚がした。

「それは...!」

シュロが驚いて叫ぶと、気分の悪そうな顔をしていたカッツォが突然に倒れた。彼だけでは無い、肩に乗っていたピークも共に意識を無くして落ちる。地面の草花が萎れ、周りにいた人間も同様にばたばたと倒れた。

「シュロ...どうなっているの?」

イヴェットが手を震わせてシュロの背中に抱きついた。彼女は街に人間が転がっている、いつか見た光景を思い出してとても恐がっているのだとシュロは気付いた。

彼女が作ろうとしているものは長い長い槍のような、アンズィルの瞳まで届く鋭い力で、そのイメージが見えているのはシュロだけだった。イヴェットは目を瞑っていたからだ。

「待って、ミスサリア!」

シュロは彼女の意識の中に入り込んで力の集約を阻害した。

ミスサリアは目の前でバシッ!と大きな木にヒビ割れの入るような音がしたので、びっくりして何度か目を瞬かせた。

「あれ?」

彼女はとぼけたように辺りを見回して、倒れているカッツォに気が付いた。

「どうしたの!?」

と駆け寄って、まず羽根を広げて倒れていたピークを抱き上げた。

「カッツォ...ピーク...大丈夫だ。気を失っているだけ...?」

「君は何だい?」

眉を潜めてシュロはミスサリアを見ていた。

「精霊が封印されている世界で、ましてや人間が魔法を使うなんてーー。」

(この一帯にいる人間全て使えばアンズィルの瞳を壊す事も出来た...?そんなの"アレ"よりも厄介な..。)

「何を言ってるの?シュロ。お兄ちゃんどうしたの?お姉ちゃんは恐い人?」

シュロはイヴェットの問いには答えずに、クンクンと鼻を鳴らしながら、ゆっくりとミスサリアに近づいた。

「そこにいるのは精霊だね。君の願いを叶えるのに彼らの生気じゃ足りないから、周りの生気を利用したんだ。」

「精霊って?」

ミスサリアはカッツォを抱え上げようとした。彼は意識を失っていて、一人で起こすのは無理そうだった。

彼女の胸の辺りにまた青い光が滲んだ。

「待った。僕に乗っけなよ。」シュロが言って、ミスサリアが持ち上げたカッツォを自分の背中に取り上げた。

「大丈夫さ。彼も、彼らも、その鳥も少しすれば治る。そんな事でまた力を使わないでおくれよ。」

「どうするの?」

「とりあえず逃げるのさ。これは君がやったんだから。」

シュロは言って、歩き出した。イヴェットとミスサリアがその後に続く。

「君が僕らを助けられるってことはよく分かったよ。だけどもう少し段取りが必要だね。」

シュロの背の上で、カッツォが微かに目を開けた。全身指先までぴくりとも動かない程に怠く、意識は朦朧としているが少しずつ何かが流れ込んでくるように回復していった。ああ、この暖かい毛のおかげなんだとカッツォは夢心地に思った。

カッツォに、シュロは言った。

「君は寝ていないで僕らを安全なところへ案内しておくれよ。安全っていうのは、そう、この町を離れて大分行ったところが良い。」

「...港...。」

掠れた声でカッツォは答えた。

「キヌートへ...。」

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