序章 5
アルフレッドに連れられて、三人と一羽は階段を上っていく。円柱型の建物の外側を廻るように造られている階段だった。上り始めると、鎧を着た騎士達とすれ違う。二階にはまだ慌ただしく出陣の準備をしている兵士達がいた。三階、四階のベッドには今誰もおらず、五階の見張り台に来てハンドレッドはカッツォとミスサリアを盾にして隠れた。そこにはダリウスが居たからだった。ダリウスはアルフレッドに何か言いかけたが、アルフレッドが手で指示をしたのでそこに留まった。
最上階に出ると、町と周辺の全てが見渡せる展望台になっていた。鐘が一つあるだけだ。アルフレッドは東の端まで行って、オーネット領を眺めた。
「何を見た。」
アルフレッドは背中越しに言った。
カッツォが、オーネット領で起こった事を説明した。何もない場所にミシュワの花が歩き回り骸骨が地中から出てきた事を正確に、少しも大げさにせずに話した。
「そうか。」
アルフレッドは、半分だけ体をこちらに向けた。
「名は?」
カッツォは人と話をするのに生まれて初めて緊張していたかもしれなかった。言葉を選び、無礼を働かないよう、慎重に口を動かす。
「俺は、カッツォ・エサムです。ミザリーと、こっちは...。」
「良い。その者の名は知る必要も無い。」
ハンドレッドはハッとして、フードの下で俯いたまま、その言葉を聞いていた。
「どのような時、場所でも己の姿を陽の下に明かせぬ者に興味は無い。情報の提供について対価を支払おう。下に居る小姓に言って受け取るが良い。」
アルフレッドがその鋭い眼光を三人に向ける。別に金が欲しいわけでは無い、とカッツォも言う事は出来なかった。彼が支払うと言ったら受け取る義務が発生するのだ、南オルミスの国民である限り。
しかしカッツォとミスサリアは、アルフレッドと目が合う事はなかった。彼が見ているのは後ろに隠れているフードの男に他ならない。
「兵士たちが動く。早く自分の身の置き所に帰る事だ。」
アルフレッドはその場に留まったので、下へ降りながらカッツォはふー、と長い溜息をついた。
「すっごく怖い人だったねー。」
ミスサリアが大きな伸びをして、言った。
「お互いに顔を知らないんだなぁ。」
「ボクは知ってたよ。毎年の建国祭に来るのもあの人だもん。」
「じゃあバレたんじゃないか?隠れてれば良かったのに。」
「隠れるから怪しまれるんだよ。堂々としてれば、大丈夫、大丈夫。」
「そういうもんかねぇ。」
カッツォは言いながら、フードを被ったまま一言も話さないハンドレッドをちらりと見る。
一つ下の階に着くと、先程と同じ様にダリウスが一人でいた。昼間にハンドレッドと話していた人物だ。小姓というのは彼の事だろう、カッツォは声をかける。
「殿下に言われて来たんだが...。」
「情報提供者の方ですか?すぐにご用意致しますので、お待ち下さい。」
金髪のおかっぱの少年は朗らかに笑い、ごそごそと棚を漁る。ハンドレッドはその隙に階段を降りて行ってしまった。カッツォが合図をして、ピークが彼の後を追いかけた。
「はいどうぞ。」
と渡された二つの小さな袋は、ずっしりと重かった。カッツォが中を覗き込むと、金貨がぎっしり詰まっている。
「こ、こんなに要らないよ。町を歩くのに背中をどこに向けたらいいかわかんなくなる。」
「そうですか。でも、返されても困りますねえ。オーネット領の情報についている賞金は20ガルズで間違いないんですけど。」
「に...20...?」
あまりの大金にカッツォはもう一度袋の中を覗き込んだ。1000リグで1ガルズ。多くの人間は、、リグとレーノしか使わずに一生を終える。
「くれるって言うんだから貰っておきなよ。」
「三人で割っても6ガルズ6リグ6レーノ...。」
「ボクは良いよ。二人でわけなよ。」
「いやぁ、ドレも要らないとか言うんだろうけど、貰うんだったら三人で分けさせてくれ。」
「さっきから三で割るって...お二人じゃないんですか?だったら全部で60ガルズですね。」
ダリウスは言いながら、また金貨の袋を取り出して来る。
「...情報たって、見りゃ分かることしか話してないんだけどなぁ。」
カッツォは袋を慎重に懐に入れた。
ハンドレッドは階段を脇見もせずに下りて行って、騎士も兵士も殆どが出払った兵舎の外にまで出た。
飛んで来たピークが左肩に止まる。
「...ピーク。カッツォのところにいれば良いのに。」
ピークは首を傾げてフカフカした頭をハンドレッドの顎に擦り付けた。
「はぁ...。」
「ピピィ?」
「ふふ、本当に喋っているみたいだな。」
カッツォの真似をして、ピークの目の横をくすぐる。手の甲に嘴が触れ、その鋭さを感じた。こんなに馴れている可愛らしい動物だけれど、ちゃんと生きていくための武器を持っている。
ソラミル・オーネットのようだとハンドレッドは思った。
(「ソラミル!」
