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セレニアの国の物語  作者: さなか
オーネットのエディメル
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6 二転三転

 私はすぐにエディメルと話をしたいと思ったのだけれど、彼の気配が彼の父親と一緒にあるのを見て、私はがっかりした。


「まあケンシー、ご機嫌はいかが?」


 廊下にいる私を見つけて、エディメルの母のクローレアは私に敬意を表し丁寧にお辞儀をする。

 彼女がその挨拶を、南オルミスの王都に出かけるために何度も何度も練習していたのはほんの少し前の事。失敗しないように、上手くダンスを踊れるように、ミシュワの花畑にいる私にも、緊張して眠れぬ声が夜が更けるまで聞こえ続けていた。


「たまには私とお茶を飲まない?」


 私はお茶を飲まない。けれど彼女の本心は「私と話したい」で、私に向けたのは敵意では無かったので、私は彼女の部屋について行く。それは複雑な、読み取れるのは悲しみを含む感情...エディメルと似ている。


「エディにもそろそろ仕事を覚えさせなければ。あなたのおかげで、あんなに元気に...二十歳を過ぎた...。ずっと、お礼を言わなければと思っていたの。」


『聞こえていたわ。』


「...ちゃんとあなたの顔を見て伝えたかったのよ。あの子を助けてくれて本当にありがとう。」


 受け取る私にとっては、どっちでも同じなのにね。


『エディメル自身が願ったからよ。』


「あなたがその姿になったのも?」


 お花の姿が可愛らしくて好きだったわ、とクローレアは思っている。


『ええ。ミシュワの方が良かった?』


「そんな...ええ...そうね...私は。だってその姿は大精霊セレニアのものでしょう。昔、私を励ましてくれたあなたではなくなってしまったみたいで。」


『セレニア...?大精霊セレニアは、あなたの目に映っている私の姿とは異なるわ。』


 確か、レラもそんな事を考えていたわね。


「人が想像して描いたセレニアが間違っていると言うのね。...あのね、ケンシー。今のあなたは確かに美しいけれど、ちょっと、何ていうか...女らしすぎると思うの。」


 エディメルを誘惑している、とクローレアは頭の中で思っている。


「ミシュワの姿をしていた頃のあなたも、女性だとは感じていたわ。でももっと...。」


『それは、私にはわからないわ。エディメルの願いだもの。』


 クローレアは胸を上下させて大きなため息をついた。彼女の気持ちを言葉で表すならば、迷惑。そういう思いが溢れ出ている。


『愛している事と関係があるのかしら。』


「愛...あなたが?」


『私にはまだそれが理解出来ていないの。』


「じゃあ、あの子が...。」


 彼女の中に生まれる嫌悪感。

 私はここにいるのが辛くなってきた。


「...。」


 しばらく彼女の思考は読み取れなくなる。こんがらがっては解かれるまとまりのない感情。


「ケンシー、あなたがこの地に辿り着いた時...ここには既に人がいた?」


 彼女は迷いを抱えながら、階下の庭園を眺めている。


『ええ。その頃あなたたちが住んでいた場所はもう少し遠くだったわ。』


「...そう。」


 それならケンシーを追い出さないと...。


 ...彼女からそんな言葉が聞こえた。

 エディメルを引き離さないと...でも彼女がいなければあの子は...これ以上二人が一緒にいたら...。


『レラと同じね。』


「え?」


『安心してクローレア。私はもうすぐいなくなるわ。 エディメルも大丈夫だから。』


 彼女は私が何を言ったのかわからないみたいだった。

 私はクローレアの部屋を出た。エディメルがいる部屋に入る事も出来るけれど、鍵のかかった扉のある壁をすり抜けるのは、マナー違反 。そう教えたのはエディメルだったわ。

 エディメルが私を愛する程に私を嫌う人間が増えて行く。嫌われるのは嫌い。居心地が良くないもの。私の中に生まれる嫌いという感情が嫌い。前は好きだったものばかりだもの。







 大精霊になったら私たちどうなるかしら。

 考えれば考えるほどにそれは素晴らしい事のように感じられる。今、わからないと思っている彼のことが全部わかる。ごちゃごちゃと絡まっている言葉がすべて声となって自分の内に聞こえてくる。

 絵を描く喜びもわかるようになるわ。そう...光を感じ取る目。彼らは空や海を"青い"と言い、太陽を"眩しい"と言い、夜を"暗い"と言い、ミシュワを"下膨れの青い花"と言う。

