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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 4

三日後、仮の檻は完全に敵を囲い込んだ。行く手を阻んでも真っ直ぐフラネールに向かって骸骨たちは進み続けようと蠢いている。檻で押し留めている合間に、兵士たちは石を積み始めた。大量の石材の用意が間に合わないので、町中の塀や橋の一部を解体して運んでいる。

「後何日で防壁が完成する。」

「一応、十日程です。」

アルフレッドは兵舎一階の本部にいた。各隊長を集めてファムリアに向け進軍する態勢を整える為の会議をしている。

「失礼します。」

現在、オーネット領にて見張りの役を負っているはずのスティーギー隊長が兵舎に入った。

「どうした?」

来るべきではない時に来たという事は、現場に異変があったのを意味している。デルバーリ隊長が不安を覚えながら聞いた。

アルフレッドも含めた全員がスティーギーの報告を待つ。

「大丈夫です。ちゃんと奴らは閉じ込めています。」

空気を察して、スティーギーは言った。

「ただ、我々が斃さなくなった為か...気味の悪い事に、ほぼ完全な人の姿になってしまいました。もし逃げられて町に混ざりでもしたら遠目にはわからないくらいです。」

死者と剣を交えた隊長たちが低く喉を鳴らした。

「やはりオーネット領民の顔をしていたか?」

「フラネールの町長が言うには見知った顔があるそうです。」

「オーネット家の人間は?」



ハンドレッドはアルフレッドに呼ばれて兵舎を出た。珍しくダリウスも付いて来ない。

(どこへ行くのだろう...。)

「ベアトール兄様は大丈夫でしょうか。」

二人きりの沈黙が気まずくなり、ハンドレッドは切り出した。

「そうだな。心配だ。」

アルフレッドがそう言ったので、ハンドレッドは驚いた。

「しかし私が城に戻ればファムリアの思う壺だ。オーネット領を越えてこの町を落される。あの得体の知れぬ襲撃者たちも解き放たれてしまう。...既に先手は取られている。」

と、兄王子は奥歯を強く噛み締めた。

東門を出るのでまさかと思ったが、オーネット領へと街道を歩いて行く。壁を築いている小隊と、木の檻を見張っている兵士たちが王子たちに向かって敬礼をした。

二人は檻の前に立った。その急拵えの檻から腕を伸ばし、近づく者に掴みかかろうとしてギシギシと木組みを鳴らしているのは普通の人間にしか見えなかった。ハンドレッドは目を疑った。しかし"それ"が普通ではないのは、視線が目の前に立つハンドレッドに定まらず、定まったとしても濁った瞳の中に感情が見えず、くぐもる呻き声を発しながらただひたすら前進し続けている異様さだった。

「この中に。」

アルフレッドは言った。

「オーネット家の人々もいる。領主のコーン、デイジー夫人、ヤシム、ルバン、ソラミル、マミ。」

ハンドレッドは驚くよりも、やっぱりそうだったか、という冷静な感情があった。この檻の前に立った時から、この"より人の姿に程近くなった何か"を目にしてから、アルフレッドがハンドレッドを連れてオーネット領に歩き出した静けさの中から、既にどこかで、きっとそうだろうと思っていた。

ハンドレッドは胸痛みを感じながら、頭の中では全く別のことを考えていた。ああ、やっぱり精霊なんてものは創り話の娯楽小説なのだ。願ったところで奇跡など起きないーー。

(私は強く..,強く願っていただろうか。もっと前、一面に黒い土となったオーネット領を見た時にはもう、諦めの気持ちが有ったのではないだろうか。ソラミルの安否を確認したいと私は言った。初めから、駄目な場合もあると思っていたのだ。ソラミルと必ず再会出来るという信念を持ってはいなかった...。)

「...お前は私が何を思っているかわからないと思っているだろう?」

黙って死者たちを見ていたハンドレッドに、アルフレッドは言った。様々な気持ちが巡りながらもまとまりは無く、呆然としていたハンドレッドは、突然アルフレッドが何を言ったのかわからなかった。

「お前にとってソラミル・オーネットがどの様な存在だったかは承知している。そうなる様に仕向けたのは私だからな。ヤシムとルバンは私の友人でもある。」

そういう声は淡々としていた。ハンドレッドはいつも通りの顔で真っ直ぐに前を見つめている兄を、幼い日の様に、何もわかっていない振りをして見上げていた。

「怒りだ。激しい怒りと悲しみが私の思考を阻害している。お前は私たち上の兄姉(きょうだい)に隔たりを感じているかも知れないが、今お前と私の抱いている感情は同じだ。」

