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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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序章 4

 通り過ぎてゆく青い下膨れの形状を見て、いつかソラミルに聞いたミシュワという花だろう、とハンドレッドは気がついた。どういう話で聞いたのだったか、思い浮かべるソラミルの声の記憶は(もや)がかかったように曖昧になっている。だがこのように、自立歩行する奇怪な花だとは言っていなかった。

 ミシュワの花たちはある程度の距離を進んで、何もかも幻だったかの様に、薄くなって姿が消えた。

 ピークの鳴き声が、たった一輪だけ彼らの近くにミシュワの花が残っている事を教えた。通り過ぎて行った花々よりも、一際大きな個体だった。

 三人は根を下ろした花に近づいて行く。

「何だよこりゃぁ..不細工な花だなぁ。」

 カッツォが言って、もうすぐ花に触れようか、というところだった。大きな花は下膨れの中に溜め込んだ何かを空に向かって撒き散らした。キラキラと光る細かい粒が宙に舞う。

「ん?」

 カッツォの右足がびたりと動かなくなった。

 土の中から伸びている、土に汚れた白くて細い物に足首を掴まれている。

「根?」

「何だろ。」

 地面のそこらじゅうから同じ様な白い物が突き出ていた。この大きな花の根だろうか、とカッツォは思った。足を動かして解こうとするも、それはカッツォの足をしっかりと掴んで離さない。ハンドレッドは腰の剣を抜き、白い物が伸びてきている地面を刺してカッツォを助けようとした。剣先は、ガッと地中にある硬い感触に当たった。

 土を隆起させ、それは姿を現した。骨。人の形に揃った骨だった。

「うわぁあ!」

 カッツォを代わりに沈めようとしながら、黒い地面から這い上がって来た。

「こっちも...。」

 ミスサリアのいる所にも二体、三体と骸骨は這い出て来ている。

 ハンドレッドが必死になってカッツォを掴む骸骨を叩き切った。ベキッと腕の骨が割れた時に、カッツォは急いで自分の足首から指の骨を払って逃げ出した。

「来ないで!」

 と、ミスサリアは命令した。服の中にある青い宝石がちかっと光る。骸骨が一瞬だけ動きを止める。三人は逃げ出した。

 見渡すオーネット領のあちこちに、不気味な人影がぽつんぽつんと立っていた。同じ骸骨のように思われた。ハンドレッドが振り返ると、更に数を増やした骸骨たちが自分たちに向かって来ていた。土塊を肉の様に纏って体を持ち始めていた。

「何だ何だぁ、死んだ奴らって事かぁ?」

 カッツォが逃げ回りながら、言う。

「だからか?...いくら切っても手応えが...!」

 ハンドレッドはまた地面から這い出してきた骸骨を剣で打つ。跳ね返される剣身によろける体を持ち直す。戦うのは無理だ。

「えーっと...あ、これは名案。」

 カッツォがポンと手を打った。

「なになに?」

 ミスサリアが聞くと、

「すぐそこに戦える奴らがいるじゃんか。」

 と言って、ハンドレッドに笑みを向けた。

「まさか...。」

 ハンドレッドの推測を裏付けるように、カッツォは逃げる方向を変える。高い塔が正面遠くに見える。

「南オルミスが誇る陸のアルフレッド!」

 カッツォが言うのに、何て奴だとハンドレッドは思った。

「兄様に骸骨の相手を押し付けるのか。」

「それぞれ役割ってもんがあんだなぁ。俺たちは働いて、国を守る王騎士の為に税金払ってんだからさ。」

「...私は払ってない。」

「ピィ。」

「ボクも!」

「うーん...でもまぁ、ファムリアが敵じゃないってなると、戦争しに来た血気盛んな騎士の皆さんは戦いたくてうずうずしてる頃じゃあないのかなぁ。」

 確かに、それはあるかもしれないとハンドレッドは思った。アルフレッドは自分の力を実戦で試したいはずだ。戦争を起こそうなんて誰も思ってはいなかったけれど、戦争が起こったら良いのに、とハンドレッドの三人の兄姉たちは思っていたに違いない。

 幸いにして死者たちの動きは速くなかった。逃げる先の方向に出現していた者は、既に生きていた頃の人の(なり)をしていた。それらとすれ違いながら、意識はどうなっているのだろう、とミスサリアは思った。