 人間の目、エディメルの目。美しいと呼ばれる私の姿。エディメルが愛するもの。


 何もかも、理解出来るようになる。


 識りたいという欲求が溢れてくる。

 ファムレーー大精霊ファムレ、あなたが生物の舌を欲し味を識りたいと願った気持ちが良くわかるわ。

 髪の色、顔の動く表情、大気を震わせる声、彼の求める触れる喜び。


「何かあった?」


 ようやく離れに戻ってきたエディメルは、部屋に入るなり窓辺にいる私を見て、言った。


『どう見える?』


「何だか辛そうな...具合が悪いのか?」


『はずれよ。』


 レイドンとイグニーズが好むやり取りを真似て言うと、エディメルは少しだけ笑った。


「おかしいな。君の感情を読み間違えるなんて今までに無かった。」


『レイドンがね、私とエディメルはもっと会話をするべきですって。』


「会話?」


『そうよ。』


「そういえばレイドンは、今度は南オルミス城に呼ばれているんだよ。」


『精霊の研究?』


「勿論そうだけど、それだけじゃない。オルミスの歴史的背景を解明したんだ。」


(それに、彼は精霊と渡り合える。南オルミス王家はファムリアよりも優位に戻るためにレイドンを必要としているーー。)


 エディメルの淋しい気持ちが私に流れ込んでくる。後でレイドンに...ああ、違うわ。こういう事をエディメルにもちゃんと聞けって言ったのね。


『エディメル、何故レイドンについて淋しく思っているの?』


 私が聞くとエディメルは驚いたようなおかしな反応をして、そして優しく笑った。


「そう...そうだね。淋しい、か。レイドンは遠くへ行ってしまうかもしれないよ。南オルミスへ行けばもう帰って来ないかも。」


『帰って来ない?』


「そのまま城で働くかもしれない。」


『...淋しいわ。』


 レイドンがオーネット領に滞在している間はとっても楽しい。エディメルも楽しそうだし、私も飽きる事がない。

 私が悲しんでいる姿を見てエディメルも悲しい気持ちになった。


「それで、君には何かあった?」


 エディメルは私から離れて自分の椅子に深く腰掛ける。


『私ね、エディメル。あなたの愛に応えたいと思っているの。』


「ケンシー...。」


 彼の中に感情が噴流する。


『それで考えたんだけれど、私たち、一つになりましょう?』


「一つ...?」


『私とエディメルで大精霊になるの。』


 大精霊?

 エディメルはぽかんとしている。


『永遠に一緒に居られるわ。死ぬ事もない。』


「待ってくれ、ケンシー。レイドンが言ってただろう。それだと、私と君と二人共死んでしまうのと一緒だよ。」


『確かに生まれ直すけれど、生物の死とは違うわ。私とあなたと混ざり合って溶け合って、大精霊の中には二人の性質がちゃんと残るのよ。子どもが生まれるようなものだわ。あなたの望んでいる、私と触れ合う事の理由と結果に相当する名案だと思うわ。』


「精霊の君にとっては、大精霊になるのは良い事なんだね。」


『何故受け入れられないのかわからないわ。じゃあ、あなたの望んでいる愛情は何によって叶えられるというの?』


「それは...。」


『私が人間になって、人間のように短い一生を終えなければだめ?』


「どうか責めないでくれ、ケンシー。君には美しい精霊のままでいて欲しい。」


 ...それじゃあ...。

 私はとても悲しい、静かな気持ちになった。

 ...私がミシュワを食べて人に寄ってもだめなのね...。


『...。精霊のままでは、無理だわ。』


 私はエディメルを愛せない。


『人間は人間を愛したほうがいいのではないかしら。』


 そう言うとエディメルは、何故か穏やかな気持ちになっていた。ささくれだっていた私の感情もつられて落ち着いていく。

 エディメルは私に向かって手を伸ばした。すり抜けるのも構わずに、いつものように手を引っこめる事もなかった。


「ケンシー。私の願いを叶えるために随分考えてくれていたんだね。私はそれだけで...嬉しいよ。」


『エディメル...。』


「そうだよ。そう、いずれは大精霊に...永遠にケンシーと一つになれたら素晴らしいと思う。」


『...いずれ?』


「君を想う苦しみ、触れられない悲しみ、確かに私は君と愛し合いたいと願っているかもしれない。今、触れられるようになれば私はきっと狂ってしまい二度と世の中に出る事もなくなるだろう。

 ...父に仕事を与えられたんだ。私は生まれて両親に心配ばかりかけている。私が私でなくなるとしても、その恩を返してからにしたい。」


『恩を返す?』


「勿論、君にも。

 レイドンの言う通りだ。私が君に触れたいと思っていた切なさは恋で、到底愛とは呼べない。君の事も、私自身の事も、家族、友人...思いやって考えなければ。

 レイドンとイグニーズが私を諌めていなければ、私は君を人間にしてしまっていただろう。たった六十年ばかりの愛の刹那の為に。」


『エディメル...。』


「精霊のままで、とは言ったけれど、君が君である限り私はきっとどんな君でも愛している。

 人でも、精霊でも、大精霊でも、ミシュワでも、シロンでも。」


 エディメルの言葉に、一つとして嘘はなかった。

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