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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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第1章 忘れられた存在 2

  トロプス鉱山の隆盛は二百余年程前の話だ。金、銀、銅に紫水晶、掘れば何だって出て来た。南オルミスで燻っていた者たちは、夢を追いかけて町を作り移り住んだ。南オルミス王家は亡命時にほとんど財産を持って来れなかった為に、(きん)を独占し、より質の高い宝石を献上した者に地位を与えた。

  しかし今は衰退期にある。この鉱山の手の届きやすい所はもう掘り尽くされてしまい、奥へ奥へと坑道を伸ばさなければならない。過去の栄光をもう一度手にしようとする金の亡者たちが町を牛耳っている。余計な金を使うなと、安い賃金でただ無茶な労働だけが強いられる。事故が増え、物資は失われ人も他所へ流れてゆく。

  トロプス鉱山で生まれた者はトロプスで働くのが当たり前だった時代から、トロプスで働いたら食ってはいけない時代へと変遷していった。若者は別の鉱山を目指したり、マリーゼやウィストリアに降りて行く。老人や病人ばかりが目につく鉱山町の一つ、ウルスでカッツォ・エサムは育った。病気の妹がいて、働く両親の代わりにカッツォが面倒を見ていた。カッツォは手伝いに行く家の老人や訪れる人々の話を聞いて妹の寝物語にしていた。元町長が寝たきりになると、カッツォを度々呼んで話をさせた。たまたま町長の家に来ていた商人が彼の話を1リグで買った。


「ラナ...。」





  いつもより少し上等なベッドで、カッツォは目を覚ました。清々しく空は晴れている。光る太陽が昇り、動かない黒い太陽がそこにある。

「ピーク?」

 鳴き声がするのに窓辺にいない。窓を開けると、「おはよー!」と言う元気な声が下から聞こえた。

「早いなぁ。」

「あっはは!すっごいボサボサ!」

  ミスサリアはカッツォの頭を指差して笑った。かと思うと、肩にピークを乗せて走って宿に入って来た。すぐに、ぱたぱたと階段を駆け上がって来る音が聞こえる。

「入っていい?」

「ちょっと待っててくれ。」

  カッツォは着替えた後、部屋のドアを開けた。

「朝から元気だなぁ。」

「大変だよカッツォ。アルフレッド君は負けちゃうかもしれない!」

「んん?」

  アルフレッド君って誰だっけ...とカッツォは考える。食事に行こうとミスサリアが言うので、階段を降りて行く途中でアルフレッド王子の事だと気が付いた。

「町の人たちが言ってたんだよ。もうすぐそこまで敵が来てるって。避難した方がいいかもしれないって。」

「そんなまさか。陸のアルフレッド王子だってのにさぁ...。」

  二人が席に座ると、食堂の給仕が皿を運んで来て、言った。

「この宿も休業になりますので、お早目に御支度をお願い致します。」

「ほらね。」

  と、ミスサリアは得意そうに笑った。

「オーネット領のあれでかい?」

「そうです。町長の話では、軍が町を放棄する可能性もあるらしいです。」

「はぁ...なんでそんな事になってんだ。」

「参りましたよ、僕ついこの前フラネールに来て仕事を見つけたばかりなのに...。」と肩を落として、給仕係の男は行ってしまった。


  一緒に食事をしていて、ミスサリアはやはり王女に違いないのだとカッツォは思った。パン屑がテーブルに散らかっている以外には、上品に口にものを運んでいる。

「みんな困ってるみたいだね。」

  パンを指先で弄ぶようにしながら、ミスサリアは言った。落ちるパン屑をピークがつついている。

  「戦争だとしても初めてなのに、相手が正体不明の骸骨じゃなぁ。オーネット領の情報も大して集まらなかったし。」

  カッツォとミスサリアは昨日、町をまわったが、オーネット領に何が起こったか目撃した人はいなかった。不思議なのは、オーネット領がああなる直前にオーネット領を通って来たはずの商人たちも、覚えていないと首を振った事だ。

「うーん、ボクが助けちゃっていいのかなぁ...。オルミスの事はアルフレッド君に任せた方がいっか...。」

「?」

  ぶつぶつ独り言のように言うミスサリアを、カッツォは見つめる。思えば、女性と二人っきりの旅になったのは初めてだ。

(敵国の姫に護衛も無し...か。俺も剣でも持っておいた方がいいかもしれないなぁ。)