 調査のために進入して来ていた一個小隊が、三人の姿を見つけた。髭を揃えた隊長らしき人物が「何者だ!止まれ!」と叫ぶ。ハンドレッドは慌ててフードを被った。

「ん...?」

 ハンドレッドを見て彼は眉を潜める。ハンドレッドは顔を背けた。

「アルフレッド王子にご報告下さい、オーネット領の死者が蘇り南オルミスを襲わんとしています!」

「死者?」

 遠くに人影がぞろぞろと蠢いていた。随分と数が増えている。

「何だあれは!ファムリアの軍勢か!」

「違うよ!」

 ミスサリアがムッとして言った。カッツォが慌てて彼女を隠すようにして、

「よく見て下さい、鎧も無けりゃ馬も無い。でも戦う準備はした方が良いと思いますけどねぇ。」

 と言うと、隊長はしかめっ面をして、向かって来る者をじっと見る。

「何が死者か。もしやあれはオーネット領民ではないか?」

「最初は骸骨だったんだよ!」

「自分の目で確かめなきゃ信じない。まぁ、俺もそうする。」

 カッツォは頷いて、言った。

「じゃあ、よろしくお願いしますよ。」

 と、横をすり抜けようとすると、「ワァーミ!」と隊長は太い声で怒鳴った。

「こいつらをフラネールへ連れて行け!」

「はっ。」

 黒い肌をした大きな身体のワーミは、礼儀正しく返事をすると、ハンドレッドのフードの首根っこを掴んで軽々と持ち上げてしまった。

「あらら...。」

「何をするんだ、離してくれ!」

 バタバタと暴れるハンドレッドをワーミは物ともしない。カッツォは、何でも目論見通りにはいかないもんだなぁ、と教訓を心に留めた。



 フラネールの町は、ハンドレッドとカッツォが出て行った先刻から何ら様子が変わっていなかった。

「本部へ行くんだ、通してくれ。それとオーネット領にて異変あり、有事に備えるよう。」

 東の門番兵に、ワーミは言った。

「そいつらは?」

「オーネット領を彷徨いていたガキどもだ。」

「良いのかなぁ、そんな事言って。」

「カッツォ、余計な事を言うな...。」

 こんな情け無い姿を晒して誰が王子だと名乗れようか、とハンドレッドは哀しく思った。

「いい加減、降ろしてくれないか?」

 ワーミは返事もしなかった。フードを被っているハンドレッドの顔は、ワーミからは少しも見えない。

「ドレ君、猫みたいだね。」

「そうだなぁ。」

 他人事のような二人の会話もさる事ながら、フラネールの町民が自分を見てクスクスと笑っているのがわかり、ハンドレッドは一層落ち込む。

(兵がファムリアの姫に同様の失礼をしなくて良かった、...と、思おう。)

 ハンドレッドは横目にミスサリアを見る。彼女はこんな状況を愉しんでいるようで、ハンドレッドの視線に気づきにっこりと笑った。このままアルフレッドに会えば、結局ハンドレッドが南オルミスの王子だと彼女にもばれてしまう。

 石畳の坂道をワーミに連れられて登っていくと、さっきアルフレッドを見かけた大通りに出た。兵舎の前でようやくハンドレッドは地面に降ろされた。

「そこのお前、フードを取らんか。」

「彼の顔はちょっと、大変に見苦しい傷痕がありまして...。」

「え?そんなこ...っ!」

 ミスサリアの口をカッツォが塞ぐ。

「総団長の前で失礼をするなよ。」

 兵舎の扉が開くと、物々しい装飾の鎧や剣が並んでいた。騎士たちが何事かと振り向く。奥のテーブルに、アルフレッドは居た。逞しい黒髪は長く波打っており、引き締まった表情に厳格な目付きをしている。知らない者でもその人がアルフレッドであろうと誰しもに思わせる風格があった。

 アルフレッドの周りには装備を付けていない一般人と思しき老人と男達がいた。

「何だ?子どもを連れて。」

 近くに居る騎士がワーミに問う。

「調査中のフレッゾ隊のワーミです。オーネット領にて異変がありましたのでご報告致します。これは領内を彷徨いていた者たちです。」

「ファムリアの者か?」

 カッツォがミスサリアに、黙っているように指を口元に当てる。ハンドレッドも声が出せない中、頼もしくもカッツォは言った。

「南オルミスの臣民です、アルフレッド殿下。こんな話をしている場合じゃありませんよ、敵が攻めてきているのですから。もう調査中の小隊は交戦中じゃぁないかな。」

「何!?」

 騎士は驚いてワーミを見る。

「それが、兵隊でもない人間たちがオーネット領に現れ、ぞろぞろとこちらに向かって来ています。」

 ワーミが言うと、若い兵士が上の階に上がって行った。

 しばらくの時間があり、そして慌てて駆け下りてくる。

「領地一キロ付近にてフレッゾ小隊を確認!何者かと交戦中です!」

「何と...。」

「確かに兵隊の様相ではありません。しかし、二千程。」

 騎士たちのざわつきは、

「スティーギー。」

 アルフレッドの低く凛々しい声に、ぴたりと(おさま)った。

「はい。」

「フレッゾ小隊の救援に向かえ。リンゲルトは東門外で支援。アルジムは待機。ワーミはスティーギーと共に戻れ。お前たちは私と一緒に来い。」

 と、カッツォたちに向かって言った。

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