彼が来ていると聞けば、稽古中の剣を放り出してでも飛んで行った。母を亡くした幼いハンドレッドの話し相手にと、オーネットの領主は必ずソラミルを連れて城に出向く気遣いをしていた。
「ハンドレッド様...終わるまでお待ちしておりましたのに。」
ソラミルは、ハンドレッドより二つ上のしっかりした青年だった。
「良いんだ。剣なんてどうせ使わないよ。」
「お前が今夜もこの城内で眠りたいと思っているんだったら、今すぐ稽古に戻る事だ。」
背後に聞こえたアルフレッドの声に、ハンドレッドは身をすくませる。何故かソラミルは苦笑いをしていた。ハンドレッドの肩に大きな手が置かれる。
「と、言われるぞ。兄貴ならな。」
ハンドレッドはほーっと息を吐いた。
「お久しぶりです、ベアトール殿下。」
ソラミルが深いお辞儀をした。
「おう。来てくれて良かった。弟はソラミルが来るのを今日か明日かと待ち続けているからな。」
ベアトールはハンドレッドの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「ほれ、稽古に戻りな。万が一の時に国民を守るのは王たる者の役目だ。」
「でも...。」
「万が一の為だけではないわ。ファムリアと拮抗を保っているからこその平和なのよ。」
「う...姉様...。」
マリージア王女は両手に剣を持ち、コツコツと優麗に歩み寄って来る。自分の剣とハンドレッドの剣。彼女は途中で稽古を投げ出されても怒ったりはせず、優しく母の様に幼い弟を見守っている。
「せめて私よりは強くなりなさい、ハンドレッド。」
「マリージア様...私も共に稽古をつけて頂いても宜しいでしょうか。」
ソラミルはうやうやしくお辞儀をして、言った。
「良いわよソラミル。」
「一緒にやりましょう、ハンドレッド様。」
そう言って、ソラミルは笑った。
「二対一じゃ大変そうだ。俺もやろう。」
「あら、一対三で女性に剣を向けるつもりなの?」
「ほーぅ。自信家だねぇ...。」)
ソラミルはハンドレッドよりも身のこなしが美しく、力強くもある。マリージアが稽古の後に汗を拭いていた。自分の時にはしていない事に気が付いたのはあの時だった。
だからオーネット領に何かがあっても、彼ならばきっと無事だと思っていた。
(しかし、あれでは...。)
ハンドレッドは腰に差す剣の柄を握り締めた。
「ドレ。」
カッツォとミスサリアが外に出て来た。三人は兵士たちのいない場所へと移動する。石畳の小さな広場に噴水が一つあった。
「ほらよ、ドレの分だ。」
カッツォがハンドレッドに金貨の袋を渡した。要らないと言えばまた彼を嫌な気分にさせてしまうだろう。ハンドレッドが素直に受け取ると、カッツォは嬉しそうに笑った。
「でも、アルフレッドは君に払ったんだ。」
「俺に?」
ピークをカッツォに返す。
「世話した事への報酬だよ。」
あぁ、とカッツォは思った。アルフレッドはハンドレッドに気付いていたのだ。
「ありがとう。君がいてくれて良かった。」
ハンドレッドはカッツォに握手を求めた。
「...どうするんだ?」
「帰らなければならない。姉様も待たせているし...。」
「さよならかー。折角、仲良くなったのに残念だな!」
ミスサリアが言ったので、ハンドレッドは少しだけ後ろ髪を引かれる。
「ミザリーはどうする?今、向こうに帰るのは難しそうだけど。」
「そうだね。このまま南オルミスを調べてみる事にするよ、オーネット領がああなった原因も探りたいし。」
「原因が南オルミスにあると思うのか?」
ハンドレッドは少しムッとして言った。
「だって、ファムリアは何もしていないからね。」
「じゃ、しばらく俺と同行しないかい。君の旅は面白そうだ。」
「良いよ!一人より、二人...と一羽が良いよね?」
そう言ってピークを覗き込む。ピークはクル、クル、と嬉しそうに鳴いた。
「二人とも気を付けて。」
「ドレ、そのうち手紙を送っても良いかい?ピークは城のてっぺんにだって飛んで行ける。」
「...!ああ、君たちの旅の様子を報せてくれ。」
「じゃあね、ドレ君。また会おう。」
カッツォとミスサリアが旅立っていくのを見送って、ハンドレッドは足を兵舎に向け、歩き出した。
破裂しそうに心臓は脈打つ。フードを脱ぐ手は汗ばみ、台詞を考える口元は震えた。登り坂に足が止まりそうになるのを堪え、建物の前に立つ。
「何だ、また子どもか。」
と、声をかけた門番がハンドレッドの言葉に顔色を変えた。
「...アルフレッド兄様。」
最上階に、戦局を見据える獅子はいた。
「何をしに来た。」
低く、咎めるように声は言う。
「友人を...ソラミル・オーネットを捜しに来ました。私も、戦いに用立てて下さい。」
ハンドレッドが言うと、アルフレッドは振り向き厳しくハンドレッドを見下ろして、言った。
「何を見た?」