  「ねえねえ、あなたたちって、恋人同士なの?」

「え?」

  突然肩に手を置かれたので驚いてカッツォが振り返ると、昨日この食堂で話を聞いた年上の女性が立っていた。カッツォは今まで様々な人に会って来たが、その中でもとびきりの美人だ。赤い銅のような豊かな髪を肩に垂らし、娼婦のように挑発的な格好をしているわけでもないのにそのスタイルが気にかかる。

「恋人同士?」

「いや...旅の連れ合いってだけで。」

  ミスサリアがキョトンとしているので、カッツォが答えた。

「ふーん。でも、男と女でしょ?」

「エルレチカ、準備が出来たよ。」

  外から来た男が彼女に声をかけた。カッツォを見ると険しく眉を寄せて、

「何だい、その男は。」

  と、ずんずん歩いてくる。

「悪いが彼女は俺の連れだ。」

「こういう風に彼女を守るのよ。わかった?」

  エルレチカは赤く染めた唇でふふ、と笑った。

「何だ俺を試したのか?エルレチカ。ん?君は...。」

  短い金髪の男はカッツォと目が合うと、その顔をまじまじと見つめる。カッツォもどこかで見た事がある気がして、記憶を辿った。

「ウィストリアで会った小僧じゃないか?」

  ウィストリア、と聞いてカッツォにも、今目の前にしている男より髪が長くもう少し若い顔が思い出された。

「ああ!...コ...。」

「コルツだよ。大きくなったもんだ。」

  彼が右手を差し出したので、カッツォも握手に応じた。

「よくわかりましたね。」

「なに、話を売ったのなんざ初めてだったからさ。」

「あら。知り合いだったの?」

  エルレチカはコルツの肩にもたれかかるようにして言った。コルツは顔を赤くしていて、カッツォは呆れた。

「昔、取引をした事がある。彼のおかげで儲けた。」

「カッツォです。」

「そうかカッツォ、あの時の礼を言うよ。」

「いえ、俺の方こそ...。!もしかしてコルツさん、レオドフックから来たんですか?」

  彼はファムリアから来ている酒屋だったはずだ、と記憶が鮮明に蘇る。

「そうだ。実はつい十日ほど前までオーネットにいたんだよ。」

「じゃあ、何か見た?」

「...買うか?」

  コルツはにやりと笑って、指で金貨を示した。

「ふぅん...3レーノでどうです?」

  カッツォは右の指で三を作って示す。エルレチカとミスサリアはそのやり取りにお互いの顔を見合わせていた。

  コルツは笑った。

「悪いが冗談なんだ。本当ならリグで売りたいところなんだが、何だかよく覚えていなくて。」

「頭に靄がかかったように...。」

「そうなんだ。何か見たのは間違いないんだが、思い出せない。」

「コルツさんもか...。」

  カッツォは腕組みをした。

「何だい?」

「誰に話を聞いても、覚えてないって言うんだ。」

  と、ミスサリアが言った。

「君は...。」

「ミザリー。よろしくね。」

「ふうん。カッツォ、君もなかなかやるじゃないか。」

「...。」

  この二人は、男女と見れば誰もが幸せな恋人同士に見える程、自分たちの恋愛に夢中なのだろう...とカッツォは思った。

(王家相手に恋も何も出来るか!...と言えれば説明は簡単なんだがなぁ。)

「ねえ。そこにいるのって...鳥?初めて見たわ。」

  エルレチカがピークを見てテーブルを回り込む。

「あの時の鳥かい?」

「そうです。」

  彼女は頭を撫でようと嘴の前に手を出した。

「痛っ...!」

  カッツォ達が気付いて見た時には、エルレチカは右手で左手を覆っており、手の甲に真っ赤な鮮血が流れていた。

  ピークは興奮して毛羽を膨らませている。

「エルレチカ!」

  コルツが慌てて彼女の所へ行った。

「大丈夫よコルツ。大した事ないわ。」

「すいません、エルレチカさん...ピーク、どうしたんだ。」

  「ご飯を盗られると思ったんだよね、ピーク。」

  カッツォが戸惑っていると、ミスサリアが席を立ち上がった。

「傷を見せて。」

  と、エルレチカの手を取る。傷を広げるようにしたので、エルレチカは痛がった。

「大丈夫、すぐに治るよ。」

  ミスサリアがそう言うと、エルレチカの表情が変わった。エルレチカが自分の手で血を拭うと、それっきりもう垂れてくることは無かった。それどころか傷がどこにも見当たらなくなっていた。エルレチカは左手をひらひらと裏返したり、表返したりして、握っては開いた。血を擦った跡だけが残っている。

