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セレニアの国の物語  作者: さなか
オーネットのエディメル
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8 愛のもたらす魔法

 エディメルがレラと共に屋敷に向かう。仕事で知らない客が来る時間...私は屋敷には近付かない。

 誰もいなくなってしまうと、この離れの部屋にどんな物が置いてあるのかわからなくなる。あった物がまだそこにある事は確かなのよ。


 コートはコート掛けに行って。本は本棚に、後は...わからないわ。レラが見ていた埃というのは小さな塵の集まりなんだもの、そんな小さなもの全部を見えてもいないのに認識することなんて出来ない。


 レラが羨ましい。人間だったら私にだって出来ることが沢山あるわ。エディメルと手を繋いで海へ行く事もーーイグニーズとウリカがしていたように。

 口付けを交わす事も出来る。人間が異性に好意を持っているという意思表示で、相手が受け入れればお互いに愛し合っているという証明になる。

 結婚も、子どもを産むことだって、出来るわ。クローレアの願いの通りに。


 人間は愛し合うのに何故、永遠の命でないのかしら。何故、百年も生きずに死んでしまうのかしら。

 精霊は精霊同士で愛し合う事は無いわ。性別は性質なだけで、雌雄の交尾によって子孫を残す生物では無いから。


 人間になりたいわ。そうしたら私もエディメルに触れられる。でも私とエディメルは何年かしか生きられない。


 大精霊になりたいわ。エディメルとではなく別の人間を喰って。そうしたら私は彼と通じ合ったまま触れ合うことが出来る。でもエディメルだけが老いてすぐに死んでしまうわ。


 エディメルと一つになりたい。永遠に愛が続くのは素晴らしい事だわ。でも私も私では無いし、エディメルもエディメルじゃなくなってしまう...。


 答えが出ない苦しさでとても形を保っていられない。私は人間の目を介さなくても、私がこの姿でどうしているかわかっていた。泣くってこんな感情の事を言うのね。

 苦しくて苦しくて、何かに願わずにはいられない。どうか...でも何を願ったらいいのか...。


 彼に、触れたい...。







「ケンシー?」


 エディメルの声に、私はハッと我に返った。

 もう戻って来るほど時が経ったのね...。


「何かあった?」


 優しく、エディメルは言う。


『...何も無いわ。』


 私が泣いているのを知ってエディメルは心配した。


「何があった?もしかして...北オルミスを思い出して?」


 ああ、そういえばそんな事で泣いたように見せた事があったわ。


「...セヅウェル・イシュハームという人が来ていたんだ。」


 エディメルは私の側に来て、ソファに座った。


「南オルミスにいるレイドンが紹介してくれた医者なんだよ。私の病の原因がわかるかもしれないんだ。」


『レイドンは貴方を想っているのね。』


「ああ、有難い友人だ。もし私が治ったら、君と船に乗って北オルミスへ行こう。君の故郷が見てみたいんだ。」


『...素敵ね、エディ。』


 エディメルは、またあの感情を...今なら私にもわかるわ。切ない、と言うのね。

 私とエディメルが同じ痛みを感じているのがわかる。

 エディメルは私に手を伸ばした。通り抜ける、私は彼の中にある衝動に寄り添い、彼が私の髪に触れようとするのを感じた。彼が私の顔の部分に口付けをしようとするのを感じた。

 彼に、私に触れたと思わせた。

 私がそう思わせた事を彼は感じ取っていた。だから触れられたとはしゃいで喜んだりはしなかった。一層切なげに、でもそこに、充たされるものはある...。


「ケンシー...。」


『私...貴方を...愛しているわ。』


 エディメルは私を抱き締める。抱き締めているように、彼の想像の通りに、私の身体を思わせる。


「ああ...私も、愛している。」


 エディメルが一粒だけ涙を落として、泣いた。






 ミシュワの花畑に戻ってエディメルに夜の挨拶をする。

 エディメルの言葉が聞こえてくる。


(治れば...か。)


 エディメルはルワレーリオ諸島やセレニアの島に想いを馳せている。

 今までエディメルは、「生きたい」か「死にたくない」としか言わなかったから私は生かしたし死なないようにする事は出来た。

 病が治ればエディメルはもっと自由に何処へでも行けるようになるし、したい事も何でも出来るようになる。

 治す、という願いは難しいわ。身体をどう治したら良いのか...どういう状態がそれなのか...。







 しばらくエディは屋敷の寝室に寝たきりになった。イシュハームという医者が色々な検査の為に血を抜いたりするので、すっかり生気が失われてしまって起き上がる事もままならない。私はミシュワの生気を貰ってエディに与える。


「精霊がいなければ、検査もままならなかったでしょう。実に幸運だ。」


 エディの寝室の窓辺にいた私を見て、イシュハームは言った。


「彼女がいなければそもそも生きてはいません。」


 エディは言う。


「それはそうでしょうな。どうやらエディメル君の病は免疫不全というものに思われる。」


「免疫不全?」


「私も"アイピレイスの書"で知っているだけで患者を見た事がありません。病気と言うのは、風邪や、腹痛...外部から取り込まれる細菌や病原体が起こすものがあり、身体側の防衛機能を免疫という。君はそれが生まれながらに機能していない、ということのようです。」


