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セレニアの国の物語  作者: さなか
精霊使いミスサリア
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序章 1

 かつて世界は滅亡の危機に瀕し、

 何処より大精霊が現れそれを救った。

 大猿、大蛇、大狼の悪しき化け物を、

 大鳥、大馬、

 そして大きな人の姿をした大精霊セレニアが、

 三日三晩の戦いの末に勝利を収め、

 人の国、古語でひとまとめという意味のアルソリオが生まれた。






  少年は本を閉じ、口を押さえて俯向いた。

「おいおい、ぶち撒けないでくれよ。」

  隣に乗り合わせていた若い商人が、狭い車内で少年から離れようと退く。

「そりゃ、馬車に揺られて本なんか読んでりゃ酔うだろうさ。」

「...。」

「外の景色を見てみな。遠くの方だ。近くを見るなよ。」

  少年は言われた通りに、遥か遠くにある山脈を眺めていた。

「このまま行くってぇと、行き先は俺と同じって事だよな。あんな所に何しに行くんだい。」

  商人はお喋り好きのようで、少年に次から次へと話を振ってくる。少し気分が落ち着いた少年は、深呼吸をして、質問に答えた。

「...友だちの安否を、確かめに。」

  商人は苦々しい顔をした。

「そうか...なあ、どうせ辛い思いをするから言うが、...誰も生きちゃいないってさ。」

  馴れ馴れしく肩に手を置かれるのを普段なら無礼だと怒る所ではあるが、今は放っておく事にした。

「ファムリアも酷い事するよなぁ。確かにここ最近、ちょこちょこ仕掛けていたのは南オルミスだけどさ。いきなり国境を襲うってのはやり過ぎだと思うよ...。」

  少年は、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。それを見て商人は、

「俺はカッツォ・エサムだ。」

  と、もう肩同士が触れ合っているような場所で右手を差し出した。

「あんたは?」

「...ドレ。」

  少年は躊躇していたが、名乗った後に右手を掴み軽い握手を交わす。彼の本名はハンドレッドといった。

  カッツォは変に馴れ馴れしくはあるが、初めて一人で心細く馬車に乗っているハンドレッドにとって旅の救世主とも思えた。十六、七の少年が二人もいれば御者も不審には思うまい。少なくとも旅慣れない一人の少年でいるよりは、記憶に残らないだろう。

「乗り合わせた縁だ、オーネット領に着いたら行動を共にしないか?焼け野原で見通しが良いとはいえ、ファムリアの軍勢がいたら敵わない。」

  ハンドレッドは焼け野原という言葉に反応した。彼自身がオーネット領に赴いた事は無かったが、話に聞いていた美しい庭園と屋敷、ミシュワの花畑はどうなってしまったのだろう。

  沈黙を合意と受け取り、カッツォは言った。

「よろしくな、ドレ。」

  彼はハンドレッドが腰に剣を差しているのを知っていた。用心棒になるかと思えば期待外れに弱気な男だったが、何かあれば囮に捨てて行けば良い。

  そうこうしているうちに、馬車がゆっくりと歩みを止めた。

「何だ?」

  オーネット領まではまだ着かないはずだ。カッツォがせっかちに馬車を降りようとすると、御者が降りてきてドアを開けた。

「この先には行けない。降りてくれ。」

「どうしたってんだ。」

  カッツォは街道に飛び降りた。一キロ程先に見えているのはあの高い塔のあるフラネールの町だ。フラネールへと続く草原には、南オルミスの旗を掲げた軍の野営地が出来ていた。

「げ、もう戦争かよ...聞いてないって。」

  カッツォが言うと、ハンドレッドが飛び出してきて同じ物を見た。そして用心深く辺りを見回し、服のフードを頭に被る。

(何だよこいつ...訳ありか?)

  カッツォはフードの下の表情をよく見ようとしたが、ちょうど真横に彼が立つので見えなかった。

「戻るんなら乗りな。」

  と御者の親父は言った。

「ドレはどうする?」

「...フラネールに行ってみる。」

「ふーん...じゃあ俺たちはここで降りるよ、残りの距離の金を返してくれ。」

  カッツォは御者に手のひらを向ける。

「君も行くのか?」

「旅は道連れってなぁ...おい親父、だめだ1リグじゃ。1リグ3レーノだよ。城下からここまで二時、こっからオーネット領まで一時と二十分だ。」

「細かいガキだなぁ。」

  御者は面倒臭そうな顔をしてまた財布を出し、小さな銅貨を三つカッツォの手のひらに乗せた。

「1レーノを笑う奴は1レーノに泣くんだよ。」

「ほら、そっちの。」

  御者はハンドレッドにも銀貨を一枚と銅貨三枚を渡そうとしたが、ハンドレッドはそれを受け取らなかった。

「良い。馬に良い草でもやってくれ。」

「お前は大物になるぜ。そっちのケチと違ってな。」

  御者はカッツォにニヤリと笑って、馬を走らせた。 ふん、とカッツォは鼻を鳴らす。

  ハンドレッドはフラネールに向かって歩き出していた。カッツォが追いかけて来て、言った。

「旅をするなら金は大事にしろよ。どこの坊ちゃんか知らないけど。」

「...金にうるさくして後で噂でも立ったら、困るから。」

(へー、こいつは相当お育ちが良いな。)

  カッツォは感心して、では何故あんな安馬車に乗っていたのか、とハンドレッドに興味が湧いた。

  ハンドレッドは草原にいる兵士達の様子を注意深く観察した。休息している集団と働いている集団がしっかり分かれている。休息している組も皆、鎧や武器の手入れをしていたりと作業に余念がない。

(...なら大丈夫だ。)