  カッツォはミスサリアの胸のあたりが一瞬青く光ったのを見た。

「今...何かした?」

  怪訝な顔つきでエルレチカが聞くと、

「うん。ボクは何でも屋だからね!」

  と、ミスサリアは胸を張る。

  機嫌を直したピークが、首を傾げてピィ、と鳴いた。



  コルツの馬車の荷台に二人は乗りこんだ。コルツはともかく城下の取引先に酒を届けると言うので、連れて行ってもらうことにしたのだ。コルツが馬を走らせると、石畳に揺られて箱の中の酒瓶がガチャガチャと音を立てる。フラネールの町は、整然としながらも確かに緊迫した空気が漂っており、昨日よりずっと多い数の兵士たちが慌ただしく動いている。

(戦況が思わしくない、というのは本当なんだな。)

  横目にすれ違う騎士団の様子を見ながら、カッツォは思う。

(このままここにいて、アルフレッド王子と騎士団の様子も知りたいところだけど...ミザリーを放っても置けないしなぁ。)

  コルツたちが善い商人だから良かったが、ミスサリアの不思議な力は危険だとカッツォは思った。


「ボクは思った事が何だって叶えられる。だから困っている人を助ける為に使っているんだよ。」


  ミスサリアは自分の力についてそう説明した。


「何かの力だったと思うんだけど、うーん、思い出せないんだよね。でも、ボクが生まれた時から持ってるんだ。」


(危なっかしい子だからなぁ。ドレといい、王家の人間ってのはそういうもんなのかねぇ。)

  カッツォは自分が気を引き締めていなくては、と気持ちを新たにした。

「あのさ、昨日の骸骨みたいなやつ、ボクがやっつけちゃダメかなぁ?」

  酒樽の隙間に座り込んでいるミスサリアは自分を指差して言う。その顔を見る限り、さっきの力でそれが出来る、と言っているのだとカッツォは理解した。

「そしたらみんな困らないのにね。」

「...そんな事をしたら南オルミスに捕まるだろうなぁ。アルフレッド王子がいるんだ。自分の敵がいきなり誰かに横取りされたら、おかしいと思うさ。あまり人前で力を使わない方がいいと思うね。」

「ボクってバレないようにしようか。」

「...あんなに目立つからなぁ。」

  カッツォはミスサリアの胸のあたりを指差した。

「?」

  ミスサリアは自分の胸に手を当てて、目をぱちくりさせている。

「何かが光っていたよ、力を使った時。」

  カッツォが言うと、ミスサリアは服に手を突っ込んでごそごそと何かを取り出した。赤い石と青い石、ハンドレッドが渡した宝石がミスサリアの手に乗っている。

「これ、ドレ君がくれた宝石だよね?」

  と言うので、カッツォは頷いた。

「あれ、なんだか...。」

  ミスサリアは二つの石をそれぞれの手で自分の目の前にかざすと、

「青い方が小さくなってない?」

  と、カッツォに渡した。

(温かい...。)

  言われて見れば赤よりは青い石の方が一回りくらい小さい。

「ドレが渡した時、そんなに見ていなかったからなぁ。元々、青い方が少し小さかったんだろうさ。」

「むー。」

  ミスサリアは宝石をしまい直した。

「なあミザリー、ファムリアは...。」

  カッツォは、ずっと思っていた疑問を口にした。

「ファムリアでもやっぱり南オルミスが攻めて来た、と考えられているのかい?」

「一応、軍隊は動いてるよ。でも、ファムリアが攻撃したと思ってる南オルミスの侵攻を警戒して、かな。」

「...成る程。」

  揺れていた馬車が一度止まる。西門を抜け、草原に敷かれた道を走り出した。防壁に囲まれた石の町が後方へ遠ざかって行く。野営地にいた騎士兵はだいぶ減っていた。フラネールの町中に、または戦場に移動したのだろう。

「...実を言うと、フラネールが危険になって良かったと俺は思っているんだ。」

  酒瓶が音を立てなくなって、御者台にいる二人の会話が聞こえて来た。

「どうして?コルツ。」

「避難という名目で君を城下へ攫って行ける。」

  コルツが十日もあの町にいたのは、エルレチカと恋をしていたからだーーと言うから呆れたものだ。酒場で出会ったエルレチカと親密になり城下へ連れて行くまでになるのに十日を費やした、というわけだ。取引先は業を煮やしている事だろう。特に商品として酒が絡む取引は、失敗すると大きく信用を落とすと言われている。

 

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