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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 5

城下に着いた所でカッツォとミスサリアはコルツの荷馬車から降りた。カッツォが4リグ渡すと、コルツは大きな手に心良くそれを受け取った。

「俺は取引先へ向かうからな。またなカッツォ、ミザリー。」

「じゃあね。ピークも。」

エルレチカがウィンクをすると、ピークは毛羽を膨らませて首を傾げた。

「あの!」

出発しようとする馬車をカッツォが引き留める。

「コルツさん...ルペッサン邸へ行くんですか?」

「ああ。君があの時教えてくれた、ルペッサンの主人がレオドフックの酒に目が無いという情報のおかげでずーっと俺のお得意様さ。」

「...そうですか。」

「そう言えば君はあの時...。」

コルツが言うのを待たずにカッツォは、

「じゃ、また。成功を。」

と言って軽く手を振った。

「君もな。」

荷馬車が見えなくなるまで手を振っていたミスサリアは、馬の駆けて行く音を聞きながら、剥き出しの地面である街道を見た。城下に着いたとカッツォたちは言った。城下とは国の中心部のはずだが、幕を張っただけの家とは言い難い所に人が寝ていたり、大荷物を抱えてうろうろしている人達がそこら中にいる。

「みんなフラネールから避難してきたんだなぁ。」

「あ、そっか。」

とミスサリアが言ったので、カッツォは彼女が不思議そうに辺りを見回していた理由を何となく察した。

「いや...間違いなくここが城下だよ。城下町はあっち。」

カッツォはそう言って、遠くにある高い壁を指差す。

「城と城下町はあの壁の中にあるんだ。ここもまぁ...町っちゃぁ町だけど。」

「何で壁の中に入らないの?」

「壁の中は城と名家の屋敷だからなぁ。あとは孤児院。海賊の襲撃、流行り病に事故、食糧難。村や町がだめんなりゃ取り敢えず城下を目指してやって来る。その度に壁ん中に入れてりゃぁ壁で囲っちまった町は満杯になっちまうよ。それで壁の外で施しを受ける事になった。施しは立派なもんだよ。南オルミスの誇りにかけて十分に行われるんだ。だから商人たちもここに常駐してるのもいる。真ん中の方に向かって行くほど古参の商人の立派な家が建っているんだ。ほら、そろそろ市場が見えてくる。フラネールの町民が避難して来たって情報が流れりゃ、住む場所に食う物に、資材を抱えた職人も農場主もやって来るんだ。なんせ国が買ってくれるんだから、商人なんか通してられないだろ。(きん)を持つのは金持ちの夢だ。持ってりゃ持ってる程偉い。壁ん中の人が出て来る時は金の雨が降る、なんて事も言われているなぁ。」

「ふーん...。城下町がこんな風になってるなんて知らなかったよ。」

「こんなになったもんだから、壁の中と取引するには通行証が必要なんだ。名家の方達はどうも薄汚れた城下の事は良く思っていないようでね。ほら、兵士たちが歩いて来たろ。フラネールからの避難民を確認しに来たんだろうねぇ。」

カッツォの指差す方を見ると、少数の軽装の兵士たちが足並みを揃えてミスサリアたちが歩いて来た方向へと向かって行く。鎧は着ておらず、細身の剣を差しており両肩に紋章の刺繍入った布をがかかっていた。

続けて違う紋章を持つ兵士たちが、やや早足に前の集団を追いかけているようだった。

「真っ先に来たのは近衛騎士団長ラルハイン・ルペッサンのとこ。出遅れたのは堅牢の騎士団長マルメロ・ルペッサン。だけどとっくに着いていたのが、執政官フェルネェル・ルペッサンの配下の人たちだ。」

「ルペッサンって何人いるの?さっきコルツさんも行くって言ってた家だよね。聞いた事ある名前だと思ったんだ。」

「名家はみんなルペッサンだよ。オルミス王家もとっくにルペッサンの血筋だし。」

「...あ、亡命した王女を逃した人がルペッサンだったっけ。」

「そうそう。壁の中は今やほとんどルペッサン。家名を奪う、ルペッサン家ってのは政略結婚が多くて有名でねぇ。」

「へー。みんな同じだとわからなくなっちゃいそうだね。」

「だからみんなそれぞれ違う紋章を付けてるってわけだ。それぞれの家の男はみんな騎士になって王家に取り入るのが仕事だからなぁ、今はアルフレッド王子がいないから、きっとマリージア王女のご機嫌取りに来てるんだ。大きな声じゃ言え無いが、馬鹿げた話で、ルペッサン家同士で功を競い合ってんだってさ。」

「ふーん。ファムリアとは全然違うんだね。同じ様にお城と町があるんだって、国が違えば住んでる人たちも違うんだな。」

ミスサリアは感慨深そうに言った。

(しまった...国の内情を喋りすぎちゃぁまずかったか?)