アルフレッドはハンドレッドを見つめた。

十五年前、母が最後の弟を産んだ頃、同じ顔をした少年がアルフレッドを映す鏡の中にいた。ベアトールとマリージアは父親に似た。柔らかい栗毛の髪に端正な顔立ち。アルフレッドとハンドレッドは黒い髪の母親に似た印象的な目を持っている。

「聞け。この呻き声を。」

そう言ってアルフレッドが黙るので、ハンドレッドは息の音も立てないように気をつけた。

オオ、オオ、という音の中に言葉が混じっている。ハンドレッドは耳を澄まして聞いた。


『.......イグニーズ...。』


(怒りだ。この者たちもまた、怒りと悲しみによって突き動かされているのだ。)

そう思った瞬間、ハンドレッドは自分も檻の中に引き込まれてしまったような感覚を覚えた。


白い景色ーー横殴りの白い雨。

何か形の無いものーー

涙ーー

抱き締めて泣くのは...男?


『...。』


「ハンドレッド。」

ハッと顔を上げる。

「お前も南オルミスを守る四つの要石の内の一つ。ハンドレッド、お前はもう一人の私。不動の石である私とは違うしがらみの無い王子。」

「何を...。」

「行方をくらまし姿を潜めよ。」

「...!」

ハンドレッドは項垂れて、服の胸のあたりをぎゅぅっと掴んだ。

「兄様!先日の恥をまだお怒りならば...私に名を雪ぐ機会をお与えください!私は南オルミスの剣となって、」

「亡者の呻き。」

アルフレッドは低く鋭い声でハンドレッドの言葉を遮る。

「何を意味する言葉か調べよ。私はこの国境を動けず、ベアトールは海に駆り出され、マリージアは城を守らねばならん。だが南オルミスにはもう一人いる。お前は自由に動き回れる。このまやかしを解き私の足につけられた枷を外せ。」

「...私が...。」

「私たちは共に国を守りオーネットの仇を討つ。」

ハンドレッドはその時、アルフレッドが自分に微笑みかけているのを初めて見た。だが同時にずっとずっと前にも同じ微笑みを見た覚えがあるようにも思われた。

「はい!アルフレッド兄様...必ず。」

「ダリウスに言って必要な物を持って行け。頼んだぞ。」

意気揚々と駆けていく少年の後ろ姿を、アルフレッドはしばらく眺めていた。側にいた老兵が、眩しそうに目を細めながらアルフレッドの隣にやって来て言った。

「遠い日の殿下に良く似ていらっしゃる。」

「レッグ、耄碌も大概にな。私はあんな役立たずでは無かった。」

「...殿下?」

「誇りだけは一人前に持っている様だからな。家に帰すのも一苦労する。あれも私の足枷だ。」

「はぁ...。」

レッグは駆け続けていく若い少年を哀れんで、眉尻を下げた。



「ダリウス!」

兵舎に戻ったハンドレッドは、外におかっぱの後ろ姿を見つけるなり大声で呼び止めた。

「お帰りなさいませ、ハンドレッド様。アルフレッド様にお話を?」

「ああ。ファムリアに潜入する。」

「はい!?」

ダリウスは思わず抱えていたショベルから手を離した。石畳にガランガランと喧しい音を立てる。

「ああ...気を付けろ、ダリウス。」

と、ハンドレッドが呆れてショベルを拾い上げた。

「そんなお話でしたか?」

聞いていた話と違う、とダリウスは困惑した。ハンドレッドに何か聞かれたら、城へ戻るように誘導する。そういう指示だったはずだ。

「兄様の言う事はどうも腑に落ちん、ファムリアの思惑を調べる。」

どうやら失敗したのはアルフレッドの方だ、とわかってダリウスは慌てた。

「わかりました、しかしどうやって潜入するのですか?オーネット領の向こうにはファムリア軍がいるでしょうし、海路もベアトール様が交戦中かもしれないんですよ。」

「そうだったな。」

ハンドレッドははやる気持ちを落ち着かせようと、空を仰いでため息をついた。

(私は自由に動ける石...。)

「...空。」

「はい?」

「...そうだダリウス!私は城に戻る。馬車か馬を用意しろ!私も南オルミスの王子、必ずや国と兄様のお役に立ってみせる!」

そう言って、ハンドレッドは慌ただしく兵舎の扉の中に入っていった。ダリウスはそこに残されてポカンと突っ立っていた。

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