「生まれながら、で...治す方法は?」


「移植。」


「移植?」


「他人の身体の一部を切り患者の身体に移す術、と考えられています。が..."アイピレイスの書"でその医術を知りながら、未だに何人も成し遂げていないのです。

 例えば失った指の一本を自分の他の指と移し替える事も出来ません。どうしても腐ってしまい、酷ければ繋いだ身体の方まで侵食する。

 指ですらそれなのに免疫、というのは一体何を移植すれば良いのやら...。」


 イシュハームは、力になれず申し訳ない。と言った。


『...いいえ、十分だわ。』


 私はイシュハームに言った。


『原因がわかれば魔法で治せる。』


「魔法で移植を?」


 イシュハームは興味を持っている。


『正しくはっきりと結果を願えば方法は後から付いてくる。何が起こるかは私もわからないわ。健康な個体が持っている免疫というものをエディメルの身体の中で機能させれば良いのでしょう。』


「それならこの"医学書"をご覧をなって下さい。もっと詳細に方法の記述はあるのです。」


 イシュハームは私に、彼の鞄から出した本を渡そうとした。


『私、本が読めないの。』


 それからその日は大変だった。私の識らない言葉がたくさん出てくる本をイシュハームが読んで、エディの生気が弱まらないようミシュワの花畑に行って、またイシュハームが読むのを聞いて...いっそイシュハームを喰ってしまおうかと思ったくらい。




 七日後、よく晴れたその日に私とイシュハームは、エディと彼の両親、使用人の全部に、南オルミスから呼んだレイドンとイグニーズをミシュワの花畑に集めて魔法を行なった。

 健康な人間の健康な状態に彼の身体を倣わせる。それに必要なものをこの中の誰かが持ってさえいれば、それがエディに移るよう。


 身体治癒の魔法ーー。


『エディメル・オーネットに欠けたものを補いなさい...。』


 私の生気が魔法に変換されて行く。失っていく分をミシュワから吸い寄せる。ミシュワは私の下にあるものからだんだんと花が萎れ、茎が腐り、葉が落ちて根は乾いて砕けた。

 今日まで少しずつ、溜め込んでおいて良かったわ。

 ミシュワを六十三株食って魔法は成功した。


『...治ったはずだわ。』


「おおおお...!」


 レイドンが今までにないくらい興奮している。彼の考えがこんなにだだ漏れになっているのは初めての事だ。


「凄いよケンシー!精霊が人間の受けた毒や空腹を治した話はあったけど...。」


「本当に治ったの...?」


 見た目が変わっていないからわからないわ、とクローレアが言う。


「誰から何が移ったのだろうね?」


 イグニーズは自分の手足を確認した。


「エディメル、何か変わったという自覚は?」


「...わからないな。」


 エディメルも自分の手のひらを見つめて、気恥ずかしそうに笑った。


「今までもケンシーがいてくれれば病を感じてはいなかったから。」


「ケンシー...そうだ、確かめる方法がある。」


 レイドンが言った。




 私とエディ、イグニーズはレイドンに連れられて屋敷のレイドンの部屋へ行く。


「あんなに運んで行ったのにまだこんなに物があるのか。」


 イグニーズが驚いて言った。


「仕方ないだろう。これ、これだよ。」


 レイドンが指し示したのは、エディの目を借りるとどうやら銀色の箱...狼の彫り物...それにこの感覚は。


『セレニアの封印...。』


「そう!やっぱり大精霊セレニアがこの箱を作ったんだね。」


『魔法がかかっているわ。』


「嗚呼、イグニーズ。本当に素晴らしい贈り物だったよ。

 間違いなく本物だとお墨付きのところで、ケンシー。君は一日この箱の中に入っていて欲しいんだ。」


 と、レイドンは言った。


『私を封印するの...?』


「推測するにこの箱は精霊の力が及ばない物だろう。君が中に入ってしまうと、エディメルに干渉することが意識しても無意識にも出来なくなる。それでもエディメルが体調に変化を生じさせなければ、身体治癒の魔法は成功。君が健康な身体を手に入れた事が証明出来る!おめでとう、エディメル。」


「随分荒っぽいな。失敗していたらエディメルが危険じゃないか?」


「イグニーズ、僕は成功は間違いないと思ってる。証明が必要なだけなんだ。 僕はケンシーを信じてるよ。」


『嬉しいわ、レイドン。』


「君とエディメルの関係も落ち着いたようだからね。愛が生み出した治癒魔法とは、何て素晴らしい事だろうね。」


 私は恐る恐る、箱に近づく。

 アンズィルの牙は入っていない...少しの気配は残っているけど、私に影響するほどではないわ。


「君を一日感じられないなんて、身体が治っていようが死んでしまいそうな気持ちだ。」


 箱に入ろうとする私にエディは言った。


『私もよ、エディ。でも貴方の為になるのなら、耐えられるわ。』


「はあ...当てられてざわざわするよ。」


「そう言うなイグニーズ。こんなに美しい恋人同士の姿は小説にも読んだ事はないよ。」


 私とエディはいつものように抱きしめ合ってから、お互いを惜しんでゆっくりと離れた。


「明日の朝に会えるよ。」


 レイドンが言って、そろそろと箱をしめる。


『そうだわ...必ずエディが迎えに来てね。この箱は、中にあるものの性質で封印される事になっているから。』


「性質?」


『愛...強い衝動が私の箱を開けるわ。』

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