「何だ、その動物は?」

その兵士の声は背後から比較的大きく聞こえたので、カッツォはピークの事を言われたのだと思い振り返った。だがそこには、兵士はいなかった。

「うわ!」

人垣の向こうから兵士の声が続いた。

「何だろう?」

だんだん集まって行く野次馬の中にミスサリアが駆け込んで行った。

「ミザリー!まったく...。ごめんよ、ちょっと、通してくれ。」

押し退けた恰幅の良い婦人に睨まれながら、カッツォは野次馬の前の方へ出た。兵士三人が物言いをつけているのは、十歳くらいの赤毛の少女だった。それはそれはおかしな格好だった。上は真っ赤で下は青。短いスカートから出た足は白い長靴を履いて更に茶色の靴を履いている。上の体の中心線は白く、黒く細いリボンをしていた。

「おじさん犬を知らないの?シュロはバーニーズっていう...。」

「犬...犬とは何だ!?」

辺りの人々が騒つく。

カッツォも驚いた。その、少女の腰ほどにもある大きさの毛がふさふさした動物は、ピンク色の長い舌を出して荒く息を吐いている。小さな黒い目は兵士たちを見上げていた。三人の兵士は腰が引けていた。紋章はフェルネェル・ルペッサンの物だった。

「お前はフラネールから来たのか?」

「フラネール?ねえ、ここはどこ?こんなに人がいたなんて信じられない!」

兵士たちは苦い顔を見合わせた。

「どうする?」

「...連れて行くか。」

「おい、お前たちの中でこの娘を知っている者はいるか!」

突然の呼びかけに野次馬たちが一歩退がる。カッツォがそれに押されてよろけると、ミスサリアがぽつんと一人、人々の前に立っているのが見えた。

「...知っていると言うのか?」

兵士が乱暴にミスサリアを指差す。ミスサリアはきょろきょろ辺りを見回すと、自分の顔を指差して、キョトンとしてミスサリアを向いている少女としばらく見つめ合っていた。そして、

「はいはーい!ボクの妹です!」

と大きく手を挙げてにっこり笑った。カッツォが顔を覆ってため息をつく。

兵士たちはミスサリアの頭からつま先を怪訝そうに眺めた。

「あー、あの、すいませんねぇ。俺たち、鉱山の方から来たんですけど...バーニーズ...小ちゃい種類の馬なんですよ、珍しいでしょ?」

兵士たちの視線は、カッツォに移った。

「お前は?」

「えーと...。」

カッツォはミスサリアと少女を交互に見て、言った。

「兄、かなぁ。」

「お姉ちゃんたち...?」

少女が首を傾げると、


「イヴェット、ここは彼らに合わせておきなよ。」


と誰かの囁くように小さい声がしかしハッキリと聞こえた。

「ん?」と三人の兵士も眉を潜める。

「わかった...。」

少女は言って、ミスサリアとカッツォの方に来た。

「ふん...馬ならしっかり繋いでおけ。くれぐれも壁の中には入れるなよ。」

兵士たちは動物を恐れたのか、なんども振り返り見ながらも足早に立ち去っていった。

「お姉ちゃんたちは誰?」

野次馬が解散する中、少女はくるんとミスサリアの方を向き直って言った。ふさふさの動物はじっとカッツォを見ている。カッツォの肩に乗っているピークを見ているようだった。ピークが食われるのではないかと思い、カッツォは体の向きを変えてピークを隠した。

「ボクはミスサリア!ミザリーって呼んで。ファ...じゃ無くて、何でも屋だよ。」

「何でも屋?」

「そう。困ってる人を助けるんだ。」

「助けて...くれたの?さっきの人たちは、警察じゃなかった?」

「ケイサツ?彼らは兵士だよ。」

「兵士...軍事国家なのかな。ちょっと怖いかも...こういう所、ニュースで見た事がある。難民キャンプだよね?」

「...。」

ミスサリアが、口を開きっ放しにカッツォを見た。何と返したらいいかわからない、という意を汲んでカッツォが答えた。

「...君の言ってる事がさっぱりわからないんだけど...場所を変えた方が良さそうだなぁ。」

フラネールの避難民たちが居るところとは別の方向にカッツォは二人を連れて行った。犬という動物も、ぴったりと少女にくっついて付いてくる。人が少ない所を選んで立ち止まったが、やはり注目は浴びた。

「名前はイヴェット。イヴェット・オーケルフェルト。九歳...だったかな。誕生日がまだなら、たぶん。こっちはシュロ!バーニーズって種類の犬で、私の家族。」

イヴェットはそう言って、シュロの首の毛に顔を埋めた。

「俺はカッツォ・エサム。...こいつは鳥のピーク。君はどっから来たんだい?ここがどこかもわからないみたいだけど、もしかしてファムリア?それともオーネット領?」

声を潜めてカッツォは言った。

「ファムリア?オーネット...何?それってどこの地名?」

「じゃあルワレーリオ諸島?北オルミス?」

「???」

「...迷子?」


「ふうん...ちょっと眠っている間に、そんなに人間の国が増えたんだ。」


さっきの声が近くでした。幼い、イヴェットよりも幼い少年のような声だ。

「誰だ?」


「僕だ。シュロだよ、たぶんね。」


と、ふさふさの毛の動物ははっはっと言いながら小さな黒い目でカッツォを見つめている。

「...シュロが?」


「イヴェットの知っている場所はもうどこにも無いよ。」


と、ブルブルと体を震わせてシュロは言った。


「ここはセレニアの国なんだからね。」


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