「ドレはどっから来たんだ?俺は鉱山の出身なんだ。」

「鉱山...この前、事故があった?」

「よく知ってんなぁ。俺んとこの隣だったよ。あの鉱山は昔っから水漏れが当たり前で問題が多かった。だから逆に慣れっこになってて、こないだの大雨の後でも誰も警戒してなかった。いつもの事だってな?だからあんなに死人が出たんだよ。先月から俺の叔父が働きに行っててさぁ、事故の前日に戻って来たんだってさ。」

「そう...無事で良かった。」

「ありがとよ。」

「カッツォは何をしにオーネット領へ?」

「ん?んー...俺は話を売ってんだ。情報屋って呼ばれてる。商人や金持ち、さっきの御者みたいなやつらに世界がどうなってんのか話して聞かせてやんのさ。だから変わったことがあったら、自分の目で見に行く。」

  ハンドレッドは話を聞いて、この男と同行して良いものかと悩んだ。あまり余計な事を喋らないほうが良いかもしれない。


  もうすぐ町の門を潜ろうという時に、ピィーッと、後ろ遠くの方から、甲高い音がした。

「お、戻って来た。」

  カッツォがピューイと指笛を鳴らす。彼が見上げる空をハンドレッドも見ると、小さな黒い影がこちらに向かって近づいて来ていた。

(虫?)

  ハンドレッドは思ったが、それにしては影が大きい。いや、人の頭より大きい虫もいると聞く。そんな事を考えているうちにそれが二人の方に向かってきたので、ハンドレッドは驚いて避けようとした。茶色の両翼を二人の目の前で羽ばたかせ、カッツォの肩の上に止まった。

  止まってみると、それはカッツォの顔よりも小さな動物だった。両眼の下に尖った角を持ち、毛とは違うが似たようなものが全身に生えている。さっきまで広げていた翼はどこにしまっているのか、トカゲの肌のような足の先の鉤爪がカッツォの革の肩当に食い込んでいる。

「ピークと呼んでるんだ。」

「...もしかして、鳥...?」

「多分そうだと思う。子どもの頃マリーゼに行った時に拾ったんだ。」

  カッツォは指でピークの目の横を撫でる。黄色いのは角でなく嘴だ。

  ハンドレッドは初めて鳥という動物を見た。鳥の大精霊カヴマイラは、アルソリオが出来た時に全ての鳥達を連れて南の空に飛び去ったと伝えられている。カヴマイラの姿を想像した美術品と、"アイピレイスの書"に記されている鳥の姿にこの動物はよく似ていた。

  ピークはカッツォによく懐いていて、頬に頭を擦りつけていた。カッツォというのは不思議な少年だと、ハンドレッドは思った。


  町の中には鎧を着けた騎士達が歩き回っていた。商人や娼婦がここぞとばかりに彼等を呼び止める。残念ながら、この騎士達は幾ら媚びたところで耳を貸さない。

  向こうから赤いマントを着けた鎧の男が歩いてくるのを見て、ハンドレッドはカッツォを建物の陰に引っ張っていった。

「お、何だよ。」

「...。」

  ハンドレッドは一層フードをしっかりと被り口を聞かない。

「うわー、アルフレッド王子だよ。南オルミスももう、本気でファムリアを落とすつもりなんだなぁ。」

  通りを覗き込むカッツォが興奮して言った。アルフレッド王子の周りは兵士長たちとフラネールの町長が取り囲んでおり、隠れるハンドレッドとカッツォには目もくれずに歩き去って行った。

「何話してんのかなぁ。俺ちょっと行ってきて良い? 一時後に塔の下で待ち合わせよう!」

  言うが早いかカッツォは、鎧の集団を追いかける。

「アルフレッド王子は...!」

  厳しいから気をつけた方が良い、と言おうとするのも聞かずに走って行ってしまった。

  すぐに町を出たかったが、一時後と約束してしまったのを置いていくのは忍びない。どこに身を置いていようか...と町を見回していると、ハンドレッドのすぐ横でどさどさと荷物を落としている音が聞こえる。

  反射的にその巻き物を拾って自分と同じ歳の程の落とし主に手渡そうと顔を見た時、ハンドレッドはしまった!と思った。が、もう遅かった。

「すいません、すいません、ありがとうござい...あれ...?ハンドレッド王子?」

「ダリウス...。」

  ハンドレッドは片手で顔を覆い、自分の軽率さを後悔した。

「何でお前はいっつも物を落としているんだ。」

「すいません、いつも王子が拾ってくださいますね。」

  申し訳なさそうに頭を下げながら笑っているおかっぱ頭の少年を見て、ハンドレッドは溜息をついた。

「お前のせいで癖になってしまっているんだ。良いか、ダリウス。私がここにいる事はアルフレッド兄様には秘密にしてくれ。」

「わかりました。何でですか?」

「内緒で城を抜け出してきたんだよ。マリージア姉様が誤魔化してくれているんだ。」

「わかりました。でも、ここはきっと危ないですよ?」

「わかってるよ。良いから秘密を守るんだぞ。早くそれを持っていかなきゃならないんじゃないのか?」

  ハンドレッドが巻き物の束を指差すと、ダリウスは「あっ!」と思い出したように言って、抱えていたそれらを再び地面に落とす。

  また溜息を吐いて巻き物を拾い上げ、「すいません、すいません。」と言うダリウスに渡す。

「ありがとうございます、ハンドレッド王子。」

  すると横からもう一本の腕が伸びてきて、ダリウスの腕に巻き物を差した。

「あ、ありがとうございます。」

「ふむ、ふむ。」

  と、カッツォは言った。

「アルフレッド王子はすぐに兵舎に入っちゃってさ。 全然話も聞こえなかったんだけど...もっと面白そうな話が落ちているじゃあないか。」

  と言って、ハンドレッドを見た。

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